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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第180話

思わぬハプニングにより大山脈越えを目指す隊商から逸れてしまった俺達は、崖の直下で突如腹ペコドラゴン君に丸齧りされそうになった。勿論ドラゴン君は懇切丁寧に涅槃へとご招待差し上げた。ついでにお肉も鱈腹頂戴して、俺達の胃袋はホクホクご満悦である。尤も、頂いたのは肉オンリーなので栄養は偏りまくっているが。


幼体とは言え全長推定10mを越える巨躯を誇るドラゴン君ではあったが、俺から見て其の動きは鈍重であり、特に手間取る事無く処理出来た。其の強さはまあ、故郷基準で評するなら乗用車は無理でも4tトラックならイける・・てトコロか?現代科学の粋であるモーターや内燃機関のパワーと鋼のシャシーの質量に拠る突撃ボンバイエには、地球の動物や人間のみならず此の世界の魔物を殺るのにも充分な殺傷力が有るからな。とは言え、ほぼ大自然オンリーな山中で車輛を転がす事など到底不可能であろうが。


何れにせよ、ドラゴン君の脅威は以前迷宮の奥で殺し合ったハグレの足元にも及ばぬであろう。何せハグレの奴は初手の奇襲により極太の化物槍で身体の中心をぶち抜いてやった上、超劇毒であるデーモンパウダーを鱈腹喰わせてほぼ9割くらい死に体だったにも拘らず、其の強さは正直ありえない位ヤバかったからな。今思い返してもぶっ殺せたのが信じられんぜ。


そして幼体であるドラゴン君をぶっ殺した事で怒りのモンペ・・もとい親御さんが急にコンニチワしてこないか危惧した俺だったが、樽の話に拠ればドラゴンの幼体は成体と行動を共にする事は無く、しかも成体が人間領域に姿を現す事は滅多に無いらしい。例えば此方から谷底の魔素溜まりに突撃でもしない限り、遭遇する可能性はほぼ無いそうだ。


ドラゴン君の死体の傍に留まるのは色々な意味で危険な為、俺達は地球時間で推定20分程歩いた場所に移動して風雪を凌げそうな岩の窪みを発見すると、其処に天幕を張ってビバーグする事にした。断崖から滑落した行商人のおっちゃんは未だ意識が戻らない為、天幕の中に寝かせて当面の間安静にして様子を見るつもりだ。


ケツ穴周辺から燃料(乾燥ウンコ)を補充出来たので、ドラゴン君から採取したお肉は軽く塩を振って石焼きにした。其のお味は独特な臭みのあるササミて感じで、まあ食えなくは無い。血抜きはして居ないものの、此の気温では血中の雑菌が繁殖しにくいお陰なのだろう。樽は俺がウキウキで竈を作り、手際良く肉を焼く様子を見て「え・・コレ食うの?」てツラをして居たが、俺から言わせりゃ「え・・コレ食わないの?」て感じだ。お前未開な異界の住人の癖に、些か野性味が足りな過ぎやせんか。貴重な保存食に手を出されては堪らんので結局半ば無理矢理喰わせたが、樽は満更でもない様子でガツガツ肉を頬張っていた。

 

おっちゃんは幾ら待っても中々目を覚ます事は無かった。痺れを切らせた俺は良い加減脳味噌に回復魔法をブチ込んでやろうかと思い悩んだ。確かに俺は今迄自分の脳に回復魔法を掛けた事は無い。だがその理由は記憶やら何やらスカッと気持ち良く何処かへ飛んで行く気がして勝手にビビっているだけなので、実際にそう成るとは限らないのだ。


おっちゃんの回復を待つ間、俺は確保したモジャの荷物の整理に加えて自身の荷や装備、そして確保した食料の点検に余念が無く、更には棒手裏剣の改造に着手した。ロープが掛かり易いように溝を付け、先端には抜け辛いよう小さな返しを付けたのだ。其の成形は相棒でガンガンブッ叩いて行った。折角の新たな武装を碌に使う事も無くいきなり魔改造する羽目に成った上、強引に成型したせいで幾らか強度も落ちるだろうが、ロープが外れたり抜けるリスクと比較すれば随分マシである。その結果、残念ながら1本は折れて駄目にしてしまったが、どうにか支点確保の楔代わりとして成形することが出来た。無論、現代のアンカーボルト等とは強度も信頼性も比べるべくも無いだろうが、気休め程度には成るであろう。樽は毎日ドラゴン君の肉を貪り喰って、天幕でゴロゴロしていた。


