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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第166話

先に現地入りした高地の小さな集落で、俺は護衛対象の隊商を出迎えた。その後、隊商は二日間に渡り集落で物資の補給と入念な最終確認、そして商人ギルド関係者である集落の住人との懇親や大山脈越えの安全祈願等に時間を費やした。


俺は護衛を取り纏める4級狩人PTの面々と改めて協力の挨拶を交わした後、彼等に教えて貰った一緒の持ち場を護衛する2組の6級狩人PTを訪ねて、笑顔で一礼して元気良くおなしゃすと挨拶をしたのだが。


教えて貰った姿を漸く見出した俺が彼等に声を掛けたその瞬間。其れ迄笑顔で談笑していた其の場の空気は突如ヒエッヒエとなった。更にその空気に戸惑いながらも俺が道中の連携や身の振り方について指示を仰ぐと、片方のPTリーダーと思しき細目の若い男に物凄く嫌そうな渋い顔をされ、お前は担当する隊商の後方で適当にやってろと滅茶苦茶塩対応をされた。


OH!まるで故郷の何処ぞの広場でスケボーやフットサルに興じていた陽気な連中に対して、ナードが迂闊にも混ぜてと声を掛けてしまった際にぶちかまされる、一見陽気だったハズな奴等の洗礼の如しだ。2組のPT同士は何だか和気藹々と仲良さそうにしてたのに、俺だけ疎外感が半端無い。いやまあ確かに初対面なんだけどさ。初手からそういう反応をされると、俺のハートは下手すりゃ魔物にボコされるより深く傷付くかも知れねえ。一応俺は同じギルドの若輩なんだし、少しくらい仲良くしてよパイセン方。


因みに連中は双方6級狩人のPTなのだが、狩人ギルドの人員構成は下級程末広がりなピラミッド型で無く、実は6級の人員は新人の10級9級に次いで数が多いらしい。何故なら6級から5級に昇級するには筆記試験に代表される高い壁があるからだ。その為、加入は比較的容易だが傭兵ギルドに次いで新人の死亡率が鬼のように高い狩人ギルドの構成員は、例えバタバタとくたばるビギナーの時期を上手く乗り越えたとしても、殆どの連中は6級から上に上がれずに燻ったまま何れくたばるか、或いは怪我や病気、加齢等により昇級を夢見たまま現役を退く事になる。其のせいか、6級の狩人には非常に柄が悪かったり、性格の悪い拗ね者が多いから気を付けろ・・と、迷宮都市でギルド受付をしている赤毛のおっさんに教えて貰ったことがある。


俺が今迄ギルドの昇級に熱を上げる気に成らなかったのは、読み書きが不自由なので5級への昇級で行き詰るのが目に見えていたからだ。風来坊の俺にはテキストも学び舎もロクに存在しないこの世界で読み書きを習得するのは口で言う程容易じゃないし、どの道5級に昇級するまで待遇が劇的に変わるってワケでも無いしな。確かに最下級だと度々舐められるのは癪に障るが、目に余る場合はぶん殴って上下関係をキッチリ分からせてやれば良い訳だし。幸い、殴り合いの喧嘩なんぞ日常茶飯事な此の異界じゃ故郷と違ってちょっとお仕置きした位で即通報されて手首に冷たい輪っかが嵌められる様な事は無いからな・・多分。其れに加え、今迄碌にギルドの仕事を受けて来なかったのは単に成り行きってのもあるし、迷宮で高価な魔石を狩りまくれる実力があるのに、ワザワザ時間と労力を割いてショボい低級の仕事をシコシコこなす意義を全く感じなかったてのもある。昇級の為にギルド職員に媚び諂うのもウンザリだしな。


そんなちょっとムカつく6級狩人の連中に舐められまくって塩対応をされた俺ではあるが、だからと言って流石にこの程度の事でいきなり殴り掛かるほど頭がイッちゃってる訳では無い。但し、俺としては幾らギルドのパイセンと言えども必要以上に媚び諂う気も無いので、好きにしろとの仰せの通り、お言葉に甘えて好きにさせて貰う事にした。勿論、好きにとは言っても節度は弁えるし、別途与えられた水樽を満たす仕事はキッチリ果たすつもりだ。だがこの手の人物の場合、指示通り好きにするといきなり前言を翻してブチ切れて来る可能性があるが、其の時は其の時。此方も相応の対応をさせて貰うのみだ。


