第161話
ザッザッザッザッ
「~~~~~ッ!!」
罠を警戒した俺は、敢えて街道を外れて荒々しい見た目の岩が転がる異界の原野をひた走る。そんな俺の背後から、奇声を上げながら推定野盗の群れが追走する。いや、推定じゃ無くてもう野盗で良いか。出会って早々初手からいきなり俺を殺しにかかるし、汚いし、臭いし。
迷宮都市ベニスを旅立った俺は、割と普通でない頻度で何度も野盗っぽい連中に襲われる羽目になった。何故普通でないかと言えば、この世界における野盗の類は基本ヒャッハーしながらいきなり他人に襲い掛かるような凶暴な連中では無いからだ。実の所そんな所謂武闘派は少数であり、野盗の大多数を占めるのは夜陰に紛れて荷物や金銭、果ては女や子供までコッソリ盗み取るような掻っぱらいの類である。
街道を往来する連中もアホじゃないので基本移動は集団であるし、賊からの襲撃を見越して相応に武装しまくって居る。なのでそう易々と襲撃など敢行出来るモノでは無いのだ。賊の連中とて命は惜しいだろうしな。そんなハイなリスクに頭から突っ込んで行くよりも標的の目を盗んだり、ちょっと知恵が回るなら罠や囮を使ったりしてコソコソ掻っぱらいをする方がまだマシってな訳だ。尤も、野盗なんてやってる連中は基本学が全く無いアホ共である。大した考えも無く本能だけで他人に襲い掛かったり、その日暮らしの生活の末に、飢えや生活に切羽詰って襲ってくるような輩も一定数存在する。そしてその結果は、殆どのは場合は無残な返り討ちである。
そして其れに対して俺はと言えば。
賊からすれば街道を独りで走ってる俺は、葱と白菜とついでに割り下を山盛り背負った、正に絶好の鴨に見えるのだろう。かつての俺と違って、見た目結構金持ってそうだしな。フフン。但しこの世界って人外みたいな連中が居るみたいだし、そんな奴を見たら余程のアホじゃなければ逆に少しは警戒しそうなモンだが。
走りながら高速で思考を巡らせつつ、背後をチラリと観察する。おおうっ、滅茶苦茶追い駆けて来てるYO。しかも人数が何時の間にか十人超えてるし。
俺としてはまあ正直なところ、此奴等を全員ブチ殺すのも吝かではない。俺がこの世界に飛ばされてから随分経つ。殺伐過ぎるこの異界で、俺は人を殺る覚悟はとうに出来ている。其れに先程連中を軽く往なして駆け抜けることが出来たように、俺は迷宮『古代人の魔窟』で集団相手の戦闘はゲロ吐くほど経験済である。
更には俺は以前、旅人か或いは隊商と思しき人々の成れの果てを偶然発見してしまった事がある。恐らくは野盗の類に襲われ、力及ばず蹂躙されてしまったのだろう。その光景は無残の一言。特に女性と思しき残骸は、其れは其れは人間の尊厳を此れ以上ない程にグチャグチャに踏み躙って、引き千切る様な悲惨過ぎる有様であった。そんな哀れな仏達を前に俺は手を合わせ、鎮魂の祈りを捧げた後、そっとその場を立ち去った。埋葬・・・は無理っす。だってグロ過ぎるんですもの。いくら此の世界でグロ耐性がマシマシになった俺とはいえ、あんなん無理無理無理っすわ。祈りに加えて仏様達に平謝りですよ。
てな訳で、野盗何ぞ俺の中では既に人間では無く完全に有害な毒虫扱いである。ブチ殺すのに何の躊躇いも無い・・とは言ったものの。
野盗と言えばグヘヘ金目の物置いていけやぁとかヒャッハー汚物は消毒だぁとかそんな感じの奴等を想像してしまいそうだ。だが実際に襲われてみると、そんな知性を感じさせるような奴はとんと見掛けない。大体意味不明な奇声を上げるか、無言で襲ってくるかの二通りだ。其れに連中、どいつもこいつも何だか目がイッちゃってんだYO。何つうか知能が人間未満と言うか、マトモに話が通じ無さそうな感がハンパ無い。以前俺が愚息がポロリなズタボロの服を着て、更に傷だらけの曲がった槍を担いで街道を歩いて居た時に、盗賊っぽい男に小汚いドブ鼠の如く追い払われた事があったが、奴が今迄見た賊の中で一番知性を感じた程だ。
