第144話
「フンッ。今お前があたしゃに見せた発火の魔法は、日属性の魔法の中でも初手も初手。じゃが其れでも、魔の力を万物に働き掛けるに至るか細き端緒じゃ。僅かなりともその感覚は掴めたであろうかの。」
「ああ。」
正直言うと良く分からんが、取り敢えず力強く相槌を打っておく。此の場面で敢えて婆センパイの話の腰を折る愚は犯すまい。
今迄すったもんだ有ったものの、俺はどうにか日属性の初歩の魔法を一つ身に付けることが出来た。しかしながら、初手から豪快に道を踏み外してしまった感は否めない。一旦軌道修正して、しかるべく婆センパイに教えを請わねばなるまい。確かに発火の魔法のように孤軍奮闘の結果として身に付けるのもアリではある。だが此のまま勢いに任せて独自路線を突っ走ってしまったら、一体何の為に超高額な教育費を支払って魔術師ギルドの門を叩いたのか全く分からない。俺は最早少年などと呼ばれる歳では無いのだ。何時までもフリーダムでストリーキングな気分で無暗に行動してはいけない。もうフリーな裸族のキングでは無いのだ。新しい服仕立てたからな。
そんな訳で、此処に来てセンパイが漸くちょっとヤル気を出したように見えるのは正に渡りに船である。俺としては下手にセンパイの機嫌を損ねる事無く、上手く此の流れに便乗させて貰いたい処だ。
「んむ。殆ど自力で其処まで至ったならば、早々に次の段階へ移ってもええじゃろ。そういえば小僧は下っ端とはいえ、狩人ギルドに籍を置いておるんじゃろ?」
「ああ。」
「然らば獣や魔物は無論の事、そのうち人族同士殺り合う機会もあるじゃろうて。」
「むう。そういう面倒なのは 出来れば 勘弁して欲しいが。」
「半人前の癖に選り好みかい。小癪な口利いてんじゃないよ。で、小僧。日属性で敵を討つ魔法と言えば、お前は何を思い浮かべるんじゃ?」
え?急にそんな事言われても。
因みに発火の魔法で生体は全然燃やせなかった。試しに森で捕まえた蜥蜴モドキみたいな生物を全力で発火してみたら、実験開始と同時に滅茶糞暴れまくっていたので結構熱かったようではあるが。
「ええと、ファイヤ・・いや炎弾の魔法、とか?」
「ほほう、そいつはどんな魔法じゃ。」
「手を突き出して炎弾と唱えると、炎の玉が相手に向かって 飛んでいく魔法・・だったように思う。」
俺は今となっては懐かしい故郷のゲーム知識を思い出しながら、身振り手振りを交えてそれっぽい代物を適当に説明してみた。
「何じゃそら。お前阿呆なのかい。」
俺の話を聞いてファイアボールを実演してくれるとかちょっぴり期待してたのに、アホ程醒め切った視線を突き刺してくる婆センパイの反応は無常であった。何それ酷い。俺はそんなにアホじゃねえよ。多分。
「それじゃお前、其の炎の球は一体どうやって作るんじゃ。それに、何かしら唱えただけで如何してその球は真っ直ぐ相手に向かって飛んでいくんじゃ。そもそも其れははどうやって宙に浮かせとるんじゃ。」
「さ、さあ。良く知らん。」
「・・フンッ。まあええわい。小僧のトチ狂った妄想はともかく、見た目が多少似通った魔法はあるからの。」
などと呆れつつもまるでおねだりをするかの如く無造作に俺に向けて差し出されたセンパイの掌から、突如巨大な炎が天井に向けて吹き上がった。その光景を目の当たりにした俺は、不覚にも目の前で突如巻き起こった少々非現実的な光景に心奪われ、一瞬呆然としてしまった。すると、不意に炎の塊がまるで生き物のように身を震わせたかと思うと、次の瞬間にはセンパイの掌を離れて俺に向かってカッ飛んできた。
