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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第200話

天候は曇り、風は微風。数日振りに漸く訪れた穏やかな天候。白銀に輝く巨大な山塊を四方に望む大山脈の真っ只中にて、俺達は雪深い雪の斜面をラッセルしながら東方に向けて突き進んで居た。そして今にも雪崩そうなリスキーな斜面を越えて一息付いた、その時。前方に聳える氷塊の陰から躍り出た幾つもの影が、猛然と俺達に向かって疾走して来た。


其の体型は故郷のイタチやテンを中型犬程に巨大化したような胴長な体型をしており、雪山に適応したのか身体を覆う体毛は真っ白。だが愛くるしい顔面のイタチやテンと違い、此奴等の獲物を狙う血走ったギョロ目は非常に凶悪だ。果たして魔物なのか単なる野生動物なのか。俺には知る由も無いしどうでも良い。勿論名称など一切知らん。


実の所、俺達はコイツ等には既に幾度か襲撃を受けている。初めて襲撃を受けた際にも、俺は連中の尾行を其の暫く前から既に察知していた。しかし獲物として狩ろうにも常に一定の距離を保たれて近付けず、かと言って振り切ろうにも山中における地の利と機動性の分が悪かった(主におっちゃん達が)為、暫くの間見て見ぬ振りをして放置した結果、痺れを切らせたのか不意に襲って来たというワケだ。尤も、俺には振り切って逃げる気何ぞハナから全く無かったのだが。


俺は素早く背後の二人と目を合わせて合図を送ると、慌てず騒がず背負い籠に固定してある丸太剣をぶっこ抜いた。そして棘が一本付いた武器を構える樽と並んで、瞬く間に迫り来る獣共を迎え撃つべく前へ進み出た。一見すれば危機的な状況にも見えるだろうが、俺は自分の頬が思わず緩むのを感じる。貴重なタンパク源の諸君、本日も俺のストマックへようこそ。君等なら何時だって大歓迎さ。まあコイツ等肉食獣のせいか、肉の臭みがキツくて味はイマイチなんだけどな。




____俺達が偶然発見した推定迷宮を離れてから、一体何日が経過したのだろうか。その後、猛烈なブリザードに行く手を阻まれて何度か緊急ビバーグを余儀無くされた為、最早日にちの感覚がかなり曖昧となりつつある。


俺達は大山脈を越えるべく、ひたすら東方を目指して険し過ぎる山岳地帯を進み続けた。其の道中、幾度となく落命の危機に直面した俺達であったが、俺がガチで死に瀕したのは都合三度だ。


一度目の危機は滑落に拠るものだ。次から次へと行く手を阻む巨峰や絶壁を前に、此のままでは早晩冬が来てしまうと危惧した俺達は、入念な偵察の末に前方に聳え立つ巨大な連山のピークまで登攀して、化け物じみたスケールの稜線を縦走して一気に距離を稼ごうと目論んだ。結果としてその目論見は成功を収めたものの、途上の稜線上では暴力的な風に耐え忍びながら先頭に立って氷の三角木馬の如きナイフリッジを這い進んで居たところ、突如足場が崩落して背後のおっちゃんを巻き込んで墜落する羽目に相成った。


その時は全員でアンザイレンして居た為、モジャが甲高い悲鳴を上げながら踏ん張って支えてくれたお陰で辛うじて命拾いした。でなきゃ下手すりゃ数千メートル滑落して、哀れ肉片と化して居ただろう。


二度目の危機は落雷に拠るものだ。超巨大な岩と氷のミックス壁をルート工作の為に先行してトラバースした際、突如天候が崩れ、周囲は瞬く間に拳大の雹が吹き荒れる地獄と化した。全身を氷塊に叩かれながらも鎧とヘッドガードのお陰で辛うじて耐えて居た俺は、直後に無慈悲な落雷の直撃を食らった。しかも2連発でだ。


落雷、と言ったものの、ああいった場所では雷は落ちるんじゃなく壁面を奔るんだな。1発目の直撃を食らった際は激痛を感じた後に全身の感覚がほぼ消失し、危うく絶壁から墜落し掛けた。そして、涙と鼻水を垂れ流しながら歯を食い縛って壁に張り付いて居た所で2発目を食らった。2発目を食らった後は、最早手足の感覚どころかフワフワと気持ち良~くなって意識が飛び掛けた。