そしてそんな折、おっちゃんは何の前触れも無く目を覚ました。俺達が崖から転落してから、丸三日後の出来事である。


意識を取り戻したおっちゃんが最初に俺達に訊ねたのは、付き人達やモジャの安否である。特に隠す理由も無いので、俺は正直に付き人達の死を告げた。彼等の訃報を聞かされたおっちゃんは、地に伏せって男泣きの号泣である。おおう、空気が重すぎる。正直余り陰鬱な雰囲気にしたくなかったので、テヘッ死んじゃった・・てな感じで軽く流すつもりであったのだが、とてもじゃないがそんなお茶目が許されそうな場の空気では無い。いや、彼等はおっちゃんと長年一緒に旅した馴染みであったのだろう。そりゃこう成るのは仕方無いとは思う。いやしかし、ううむどうしようか。


「モックさんよ。くたばった連中の事はもういいだろ。そんな事より此れからどうするんだい。」


窮した俺が号泣するおっちゃんの震える肩に無言で手を差し伸べて居ると、其の背後から樽の無慈悲な一声が掛けられた。


うおおおい樽よ、お前凄えな。血も涙もねえとは此の事か。いや、俺も付き人の半分潰れた生首を発見した時はどっしぇ~と成ってしまったから余り人の事は言えんが。


「おっちゃん。此の樽、一発張り倒しておこうか」


「あんだと?」


「いえ、いえ。良いんです。彼女の言う通りでしょう。今は何時までも悲しみに浸って良い時ではありませんね。改めて、お二人共助けて頂いて本当に有難うございます。お陰で命拾いしました」

おっちゃんは顔を濡らしたまま居住いを正すと、俺達に向けて深々と頭を下げた。


「ガハハハッ。まあ精々恩に着な!」


「・・・・」


頭を下げるおっちゃんからは見えないだろうが、今の俺は何とも微妙な表情をしている事だろう。おっちゃん達が崖から落とされたのは護衛である俺の失態でもあるのだ。過度に卑屈になる気は無いが、正直感謝されても全然ドヤる気がしない。寧ろ感謝どころか激高して、5・6発位ブン殴られても仕方無いとすら思う。


俺は毛髪が心許ないおっちゃんの頭頂部を複雑な気分で眺めながら、結局何も言えずに居た。


三人と一匹。辛うじて生き延びた訳だが、此れからどうしようか。三人で協議したが、矢張り可能であれば逸れてしまった隊商の本隊と合流したいトコロである。だが俺達が崖から転落してから既に丸三日が経過している。その間、隊商の連中はどうなってしまったのか。正直、余り良い予感はしない。それに俺独りならどうとでもなるが、おっちゃん達やモジャがあの崖を登り切るのはほぼ不可能であろう。ならばせめて俺独りで上の様子だけでも見に行きたい所なのだが、おっちゃんを樽と二人きりで此の場に残して置くのはあまりに不安に過ぎる。


だが其の事をコッソリ告げると、おっちゃんに私は大丈夫だからどうか上の様子を見てきて欲しいと再び深々と頭を下げられてしまった。雇い主に其処までされては無碍に断わる訳にもいくまい。俺自身も上の様子は確認しておきたいしな。てな訳で。俺は樽におっちゃんとモジャの護衛をくれぐれも頼んだ上、念押しでもしおっちゃんが何者かに殺られたら、ソイツと連座でお前も処刑すると宣言して天幕を後にした。イヤホントマジで頼むよ樽。俺は殺ると言ったらガチで殺るかんな。


三日前に俺達が滑落した崖下の傍まで戻って様子を伺ってみると、其処に横たわるドラゴン君の亡骸には無数の魔物やら獣やら蟲やらと大量の生物が群がり、蠢いて居た。また、欲張って道中雪中に埋めて置いた肉塊もその殆どが掘り返され、何処かに持ち去られていた。痕跡から見て恐らくは鼻が利く魔物か獣の仕業であろう。群がって居るのはスカベンジャー共とは言えあの場に近付くのは少なからず危険を感じた為、俺は少し離れた場所から岩壁に取り付くことにした。


此処数日の寒さで岩壁は半ば氷壁と化していたものの、特に危険を感じる事無く登り進む事が出来た。何故なら降りるよりも登る方が難易度が低い上、今回は崖下から岩壁をジックリ観察してルートを精査し、更には旅の前に鍛冶職人に造って貰ったアイゼン擬きとピッケルを装備しているからだ。俺は始めこそロープと棒手裏剣で安全を確保しながら慎重に登っていたものの、次第に面倒になって来たので最早人類を逸脱しつつある筋力と体力に物を言わせてフリーでサクサク登り始めた。勿論、良い子は絶対真似しちゃ駄目なムーヴである。