なので人間未満動物以上の半端に知能を感じさせる野盗の奴等には、正直な所ちょっと何をして来るか分からない不気味さと怖さがある。ハグレを除く迷宮の魔物共はもっと単純で、割と動きが読めたのだが。それに初手襲って来る連中以外にも、奴等その辺に何人潜んでるか分かったモンじゃない。相手の戦力の全容が定かで無いのに、無暗に戦闘に入るのはあまり得策とは言えない。以前同じように野盗共に追い駆けられた時には、最終的に追手が30人位まで膨れ上がったからな。
などとクドクド考えてはいるが、ガチで殺ろうと思えば、恐らくは後ろの野盗共を殺れない事は無いだろう。奴等が迷宮『古代人の魔窟』の中層あたりの魔物程強いとは思えんしな。だが幾ら此の世界の治安が悪く、己も殺人の覚悟を決めているとは言え、後ろの奴等に倣ってヒャッハーしながら積極的に人間ぶち殺しに行くのは、気分的に余り宜しくない。それに何よりとても面倒臭い。街道の治安など俺にとってはどうでも良い・・てな訳では無いが、其の治安の確保は俺の仕事じゃ無いし。其れにこんな場所でうだつの上がらない野盗なんてやってる奴等が、毎日鍛え抜いている俺の走力と持久力に勝てる訳も無い。目的地までの距離が縮められて一石二鳥だし、此処は安全を見て俺の自慢の逃げ足を披露するのが最善手であろう。
追い付けそうで追い付けない距離をキープしつつ、必死の形相で突進して来たら速度を上げて引き離し、緩急付けて相手のペースを乱しながら走っていると、何時しか無言になった後ろの奴等は早くも息が上がり、幾人かは顎が上がって苦しそうにフラ付き始めた。何と何と。思った以上に持久力の無い奴等だなあ。フォームは滅茶苦茶だし、栄養も見るからに足りて無さそうではあるが。
其れから間もなく、軽快なリズムと呼吸で走る俺の背後で息も絶え絶えとなった野盗共は一人、また一人と櫛の歯が欠ける様に次々脱落してゆき、更にはチラチラと振り向く度にその姿がどんどん小さくなっていった。そしてあっという間に俺の視力ですら小さな豆粒程のサイズとなってしまった。だが足を止めて目を凝らしてその姿を眺めて見ると、どうやら奴等未だ諦めていない御様子。どうにも此の世界の野盗てのは諦めが悪く、尚且つ滅茶苦茶しつこい。まあ奴等も生活や時には命が掛かっているので、その気持ちは分からんでも無いが。
そして再び走り出した俺は容赦無く速度を更に上げ、遥か後方で未だ俺を追い駆け続けているぽいアホな連中と完全にオサラバした。
___そして迷宮都市ベニスを旅立ってから丁度10日の後。
道中何度か道に迷ったり、賊やら獣やら魔物やらに襲われるトラブルは有ったものの、(獣や魔物は有り難く糧としたが)ひたすら走り続けた俺は、遂に此の旅の最初の目的地であるシュヤーリアンコットとかいう非常に発音し辛い町に辿り着いた。
此の町は超絶険しい大山脈を越える旅人達の言わば玄関口とも言える町であり、その規模は想像していたよりかなりデカくて結構賑わっている。その辺でフラフラしていた人の好さそうなおっさんに訊ねてみたところ、どうもこの町を訪れるのは商人達だけでなく、山奥に住んでいる多種多様な部族や種族が、春から秋にかけて此の町で様々な物資を売り買いに来たりするらしい。確かに周囲を観察すると、明らかに人間辞めちゃってる様な外見の奴等が少なからず散見される。ううむ中々に興味深い。でも声は非常に掛け難い。
町のメインストリートと思しきそこそこ広い道の両脇には露店が粗末な看板を掲げ、周囲には石を積み上げて泥で固めたような四角形の家が立ち並ぶ。その外壁には一様に塗料が塗られており、かなり派手だ。しかもどれも原色系の色なので、非常にサイケな感じで趣味が悪く見える上、周りの長閑な風景とミスマッチで正直滅茶苦茶落ち着かない。
周辺の植生の見た目や此の町に至るまでの道程から考えるに、大山脈の麓とは言え此の町は既に結構な高地にある思われる。そして東方に視線を向けると、その先には早くも雄大な岩塊が視界に入る。といっても、此処から見えるのはまだまだ大山脈の末端に過ぎないらしいが。
何時までも景色を眺めていても仕方長いので、俺は露店で此の町の名物料理を物色しつつ、早速狩人ギルドの支部を探すことにした。




