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遥か異界の地より  作者: 富士傘
薤露蒿里業魔断罪編
141/267

第121話

いよいよ現れやがったな。

物陰で其の気配を察知した俺は、咄嗟に身を投げ出して迷宮の床に身体と耳を張り付けた。すると、かなりの重量と思われる微振動が、一定のリズムを刻んで此方に近付いて来るのが感じられた。その振動源は俺の真正面の討伐隊を挟んで通路の更に奥。つまりは、奴の巣がある方向から此方に向かって急速に迫って来ている。


奴が正面から来てくれたことは俺にとっては僥倖だ。もし突然背後から現れた場合、俺はハグレからも討伐隊からもどうにかして身を隠してやり過ごす必要がある為、少なからず厄介な事態に陥る所だったからだ。


俺の前方に見える討伐隊の面々は、荷物を通路の端に置いて陣形を組んでいる。前衛はゴツ過ぎる大盾を構え、フルプレートに身を包んだゴリラーズ4体と、半裸で巨大な槌のような武器を持った恐らくはアタッカーらしき巨漢が1名。そして後衛は、皮鎧を着込んだ魔術師っぽい杖のような武具を手にした3名と、揃いで巨大な木箱を担いだ何だか良く分からない奴等が2名。更には遊撃っぽい立ち位置に斥候らしき軽装の男女が2名の構成だ。


俺は本当はもっと近くで観戦したいのだが、斥候の二人に見付かりそうなので十分な距離を取っている。だが、俺の発達した視力なら何ら問題は無い。


当方迎え撃つ及び観戦する体勢は充分。気を引き締めて奴が姿を現すのを待ち受ける。そして。


ヒタヒタヒタヒタヒタ


不穏な死と災厄の気配を撒き散らしながら、緋色目のハグレは遂にその悍ましい姿を討伐隊の前に現した。


そして、ハグレのその悍ましい姿を再び目にした俺は、戦慄と共に自らの目を疑った。僅かに残った余裕も瞬時に消し飛んだ。


奴のその外見は、一見すると以前と変わり無いように見える。蠍のような巨大な鋏を持つ腕を生やし、人面ぽい顔と獣面ぽい二つの顔があるのもそのままだ。だが、その姿にはそんな些末な事なんぞ何処ぞへぶっ飛ぶような決定的な変転があったのだ。


おい、おいおいおいっ!?


こ、此奴ってこんなにデカかったっけ。いや、絶対そんな訳ねえ。俺やリザードマンズと殺り合った時は絶対こんなにデカく無かったハズだ。今の此奴のサイズはあの時より優に二回りはデカい。俺の目が狂ってなければ、下手すりゃ故郷の4トントラック並のサイズはあるぞ。ありえねえっ。いや、ガチで不味いぞコイツは。


確かにこの世界の魔物って奴は広義の意味では野生動物の一種だ。新たに生まれもすれば成長するし老いもする。だが、此の迷宮『古代人の魔窟』の魔物に関しては全く事情が異なる。俺が迷宮都市で確かに聞いた所に拠れば、外界から迷い込んだ僅かな数の個体を除けば、この迷宮で生まれた魔物は初めから成体であり、成長することも老いて朽ちることも決して無い筈だ。なのに此の野郎は。


俺の脳裏に、内側から吹き飛ばされたかのように破壊された迷宮の出入口がフラッシュバックする。此奴一匹で此の迷宮の常識をどんだけぶっ千切るつもりだ。マジで冗談じゃあねえぞ。


想定外の事態に、俺の胸中で撤退の二文字がチラ付く。だが、本能が盛大に喚立てる警報を俺は敢えて黙殺した。多少サイズが変わったから何だってんだ。やることは基本変わらねえし、こんな好機は今後巡ってくるかどうかも分からねえ。


続行だ。俺は今ココで此の化け物を絶対に仕留めてみせる。


目の前に居る小粒の集団は唯の餌では無く敵、と正しく認識しているのだろうか。奴は不用意に討伐隊へ襲い掛かって来ることは無く、ぬるりとその巨大な鎌首を持ち上げた。そして今にも飛び掛かって来そうな体勢で静止すると、その上半身?が徐々に不気味に膨らみ始めた。


すわ、まさか毒でも撒き散らす気か。だがしかし。

ニヤリ。俺は内心ほくそ笑む。早速手の内を晒してきやがったか。此れでこそ敢えて討伐隊に寄生した甲斐があったというモノ。


だが、次の瞬間。


ギオオオオオオオオオオッ!!!


迷宮の通路に、耳を劈く凄まじい咆哮が響き渡った。


「うおおおっ。」

斥候の索敵能力を警戒してかなりの距離を取ったにも拘らず、轟音と空気を切り裂く振動が俺の肌をぶっ叩き、全身に鳥肌が立つ。強烈な威圧と鬼気に当てられてタマがヒュンと縮こまり、うなじが総毛立つ。


故郷の日本には魂消るという言葉がある。

距離を置いてすらヒリつく程の咆哮と威圧。並みの人間ならば、その言葉通りほんの一瞬すら正気を保つことは困難であろう。あっという間に失神して倒れ伏し、奴の贄となるのが関の山だ。


