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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第184話

見渡す限り広がる巨大な山群を目の当たりにして暫し呆然となった俺だが、一つ己のの頬を叩いて気を取り直した。


ま、まあ待て待て落ち付け落ちケツだ。自慢のプリケツの穴を引き締め直そう。


俺達は何もあの巨大な峰々の天辺に登りに来た訳じゃあ無いのだ。と言うか、あんな弩級のクソデカ山の頂上に登ろうとすれば、恐らく大気が薄過ぎて確実にあの世逝きである。因みに今ではすっかり慣れてしまったが、此の世界に飛ばされて間も無い頃の俺は、少なからず呼吸の息苦しさや違和感を感じたものだ。恐らく此の惑星は地球とは大気の組成や地表の1気圧とは微妙に異なっているものと考えられる。まああの時は異常事態のストレスマッハでプラシーボ的な感じ方をしていたのかも知れんし、今となってはどうでも良いけど。


それにしても。俺は視界一杯に拡がる壮大過ぎる峰々から視線を外し、背後を振り返ってみる。此方側は美しさよりクレイジー感が優る先程の景観とは違い、普通に素晴らしい眺めなのだが、俺達が歩いて来たであろう麓の一帯は雲に覆われていて見渡す事は出来ない。しかし改めて見比べると、聳え立つ無数の巨峰の分を差し引いたとしても、俺達が登って来た尾根の西側に広がる風景と比べて、東側に見える大地は明らかに隆起している様に見える。地勢全体がより高地になって居るのだろうか。それに、東側は各所で岩盤の浸食がより激しい為か、地形の険しさが半端無い。絶壁ばかりで平坦な地形が殆ど見当たらねえぞ。地球で類似する景観はチョット思い浮かばないが、敢えて近いものを挙げるならば、昔親友の大吾に写真を見せられたパキスタンに在るトランゴ・タワーズの規模を超巨大化したような感じか。


俺は再び尾根の東側に視線を戻す。そして何処かに逸れた隊商の姿が無いか目を凝らして探し回るも、其れらしき姿は何処にも無い。ううむ、此の先の『商人の道』は、或いは此処からは見えそうにない深い谷底辺りを通っているのだろうか。大山脈に在る深い谷底は超危険地帯の魔素溜まりとは聞いたが、よもや全ての谷が魔素溜まりて訳は無いだろうし。其れとも・・矢張り蛮族共にやられちまったのだろうか。


其の地形はある程度俯瞰で全体を見れば馬鹿げた険しさ、の一言に尽きる。だが各所に目を凝らせば、地球の地質学者達が嬉ション狂喜乱舞しそうな様々な面白地形が垣間見え、チラリとだが巨大な氷河の姿も伺える。だが結局、俺の鍛え抜かれた視力を以てしても、隊商の姿どころか道らしき痕跡すら見出す事は叶わなかった。


「なあ!昔おっちゃんが 大山脈越えした時も、アレを越えて辺境に来たのか?」


目視による探索を一旦打ち切った俺は、クレイジーな景観を指差しながら耳元で声を張り上げて、おっちゃんに訊ねてみた。風の音がゴーゴーと非常に煩い。


「え、いえ!正直に言えばあまり確証が持てません。あの時はこれ程高い場所から景色を見下ろした事はありませんでしたから。でも確かにとても険しい道だったと記憶しています!」


おっちゃんも声を張り上げて応じる。


「なぁなぁ、もう戻ろうぜ!あんなの絶対無理だって」


樽が強風の中、妙に良く通る声で捲し立てた。


ううむ、樽の気持ちは分からんでも無いが、今更戻るって言ったって。どの道『商人の道』は完全に見失ってしまったし、今から山を降りて来た道を戻るの?其れは其れで余りに面倒に過ぎる。何より苦労しまくって漸く此処まで辿り着いた事が、全くの無意味となる徒労感が半端無い。しかも戻ったところで迷子な状態は絶賛継続中な訳だし、故郷と違って救助の期待などゼロだ。自力で生き延びる以外道は無い。


「おっちゃんは どう思う?」


俺はおっちゃんに訊いてみた。


「先へ進みましょう!隊商の本隊が我々の帰りを待って留まり続ける事はまずありえませんし、例え戻ったところで、事態が好転するとも思えません。デュモクレトスの一粒の砂に希望と望みを託すならば、私は退くよりも、前に進みたい」


おっちゃんは迷う事無く言い切った。ほう、分かってるじゃないか。おっちゃん見た目に拠らず肝が据わって居るな。デュモクレトスとやらは何なのか良く分からんが。


「俺もおっちゃんと 同意見だ。なら決まりだな。先へ進むぞ!此処は風が強すぎるから、少し降ってから 野営をしよう」


「ああもうっ分かったよ!どうせアタイが何言っても戻る気なんて無いんだろ!」


「そういう事だ。樽よ、何度も言うが、いい加減腹を括れ。日が落ちるまで もう余り時間が無い。先ずは此処から降りられそうな 場所を探すぞ。雪庇を踏まないよう注意しろ」


