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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
198/267

第171話

戦闘終了。YEAAAH!勝ったどおおお!ハイ出発。・・其れだけで済むなら世の中どれ程楽ちんであろうか。大山脈越えを目指す俺達行商人と護衛の御一行は、道中で襲い掛かって来た蛮族を返り討ちにし、見事勝利を収めた。だが俺達は別に戦争をして居る訳では無い。勝利の余韻に浸る間も無く、俺達を待って居たのは陰鬱な後片付けである。


激しい戦闘の後に残された物は夥しい血痕やら双方の遺留品、そして幾つもの生々しい蛮族の仏さんである。そして言うまでも無く、隊商の側にも被害は出ている。行商人達の話に耳を傾けると今の戦闘における隊商の死者は1名、そして怪我人は11名に上る。怪我人の殆どは軽傷で済んだものの、その内の1名は瀕死の重傷で最早助かりそうも無いのだそうだ。隊商の一行は先ずは一旦集合して小休止を行う。そして俺達水魔法の遣い手から半ば強制的に絞り出された新鮮な水が疲労した皆に振る舞われ、更にその水を使って負傷者達の手当てが行われた。更に話し合いの結果、結局今日は此の場所で野営をすることに成った。


凄惨な戦闘の跡地に護衛の狩人達と隊商の偉いさん達が集まるのを横目に、俺は雑用係達と共に一時の休息しながら彼等の話に耳を傾けた。


「どうにか撃退できたな。奴等また襲って来るかな」

集まった狩人の一人が、不安そうな表情で声を上げた。


「蛮族との戦闘は最初の一当てが肝要だ。緒戦で奴等に手強いと認識させれば、再び襲って来ることは無い。だが逆に侮られた場合、しつこく何度でも襲って来る。先程の戦いは、充分奴等に脅威を与えただろう」屈強な案内人の男が、先程の戦闘に対する寸評を淡々と述べる。


「なら、蛮族に関しては当面は安心て事かな」

と、4級狩人PTの一人。安堵したような口調だ。


「いや、そうとも限らんぞ」

4級狩人PTのリーダーが重々しく口を開いた。


「どういう事ですか?」

行商人と思しき一人が訊ねる。


「先ずはこの近辺に縄張りがある蛮族が、奴等だけとは限らないと言う事。あと、皆は襲って来た奴等の姿を良く見たか?」


「ああ、恐ろしい奴等だった」

集まった別PTの狩人の一人が応じる。


「いや、そうじゃない。奴等の多くは頬がこけ、目は落ち窪み、肌には艶が無く、そして胸の骨が浮き出ていた」


「それは・・」


「其れに其処に転がってる死体を調べれば分かると思うが、襲ってきた連中の中には女が混ざっていた。俺が事前に調べた限りでは、此の辺りの蛮族の女は狩りはするが略奪などの戦闘には参加しないハズだ」


マジかよ。ていうか良くそんな事調べ上げたな。その位しないと護衛の纏め役は務まらないてことか?


「つまり、どういう事だよ」

先程とは別の4級狩人PTの一人が声を上げた。


「恐らく奴等は飢えている。原因までは分からん。今迄略奪が上手く行かなかったのか、縄張りを他の蛮族に取られたのか、或いは山の実りが少なかったのか・・何れにせよ、奴等は形振り構ってられない状況の可能性がある。決して油断は出来んぞ」


重々しい4級狩人PTリーダーの言葉を耳に入れた俺は、他の雑用係と共にその場を離れた。どうやら俺達の休憩時間は終わりらしい。正直、先程の戦闘でもう襲って来ないだろうと俺も高を括っていた所がある。それに強烈な見た目ばかりに目がいって、奴等の健康状態まで観察が及ばなかった。反省せねば。奴等の動きや戦い方に精彩を欠いていたのも、或いは健康状態が悪かったせいなのだろうか。


それにしても流石は上級狩人に足を掛けたPTのリーダーてところか。俺なんかとは知識量も目の付け所も一味違うって訳だ。



死体の処理は下っ端の雑用係の仕事である。そして何故か俺にも当然の如く声が掛かった。一応依頼と言う名目ではあったが。俺は顔面に笑顔を張り付けて二つ返事で快く引き受けた。不満?不満しかねえよ。誰が好き好んでグロい惨殺死体の処理なんぞするかっての。だが一応護衛と言う立場にありながら先の戦闘を回避、と言うかサボった負い目があり、此の要請は非常に断り辛かった。隊商には先程の俺の立ち回りを目撃していた者が少なからず居るだろうしな。


そんな訳で、死なば皆仏なり。俺は其処かしこに転がる蛮族の無残な他殺体を前に手を合わせて冥福を祈ると、他の雑用係と協力して死体をせっせと運んで一か所に集める。時には運んでいる最中に内臓がデロ~ンと零れて非常にグロいし、言いたか無いがばっちい。色々な体液が服に付いてシミになったらどうすんだよ。後でアスクリンで洗い流さないと。もっと後片付けする人に配慮して斬らんかい。


