表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
203/267

第176話

強風に煽られた雪のカーテンで視界が塞がれる中、俺達隊商の一行は荒々しい岩から成る隘路を一歩一歩踏み締める。だが視界不良な上に進むは起伏の激しい険峻な山道、しかも氷雪に塗れた岩肌は滑り易く、足元は益々覚束ない。故に強風と共に隊商の歩みは一気に停滞し始め、遅々として前に進まない。体力面、精神面共に十分な余裕がある俺は内心痺れを切らすも、全体の安全を考慮すれば至仕方無い事である。今日も拾った石を両手で弄びつつ黙々と隊列に付き従う。


今のところ重大な転倒や滑落事故は起きて居ない。だが唯でさえ道の状態が悪い上、護衛を除けば皆重い荷物を担いで居る為、何時事故が起きても可笑しくは無い。余りに心許無いのか、中には皮紐で荷を運ぶモジャモジャ生物に己の身体を繋いで居る者も居る。モジャモジャ生物は険しい山岳地帯に特化した生態を誇るだけあって、鋭い爪を岩肌に食い込ませつつ着実に歩く其の足取りは、人族の面々よりも余程確かに見える。


気温のせいもあって、俺はとうに愛用のスパイク付草履から新調した皮製のブーツに履き替えている。其の見た目はほぼ現代のタクティカルブーツで、此の世界では相当に目立つ。半オーダーメイドの此のブーツの靴底は特殊な革で造られており、しかも俺のたっての希望で草履のようにスパイクを取り付けて貰った。お陰で少々道に雪が着いたり凍結した程度ではビクともしない。更に俺は迷宮都市ベニスを出立する前に登山ギアの一つとして、アイゼン擬きを鍛冶職人トト親方の弟子である小坊主に端材を使って拵えさせた。なので例えこの先更にヤバい雪道に成ったとしても、アイゼン擬きをブーツに装着すれば容易に落ちる事は無いだろう。但し足を滑らせる事は無くとも、もし足場ごと崩落したらその程度の備えなど無為である。油断は禁物だ。


雪とガスに加えて起伏の激しい地形も相まって、視界は俺の眼ですら精々二・三十mくらいしか見通せない。ゴォゴォと鳴り続ける煩い風の音で、モジャモジャ達が歩く度に奏でられるハズの魔物除けの音すら聞こえ辛い。当然、こんな有様では周辺の人や動物の気配も殆ど拾えない。蛮族や獣の奇襲が危ぶまれるが、索敵条件は相手も同じであろう。だが、近隣の土地が縄張りな蛮族共には地の利がある。此の天候、俺達には如何にも分が悪い。


とは言え、正直険し過ぎてとてもそうは見えんが、此処は一応『商人の道』のハズだ。其れに此方も地元の案内人を擁しているので、土地勘が全く無い訳では無い。そしてブ厚い毛皮の服を纏い、着膨れして肥えたゴリラの如き絵面と化した隊商の筋肉男達は、先日迄はモジャモジャ生物に背負わせていた棍棒と盾モドキを自らの背板に固定して、襲撃に対して即応できるよう警戒している。


落ちたら即死確定な絶壁の只中に辛うじて刻まれた道を踏破し、俺達は切り立った崖を背に峠越えの比較的平坦な地点に差し掛かった。と、その時。隊列の前方から微かに角笛の音が聞こえて来た。確かこの辺はヤバいから警戒しろの合図だったか。


その直後。


周囲を見回す俺の眼が、ほんの僅か。目端を掠めるような、微かな違和感を捉えた。


すわ、敵襲・・か?いや、だが。う~む・・。


雪と風が舞い散る小高い岩石群に向けて改めて目を凝らすも、正直余り良く見えん。一瞬索敵に引っ掛かりを覚えたものの、此れではとても確証を得るどころでは無い。どう動くべきか判断に迷うな。変に大騒ぎしてもし何も無かったら非常に気マズいし。そもそも立場がほぼエセ護衛と化した俺には、隊商全体の動きを左右するような権限は一切無い。以前蛮族に監視されていた時は傍に他の護衛が居たが、今は姿が見えんし。ううむ、どうすっかな。一応おっちゃんと樽に注意喚起くらいはしておくか。


