第146話
カンカンカンカン
キーンキーン
シューゴゴゴッ
金属音や打撃音やら何らかの駆動音等々、小さな建物の周囲に響く雑多な作業音に併せて人々が忙しなく動き回っている。
此処は迷宮都市ベニスでも名高い鍛冶職人の一人、トト親方の工房である。正確には工房の傍にこの日の為だけに急遽建造された特別製の炉が入る建屋だ。何故俺が此の場に居るかと言うと、本日は遂に俺の新たな相棒が鍛え上げられる記念すべき日なのだ。ババアの相手なんぞしてる場合じゃねぇ!ってな訳で俺が工房に顔を出した瞬間。トト親方の弟子である小坊主に悲壮な顔で泣き付かれてしまったので、今までずっと他の弟子たちと一緒にクソ重い薪や必要な資材などを運んだりしていた。
炉が入った建物は半球状の炉の周囲に櫓を組み、其処に壁を据え付けたような造りである。なので天井は無い。一見簡素ではあるが、そのサイズは故郷のコンビニの建屋程も有り、よく見れば骨組みは丁寧に組まれているので造りは存外堅牢そうである。にも拘らずこの建屋と炉は今回一度きりの使い切りであり、使用後は使い物に成らなくなるので即取り壊されるんだそうだ。何とも贅沢なハナシであるが、無論ワザワザ俺の相棒の為だけにこんな立派な炉が建造される訳は無く、今回の火入れで俺の相棒以外にも複数の依頼が一気に遂行される予定である。その為、今日から数日間はトト親方の工房を挙げてのちょっとしたお祭り騒ぎとなる。
今日打ちあがる(予定)の俺の相棒の刃の材質は、アローシアルとかいう別名輝碧鉱などとも呼ばれる希少な金属を中心に、幾つかの金属をブレンドした合金なんだそうだ。無論、その詳細や含有比等は秘中の秘であり何も教えては貰えなかった。
そして目の先に見える建屋からは煙が立ち上っており、既に炉には火が入っているようだ。聞けばどうやら本格的な鍛錬の前に、大雑把な不純物の除去や合金の質による選別といった素材の下処理をしているらしい。必要な資材は全て運び終えたので、素人である俺は後はアホ面晒して待つのみである。今日は俺以外にも数件分の依頼の作業が執り行われるにも拘らず、今の所見学者は俺独りだ。俺の他はどうやら何処ぞの貴族からの依頼らしいが、見学したいとは思わないのだろうか。自分の相棒というのを抜きにしても、見てるだけで滅茶苦茶面白そうなのにな。
「なあ小坊主、あのおっさんは誰だ?」
俺は近くで忙しそうに働く小坊主に近付いて、コソっと訊ねてみた。
その視線の先には何だか格好付けたポーズで佇む異様にダンディーな外観をしたイケメンのおっさんが居た。工房の手伝いをしていた時からずっと気になっていたのだ。周囲の見るからに汗臭そうな、存在するだけで湿度と不快指数が80%くらい上昇しそうな工房の面子と比べて、此のおっさんだけ明らかに浮きまくっている。
「うん?ああ、ありゃ親方が雇った魔術師だよ。」
「魔術師?何で鍛冶仕事で魔術師なんて雇ってるんだ。」
「炉の温度を上げる為だよ。つうか今忙しいから後でな。」
などと小坊主は俺に塩対応をカマすと、さっさと建屋の奥へ引っ込んでしまった。
だが代わりにちょっと暇そうに見えた他の顔見知りの弟子をひっ捕まえたところ、色々と話を訊く事が出来た。