薄れる意識の中で、咄嗟に舌を噛み裂いたものの大した効果は無く、ド根性で気力を振り絞った俺は、岩壁に向けて全霊で貫手を叩き込んだ。結果、バキバキに破壊された右手の激痛に拠り辛うじて意識を繋ぎ止め、年老いたイグアナ並にスローと化した動きでおっちゃん達が居る岩陰迄辛うじて退避する事が出来た。


その後、おっちゃん達には故郷の秘薬と称した偽装回復魔法に拠る治療にも拘わらず、実に丸2日間、俺は一歩も動くことが出来ず岩陰で停滞する羽目に成った。鎧を脱いで雷撃の痕を確認した所、どうやら落雷は肩から入り、皮膚を焼きながら鎧を通り、足首から抜けていた事が判明した。結果として、金属鎧を身に付けて居たお陰で命を拾った形だ。もし落雷がマトモに体内を通って脳や重要な臓器を焼かれていたら、先ず助からなかったであろう。鎧を鍛えてくれた鍛冶職人のトト親方に感謝だ。


そして三度目は捕食の危機である。食料の備蓄がいよいよい厳しくなって来た為、俺は危険を承知の上で、獲物を求めて思い切って魔素溜まりと思しき深い渓谷に降りる事にした。そして谷底に降り立った俺は、秒で凶悪な化け物に襲われた。


最早慣れ親しみつつある絶壁をフリーソロで手早く下降して深い谷底に降り立った俺が、腰に手を当ててさあ獲物を探すぞなどと考えたところ、其の「す」と「ぞ」の間位で突如目の前の雪面が爆発した。


爆発した雪面と共に文字通り俺に向かって飛び掛かって来たのは、言うなれば全身に剛毛の生えたダンゴムシだ。だがそのふざけたサイズは推定全長3メートルはあるだろう。途轍もなく気色悪い。しかもそのスピードはダンゴムシ処かゴキジェ〇トの斉射を掠めた直後のGの如き瞬発力を誇り、更には4・5匹位は居たように思う。


俺は突然過ぎる奇襲に拠る動揺と、余りの気色悪さに思わず絶叫しながら巨大ダンゴムシの襲撃から辛くも身を躱し、逃走を試みるも何と、気付けばこれまた推定全長4メートル近くありそうな蛭だかプラナリアだかに酷似した肌をヌメヌメとテカらせる細長い生物が、何時の間にやら巨大ダンゴムシに身体を絡ませて猛然と取っ組み合いを始めた。


不意に勃発した化け物同士の壮絶な殺し合いに触発されたのだろうか。つい今しがた迄静謐に包まれていたハズの渓谷は瞬く間に沸騰したかのような喧騒と化し、そこいら中で訳の分からん生物が怒涛の如く湧き出て盛大に殺し合いを始める。そして辺り一面、アッと言う間に地獄の闇鍋の如き修羅場と化した。辛くも精神の均衡を取り戻した俺は渾身の隠形で身を隠しつつ、目の前で逃げ惑って居た比較的弱そうな六本脚の蜥蜴っぽい生物をドサクサ紛れに叩き殺して背に括り付けると、一目散に岩壁を攀じ登ってヤバ過ぎる魔素溜まりから脱兎の如く遁走した。


そんな訳で、他にも幾度となくヤバい目に遭ってばかりの俺達ではあったが、其れとは別にちょっとした発見も有った。それは温泉である。この惑星の地下深くには大いなる魔素の流れが存在すると囁かれているが、地球と同じく火山活動も普通に存在するそうな。大山脈のとある場所に差し掛かった俺達は、何故か此の周囲だけ雪が無い事、鼻孔を擽る僅かな硫黄臭、そして前方に微かに見える白い煙を訝しんで慎重に歩を進めた。そして、暫く進んだ先で見た光景は。


鼻を衝く強烈な硫黄臭と、至る所で白い噴気が立ち昇る、まるで嘗て故郷で見た箱根の大涌谷や、登別の地獄谷の如き異様な景観であった。更に目を凝らして眺めて見れば、殆ど絶え間無く湯らしき液体が噴出する間欠泉のような噴出口や、他にも湯らしき液体が流れ出る湧出口が幾つか垣間見える。


