第147話
俺の新たな相棒が生み出される予定の鍛冶場を見物していた俺は、突如熱風を浴びて悶絶する羽目になった。その時、傍に設置してあった大型の水槽が視界に入った俺は、咄嗟に上半身を突っ込んでどうにか急場を凌いだ。ふ~危っぶねええ。恐らくバレないとは思うが、あの魔術師のおっさんの傍で軽々と回復魔法を使うのは躊躇われるのだ。代償としてズブ濡れになってしまったが、この異常な熱気を考慮すれば却って好都合だ。
俺は鍛錬の現場から更に距離を取りつつ、改めてその仕事ぶりを眺めることにした。炉の周りには魔術師のおっさんと俺以外にも、幾人かの工房の弟子たちが鍛錬の様子を喰い入る様に眺めて居る。声を発するものは誰も居らず、炉から轟と発せられる炎と、金属を叩く甲高い槌の音だけが、唯々空気を震わせ続ける。
耐火服のようなゴツい着衣に身を包んだ推定親方と打ち子と呼ばれる二人の異形の巨漢は、リズムを刻むように物凄い勢いで槌を振るいまくっている。その様子を良く観察してみると、打ち子の二人が餅つきの如く馬鹿デカい槌でリズム良く白熱した金属の塊をガンガン叩きまくり、その合間に推定親方が角度や強弱を様々に変えながら並のサイズの槌で叩く感じだ。
そのまま少なからぬ時間が経過した後、叩かれ続けた金属の塊が漸く板状に変形してきた。すると推定親方はたがねのような道具を素早く引っ掴んで、伸びた金属にガンガン打ち込んで溝を造り、台の縁で更に叩いてあっという間に折り返してしまった。その流れるような一連の動作は一見容易くやっているように見えるが、その匠の技の凄みは一心に見据える俺の中には確かに伝わって来た。途切れぬ重い金属の炸裂音と其の度に飛び散る火花は凄まじく、槌が振り下ろされる速度も尋常じゃない。
その後も推定親方達は灼熱の金属の塊に時折謎の黒い液体をぶっかけたり、再度炉の中に放り込んで加熱し直しながらも、叩き伸ばしては折り返す工程を幾度も繰り返した。俺は其の迸る熱気と凄まじい迫力に目を奪われて、飽きる事も無くその光景を眺め続けた。微かに記憶に残る故郷のポン刀の鍛錬と比べても、彼等の槌を振り下ろすスピードと力強さは桁違いだ。三人共に文字通り死力を尽くしてブッ叩きまくってるように見える。恐らくは今鍛錬しているこの異界固有の金属は、鋼とは比べ物に成らぬ程に強靭で手強いのだろう。
因みに先程工房の弟子の一人に聞いた所に拠れば、今俺の目の先でド派手に鍛錬されているのはなんと俺の相棒だそうだ。恐れ多くも上客の貴族の依頼を差し置いて俺みたいな胡散臭い風来坊の武具を火入れ一発目、しかも親方手ずから鍛え上げるなどという事は異例中の異例であり、其れはひとえに親方の好意に拠るものである。有難や有難や。俺も愛してるよ親方あぁ。今の俺なら例え空から突然女の子が降って来たとしても、自宅に連れ込むどころか秒で親方に献上するであろう。
____臨時の工房に響き渡っていた槌の衝突音は、何時しかリーンリーンとまるで鈴のような美しい音色に変わり、飛び散る火花は輝く紺碧の色へと変化していた。周囲のむさ苦しい野郎共を視界から排除すれば、其れは素晴らしく美しく幻想的な光景である。
結局折り返しは十余りも行ったであろうか。三人の職人達は不純物を叩き出して二回り程も小さくなったように見える金属の塊を、今度は長く伸ばすように叩き始めた。ポン刀と同様であれば無暗に折り返す回数を増やしても強度や切れ味が増す訳では無いので、其の辺りは職人の匙加減であろう。