判断に困った俺が、事無かれ的な結論に落ち着き掛けた、その時。


「むっ」


風雪に紛れて、此方に向かって何かが飛んで来るのが視界に入った。今度こそ見間違いじゃねえ。


「上、だ~!!!」

長々と説明する猶予は無い。俺は咄嗟に最小限の語句に絞って肚から一声、吼えた。


だが俺の咄嗟の咆哮も空しく、隊商の面々は突然の大声に一瞬驚いたように反応したものの、どうすれば良いのか分からなかったのか一瞬動きを止めるに留まった。


ちっ、俺は高速で回り始めた思考で内心舌打つ。だが殆ど瞬時の出来事である。俺の声に反応し、即座に適切な行動を取るなど土台無理な話と言えよう。もし俺が逆の立場でも多分無理。


高速で思考を回す間も此方に飛んで来る物体から目を切る事は無い。矢にしては鈍重で軌道も山なり、投石の類か。俺は充分な余裕をもって着弾点を予測する。鎧を着た樽はともかく、おっちゃんやモジャに当てる訳にはいかない。だが幸い、此方に直撃しそうな飛来物は無さそうだ。


ベシャ


想像とは異なり、付近の着弾点からは水をぶちまけたような奇妙な音が聞こえて来た。此処で漸く、隊商の面々が慌しく動き始める。不味いな。充分警戒していたにも拘わらず、以前の襲撃と比べて明らかに味方の動きが鈍い。矢張り視界が効かない影響は馬鹿にならんのか。


すると程無く石?が着弾した前方から吹き荒れる風すら貫通して、血と臓物が腐ったような異常に血生臭い臭気が漂って来た。ぐええ何だこりゃ。ヤバい、まさか毒の類か。戦慄した俺は、咄嗟に回復魔法を発動すべく集中する。その為、不覚にも周囲の索敵が疎かになった。


うおっ。迫る、気配。足音、複数、近っヤバ、いっ。


ヤバい気配を間近に感じてチビりそうになった俺は、即座に回復魔法を中断して目の前のモジャのケツ毛をひっ掴むと、力任せに後方に向けて引っ張った。モジャの巨体がズリリリッと派手に引き摺られる。ブッ太いケツ毛がブチブチ抜けてモジャが悲鳴を上げるが、今は其れどころでは無い。


次いで背負い籠に挿した丸太剣βをぶっこ抜きつつ、モジャと身体を入れ替える様に前に出る。相棒は鞘ごと背負い籠に固定してある為、一旦籠を降ろして留め金を外さないと抜くことが出来ない。早速改善点が見つかったよ。全然嬉しくねえけど。


漸く動き出した護衛達の怒声が響き始める最中。岩山の陰から羽虫の如く雪崩出て来た無数の影が人族の脚ではあり得ぬ速度で俺達に迫ると、慌てて集合しつつある隊商の列の横っ腹に襲い掛かった。


ザザザザザッ


目の前まで迫った見覚えの無い獣。


あっという間に間合いを詰めて来た謎生物は、一足飛びに俺に向かって飛び掛かって来た。が、何故飛ぶ。慌てず騒がずカウンターで丸太剣を合わせる。


パガッ


乾いた薪を割るような音が響き、頭蓋を叩き割られた謎生物が地面に這いつくばる。間髪入れず脇から喰らい付いて来たもう一匹に対し、腰を切りながら小さな軌道で鉄槌を叩き込む。すると其の頭面に盾の硬いエッジが豪快にメリ込んだ。