心身共に随分と変わり果ててしまったものの、温泉好きな一応日本人としては、此の光景を見てうわ~い温泉だあ・・などと喜びたい場面ではある。が、実際に全くの自然なままの推定火山帯の火口跡と思しき景観を目の当たりにすると、温泉への期待値を遥かに超越して、ヤバ過ぎる身の危険しか感じられ無い。あの湧出するお湯は、成分もpHも不明だし、温度も不明である。果たして肌に触れて大丈夫なのか。少なくともあの立ち昇る湯気の様子を見るに、相当に加水せねば熱くて浸かれたモンじゃないだろう。それに何より、湯が湧出して居る場所は擂り鉢状に落ち窪んだ地形な上、風通しも悪そうだ。正直致命的な火山ガスが怖過ぎて、近付く気すら起きない。


結局俺は後ろ髪を引かれつつも、余りに危険過ぎるので早々に其の場を立ち去る事にした。何時か此の世界でも温泉に入る機会が訪れるのだろうか。湯治場の存在とか聞いたこと無いけど。



____そして現在。俺達に迫り来るデカイタチ?の群れは総勢十数匹に上る。


俺と樽は、正面から飛び掛かって来た数匹を各自の得物で迎え撃った。手応えは、余り無い。ブン殴られつつも、咄嗟に身を捻って威力を殺した模様だ。図体は取るに足りないものの、肉食獣の身体能力てのはなかなかに侮れない。


「おっちゃん。二匹そっちに行ったぞ!」


俺は二匹のデカイタチが加減した丸太剣の一撃を躱して猛然と走り通り抜けたのを見届けると、背後に向けて声を張り上げた。


「ちょっとおおっ!?カトゥー君っ」


「教えた通りにやれば 大丈夫だ。ソイツ等はおっちゃんが 仕留めろ」


その直後、激しい獣の唸り声とおっちゃんの叫び、そして肉体同士が激しく揉み合う音が耳に飛び込んで来る。俺は念の為片手に石礫を握り込み、視界からおっちゃんの姿が切れない様、獣共を牽制しながらさり気なく立ち位置を変える。


「樽よ。コイツ等は貴重な食料だから 出来るだけ殺すなよ。今後現れなくなると 困る」


安易に殺っちまったら持ち運ぶのも大変だし、長期保存も効かないからな。コイツ等には出来れば末永くお肉をデリバリーして頂きたいものだ。尤も、此の先二つ三つデカい山や壁を越えたら、もう追って来れないかも知れんが。


「あ、ああ。それよりも、あっちには手を貸さなくて本当に大丈夫なのかい」


樽はデカイタチを牽制しつつも、不安そうにチラチラと背後に視線を向ける。オイオイ、樽よどうした。お前はそんな他人を気遣うような性根じゃねえだろ。


「問題無い。あの程度の相手なら 充分勝てる」


俺は左手の盾をデカイタチの一匹にガジガジと噛ませてあげながら、樽の世迷い事を一蹴した。敢えて言うまでも無いが、デカイタチを後方に通したのは故意である。勿論、二人とも充分に打ち合わせ済みだ。どうやらおっちゃん達は二匹同時に相手するのは想定して無かった模様。だが俺の見立てでは、此奴等1匹相手にした程度じゃ真面な訓練に成らん。


「ウオォーーー!!」


俺は視界の端でおっちゃんの雄姿を眺めて居ると、おっちゃんは獣共と激しく揉み合いながらも天幕の一部を腕に巻き付けた即席の盾で、其の猛攻を凌いでいた。そして血塗れになりながらも、遂には相手の腹に貸与した大振りのナイフを力強く突き立てた。ふむ、思ったよりも悪く無い動きだ。


野生の獣の爪や牙は雑菌の塊である。なので本来は傷一つ無い完全勝利が望まれる。だが、今の俺達は数少ない例外と言える。何故なら尻洗魔法アスクリンで傷口を綺麗に洗浄出来る上、おっちゃんはベテランの商人らしく、化膿止めの効能もある滅茶苦茶良く効く傷薬を常備している。更にイザとなれば俺の回復魔法も有るからだ。