職人達は炉で素材を再加熱をしながら、迷いの無い手裁きで徐々に薄く長く叩きのばしてゆく。非常に緩やかではあるが、まるで新たな生命が生まれ出るかの如く、幻想的な音色と共に金属の塊が徐々にその姿を変えていった。
そして遂に、未だ粗雑ではあるが俺の新たな相棒の刃の骨子が形成された。荒く叩き上げられた金属の板が鍛錬所の隅にある台に丁寧に据え置かれると同時に、推定親方はまるで精も根も尽き果てたかのようにその場に崩れ落ちた。すると間髪入れず、同じく耐火服?に身を包んだ推定弟子達が、倒れた推定親方に一斉に駆け寄った。
駆け寄った皆はグッタリとした推定親方を息を合わせて担ぎ上げると、ワイワイ騒ぎながら賑やかに俺の傍まで運んで来た。そしてそのままギャースカ大騒ぎしながら、推定親方の耐火服を手際良く引っぺがしてゆく。高温で熱された耐火服の表面は下手に触ると大火傷しかねないので、俺はその様子を背後から見物である。すると、
「カトゥー、水だっ!」
親方を介抱する弟子のひとりが、俺に向けて声を張り上げた。
おっ、此の声は小坊主か。任せろっ。
「よっしゃあ!」
此処からは事前に打ち合わせた通りだ。俺は水を湛えた水槽に手桶を突っ込むと、茹でタコのように全身真っ赤に染まった親方に豪快に水をぶっかけた。其れを何度か繰り返した後、俺も含め数人がかりで親方の全身に火傷に良く効く軟膏のようなポーションを塗りたくる。肌の具合を見る限り火傷と言うよりは熱中症の類のようだが、其れでも効果は有るのだろう。真っ赤だった肌の色が目に見えて変化してゆく。こいつは素晴らしい効き目である。もし余ったら強請ってみよう。
その後、俺達はヒューヒューとか細い呼吸音で息も絶え絶えな親方を炉の建屋から運び出すと、簡易に組まれた木製の寝台に雑に放り込んだ。親方はポーションが効いて再び動けるようになるまで暫しリタイアである。そしてお次は相応の技量を持つ工房の内弟子達の出番だ。其処には小坊主も含まれる。俺から見るとこの一連の作業はハードコアな罰ゲームにしか見えないのだが、弟子達の言に拠れば此の様な高水準な仕事を任される機会は滅多に無いとのことで、皆異常なやる気を漲らせていた。
依頼の品を全て完遂するか、或いは親方と内弟子達が全身大火傷で完全に動けなくなるまで此の宴は続けられる。既に工房と懇意な治療院に話は通してある為、祭りの後は特例措置で主だった職人達は全員入院する予定であり、暫くの間トト親方の工房は閑散とした開店休業状態となるのだ。
とはいえ、無論武具の製造過程は此れで終わりでは無い。だがこの後の微細な成型や仕上げ、焼き入れや焼き戻し、更に研ぎの行程となると職人が培った経験と繊細な技術、そして何より凄まじい集中力が必要不可欠となり、最早先程のような俺が手を貸す余地は無い。というかそれ以前に見せて貰えない。てな訳で。面白いモノは充分に見させて貰ったので、後は相棒が仕上がるのを首を長くして待つのみである。それに、他の俺の専用装備も既に形が出来つつある。正直ワクワクが止まらない。仕上がりと受け渡しの時が楽しみ過ぎて待ち切れないぜ。
そんな事を考えつつ、俺以外の赤の他人の、しかも金持ちの武具なんぞ大して興味も無いのでさっさとその場を立ち去ろうとしたのだが。俺は気配を消してそっと行方を晦まそうとしたにも拘らず、目敏い小坊主に背後から渾身のタックルをぶちかまされた。そして結局、顧客であるハズの俺はトト親方の工房の祭りに、何故か助手扱いで最後まで参加させられる羽目になったのである。




