表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
226/267

第199話


「ぬんっ」


素早いステップと体重移動、踏み込んだ軸足を固定して溜めを意識しつつ上半身を加速。腕を鞭のように撓らせ、全身で捻り出した力を余す事無く指先に伝える。


嘗て故郷に居た頃、動画で何度も再生した推しのプロ野球選手のピッチングフォームを再現した(つもり)の俺の指先から、驚異的なスピードで石礫が放たれた。


生き延びる為の必要に迫られ、獲物を仕留める為の印字打ちは嫌と言う程鍛錬した俺ではあったが、単純に球威を追い求めるならば矢張りこの投げ方が最適解だ。無論、挙動が遅速な上に大いに隙だらけなので、実戦における使い処は極めて限定されるが。


放たれた尋常ならざる剛速球は、見定めた目標に向かって一直線に奔る、かに思われたのだが。とある空間に差し掛かると、まるで唐突に与えられた全ての運動エネルギーを奪われたかの如く、力無くポトリと地面に落下した。


「成る程。不思議なモノだな」


俺達山岳遭難隊三名と一匹ご一行は、険し過ぎる山岳地帯の奥深くで推定迷宮を偶然にも発見した。そこで、迷宮の入口付近を軽く探索したところ、階層の境界と思しき結界に辿り着いた。其の結界に触れると一体何が起きるのか。第三者視点から眺めようと試しに結界に向けて其の辺の石をブン投げてみたら、御覧の有様だ。流石は推定神々に拠り創造されし迷宮である。故郷の科学の粋を以てしても、此の様な不可思議な代物を創造する事は叶うまい。


「そうですねえ。私は嘗て『果て無き聖堂』イェルシャ・エリシュを訪れた際、同様な壁を体験した事があります。此処とは随分と様相は異なりますが、かの地も神々の迷宮の一角を成しておりますからね」


俺が目を向けると、おっちゃんは少々ドヤ気味に過去の体験を語った。


「それじゃあ、コイツならどうだい」


すると樽が一声宣言するや否や、鼻から息を噴射しながら結構なデカさの石を地面から引っこ抜いて両手に掲げ、そのまま前方へとブン投げた。が、結果は俺が投げた石と同様。突如推進力を失って、ドスンと地面に落下した。


「チッ。駄目かい」


「やはり此処が階層の境界のようですね。他の方角は何処まで歩けば境界に至るかは分かりませんが」


「じゃあ、これからどうするんだい。別の階層に繋がる門を探すのかい」


樽が少々ウンザリした様子で訊ねて来た。此の場所は空気の薄さや夜間のクソ寒さも相まって環境が劣悪だし、何より景色が殺風景に過ぎるので気持ちは分かる。


「いや、入口に戻ろう。一応、収穫は有った訳だし、門とやらが何処に在るか 知れたものじゃないし 頃合いなんじゃないか。それに食料の調達が見込めない以上、何時までも 此処に留まり続けたくは無い。おっちゃんは どう思う?」


此の地では相も変わらず動く生き物が小動物一匹すら見当たらない。未だ保存食の備蓄は有るものの、俺としては此れ以上の無為な浪費は許容出来ない。


「ううむ、そうですね。私としてはもう少しだけ探索したい気持ちも有りますが・・そういう事情であれば、戻りましょうか」


「うむ。ならば少し休憩してから、入口へ戻ろう。あと迷宮の外に出る前に もう一度此処の草を刈って外に運び出したいので、二人共手伝ってくれ」


「ああ、この子の食料の為ですね。承知しました」


「あいよ」


そういう事になった。


その後、俺由来のお湯を飲んで寛ぐおっちゃん達を尻目に、俺は遊興と印字打ちの鍛錬がてら、手頃な石を拾っては結界へとブン投げまくった。だが、どれ程気合を入れて投げ込んでも、石礫は結界に阻まれてポロポロと力無く落ちるばかり。試しにかなりの上空に向けて何度か投げてみたが、結果は変わらなかった。どうやら上空もしっかりと結界で囲われているらしい。そして、


「カトゥー君。そろそろ出発しましょうか」


暫く投げ込みを続けて居ると、おっちゃんが俺の隣に立って声を掛けて来た。


「ああ」


そして俺は手の中に残った最後の石礫を、何気無く放り投げた。すると・・。


石は低い放物線を描きながら思いの外遠くまで飛んでゆき、疎らに群生する白い草原の中に消えていった。


「・・・・」


「・・・・」


「おっちゃん。今のは・・」


すると、おっちゃんは無言のまま、足元の石を拾って差し出して来た。其の口元は心なしか、引き攣って居る様に見える。


俺はおっちゃんから石を受け取ると、ワインドアップで全く同じコースに全力投球をぶちかました。すると、石礫は凄まじい速度で一直線にカッ飛んでゆき、先刻と同様に草原の中に消えていった。次いで俺は足元に転がる石を手早く拾い集めると、角度と高さを変えながら次々と石礫を投擲しまくった。滑空した石礫は、空中で不意に推進力を失って次々と落下してゆく。だがしかし、先程と同じコースに投げた石だけは速度を維持したまま、遠方へと消えていった。


