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遥か異界の地より  作者: 富士傘
摩訶不思議魔技修道編
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第129話

般若のような怖い顔をして、マウンテンゴリラの雄の毛をボーボーに伸ばしたような魔物が俺に向かって掴みかかって来る。初見で出合い頭に遭遇した時はビビッてチビりそうになった魔物だ。俺は三戦立ちから両腕を広げて正面から迎え撃ち、激突した魔物の後頭部と片腕を抑え込む。すると相手のブッ太い腕も俺に絡みついて来て、奇しくも昔地球で見た事のあるロックアップの体勢になった。


「ギャッ、ギギギギッ。」

「ぐ、ぬ、おおおっ。」


互いの膂力が拮抗し、膨張した筋肉と腕、首関節がミシミシと軋みを上げる。歯を食い縛りフルパワーで抑え込むも、組み合う固く膨大な肉の塊は容易に崩せない。流石は、魔物。純粋な腕力比べでは容易に勝てない奴なんぞゴロゴロ居る。などと考えていると。


次の瞬間、俺の顔面を食い千切ろうと迫って来た魔物を後頭部の毛を鷲掴んで阻止すると、逆に鼻面にチョ-パンを叩き込んでやる。魔物が鼻血を噴出しながら怯んだ絶好の隙に、俺は掴んだ腕のロックを外してそのまま相手の腕の内側から滑り込ませて両手で後頭部を抑え込み、首相撲の体勢に移行する。そして膝、膝、膝あっ。ティーカオを顔面と腹に連続で叩き込む。魔物は苦し紛れに反撃を試みようとするも、相手の動きに合わせて重心を崩し、足を刈ってやると容易に動きを抑制できる。


俺はそのまま有無を言わさず膝をフルボッコにぶち込んでいたが、あまり打撃で一方的に虐めるのも可哀想になってきた。なのでもう一発顔面に膝をぶちこんだ後、首のロックを外して今度は素早く腕緘で関節を極める。人間に近い体型の魔物はこんな時、戦り易い。肘関節に過負荷が掛り、魔物の口から情けない悲鳴が漏れる。


ふむ。唯の力任せの魔物なら所詮こんなもんか。

俺はガッチリ極まった関節技を敢えてほんの少し緩め、相手の目の前に無防備に身体を晒した。すると、そんな俺の腹に切羽詰まった魔物のボディーブローが炸裂した。


バコオッ


「おぶっ!?」


「・・・・な、ナイスパンチ。」

お、お、おふぅ。思ったよりやるじゃない。危うく口か尻から危ない何かが放出されるところだったぜ。


「ギャッギャッギャッ。」

ドンッ ドンッ ドボッ


長髪ゴリラみたいな魔物は俺の反応に味を占めたのか、続けて俺の腹をガンガン叩きまくって来た。


「調子に、乗るなよっ。」

イキって俺のボディを殴りまくる長髪ゴリラのニヤけ面にムカッと来た俺は、再び奴の肘関節をガッチリ極め、今度はそのまま一気にヘシ折った。


ブチブチブチッ

耳障りな音と共に肘関節が破壊され、長髪ゴリラの口から絶叫が響く。


更に俺は悲鳴を上げる長髪ゴリラの眼球に容赦無く親指を捻じ込むと、捻じ込んだ親指を頬骨に引っ掛けて死角から素早く背後に回って裸締めを極めた。そして間を置かず、パワーを込めて今度は首を即座にブチ折った。


ゴリィ

腕の中で魔物の頸椎と思しき部分が破壊され、突き出された舌がダラリと伸び、その身体からクタリと力が抜けた。


「ふ~。」

腕の中で魔物の身体が崩れ始めたのを確認した俺は、残心を解いて立ち上がった。



此処は迷宮『古代人の魔窟』の地下21層目。此の迷宮の所謂深層と呼ばれる場所である。


何故俺が今更こんな場所で魔物と戯れているかと言うと、理由の一つは金稼ぎである。俺は先日、この迷宮で猛威を振るっていたハグレと呼ばれる恐ろしい魔物を、まあ色々あって人知れずぶっ殺した。そして奴がこの迷宮に居座っている間、長期間に渡って迷宮探索者達が迷宮に潜って魔物を間引きできない状態が続いた結果、迷宮内部で魔物共が異常増殖してしまったのだ。いや、この迷宮に限れば本来の状態に戻ったと言ったほうが正しいのかも知れんが。