「ぬおっ!?」
危っぶねえっ。俺はビビッて反射的に身構えるも、炎の塊は俺の脇を通り抜け、其の勢いを落とさぬまま背後にある巨大な瓶の中へ飛び込んだ。そして、ジュボッと派手な煙と音を立ててそのままあっという間に消えてしまった。炎が消えた先を恐る恐る覗き込んで見ると、瓶は何やら黒い液体で満たされており、ソイツで炎の塊は消火されたようだ。
うおおお何じゃこりゃあ。超ビビッた。すすす凄えじゃあねえか。
一瞬滅茶糞焦ったものの、いきなり見せ付けられた婆センパイのド派手なパフォーマンスに、俺のハートは熱く滾りまくりだ。
「今のは炎の飛沫の魔法じゃ。日属性の魔術師に喧嘩や戦場なんかで最も頻繁に使われる魔法じゃな。此の魔法は自惚れた半端者が死ぬ程腹の立つ得意面しながら撃ってきおる魔法の代名詞じゃからの。返り討ちにしてやると気分爽快じゃぞ。」
ぐっ折角良いモノが見られてテンションが沸騰しかけたのに、いきなりdisって冷や水噴射して来るんじゃあねえよ。しかし、それにしても。
「凄かった。だがセンパイ。訊いても良いだろうか。」
「んむ、何じゃ。」
「今の炎はどうやって作ったんだ。」
「発火の魔法じゃな。」
「じゃあ、どうやって炎を俺の方へ飛ばしたのだ。」
「其れは射出の魔法じゃ。」
「ええ・・じゃあ、あの炎をどうやって宙に・・。」
「飛ばしただけじゃぞ。距離が遠ければ普通に落ちる。」
「・・・。」
「あとついでに言うと、あたしゃ発火の前に収奪の魔法を使っておる。それにもう一つ、耐火の魔法もじゃ。掌の上で火を燃やしたら熱いし、火傷するじゃろ。」
「それってどういう・・。」
「お前ももう薄々察しておるじゃろ。炎の飛沫の魔法は、4つの異なる魔法を同時に発動して初めて成り立つ魔法じゃ。」
「・・・・。」
えぇ・・?冗談だろ。
それって果たして人類に使用可能なのだろうか。だって発火の魔法にせよ回復魔法にせよ、1つ発動させるだけでも滅茶苦茶集中力が必要なんだぞ。4つ同時とか絶対にありえねえ。その困難さを想像するだけで眩暈が・・。
「それは、人族には無理なんじゃなかろうか。」
「うん?今、あたしゃがやって見せたじゃろ。」
「いや、センパイは真面じゃないから。ギルドの人が魔物って言ってたし・・。」
「何じゃとっ!」
婆センパイは一瞬で般若の如き形相に変貌すると、次の瞬間には俺は胸倉を物凄いパワーで掴まれていた。
「ぐひいっ。」
うげえ口が滑った。怒らせないようにと考えた傍から早速センパイをブチ切れさせてしまった。矢張り俺って奴は少しだけアホなのかもしれん。それにしても、センパイが机の上に身を乗り出してから俺の胸倉を掴むまでの流れるような一連のムーヴ。あまりにも滑らか過ぎる。なんつうババアだ。
「おう小僧っ。何処のどいつじゃ。あたしゃに舐めた口利く奴はっ。今直ぐ吐くんじゃっ!」俺は胸倉を掴まれたままガクガクと揺さぶられた。
「も、黙秘する。」
眼前僅か10センチまで迫る婆の憤怒の貌は、言うまでも無く滅茶苦茶怖い。
「ああ!?モクヒ?何だか知らんが、あたしゃを舐めた奴は女だろうが餓鬼だろうが病人だろうがギルド長だろうが容赦しないよっ。さあ吐きなっ!」
その気高いアングリー精神には少なからず共感せざる得ない。だが、下手に口を滑らせて今ギルドの他の魔術師との関係を悪化させるのは悪手だ。それに、ギルド内で俺の口が軽いと知れ渡るのも避けたい。