専門用語が多かった為聞き取りに曖昧な部分があるが、どうやら俺の新たな相棒の刃を造る工程は、基本故郷の日本刀と似たような感じらしい。炉で加熱して半融解した素材を叩いて折り返しながら鍛え上げて大まかな成形をし、焼き入れと焼き戻しを経て更に形を整えてゆくんだそうだ。但し、ポン刀の作刀とは大きく異なる点もある。最大の違いは無論素材の材質と組成なのだが、それに伴い必要な炉の温度も大きく変わるのだ。具体的な温度はこの異界には温度計が無いので計測しようも無いのだが、例えば鉄の融点は確か覚え易い摂氏1500℃くらいだったハズだ。日本刀の作刀では其れより少し低い温度まで玉鋼を加熱して鍛錬するのだが、俺の次期相棒の素材である輝碧鉱は鉄が融ける程度の温度ではビクともしないらしい。其処で燃料には木炭でなく石炭を使い(この世界にも石炭は有るのだ。)加えてなんと火属性を操る熟練の魔術師の助けを借りて、炉の内部を途方も無い温度まで無理矢理引き上げるのだそうだ。・・因みに正確には火じゃなくて日属性だぞと訂正したかったが、ドヤって蘊蓄かますのが恥ずかしいので止めた。
____そしてその後も着々と準備は整ってゆき、いよいよ本格的な炉の加熱と鍛錬の着手と相成った。
作業に入る前に親方を先頭に工房の面々が各々決められた配置に整列し、御山と鉄と巌を司る遥か古の神に祈りの言葉を捧げる。其れは此の世界で現在信仰の中心となっている神々では無く、鍛冶師達に太古より脈々と口伝されてきた自然信仰にも似た信仰の対象なのだそうだ。
そして厳かな雰囲気の中。最後に親方が一振りの剣を以って炉の周囲に張られた謎の縄をぶった斬ると、野郎共の野太い歓声と共にいよいよ本格的な鍛錬の開始である。
親方の景気の良い胴間声と共に、地球のイタリア人が使うピザピールのような器具の上で何枚も重ねられた瓦のような金属の板が、物凄い手際で炉の中に放り込まれた。
俺は炉の建物の後方で見学である。前方では男前なおっさん魔術師が両手を合わせながら何やらブツブツ唱え始めると同時に、周囲で魔力がうねり始めるのが分かる。炉の前には推定トト親方と他に二人の弟子が居るが、全員頭には故郷の中世ヨーロッパのペストマスクのような覆面を被り、全身ゴツい耐火服のような代物で身を固めている為、最早誰が誰やら全く区別が付かない。その内の一人は炉に据え付けられたハンドルを、メタルバンドの狂った観客のヘドバンのように頭を振りながらガシガシ押し込みまくっている。どうやら炉に空気を送り込んでいるようだが、その軽快を超越した動きは三発くらいヤバイお薬をキメている様にしか見えない。
部屋の中央には直径2mくらいは有りそうな円柱状の台が有り、表面には水のような液体(魔物の体液らしい)が張ってある。聞いたところによれば、武具の鍛錬はあの台の上でするのだそうだ。更にその台の脇にはゴツいハンマーを担いだ二名の異形が佇んでいる。見るからに筋骨隆々な二名は共に背丈が2m程も有り、肌の色は暗い土器色である。そしてその最大の特徴は、指が床に付きそうな程に巨大で極太な腕である。分類不能だが、明らかに人族とは異なる外形だ。それに此奴等だけ何故か上半身に襷掛けで獣皮を巻いているだけなのだが、この熱さで火傷しないんだろうか。どんだけ肌強いんだよ。
そんな見た目は剣呑な異形であるが、実はあの二人、打ち子と呼ばれるこの日の為だけに雇われた職人さんである。先程捕まえた弟子に訊いてみた所によれば、連中は東の大山脈の奥地で暮らす少数民族というか少数種族の一つらしい。そして此の種族、昔は山の外で見ることは滅多になかったのだが、近年は此の辺の地域でも度々見掛けるようになったんだそうだ。どうやら連中、現金収入を得る為に休耕期に山を下りて出稼ぎに来るようになったらしい。だが腕に比して脚が短いせいで戦働きが苦手なので、主に土木作業や建築現場の日雇い労働者として働きに山を降りて来るんだそうだ。見た目は素晴らしくファンタジーしているのに、何だか物凄くリアルな夢の無い話である。いや現金欲しいのは分かるけどね。一度文明の味を占めちまったら、何時までもマッパで山暮らしなんてやってらんねぇスよ。滅茶苦茶分かる。因みに俺の前に居る二人はちゃんと技能を身に付けた職人なので、活動拠点がちゃんと迷宮群棲国の別の都市にあるんだそうな。