「ゴゲゲゲッ」


顔面を両断された謎生物は、派手に体液を撒き散らしなが地面を転げ回る。直ぐ様下段蹴りで頭部を粉砕して止め。


謎の生物は体高1.1m尾を含め全長2.5mてトコロか。一見爬虫類っぽい、小型の肉食恐竜のような見た目だ。だが其の表皮の一部は斑に薄汚れた体毛に覆われている。何とも奇妙な、見た目があまり余所しくない生物だ。何だか薄汚い恐竜て感じだ。見た目爬虫類の癖にそんな寒そうな見た目で大丈夫か?と一瞬場にそぐわぬ思いが脳裏に浮かぶ。その直後、仕留めた謎生物から魔素が身体に流れ込んで来た。どうやら単なる獣の類では無く、魔物の一種のようだな。


尚も迫る魔物共に向かって仲間の死体を蹴り飛ばすと、何と物凄い勢いで共食いを始めた。どんだけ腹減ってんだよ。だが上手い具合に時間稼ぎになった。


俺は背後のおっちゃんに手で合図を送ると、共食いに興じる魔物共を刺激しないよう気配を殺して後ろに下がった。そして、改めて周囲を一瞥する。


隊商の筋肉男達は盾を構えて辛うじて防戦しているものの、突如大量の魔物に襲われて明らかに浮足立っている様子。何度も噛み付かれたのか、既に血塗れの者も居る。此処から見える限り護衛達も応戦している模様だが、どう見ても連携が取れて居る様には見えない。一体何やってんだ。・・・いや、矢張り要である4級狩人のリーダーが高山病で真面に動けない影響が大きいのかも知れん。


更に周囲を見回すと、小高い岩塊の上に記憶にある蛮度マシマシな連中の姿を捉えた。此の騒ぎは矢張り蛮族共の仕業か。奴等よもや魔物をけしかけてくるとは。もしやかの地獄テイマーのような凶悪な魔物使いが居やがるのか。なら最初からやれよと敵ながら思わんでもないが。む・・奴等何だかパニくってないか?て・・え。


良く見ると、連中魔物と激しく乳繰り合ってやがるぞ。よもやプロレス・・じゃねえよな。・・・てかアイツ等も普通に襲われてんじゃねーか!自爆覚悟で大量の魔物をけしかけて来やがったのか。マジで形振り構わな過ぎだろ。しかも先日の襲撃では見覚えの無い灰色の毛皮を着た蛮族や、全身派手な刺青姿の蛮族も視認できる。まさか他の部族だか種族だかも巻き込んだのか?オイオイオイ理由は知らんがもう何が何でも俺達を殺るつもりかよ。


蛮族共は自爆上等で魔物を扇動した模様だが、魔物の七、いや八割がたは此方に向かって来ているようだ。恐らくは先程飛んで来た血生臭い物体で誘導したんだろう。天候を考慮すると他にも仕込みが有りそうだが。何れにせよ此のままじゃ不味いな。魔物の個の強さは大したことは無いが、如何せん数が多過ぎる。目視出来る範囲だけでも下手すりゃ百近く居やがるぞ。しかも厭らしい事に、蛮族共が魔物に紛れて矢や石を放り込んで来やがる。しかし奴等首尾よく俺達を潰せたとして、その後自分等の身も危ういだろ。一体どう始末付けるつもりなんだ。・・て来やがったか。


「おっちゃん、もっと下がれ。其処は危険だ!」


再び迫って来た魔物共を矢継ぎ早に印字打ちでシバきながら俺は声を張り上げ、再度手で合図を送っておっちゃんに後退を促す。実はおっちゃんとはハンドサインを打ち合わせては居ないが、流石おっちゃん、察しが良い。強風に加えて周囲の喧騒により返事は聞こえなかったが、モジャとおっちゃんが更に後ろへ下がるのが視認出来た。後方は崖で逃げ場は無いが、おっちゃん達を守るには却ってその方がやり易い。俺は奮戦する隊商の他の連中をさり気なく盾にし、魔物を背後へ抜かれない様気を配りつつ自らも後ろへと下がった。


そういえば、樽の奴は何処行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