蛮族の死体を一か所に集めたら、今度は隊商の皆で協力して巨大な穴を掘る。というか初めは足元の砂利を取り除いて、ようやく表れた固い地面に持ち寄った道具で穴を掘る。幸い、人手とブ厚い筋肉は十分に確保出来たので、穴はみるみる拡大してゆく。穴が充分な深さと広さに達した所で、何時の間にか作業の音頭を取っていた男の合図と共に穴掘りは完了。そして穴の中に蛮族共の死体を雑に次々投げ込んで、再び皆で協力し合って急ピッチで埋め立てた。


その後、先程の戦闘で殺られた1名と、結局お亡くなりになった重傷者の計2名の護衛の亡骸を、其々別で掘った穴に丁重に埋葬する。


出来立てホヤホヤの仏達さんの埋葬が漸く終わって一息付いて居ると、俺は隊商の護衛を纏める4級狩人PTに呼び出された。何事かと彼等の元を訪ねると、どうやら俺はクビ・・じゃ無くて今の配置から別の場所へと移動して貰うんだそうだ。何でも大山脈越え達一行の中で最も規模の小さい隊商の護衛が、先程の戦闘で全員お陀仏になってしまったのだそうだ。てことは死んだ二人は両名共にその隊商の護衛て事か。何て運が悪いんだ。


その為、現状孤独なあぶれ者の俺に、その隊商の護衛を頼みたいのだそうだ。いやまあギルドの契約上問題無いのであれば、俺は一向に構わんけれども。だが湧水の魔法の件は如何するのか。今迄の護衛が死んでるて事は今と比べて随分と危険な配置と予想される。俺が死んで水魔法使えなくなっても良いのか?と、リーダーのおっさんにぶっちゃけてみた。すると。


元々俺の存在はイレギュラーで、当初山越えに帯同する水魔法の遣い手は2名の予定だったので、例え俺が居なくなっても左程問題無いんだそうだ。あっそう。但し今迄其の隊商は隊列の最後方に居たのだが、流石に其のままでは不安だろうから、後ろから二番目に配置替えをしてくれるんだそうだ。流石はリーダー。色々気を使って頂いて有難い事でござる。


てな訳で。煩わしい取り巻きに阻まれて麗しい頭目のお嬢様とは顔を合わす事も無く別れを告げ、俺は件の隊商の天幕へ挨拶に向かおうとすると。その途中で以前からずっと気に掛かって居た人物が、丁度目と鼻の先に独りで佇む姿が目に留まった。俺は今こそ絶好の機会とばかりにその人物に近付く。


推定身長185cm。威圧感タップリのまん丸い目玉に針金のような虎髭。そして銅鑼のような極太体型に鍛え上げられたブ厚い筋肉。そう、あの古代中国三国志の英雄、張飛が俺の目の前に立っていた。噂好きな雑用係に色々と話を聞けばどうやら目の前のこの男、元々何処ぞの国の高名な武官だったそうだ。だが戦争で国も主も失って、紆余曲折あった末に狩人ギルドに加入して此処まで落ち延びて来たらしい。


尤も、本来ならその容姿だけならばちょっと気になる人物程度で終っていた事だろう。滅茶苦茶探せば似たような見た目の人族は居ない事は無さそうだし。だが先程の戦闘で振るわれるこの男の武器を目の当たりにして、俺の全身を電流が奔った。正直目を疑ったぜ。あの穂先がウネッた槍は、どう見ても蛇矛。今迄は穂先が鞘に入って居たので気付かなかった。


人族であの容貌に、蛇矛。そして異界。もし張飛で無いのであれば、一体どんな確率でアレが存在するんだよ。よもや俺のように異界に飛ばされるのみならず、時空すら超える男が存在するとはな。そして今こそ俺は、歴史の証人となるっ。


俺は推定張飛の前に立ち、掌と拳を胸の前で勢い良く合わせる。そして朗々と名乗りを上げた。


「俺は加藤。東の果ての 倭の国の者だ。もしやアンタの主は姓は劉 名は備 ええと、愛称は玄徳と言うのでは あるまいか」


「お前が何を言っているのか分からん。俺の名はラウードで我が主はラテール王国の王陛下のみ。だが守るべき国と我が家は滅び、敬愛する主と上官、そして愛する家族を喪い、新たに得たおかしな部下達も何処かへ行ってしまった。俺は全てを喪った、惨めな男よ・・・」


間近で見ると随分と薄汚れてやさぐれた雰囲気の推定張飛は、憂鬱な面持ちで俺の名乗りに応じた。OH!何てこった。普通に全然張飛関係無かったよ。


NOT張飛に負けず劣らず意気消沈した俺は、項垂れたまま其の場を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 張飛さん生きてたんですね!良かった!傷心やけど!
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