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遥か異界の地より  作者: 富士傘
摩訶不思議魔技修道編
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第150話

「親方、得物の方も 漸く仕上がったみたいだな。」


「おうよ。輝碧の研ぎは兎に角時間と体力を喰われるからな。久方振りに良い汗かいたぜ。防具も仕上げは万端よ。ったくおめえは注文が多くて、本当に鍛冶屋泣かせな小僧だよ。」


「いや、注文以上の 凄い仕事ぶりだったよ。親方、本当にありがとう。」


「クックック、キッチリ代金は貰ってるんだから礼なんぞいらねえよ。其れに此方としても色々と得られるモンがあったからな。お互い様よ。どうだ、早速装備してみるかい。」


「ああ。具合を確かめたい。」


「何か要望が有ったら言いな。直ぐに手直ししてやる。」


「頼む。」


先ずは鎧下のような鎧の下に着込む下着だ。トト親方の伝手で服飾ギルドの職人に発注した装備品である。タイトではあるが、一応平服としても使用可能だ。色は濃紺。首元はヘンリーネックの故郷でもごく一般的なシンプルな長袖シャツの形状である。だが、唯のシャツと言うなかれ。その恐るべき性能は、俺がかつて部屋着にしていたコットンだのウールだの化学繊維だののシャツとはまるで別物だ。まず価格の桁が違う。これ一着で何と下手な金属鎧よりも高額なのだ。


高額の理由として、まず素材が違う。そして生地を作る為の加工の難易度と手間が、普通の平服とは桁違いらしい。詳細は良く知らんが、その生地は地球の蜘蛛や蚕のように糸を吐く魔物から抽出した繊維と、どこぞの魔物領域に生息する羽毛のような毛を持つ魔物の毛を加工して編み込んだ代物なのだそうだ。そうして出来た特殊な生地には伸縮性があり、通気性も申し分ない。更に肌触り、着心地共に地球のトレーニングウェアと比べても見劣りがしない。それに何より嬉しいのが、その馬鹿げた堅牢さである。親方の話では何千回手洗いしても殆ど綻びたり形崩れする事が無く、何と防刃性能まで備えているそうだ。正直もう防具これだけでいいんじゃね?と思ってしまった程の高性能である。俺は同じ素材の膝上丈の下穿きとセットで、予備も含めて2着オーダーした。此れで上半身だけでなく、大腿部の動脈や愛する愚息を強固に保護する事ができるだろう。


お次はパンツだ。形状はかつて故郷で親友の大吾が偶に履いていたSWATの戦闘服をイメージして、鎧下と同じくトト親方を通じて服飾ギルドの職人へ製作を依頼した。但し、此方の素材は厚手だがこの世界では一般的な生地で、地球の戦闘服と違って迷彩パターンやファスナー等は付いていない。カラーはオリーブグリーンに近い色だ。


そして主たる防具である鎧に手を伸ばす。一般的に鎧と言えば、故郷の戦国時代の甲冑や、中世の西洋甲冑であるプレートアーマーを真っ先に思い浮かべるかも知れない。確かにこの異界でも、一般的に普及している鎧は西洋甲冑に近い形状である。だがしかし、高級品となるとその趣は一変する。材質に魔物素材等の地球には存在しない特異な素材が増える上、オーダーメイドともなると更に各工房の独自性が顕著に顕れてくるからだ。尤も、鎧の見た目にも流行り廃りが有るらしいので、それに沿った見た目の高級品も勿論存在する。


そんな訳で、高級品となると鎧の素材も形状も多種多様と成るわけだが、俺としては防御性能よりも身体の動きを可能な限り阻害しない可動域や機動性、そして静粛性能を重視したかった。その結果、所謂西洋甲冑のような形状よりも、現代のボディアーマー寄りのプレートキャリアをイメージして親方に色々要望を伝えていた。だが親方とあれやこれやと試行錯誤しているうちに、その仕上がりは結局全然違う形に落ち着いた。と言うか、親方の手により別方向にとんでもねえ進化を果たした。