____炉に金属の塊が放り込まれ、イケメン魔術師が魔法を使い始めてから既に結構な時間が経過した。そして俺は今、重大な問題に直面している。俺の立ってる場所は炉の位置から相当に離れている筈なのだが、先程から肌をジリジリ灼く熱が尋常ではないのだ。ありていに言えばあまりにも熱すぎる。既に俺の全身は汗が噴き出すどころか、とうに蒸発し切って塩が浮き出ている。一体炉の温度は何度迄上がっているのだろうか。もしかするととんでもねえ温度になってるんじゃなかろうか。周囲の目を気にしてやせ我慢を続けているが、そろそろ限界が近いかも知れない。
前方の炉から立ち上る異常な熱気に耐えかねた俺は、耐火の魔法を試みる事にした。耐火の魔法は体内から仕掛けるタイプと体外で仕掛けるタイプの二通りあるのだが、今回は練習がてら難易度の高い体外のタイプを採用する。
耐火の魔法は俺が魔法の修練の中で最も力を入れている魔法の一つだ。日属性は一応炎の飛沫とかも習ってはいるが、俺は別に他人を燃やしたり建物に火付けをしたいなどという危険な性癖は無い為、正直炎を飛ばすとか割とどうでも良い。発火の魔法で楽に火起こしが出来れば其れで充分である。それに対して耐火の魔法は、自衛の為に是非習熟しておきたい魔法なのだ。
先ずは手から掌握した魔力を放出し、拡散してゆく。此処で僅かでも集中力を途切れさせるとあっという間に掌握が解け、魔力が何処かへ霧散してしまう。そして掌握した魔力を用いて身体の周りに、波紋のように影響力を広げてゆく。今の場合、体表の周りで荒れ狂う分子運動を抑え込むイメージである。人に拠っちゃ失われた熱エネルギーは何処行ったんだ、とか排熱は一体どうなっているんだよ、とかこんなの物理法則に反してるだろおおっとかブチ切れながらツッコミが入る所ではある。俺も此の魔法が初めて成功した時は、ひとしきり喜んだ後で頭を抱える羽目になったモンだ。
だが、細かい事は気にしちゃいけねえ。時には物理法則をブッ千切る事だって魔法の醍醐味ってもんだろ。てな訳で、いくぞおおおっ!
その結果、未だ下手糞なので温度変化に滅茶苦茶ムラが有るが、確かに魔法の効果で俺の周囲の温度が下がってゆくのが感じられた。クククッ凄いぞ。こんなに早く此の魔法を実践する場面に巡り合えるとは。そしてこの成果、我ながら素晴らしい。ふと視線を感じると、魔術師のおっさんからチラリと目を向けられていたが気にしない。
そんな訳で俺が物理法則を超越した愉悦により内心ほくそ笑んでいると、炉の前に居た推定親方が、突如長さ1mくらいありそうな巨大なヤットコのような器具を炉の中に素早く突っ込んで、高熱で真っ白になった金属の塊をぶっこ抜いた。そして間を置かず、液体を張った台の上に無造作に放り投げた。
バチバチバチッ
凄まじい音と共に蒸気が立ち昇り、俺の立つ場所まで熱風が吹き付けて来た。
ぐああああっ熱っつ熱うううっ何しやがるこのボケッ!
突然の暴挙に、俺の貧弱な耐火の魔法は一瞬で粉砕されてしまった。だが推定親方と打ち子達は熱風を食らって独り転げ回る俺には一瞥もくれる事無く、何やら手振りを交えて指示を出し合っていた。そして間もなく、台に張られた液体に反応してバチバチと音を鳴らし続ける真っ白に熱された金属の塊を、三人で囲んでガッキンガッキンと派手に火花を散らしながらハンマーで打ち付け始めた。




