第170話
あの金属音は飛び道具か何かか?甲高い叫び声と共に、隊商の隊列全体に俄かに動揺が走った・・ように思われたのだが。
次の瞬間、前後を歩いて居たムサ苦しい筋肉男共が弾かれたように動いた。そして見るからに動揺する隊商の一部の面々や俺には目もくれず、飢えた獣の如き勢いでモジャモジャ生物に取り付き、その背中に固定された竹を束ねたような見た目の物体と棍棒を引っ掴んで駆け出した。其の余りの素早さと勢いに、差し迫った状況にも拘わらず思わず見入ってしまう。オイオイ此奴等反応が早過ぎるだろ。本当に唯の行商人なのかよ。あ、あとあの謎の道具何なのかずっと気になって居たが盾として使うのな。道中では一部削り出して火種とかにしてたけど。
簡素な武具を手に駆け出した筋肉男達は一体どうするのかと思いきや。其のまま猛然と突撃する、何て事は無く。もじゃもじゃ生物達を囲んで盾を構え、ガッチリと守りを固める。ふむ。確かに考えてみれば、隊商の長い隊列の防衛の穴を護衛だけで十全に埋めるのは、正直あまり現実的とは言えない。なので行商人達自身にもある程度の自衛能力が無くてはお話に成らないって事か。だとすれば道理で誰も彼もムキムキに鍛え込まれてる訳だよ。商売云々のみならず、身体を鍛えるのも道中危険な旅を続ける上での彼等の嗜みなのだろう。尤も、流石に隊商の野郎全員がムキムキの筋肉男なんて事は無い。彼等が滅茶苦茶目立つからそんな風に見えるだけだ。
そして俺はどうするかと言えば・・勿論、全力で応援である。うおおおっみんな頑張れっ。心持ち後ろに下がりつつ、心の中で盛大なエールを送る。ついでに背負い籠から愛用の丸太剣βを引き抜き、左手の盾を構えて見た目やってる感を出しておく。
隊列の後方から騒々しい物音が聞こえる。既に接敵したのだろうか。だが後方を覗く間も無く周囲から矢継ぎ早に何かが飛来する。其れ等を筋肉商人達がもじゃもじゃを庇う様に盾で弾き、叩き落とす。飛んで来たのは矢か。周りに視線を走らせると、上方の岩の陰に射手の姿が垣間見える。あの位置から撃たれるのは面倒だな。地の利は敵方に有るか。
すると、今度は矢が丁度俺に向かって飛んで来た。発達した動体視力のお陰か、ビヨヨンと撓りながら飛んで来る矢が実に良く見える。ふむ、一丁やってみるか。咄嗟に丸太剣を足元に放り出した俺は、飛来する矢に対して半身になって一歩下がる。勿論、射線に身を晒すなどという愚は犯さない。そしてちょっと格好良いポーズを意識しつつ、
「しゃあっ!」
気合一閃、踏み込みと共に矢柄を掴み取るべく手を伸ばす。だがしかし。
ガッ
空しく手元をすり抜けた矢は、乾いた音を立てて岩肌を叩いた。
ぬおおっ此れは恥ずかしいっ。俺は素早く周囲を見回すも、どうやら次々と飛来する矢に気を取られて、俺の醜態を目撃した者は居ない模様だ。気を取り直した俺は手早く落ちた矢を拾い上げると、其の具合を確かめてみる。木製の矢の羽には何かの動物の毛が使われており、骨製と思われる鏃にはなかなかにエグい返しが付いて居る。身体にまともに刺さったらかなり面倒な事態に成りそうだ。ふむ、思いの外良い造りをしているな。金属製の鏃なら取り外して売却も考えられたのだが。
続いて俺は腰に装着した布袋からハムスターのような小動物を掴んで取り出した。先程、偶然見つけたのでおやつ代わりに捕まえておいたのだ。そして暴れる小動物に鏃をブスっと刺して様子を診る。が、出血以外の症状は見られず。どうやら毒の類は塗られていない様だ。予想はしていたものの、一先ず安堵する。同士討ちや自爆を考慮すると、毒ってのは想像以上に扱いが難しいからな。特に集団戦においては。
外套が汚れるのを嫌った俺は、血塗れで暴れる小動物と戦利品をその場で放棄して、再び丸太剣を拾い上げた。そしてさり気なく移動して敵の射線と自分との間に盾を構える筋肉商人やもじゃもじゃを挟みつつ高速で思考を巡らせていると、研ぎ澄ませた俺の感覚が、岩山の方向にザワ付く気配を捉えた。
むっ、いよいよ来るか。