この世界の金属製の甲冑は、かつては金属の一枚板を叩いて加工して製造されていたらしい。だが魔物の体液を利用して金属板を強固に接合する技術が広まった事により、現在では2層ないし3層の複合装甲が主流となっている。(但し高級品に限る)俺がオーダーした鎧は2層の複合装甲である。其の見た目は全身を覆うプレートアーマーよりは、胴体だけを覆う胸甲に近い。3層構造は見た目ブ厚過ぎて動きにくそうなのと、それ以前に価格的に手が出なかった。


2層の外殻側は金属製である。但し、唯金属で出来ているだけでは無い。親方は俺の様々な要望から創案して、俺の筋肉と骨格、関節の形状に合わせて加工した複数の金属板をパーツごとに分割して内殻に張り付ける事により、強固かつ十分な可動域を確保した驚異的な鎧を作り上げたのだ。そして、凄まじいのは張り付けられたその金属板の強度である。其の材質であるキャドゥミア?だとか変な発音で呼ばれる希少金属を主としたその合金は、新たな相棒の材質である輝碧鉱程の強度は無いらしいが、其れでも鋼などとは比較に成らぬ程に強靭な金属なのだそうだ。


以前、工房のプレゼン用に作られた同じ素材の薄い金属板を、鋭く尖ったデカい槌で思い切りブッ叩かせてもらった事がある。だが何と、ブッ叩いた金属板は表面にほんの僅かな傷が付いただけで、目視では歪みすら確認できなかった。とんでもない強度だ。装甲の厚みにもよるだろうが此れなら或いは地球の5.56ミリの弾丸どころか、下手すりゃ7.62ミリの徹甲弾すら弾き飛ばす事が可能なんじゃあるまいか。


そして鎧の2層構造の内殻。此れがまた凄い。内殻は特殊な革で出来ており、まるでゴムのような弾性変形の特性を有しているので、外部からの衝撃を充分に吸収してくれる。にも拘らず、その強度は外殻程では無いが恐ろしく高い。その材質は魔物領域の高地にあるらしい巨大な湖に生息する凶悪な魔物の皮を加工したものらしいが、実は更にぶっ飛んだ特性を有している。実はこの革、魔物の強靭な生命力に拠って未だ完全に死んでいないらしい。所謂生体装甲のような代物なのだ。其の恐るべき特性は何と、例え破損しても徐々にだが自己修復してゆくのだそうだ。マジとんでもねえ。


だがその特性を維持する代償として、装備した俺は常にほんの僅かずつ余剰な生命力を鎧にチューチュー吸われるらしい。最初にその事を聞かされた時は、ヤバさと気色悪さに親方にキレてしまったが、親方の釈明によれば鎧に吸収される生命力はまず知覚できない程度なんだそうだ。それに如何しても吸われるのが嫌なら、脱衣・・じゃなくて脱鎧すればいいらしい。更に此の革は装備した者の汗や老廃物を()()()くれる為、僅かながら身体を清潔に保ってくれる効果もあるんだそうだ。但し、外殻の金属板は自己修復しないので、破損したら剥がして交換しなければ治らない。


このように凄まじい性能の鎧ではあるが、実は弱点もある。張り付けられた金属プレートの境界部分はどうしても防御性能が落ちる為、其処を狙われると他の部位と比べて装甲を抜かれ易い危険があるのだ。だが漫画や小説じゃあるまいし、俺とて棒立ちの案山子では無い。その境界を正確に狙うのは至難であろうし、鎧の上から一枚何か羽織るだけで弱点を覆い隠すことは容易だ。他の恩恵に比べれば、その程度の弱点は微々たるものであろう。


其れにもう一つ、留意しておかねばならぬ事がある。物凄い鎧を手に入れたからと言って、ただ馬鹿みてえに浮かれて居てはいけねえ。少し考えれば分かる事だが、俺のような風来坊ですらこんなヤバイ性能の鎧を市井の工房でオーダー出来たのだ。ということは、仮に俺がこの世界で誰かと殺し合いになった場合、敵が俺と同等、或いはそれ以上の性能の鎧を身に付けている可能性が充分あると言う事でもある。その事は忘れず心に留めておかねばならないだろう。親方から訊いた話では、俺の新たな相棒ならば刺突でこの鎧をぶち抜く事は可能だが、斬撃で切り裂くのは相当に難しいのだそうだ。