「うむ、分かった。宜しく頼む。」

俺は苦々しい心中をおくびにも表情には出さず、素知らぬ顔でその場を立ち去った。




___そしていよいよ出発の日の早朝。隊商の人々と荷運びの獣達は、見送りに来てくれた集落の人々の歓声と角笛のような楽器の音に見送られながら、次々と集落を後にして行った。勿論、其の中の一員である俺も目の前のもじゃもじゃ生物が臭っせえケツを揺らして歩き始める後に続いて、山道をゆっくり歩き始めた。


此処から先は様々な意味で危険と隣合わせな為、先日の俺達のように少人数の斥候を先行させるようなことはしないそうだ。代わりに隊商の長い隊列を先導するのは高額の報酬で雇われたプロの道先案内人達である。彼等は此の近隣に居を構える地球で言う所のシェルパ族のような連中だ。出発の前にチラリと観察した彼等は厚手の生地の服の上に何らかの動物の毛皮を羽織り、小柄だがその筋骨隆々とした肉体は見るからに屈強そうである。更に俺の目付では只強靭な体力を誇るだけでなく、戦闘も相当に熟すと見た。何せあんまし目を合わせたくない程目付きがヤバいからな。


隊商の長い隊列は一列になって細い山道をひたすら歩く。以前、街道で度々見掛けたような荷車は無い。大山脈を越える際には、隊商が使用していた荷車は解体してもじゃもじゃ生物に乗せて運ばせたり、以前俺がヴァンさんの隊商で目撃したように、車輪を換装して担げるようにする事も稀に有るらしいが、其れでは如何にも効率が悪い。なので一般的にはシュヤーリアンコットの町で荷車は一旦売却し、大山脈を越えた先の町で別の荷車を再び買い取るのだそうだ。通常なら其れだけでも半端無い金銭的負担であるのだが、其処は()()と言って良い商人ギルドの隊商相手である。其々の町では極めて良心的なレートで荷車の売買を請け負ってくれるんだそうだ。だが其れは逆に言えば、商人ギルドの隊商でなければ途方も無い金銭的負担が伸し掛かると言う事でもある。しかも鱗鳥の売買やモジャモジャ生物の貸与の件もあり、更には必要な物資や人員の調達もしなければならぬ。故に例え商人の道が一般に通行可能だったとしても、大山脈越を成し遂げるのはギルド未加盟の隊商では金銭的な問題により非現実的と言えよう。


隊商が運搬する膨大な物資の数々は全て四足歩行のもじもじゃ生物の背に固定されるか、或いは行商人達が自ら背に担ぐ。其処に貴賤は存在しない。隊商の中でも上の地位と思われる態度のデカい連中も重荷をがっつり担いで歩いている。軽量の荷で許されているのは隊商の中でも幾人かの例外と、基本護衛の狩人だけである。流石に護衛達は咄嗟の時に重荷のせいで動けないとかじゃ笑い話にも成らないからな。彼等の荷は他の物資と一緒にもじゃもじゃ生物の背に乗せて運ぶ。尚、護衛の一員であるハズの俺だけは何故かそんな怠惰は一切許されず、自らの巨大な荷物を有無を言わさず担がされている。まあ何故も糞も蛇口要員だからなんだろうが。担いで居るのは個人の荷物なので別に文句も無い。