「セッピ?何だそれ」

おっと、雪庇てこの世界では何て言うんだっけ。


「ええと、岩から張り出した 雪の塊だよ。地面と見間違え易いけど、強度が無いから間違えて踏むと 崩れて落ちるぞ」


その後、俺達は稜線から100m程下降すると、具合の良さそうな窪地を見付けたので其処に天幕を張る事にした。と言っても真面に張ると強風で吹き飛ばされかねないので、先ずはロープと改造棒手裏剣、更に苦無を駆使してモジャを斜面に保持し、其のモジャの身体と岩壁を利用して風除けのみ張って完成だ。天幕が完成したら、勿論夕餉だ。モジャにはカチコチに固めた乾燥干し草を食べさせる。モジャモジャ生物は体内に蓄えた脂肪と筋肉に拠り絶食状態でも2か月位は余裕で耐えられるらしいが、飯は例え少量でも出来る限り食べさせるようにしている。


お次は俺達の番。ドラゴン君の肉と干し草(モジャが食ってるのと同じ)、そして塩を少々投入した味気無いスープだ。その辺で集めて来た雪をおっちゃん持参の鍋に山盛り投入して、膝に抱える。毎日尻洗魔法アスクリンを使いまくっているお陰で、H2Oへの加熱は手慣れたモノだ。通常、気圧が低い高所では沸点が低いので火で加熱しても生煮えになりかねないが、冷え込む夜に備えて身体を少しでも温めておきたい。寝てる間は懐炉の術が使えないしな。なので日属性の魔力を駆使して強引に加熱する。おっちゃん達には俺が日属性の魔法を使える事は既に伝達済だ。


アスクリンでお湯を放出するのと、雪を日属性で溶かすのと、果たして何方が魔力効率が良いのだろうか。今となってはお試しで魔力を浪費する余裕は無い。事前に検証しておけば良かったな。


夕餉の後片付けを済ませた俺達は好天が続く事を祈りながら、三人と一匹で寄り添って深い眠りに就いた。


翌朝。・・と言ってもまだ空には月と零れ落ちそうな満点の星空が輝いているが。身体に被った天幕の余った布からモソモソと這い出した俺達は、最早声を掛けるまでも無く問答無用で樽のレバーに掌底を叩き込んでスカッと意識を覚醒させると、凍った肉と雪を溶かしたお湯で手早く朝餉を済ませ、風除けとロープを回収して出発の準備を整えた。


登攀の時と比べ事前にルートの情報が得られなかった為、下山はより苦戦するかと思われた。しかし此方側は案外取り付き易い岩壁が多く、また危険な箇所では躊躇う事無く二人をさっさとロープで吊るして降ろしたので、思いの外下降はスムーズに進んだ。一度直ぐ傍で小さな雪崩が起きて肝を冷やしたが、幸い全員巻き込まれる事は無かった。


其れでも山の基部迄辿り着く頃には既に周囲は暗くなっていた為、俺達は雪崩と落石を避ける為に更に地球時間で小一時間程歩いた場所で天幕を張った。その後、俺は夕餉をの準備をしようとしたのだが、おっちゃんと樽は余程疲れたのか、天幕を張った直後に其の中に倒れ込む様に突っ伏すと、あっという間に眠りに落ちてしまった。仕方ないので俺はモジャに飯を食べさせた後、凍った肉を齧るだけに留めて其のまま眠る事にした。


翌日。空は曇天。風は微風。上空からは音も無く雪が降り続いている。


雲に覆われた空が明るくなると共に起床した俺達は、今後の経路について話し合う事にした。今後は出来れば標高が比較的低い谷沿いや、起伏の少ない安全な場所を探って通り抜けたい。とは言え今は四方を漏らさず雲衝く岩と氷雪の壁に囲まれている為、何処かを越えて進まねば東方に抜ける事は叶わない。


しかも、俺達に残された時間は有限である。大山脈では此の先季節が秋を迎え、更に環境が極悪な厳冬期に入れば、まず生き残る事は不可能と言われている。また、手持ちの食料にはまだ余裕はあるが、切り詰めても此の先1か月も保たないであろう。今後も食料は可能な限り保存食には手を付けず、現地調達で賄う腹積もりではあるが、愚図愚図している余裕は無いのだ。


天幕を撤収して荷物を纏めた俺達は、東方へと抜けるルートを探索する為、野営の跡を背にして歩き始めた。

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