「落ち着いてくれ。そいつはセンパイの事を 非常に恐れていた。決して舐めていた訳では無い。」俺はセンパイの手首を掴んでどうにか動きを抑えると、不本意ながら件の魔術師を弁護する事にした。
因みに情報収集の際にセンパイを魔物呼ばわりしたその魔術師のおっさんは、顔面蒼白になりながらボタボタと大量の脂汗を垂らしていた。なので俺の弁護はあながち出鱈目と言う訳でもない。
「どういう事じゃ。」
「恐らく魔物と言ったのは言葉の綾であり、センパイに対する恐れから 図らずも口を付いてしまったのだろう。繰り返すが、その人はセンパイを舐めたり馬鹿にしていた訳では 決して無い。だから、赦してやって欲しい。」
「・・・・フンッまあええわい。」
婆センパイは再び鼻息を噴射すると、漸く俺の胸倉から手を離してくれた。流石沸騰するのも爆速だが、切り替えも早くて助かる。
「で、炎の飛沫の話の続きじゃったな。」
「ああ。確か発火以外にも 同時に魔法を使っているんだったな。収奪と射出、それに耐火だったか。どんな魔法なんだ。」
「収奪と射出は所謂属性の無い魔法じゃな。あたしゃがお前を殴ったり蹴るのと同じで、単純な力そのものじゃ。とはいえその力の程は、其れ単独では殆ど用を成さない魔法じゃ。それに適正云々は関係なく、魔力を扱える者なら誰でも身に付けられるので、特に属性の分類はされておらんのじゃ。」
「ふむ。」
「耐火は日属性の魔法じゃ。初歩ではあるが、発火よりは難易度が高いぞい。」
「成る程。其れは分かった。だがそもそも同時に4つの魔法を操るなんて とても可能だとは 思えないのだが。」
「出来る。」
「ううむ。」
「出来るぞい。」
「確かに小僧の言う通り、初めて魔法に触れた者には到底不可能に思えるかもしれん。」
「じゃがの、何度でも言ってやるぞい。出来る。出来るのじゃ。確かに天賦の才を持つ者でなければ、4つの魔法を其々同時に操る事など到底不可能に思えるじゃろう。じゃがな。例え才無き者達であっても、為せば成ってしまうんじゃな、此れが。」
「しかし、一体どうやって。」
「決まっとるじゃろ。才が無いなら身体に叩き込むんじゃよ。それが不思議で、面白いものでのう。初めは絶対に無理だと思うておっても、何度も何度も倦む事無く繰り返し反覆するうちに、何時しか理屈では無く身体が覚えてくれるんじゃ。」
おいおい何と言う脳筋理論なんだ。とても魔術師の言葉とは思えねえ。しかし、何となく納得させられてしまう自分が悔しい。言ってるのがドタマの中に脳筋成分を随分と含有してそうな婆センパイだからというのもあるが。
「それにの。単独で有用な魔法なんてそう有る訳じゃ無いぞい。どの道一端に魔法を使いたいなら、嫌でもやるしかないんじゃ。」
「・・・分かった。」
「ついでにもう一つ言うてやるが、此の魔法は小僧が求める水属性の魔法を身に付けるのに相通じる所があるのじゃ。覚えておいて損は無いぞい。」
マジか。正直今迄魔法を多少なりとも齧った上で予想される反復練習のキツさと達成までの困難さを思うと、少々気持ちが萎えかけてしまった部分があった。だが、其れで当初夢見た本来の目的に近付くと言うのであれば、俄然やる気が出てくるというものだ。
「そうなのか。ならばセンパイ、頑張るので改めて指導を 宜しく頼む。」
俺は萎みかけた気持ちを振り払い、改めて婆センパイに頭を下げた。
____そして、月日は流れ。地球で言う処の、1か月程の時が流れた。