「ヒィエアアアアッッッ!」
気配に目を向けると右手の岩山の陰から現れた一群が、何やら甲高い嬌声を上げながら俺達目掛けて猛然と駆け降りて来るのが視界に入った。周囲が騒然となる。
慌しくなった周囲を尻目に、俺は冷めた頭で思考する。土地勘による地の利を生かした奇襲でいきなり襲われる事を危惧して居たのだが、意外にも馬鹿正直に力押しで来やがった。戦力で勝ると踏んだのか、それとも余程腕前に自信が在るのか、或いは単なる考え無しなのか。理由は不明だが、何れにせよ相手を値踏みする猶予があるのは有り難い。今から殺し合う相手の力量が何も分から無いてのは滅茶苦茶怖いものだ。この異界に飛ばされてから幾度も体験したが、ついぞ慣れることは無い。しかしそれにしても。
シュヤーリアンコットの町で見掛けた推定類人猿程には猿に寄って居ないにせよ、デカ過ぎる犬歯をムキ出して襲い来る蛮族連中の容貌は、とてもとても野性味に満ち溢れている。特にチラホラ見受けられる皮だか布だか良く分からん乳当てっぽい代物を装着してるのって多分女だよな。滅茶糞蛮度高えっ。何せどいつも矢鱈毛深いし、顎太っといし、見た目全然男と区別付かねえんだけど。アレに比べりゃかつて故郷に居た頃動画で見たもの○け姫の自称野生児何ぞ、何処からどう見ても深窓の御令嬢にしか見えんぞ。アレこそが真の蛮蛮蛮族の女だっ。
迷宮で凶悪な魔物に慣れ過ぎたせいか、俺の目には今一迫力に欠ける様相で迫り来る蛮度マシマシな奴等を驚愕の思いで眺めながら身構えていると、奴等の動きに呼応するかのように俺達の前に護衛の狩人達が割って入った。うおおおっ。お前等を待って居たぞおお。頑張れ~。
「俺達が正面から奴等を止める。『泥縄』と『鉄錆』は手筈通り援護を」
「おうっ」
「個の力量は俺達の方が上だ。焦らず落ち着いて対処するんだ。熱くなり過ぎて上から来る矢から気を逸らすなよ」
「おおっ」
護衛の纏め役である4級PTのリーダーから滅茶苦茶良く通る大声で矢継ぎ早に出される指示が響き渡る。如何せん良く通る分指示の内容が相手にも丸聞こえではあるが、味方に正確に指示が通る事を優先しているのだろう。相手が蛮族なら例え聞こえたとしても言葉の意味を解さ無いかも知れんしな。リーダーの号令を受けて、ヘンテコな呼び名の6級狩人のPTが素早く動く。俺なんて指示どころかほんのチョット意見をしただけでガチ切れされたと言うのに、あの時とまるで対応が違う。チクショ~悲しいかな此れが器の違いって奴なのだろうか。
蛮族と狩人達が接敵した直後、棍棒を振るう蛮族の一人が4級リーダーが持つゴツい盾の一撃に吹き飛ばされて、後続を巻き込んで転倒する。リーダーは高価そうな長剣を巧みに操っているが、俺が見たところ攻撃の主体は剣よりも盾によるぶん殴りのようだ。対する蛮族共は勢いは有るが攻防に工夫は余り見受けられない。そして4級リーダーの今の一撃で完全に勢いが削がれた形だ。一方狩人の各PTは互いを援護しながら、相手の攻撃を寄せ付けない。戦闘を背後から眺めているので少々見辛いが、4級リーダーが宣言した通り個々の戦闘能力は狩人達に軍配が挙がるようだ。それに何と言っても互いの武具の差が顕著だ。蛮族共が振り回す金属製の曲刀は、早くも何本かヘシ折れたのが見受けられた。アレなら棍棒を振り回していた奴の方が余程怖いだろう。
俺の心のエールが届いたのだろうか。目の先で激しく繰り広げられる血生臭い戦闘は次第に一方的となり、蛮族共が次々と殴り飛ばされ、斬り倒されてゆく。すると、突如蛮族の一人が空に向かって犬の遠吠えのような叫び声を放った。その直後、生き残った推定数十人の蛮族共は、蜘蛛の子を散らすが如く一斉に逃げ出した。戦闘能力は兎も角、あの逃げ足の速さは見るべきものがあるな。
そして後に残されたのは地面に転がる十体程の蛮族。死体か或いは例え生きていても瀕死の状態であろう。蛮族の派手な登場とは裏腹に、蓋を開けてみれば終始護衛の狩人達が圧倒した一連の戦闘は、思いの外あっけなく幕を閉じた。