「なあ、おっちゃん。これって」


「・・・」


「アソコだけ境界の壁が 綻んでないか」


「さ、さあ。どうでしょう」


「まあ、入口の遺跡は随分と 古そうだったからな。もしかすると階層の壁も年月を経て劣化 したのかな」


「えぇ、でも神々・・いや、そう・・いうものなんでしょうか?」


「さあな」


「ね、ねえカトゥー君」


「何だ」


「もし、もしもですよ。もし我々があの向こう側に行ったのなら、一体何処まで辿り着けるのでしょうか」


おっちゃんはグビリと一口唾を飲み込むと、恐る恐る俺に訊ねて来た。


「さあ。・・・でもおっちゃん。俺達が仮に壁の彼方側に行ったとして、果たして再び()()()()に 帰って来られるのだろうか」


神々の迷宮の各階層で暮らす土着の生物は、迷宮の結界や入口の存在を認識出来無いと以前聞いた。


俺とおっちゃんは、思わず互いの顔を見合わせた。俺の視界に映ったのは、大量の油汗を浮かべて引き攣りまくったおっちゃんの御尊顔。その表情は酷い恐怖と不安、そして抑え切れぬ僅かな好奇心とのブレンド。恐らくは、おっちゃんに見える俺の表情も似たようなモノだろう。


「ふ、ふふふふっ」


「ははははっ」


「・・・帰りましょうか」


「・・・そうだな」


その後、俺達は後進への注意喚起の為に、更に石を投げまくって結界が綻んでいると思しき箇所をある程度特定すると、其の前に急ピッチで掻き集めた石を積み上げ、即席の目印とした。そして再び荷物を担ぎ直した俺達は、好奇心を刺激する甘美な残り香に後ろ髪を惹かれつつも、迷宮の入口へと戻るべく足早に其の場を後にした。



____階層の境界を離れた翌日。俺達は目立ったトラブルも無く、迷宮の出入口であるボロボロに風化した遺跡へと無事戻ることが出来た。


遺跡に戻った俺達三人は周囲に拡がる白い草原の草を刈りまくると、束ねた草を積載量の許す限りモジャの背に固定した。そして遺跡内の古ぼけた階段を降りた俺達は、謎めいた推定迷宮を離れて大山脈の洞窟へと帰還した。


迷宮から何日か振りに外界への帰還を果たした俺達が洞窟の外に出ると、荒れ狂っていた吹雪はすっかりと収まり、上空には澄んだ青空が広がっていた。故郷から遥か遠く離れた異界とは言え、矢張り故郷と似た色合いの空と見慣れた太陽が在ると心が落ち着くものだ。


その後三名に拠る協議の結果、太陽の位置が既に傾いて居る事も有り、本日は此の洞窟で一晩過ごし、明日改めて東方に向けて出発する事に相成った。


俺とおっちゃんは洞窟の外で巨大な峰々の偉容を眺めながら、此の先に進むルートを綿密に検討した。その後、おっちゃんは荷物から木炭を手に取って、紙片に周囲の風景を熱心に描き始めた。一応俺も周囲の峰々の形状は頭に叩き込んである。


幸いにも、洞窟から見える位置には途轍もなく目立つ巨大なクソデカ山が聳え立って居る。以前目撃したクソデカ山とは別の、言うなればクソデカ山2号である。


その偉容は恐ろしく特徴的である。先ず標高は目視で推定2万メートルは有りそうな馬鹿げたサイズだ。空は快晴なのに、見上げた遥か先の天辺が霞んじゃってるよ。しかも山の形状はまるで鋭い刀剣か、或いは故郷のオベリスクの如く天に向かって屹立しており、何故かコイツだけ周囲の峰々と異なり殆ど雪と氷で覆われておらず、ムキ出しの岩肌は玄武岩の様な暗色。そして山体を構成するほぼ垂直な絶壁は、どれ程少なく見積もっても目測で高低差1万メートルを超える。俺は此の狂気の巨峰を勝手に黒劔岳と命名した。


しかも黒劔岳を目を凝らして良く眺めて見ると、何だか埃の様な、胡麻粒の様な物体がチラチラと山体の周囲を舞って居る様子が垣間見えた。どうにも気に掛かったので発達した視力で更に目を凝らしまくると、其れ等は何と大小様々な落石である事が判明した。ああ、アレに登るのは絶対に無理だな。少なからず鍛え上げた今の俺でも早々にミンチと化してくたばる事だろう。とは言え、黒劔岳は周辺の峰々と比べてとにかく悪目立ちしまくっているので、迷宮の所在地を特定する為の目印にはもってこいである。果たしてあの天辺にも何処ぞの神の住処があるのだろうか。まあ仮に在ったにせよ、どう見ても底意地の悪い神が住んでるとしか思えんが。


結局、その日の晩は思い切って洞窟の入り口付近に鳴子を仕掛けたのみで見張りは立てず、三人と一匹共に洞窟の奥に留まって十全に身体を休めた。そして東の空が白み始めた翌日の早朝。朝餉を済ませて荷物を纏めた俺達は、東方に向けて旅を再開した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