迷宮内で魔物が増殖すると聞くと、地球に居た頃漫画や小説で読んだような魔物のスタンピードを思い浮かべる。だがこの迷宮の魔物は自然に発生した生物では無く、この世界の古代人の手によるある種の人工生命のような代物である・・多分。そして其の為か、いくら増えた所で魔物が迷宮の外に溢れ出るなどという話は聞いた事が無い。ならば他の迷宮はどうかと言うと、以前迷宮の魔物によるスタンピードの話をそれとなくギルドでしてみたところ、受付の赤毛のおっさんに何それアホかと心底馬鹿にされた。悔しい。


実際の所、しぶとくて繁殖力が強いこの世界の魔物共が狭い領域で異常増殖する事自体は珍しく無い事なのだそうだ。だが、増えすぎた迷宮の魔物が皆揃って新天地へエクソダス・・などと暴走なのか統制が取れてるのだか良く分からん現象など現実には起きるハズも無く。実際には迷宮内の魔物の数が一定の収容能力を超えると、居心地の良い己の巣の直ぐ傍に居座る目障りな隣人の排除、そして限りある食料の奪い合い、つまりは魔物同士の熾烈な生存競争と縄張り争いが勃発するのだ。そしてその跡に残るのは病原菌と悪臭の温床となる無数の魔物の死骸と、生存競争を勝ち抜いたやたら強力な魔物共・・というそれはそれで厄介な顛末となるのだそうだ。


話が逸れてしまったがそんな訳で、今この迷宮の中は殆ど探索者が居ない魔物で溢れかえるボーナスステージである。無論、遠からず何者かにハグレが討伐された事は発覚するだろうが、其れ迄は魔物をシバけるだけシバいて稼げるだけ稼いでおきたい。ちなみにハグレは狩人ギルドで正式に討伐依頼がされていたので、もし討伐したらギルドへの報告義務があるのだが、俺は素知らぬ振りを決め込んだ。準備段階が多少人目に付いたものの、よもや最下級の下っ端狩人があの怪物を倒したとは信じられまい。それでも万が一バレて面倒事になりそうなら、状況次第でさっさと国外へ逃亡するつもりだ。


そして、俺が此処に居る第二の理由は単純な好奇心だ。

俺はこの迷宮の下層までは潜ったことが無かったので、どんな感じなのかなと魔物をシバきつつちょいと覗きに来たと言う訳だ。といっても、中層から此処まで来るのに丸二日掛ったけどな。


深層の個々の魔物は流石に中層よりも強いが、あまり群れることが無く出現頻度も低い為、浅層から中層に潜った時に比べると難易度がそれ程上がったように感じられない。しかも深層の魔物から採取できる魔石は中層の魔物より一回りデカいが、実はベニスで造られる魔道具の殆どは採取量が多い浅層や中層から採れる魔石に最適化されている。その為、深層の魔石はデカい割に余り高値で売れないのだ。下手すると中層の魔石より安値で買い叩かれてしまう。その為、中層の魔物を安定して狩る腕前が前提となるが、魔石で金を稼ぐならやはり中層が一番効率が良いという結論となった。


俺の周囲には深層の魔物共が何体か転がっている。此奴等は死んだ訳では無く、単にスタミナ切れでぶっ倒れているだけだ。先程の長髪ゴリラもそうだったが、折角骨の在りそうな魔物が居るこんな場所まで潜ってきたのだ。ついでに鍛錬に利用してやろうと考えたのだ。そしてその結果がコレ。この迷宮の魔物共、体力ねぇなあ。というか、一度スタミナ切れで動けなくなると回復するまでにやたら時間が掛かる。魔石が動力源だからだろうか。だがその割にはヘバった後にぶっ殺して採取しても、魔石の質が劣化してたりとかはしてないんだよなあ。どうなってるんだろう。・・・ちなみにあのハグレは例外だ。奴は最後まで無駄に超元気過ぎた。


ハグレをぶっ殺した後、俺はイキッた末に迷宮の壁を叩いて指を骨折するという恥ずかしすぎる醜態を晒してしまった。誰も見てなくてマジで良かった。だがしかし、鍛錬を続けていれば自分の身体能力の変化は嫌でも分かるものだ。