山の斜面に点在していた集落の物と思しき段畑が見られなくなってから暫く歩いた後、俺達の目の前に再び山間の深い渓谷が現れた。そして其処からは渓谷に沿って、岩山を削った細い山道をひたすら登り続ける事に成った。道は滑り易く細い上に左右は険しい崖だが、そのお陰で魔物や猛獣、更には蛮族と呼ばれる危険な連中からも側面から襲われ難い。この先更に続く険しい商人の道は、先人達が血と汗と涙を景気良く垂れ流しまくった結果、周辺地域では一応商人ギルドの縄張りとして認知されている。だが幾つかの凶暴な所謂蛮族と呼ばれる種族はそんな事お構いなしで、問答無用で隊商が襲撃される事例も少なからず有るそうだ。でなけりゃこんな物々しい警護なんて必要無いだろうしな。ううむ、色々考えていたら何だか滅茶苦茶嫌な予感がしてきたぞ。


こんな万年未開地の如き大山脈においても、麓に近い居住可能な地域では遠い昔から様々な種族が激しく縄張りを争い、絶え間なく殺し合いに興じているんだそうだ。此のファッキンな異界じゃ今更感もあるが、何とも血生臭い話である。


だが山道を歩く俺が感じた嫌な予感と懸念は全くの杞憂に終わり、その後は大きなトラブルに見舞われる事も無く、俺達は行程で予め予定されていたらしい広場にて野営をすることに成った。


嘗て、俺がヴァンさんの隊商に同行して荷を担ぎ、深い森の中を歩いた時にはあっという間に疲労困憊に陥り、半日も経たずに後悔の念に苛まれたものだ。其れに比べて今の俺はあの時よりも遥かに重い荷を担ぎ、尚且つ更に険しい山道を登って居るにも拘らず、疲労など全く無い。寧ろ周囲の美しい景観をのんびり楽しむ余裕すら有る。いや、景観にはとうに飽きたし、疲れるどころか隊商の歩みが遅すぎて非常にかったるい。だがそんな煩わしさですら、俺はあの頃よりも随分と成長したものだと実に感慨深い。


俺の感覚ではまだ日は左程傾いていないものの、山の日が落ちるのは早い上、大人数の野営の準備は幾ら手慣れて居たとしても相応に時間が掛かる。何やら人の手が入って居そうな妙に拓けた広場では次々と天幕が張られ、即席の竈も幾つか組み上がって野営の準備が急ピッチで進められた。俺は無造作に差し出された水樽に、湧水の魔法で俺由来のおいしい水をダバダバ満たしてゆく。樽を差し出して来た男は俺が水魔法の遣い手である事に二信八疑位だったのか、其の光景を見て目を見開いて驚いていた。何とも失礼な奴だ。


俺以外の狩人の護衛達は、恐らくはPTごとにチームを組んで周囲の警戒に当たって居る。その様子を眺めた俺は、ふむ、中々に恰好良いじゃねえか。などと完全に他人事のように寸評してみる。何故なら俺には水樽への給水を強要される以外、何一つ指示が無いからだ。ううむ、誠に正しく人間上水道として扱われておる。未だ傷一つ刻まれていない真新しい鎧は普段外套に隠れて見えないものの、トト親方に打って貰ったゴツい相棒は例え鞘入りでも見る人が良く見れば業物と分かってくれそうなモノだが、今の所誰も一目置いてくれる様子は無い。・・まあ良いっか。


それにしても他の二人の魔術師は何処に居るのかな。尻洗魔法アスクリンの更なる躍進の為にも技術交流がしたい。などと思いつつ、俺は頃合いを見てもう魔力が限界で水は出せないと給水を辞退した。その後、手持無沙汰となったので近くでテキパキと働く隊商の雑用係や竈番の連中に近付いて笑顔で挨拶し、野営の準備を手伝う事にした。既に護衛の任務をほぼほぼ放棄している格好となるが、誰も何も言って来ないので気にしない。


俺は野営の準備を手伝いながら護衛対象・・の一部と思しき連中と他愛も無い話を色々としてみる。俺も長年の経験から野営の準備はお手の物なので、漲る筋力に物を言わせて手際良く天幕の支柱を立て、夕餉の準備を手伝う。お陰で下っ端同士、雑用係の連中とは随分と打ち解けることが出来た。隊商の連中が揃いも揃ってあの斥候のアホ共やパイセン狩人みたいに性格の悪い連中ばかりだったらどうしようと少なからず危惧していたが、どうやら杞憂だったようだ。

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