「ぬんっ。」


早速新品の鎧を着てみる。其の時間僅か10秒足らず。その様子を初めて見た時は、鎧を拵えた親方もぶったまげていた。この鎧は思い切り拡げればこの内郭がゴムのように伸びる為、プレートアーマーのように分解しなくても、現代のスキンスーツのように強引に伸ばして着ることを可能としているのだ。此れにより誰かに着付けをして貰わなくても、独りで容易に鎧の着脱が可能となった。但し、着脱には恐らくはこの世界に飛ばされたばかりの俺ではビクともしない位のパワーが必要だ。


鎧を着た俺は、次いでその上からベストを羽織る。コイツも服飾ギルドにオーダーしたタクティカルベストである。カラーはパンツと同色。異常に値が張った下着には劣るが、此のベストも防刃性能を有した強靭な生地で作られている。腹部のポーチには弾倉を収納する訳ではなく、投石用の石礫を収納する。そして殺傷力の高い金属製の棒手裏剣が左右4本ずつ、胸の位置にマウントされている。コイツは投擲武器だけでなく、装甲代わりにもなる。ベストの内側には、更に1本棒手裏剣が縫い込んである。此の一本は予備であると同時に、回収できずに手裏剣を全て喪失した際に、鍛冶屋に提示する為のブツである。何故なら現物を渡して同じものを作ってくれと頼んだ場合と、説明のみで製作を依頼した場合では、納期と費用が全然異なると親方から助言を受けたからだ。


ベストの左右の脇には革製のホルダーが縫い付けてあり、一見すると小型のナイフが装填されている。だが、実は此れはナイフでは無い。俺が考案した、云わば現代版の苦無と言うべき万能器具である。見た目は殆どナイフなのだが、先端以外は刃引きしてあるので、戦闘で使用する場合は投擲か刺突専用となる。その他は壁を登ったり、天井に張り付いたり、穴を掘ったりとまあ用途は様々だ。先端以外を刃引きしたのは、攻撃を受けた時やラフに取り扱った時に刃が毀れるのを嫌った為だ。


因みにこの苦無は親方に作って貰った。その切っ掛けは武装一式を親方にオーダーするにあたり、併せてすっかり鈍らになってしまった地球からの持ち込み品であるナイフの研ぎを依頼した事だ。


そして件のナイフを親方に差し出したところ、親方は最初こそブレードに興味を示していたが、程なくハンドルの方に異常な関心を示し始めた。その様子を見ていた俺は内心唸った。流石親方、目の付け所が違う。確かにあのナイフのブレードは、親方の技術でも再現するのは難しいかも知れん。だが実の所この世界には、地球の上位互換と言える材質が少なからず存在する。なので親方ならば例え再現は出来なくとも、あのナイフを越える上質のブレードを作り上げる事は難しくないのだ。それと比べ、あのハンドルは確か人間工学を基に3Dプリンタで作られた代物である。異なる材質ならば再現する事は可能かもしれんが、この世界の技術で創造する事は絶対に不可能な代物なのだ。


親方は地球産のナイフを作った工房をしつこく俺に訊ねて来たが、適当に誤魔化しておいた。というか製造元なんぞとうに忘却の彼方で覚えてねえっつうの。てなわけで、研ぎの後に暫くの間ナイフを親方に貸してあげる代わりに、早速その手で再現して貰ったハンドルを組み付けた新たな二本の現代版苦無と、ついでに棒手裏剣を超格安で作って貰うことになったのだ。


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― 新着の感想 ―
「輝碧」を調べても熟語としては存在せず読み方が不明ですが「きたま」でしょうか?
[良い点] 毎週楽しみにしてます! 何かすごい装備キターッ。でも私の貧困な想像力では鎧の形状が思い浮かびません。西洋風なの?鎧武者なの?それとも近未来的なナニカの形状? 材質がチートなのは分かりまし…
[良い点] おいおいメインウェポンの紹介は来週かよ生きなきゃ
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