だが、目の先の光景を目の当たりにした俺は瞠目した。

恐るべき怪物と真正面から対峙する討伐隊の前衛達は、巨岩のような盾を構えたまま一歩も引かぬ。至近であの咆哮と威圧を叩き付けられているにも関わらず、だ。


凄え。身体が大きいだけの、生半可な男ではこうはいかない。凄まじい勇気だ。俺みたいなチキンハートとは違う、本物の戦士のブレイブハート。

その壮絶な気迫と揺るぎない自信を、そのブ厚い背中が物語っているかのようだ。


糞っゴリラの癖に、格好良いじゃねえか。

思わず握る拳に力が籠る。


轟々と発せられた咆哮は、始まった時と同様に唐突に途切れた。挨拶代わりの威嚇は終わりってワケか。間を置かずに相対した双方が動き始める。ゴリラーズは密集隊形からハグレを半包囲するように展開し、ハグレはまるで地球の毒蛇のようにその巨体を蠕動させる。


速いっ。あの巨体にも拘らず滑る様なあの動き。後方から眺める俺なら充分目で追えるが、至近距離の討伐隊には悪夢のような俊敏さであろう。


そして遂に互いが間合いの限界を踏み超え、混ざり合う咆哮と共に怪物と戦士達が正面から激突した。


ズガンッ

迷宮の通路に、大型トラックが正面衝突したかの如き破壊音が響き渡った。二体のゴリラの大盾が一瞬跳ね上がり、その巨躯が後方に「ズレた」。


同時に側面からアタッカーが戦槌を叩き込むも、ハグレの巨大な胴はヌルリと気色悪い動きをして空を切る。


更にその後方では、威嚇から立ち直った三人の推定魔術師が何やらブツブツ唱え始めた。或いは呪文?の詠唱でもしているのだろうか。更には一人矮躯の推定魔術師の手から高速で呪符らしき紙が何枚も燃え尽きているのが垣間見える。初めは子供かと思っていたが、其の外観から実は彼奴は人族では無く、恐らくはトワーフだ。


続いてハグレの現実離れしたサイズの鋏と大盾が再び激突し、甲高い金属音と一瞬火花が舞い散る。余りの衝撃に、ゴリラの身体が後方に撥ね飛んだ。が、直ぐに体勢を立て直し、後衛をガッチリと守護し続ける。


ゴリラーズはツーマンセルでハグレの攻撃に対処している。流石に単騎であの化け物の攻撃を受けるのは不可能と判断したのか、息を合わせて二人掛かりで受けに徹しているのだ。その間、アタッカーともう一対のゴリラコンビが隙を伺いつつ斬り込む体勢だ。


その後暫しの間、ゴリラ対怪物の手に汗握る攻防が繰り広げられた。互いに一歩も引かない上、俺が居るこの場所までガキンズガンと身の毛がよだつ戦闘音が響いて来る。巨体のハグレは言うまでも無いが、ゴリラの膂力も大概人間離れしとるな。などと俺がその様子を観戦しつつ考えるや否や、何かしらの合図でもあったのだろうか。ハグレに張り付いていた前衛達がまるで訓練されたダンサーの如く、ぴったりと息を合わせて後方に飛び下がった。


その一瞬。五感とは異なる、この世界に飛ばされて以降に獲得した俺の中のとある不思議な感覚が、確かに「ソレ」を感じた。巨大な魔力のうねりが迸り、迷宮の壁と床を疾走する。そして、その直後。


ズガガガガガッ


ハグレの周囲の壁と天井が爆発したかのように崩落し、凄まじい轟音と土煙に包まれた。更にその刹那の間、俺の発達した動体視力は岩槍のような突起が何本もその巨体に突き刺さるのを一瞬捕らえた。


す、凄え。魔法ってのは此処まで出来るのかっ。

俺は自身の回復魔法を除けば、この世界の胡散臭い謎能力は正直眉唾に考えていた。だが今、その能力の凄さを初めて目の当たりにして、後方で観戦していた俺の身体に無意識に震えが走る。見た所土魔法の一種のようだが、どうやら三人掛かりで何らかの大魔法を仕掛けたようだ。そのせいか後方の推定、いや魔術師殿三人は共に肩で息をしていてかなり辛そうだ。


すると、木箱を担いだ後衛の二人がスススッと魔術師達に近付いて、木箱から手際良く取り出した木製の筒を手渡した。すると、受け取った魔術師三人組は素早く木筒を口に付けて一気に呷った。成る程。木箱を担いだ二人は薬師か。確かに二人の薄緑色でお揃いの服装は他の連中に混ざると若干浮いてるように見えるしな。どうやら迷宮都市の上層部はハグレの討伐に際して、今回は薬師ギルドにも協力を仰いだようだ。


ハグレの直上で崩落したと思われる迷宮の通路の周辺は一面煙が立ち込め、あらゆる視界を遮っている。討伐隊は煙の周囲から少し距離を取り、それに合わせて俺も更に後方へと移動した。あれ程の派手な威力だ。俺はちょっとハイな気分になりつつ、やったか!?などとお約束な台詞を思い浮かべた。だが、そんな浮かれた気分は直ぐに

地の底へと叩き落とされた。


「ギジュジュジュ・・・。」

立ち込める土煙の中から、不気味な唸り声を発しながらハグレの巨体がぬるりと姿を現したのだ。良く見るとその外殻は所々変色してはいるが、特に目立った損傷は見受けられない。おいおい嘘だろ。あの凄まじい魔法攻撃でも倒せないのかよ。いや、其れどころか殆ど効いて無い様に見えるぞ。一体どんだけ頑丈なんだよ奴の甲殻は。


後方で観戦する俺の驚嘆を余所に、討伐隊は慌てず騒がず既に陣形を組み直して迎撃体勢を整えている。仕切り直しだ。どうやら此処からが本番らしいな。


俺は隠形で身を隠すのも忘れて、我知らず生唾をゴクリと飲み込んだ。


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