崖を登り切ると、其処に拡がって居たのは周り一面の白銀世界であった。隊商の面々は無論の事、魔物や蛮族共の姿も何処にも見受けられない。所々で雪面が僅かに盛り上がって居るのは、数日前の戦闘の痕跡であろうか。俺は腰まで埋まる雪を掻き分けながら歩いて盛り上がった雪の幾つかを掘ってみると、其の中からカチコチに凍った魔物や人の死体が現れた。どの死体もかなり損傷が激しい為、恐らくは魔物共に喰い散らかされたのであろう。俺は陰鬱な気分のまま近辺を歩き回ったが、生き残った隊商の連中が何処へ行ったのか。或いは完全に瓦解してしまったのか。其の足跡を何一つ見出す事は出来なかった。


地道に時間を掛けて探れば或いは何か見つかるかも知れないが、おっちゃん達の安否が気に成る為、あまり悠長にしている訳にもいかない。それに正直何時までも此処に留まって居ると気が滅入る。一つ重い息を付いた俺は適当なところで捜索を切り上げると、さっさと岩壁を降りておっちゃん達が待つ天幕の場所へ戻る事にした。


天幕へ戻ると、おっちゃん達は何事も無く無事であった。俺は崖の上で見た事をありのまま言い伝え、三人で今後の方針を練る事にした。だが話し合いは紛糾した。俺とおっちゃんは最早隊商との合流は無理だと考え、此のまま俺達だけで大山脈越えを目指す事を提唱したのだが。樽は引き返すべきだと主張したのだ。


「引き返すと言ったって・・。おっちゃん、道は分かるのか?」


「いえ、正直に申し上げると殆ど分かりません。大山脈の商人の道は今回と、昔他の隊商に付いて一度通ったきりですし」


「それに蛮族共も居る。此の人数で襲われたら 今度こそ助からんぞ」

俺独りなら逃げ延びる自信はあるが。


「でも大山脈の向こう側にも蛮族は居るんだろ。結局は同じ事じゃねぇか」


「彼方側の蛮族は比較的温厚だそうですよ。麓の町と交易も有るそうですし。其れに更に大山脈の奥に入れば恐らくもう蛮族は居ないハズです。代わりに道は更に険しくなりますが・・」


「アレより険しくなるって、それもう死にに行くようなモンじゃねぇか。アタイは絶対に戻りたいね」


「俺達は既に道を見失っているんだ。助けなど当てにならんし、行くも戻るも 今更大して変わらんだろう」俺としてはどの道とうに遭難してんだから、どうせなら前のめりに行きたい。幸い飲料水には困らんし、食料も充分に備蓄出来た。


「行くにしたって、其れこそ道は分かるのかよぉ」


「道は分からんが、天候が良ければ 太陽の位置である程度方角くらいは分かる」


「私は星が読めますので、方角は分かりますよ」


「でもよぉ方角が分かるなら、猶更戻った方がマシなんじゃないかい。大山脈を越えるにはまだまだ先は長いんだろう」


「其れは確かにそうですが・・・」


「・・・此のままでは 結論は出そうに無いな。ならばおっちゃんが決めてくれ。アンタが俺達の 雇い主なのだから。樽もそれで良いか?」


幾ら話し合っても樽の賛同は得られそうに無いので、面倒になった俺は結論をおっちゃんにブン投げた。行くにせよ戻るにせよどうあってもおっちゃんの決定に従えないのであれば、樽はその辺に置いて行こう。


「誰が樽だオラァ!・・ああもう仕方無いね」


「ならば・・」




____結局、俺達は大山脈を越えるべく、遥か東方を目指すことに相成った。樽はあれからずっとブチブチ文句をぶーたれて居たが、どうやら漸く覚悟を決めた様子だ。


其処には既に道は無く、踏み締めるは大自然の雪原と、雄大な山嶺のみ。


其の数多くの霊峰の頂きには神々が座すと伝えられ、峻烈なる峰々があらゆる生者を拒むかの大山脈を踏み越えるには二つの道標がある。一つは商家の先駆達が切り拓いたか細い道。しかし其の死亡率は三割に上る。そしてもう一つは地下に拡がる大迷宮。だが無謀にもその道に挑んだ者共の実に八割以上は迷宮の闇に飲まれ、二度と日の光を浴びる事は無い。


ならば先人達に拠って拓かれた道など一顧だにせず、思うまま唯東に向けて進んでみたらどうだろう。何とはなしに訊ねた俺は酒場の親父に、そんな糞馬鹿居る訳ねえだろと腹を抱えて笑われた。全く、よもや自分が本当にそんな糞馬鹿になっちまうとはね。マジで勘弁して欲しい。


天候は昨日迄とは一転して穏やかな快晴。雪の照り返しが目や肌に刺さるものの、久々の青空で気分は上々だ。朝餉の後に視界に入る峰々を入念に観察してルートを検討した俺達は手際良く荷物を纏めると、東に向けて即席の野営地を出立した。


此の先、想像を絶する苦難と恐怖が待ち受けて居るとも知らずに。


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