まあ其れは兎も角。そもそも何故護衛対象であるハズのおっちゃんに此の様な危険行為をさせているのか。・・・まあ今の俺基準では大して危険て訳でも無いのだが。何にせよありていに言ってしまえば、おっちゃんを鍛える為である。とは言え、ちっとやそっとその辺の獣や魔物と戦った所で、いきなり腕力が付いたり身体能力が向上したりするワケは無い。要は喧嘩慣れ、というか殺し合いに少しでも慣れて貰おうという算段である。しかも貴重な食料も確保出来るし、一石二鳥でもある。


俺が今迄見た此の世界の行商人の連中てのは、基本驚くほど鍛え込んであるし喧嘩慣れしている。だが其れに対しておっちゃんは熟練の行商人にも拘らず、他の連中と比べて妙に喧嘩慣れして居ない様に見受けられる。一応身体は其れなりに鍛えてある様子ではあるが。そして俺の見たところその大きな要因として、恐らくは生来の穏やかな性格に加え、其の人柄に拠り周りの人に恵まれていたお陰ではなかろうか。


だが今は長年連れ添って来た伴の者達は既にくたばってしまい、しかも大きな取引を目論むおっちゃんの今後を考えると、切り取り、追剥ぎなど珍しくも無い此の世界において、おっちゃんが末永く生き延びる為には、今のままでは余りにも心許ない。


だが勿論、行商人であるおっちゃん自身が誰かと直接殴り合ったり、斬り合う必要など本来は無い。其の辺りは専門家に任せれば良いのだ。だが、事態は常に想定の範囲内に収まるとは限らない。あらゆる状況において最低限、せめて時間稼ぎが出来るか否かは、おっちゃんの今後の生存率を大いに左右するだろう。


其れに守る側としても一番面倒なのは、もしもの際に護衛対象がビビり上がって、身体が竦んで動けなくなってしまう事だ。そんな事を考える俺とて、嘗て故郷に居た頃は映画や漫画を眺めながら、危機に際して間抜けな行動をするキャラクター達を随分と小馬鹿にしたものだ。しかし此の世界に飛ばされて以来、実際に生死が掛かった事態に己自身が何度も直面させられた結果、そんな状況においては自分でも驚く程に頭も身体も働いてくれないし、時には突飛な行動を取ってしまったりする事を散々に思い知らされた。


なので俺がおっちゃんに求めるのは、別に戦士顔負けの腕力や、自分より強い相手に立ち向かう勇気なんぞでは無い。と言うか、そんな蛮勇なんぞ断じていらん。其れよりもし本当にヤバイと感じたならば、せめて竦み上がる事無く脱兎の如く逃げ出せる程度には荒事に慣れて欲しいのだ。


・・・などと考えながら、血塗れと化したおっちゃんが最後に残った一匹とくんずほぐれつする様を微笑ましく眺める。他のデカイタチ共は鎧や盾の上から何度も噛ませてあげつつ適当にあしらい続けて居たら、疲れ果てたのか一匹、また一匹と姿を消し、何時しか皆何処かへ行ってしまった。少々勿体無い気もするが、またおっちゃんの訓練の相手兼お肉のデリバリーで来てくれる事を期待しよう。


もしおっちゃんがマジでヤバそうならば、俺は何時なりとも投石にて援護する構えではある。とは言え、此れは実戦である。幾ら俺が気を配ろうとも、不幸な事故は起こらないとは限らない。だがしかし。此処迄介護されて其れでも尚くたばるようであれば、其れはもうおっちゃんの運命であろう。その場合は、せめてしっかり弔ってあげようと思う。


そして遂に。


「ウオオオオオオッ!」


最後に残ったデカイタチを仕留め、見事勝利を飾ったおっちゃんは今迄とはまるで別人のような熱い雄叫びと共に、両の拳を天に向かって高々と突き上げた。


「うおおおおっ!」


「うらあああっ!」


俺と樽はおっちゃんに倣うかの如く並んで雄叫びを上げながら、満面の笑みを浮かべるおっちゃんの元へと駆け寄った。


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