「スゥ~・・フンッ!」

その場で垂直跳びをしてみる。

すると、俺の身体は想像以上の高さまで跳ね飛んだ。上昇が止まったところで、迷宮の壁をつんと突付いてみる。そしてそのまま落下すると、音を立てずに着地した。


おおぉぉ~我ながら凄げぇ!此の高さと滞空時間、軽く3mは行っただろ。もう走り高跳びどころか棒高跳びの領域に首突っ込んどるぞ。


もし俺が故郷に居た頃ならば、そりゃもう大はしゃぎでゴリラダーンクを何度でもウホウホとぶちかますところである。アホな奴だと言うなかれ。体育館のバスケのゴールにダンクをかますのは男子の夢の一つなんだよ!バスケ漫画の中じゃどいつもこいつもダンクダンクだったけど、リアルじゃダンクできる奴なんて極一部の選ばれし者、生まれついての恵体とジャンプ力を与えられたギフテッドだけだかんな。尤も、この異界じゃバスケどころか娯楽目的のスポーツ自体が碌に無いけどな。色々と物騒な奴を除けば。平民のガキなんて学生どころか動けるようになったら即労働者である。平民以下の殆どの連中は今を生きるのに必死で、呑気にスポーツなんぞやってる余裕が無い。


などと色々考えてみたものの、そういえば俺が本格的に自分の体力を鑑定したのはポーターの登録試験が最後だ。しかも加減して。此れに近い事はやろうと思えば以前から出来ていたような気もする。


まあ何れにせよそんな訳で、今の俺は身体がやたら軽いように感じる。だが、その感想は身体が軽いぞウヒョーなどでは無く、正直言って自分の軽い身体が滅茶苦茶頼りなく感じてしまう。確かに筋力は発達したのかも知れないが、その結果は懸念事項しか無い。


「シッ、シシッ!」

フックからミドル、ハイキックのコンビ。試しに目の前の仮想敵に一呼吸で叩き込んでみる。


「うっ!?」

やはり、身体が流れる。幾つかのバリエーションのコンビネーションを連打してみると、身体が微妙にグラつく、流れる、そして軸足が安定しない。こいつは・・恐らく自分でも原因は分かっている。何とは無しに懸念していた通りだ。


恐らく今の俺は、異常発達した筋力と身体、技術、そして意識のバランスが取れて居ない。明らかに筋力に身体が振り回されているのだ。此のままでは非常に拙い。


そしてもう一つ重大な問題がある。自重による鍛錬に限界が近付いているのだ。例えばプッシュアップ。地球での世界記録は連続1万回くらいだったか。だが今の俺は恐らく永遠にプッシュプッシュアップアップ出来そうなのだ。つうか疲労するより回復する方が明らかに早い。なので方法も普通の腕立てから自衛隊方式、片手、倒立、片手倒立して指立てと変化させていったが、結局見栄えが良いだけで効率が悪いので、今では丸太や岩を担いで普通に指立てをしている。


腹筋にしても普通の腹筋どころか、今ではドラゴンフラッグすら全然効かなくなってしまった。此方も無限に出来そう。今では足に岩を挟んで辛うじて満足出来る負荷を維持している。尤も、俺が必要としているのは肉球のようなプニプニの6パックでは無く、コンクリブロックのように頑強な腹筋である。その為にはゲロ吐くくらい腹をぶん殴ってくれるパートナーが必要だ。先程長髪ゴリラにブン殴らせていたのもその鍛錬の一環である。今迄は丸太のブービートラップを自ら腹にぶち当てたりして誤魔化して来たが、どうにも効率が悪すぎる。


ああ、スパーリングパートナーが欲しいよお。此処の魔物、一匹ベニスにお持ち帰りしてえなあ。・・・そんな事したら衛兵に捕まって縛り首だろうけど。



何れにせよ恐らくは此処がちょっとした分水嶺になるだろう。折角手に入れた力に溺れ、腕力に任せてブンブン振り回すだけの馬鹿な木偶の坊となるか。或いは手にした力を完全に己の内に落とし込み、淀み無く御する事が出来るか。


暫くは鍛錬での武器の使用は控えよう。基本に立ち返り、まずは徒手における攻防の動きを振り回されること無く己の一部として完璧に制御し切る。でなくては、とても武器を振り回しながらの緻密な動きなど覚束ないだろう。


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