表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か異界の地より  作者: 富士傘
薤露蒿里業魔断罪編
139/267

第119話

俺が迷宮都市ベニスでも指折りの鍛冶職人として知られるトワーフ親方の工房を訪ねてから、およそ1か月の時が流れた。


その間、俺は親方・・では無く弟子の小坊主達とすっかり打ち解けた。親方が留守の時、茹で蛸みたいに顔面パンプアップして「金なんぞ要らんわっ 早くやらんかいっ!」と親方のモノマネをしたらヤバいくらいバカウケしたのが切っ掛けだ。どうやらこの世界には今迄モノマネ芸の風習は無かったらしい。


此の1か月の間、俺はあの緋色の眼を持つハグレをぶっ殺す為の下準備をひたすら進めた。悠長に1か月も掛けたのかよと思われるかもしれない。だが然に非ず。此の1か月間、俺は悠長どころかジ○バブエの炭鉱夫すらぶったまげる程の過酷な重労働に耐え抜いて来た。回復魔法を効率良くフル稼働させて居なければ、恐らく5回位は過労死していたんじゃなかろうか。それでも尚ギリギリ。漸く奴と殺り合う体制が形になったと言った所だ。


特に苦労したのは奴を殺る為の様々な資材の運び込みと設置だ。俺は決戦の場を迷宮の地下10層にある階層守護者の大部屋に設定した。その為、必要な資材を其処まで運び込まなければならなかったのだ。唯でさえ糞広い迷宮である。無駄に増殖しまくった魔物どもに絡まれながら、更に糞重い資材を担いで地下10層迄何度も往復する作業は、重労働というよりは殆ど拷問と言って良い。


しかも資材は迷宮内に適当に放置しておくと、何時の間にか魔物共に持ち去られてしまう。その為、迷宮内で資材を安全にデポしておくには、周囲に切り札のダーティボムで使う毒粉を撒き散らした上でしっかり設営、固定しておかねばならない。最初、適当に置いておいた資材をまんまとパクられた時は、怒りの余り発狂して周囲の魔物をぶち殺しまくってしまった。それ程過酷な重労働だったのだ。


俺は今迄手に入れた魔石を全て売り払い、手にした現金のほぼ全額を資材の調達などハグレ討伐の為にぶち込んだ。お陰で今の俺は、ほぼ一文無しの素寒貧だ。その際、一つ困ったのは、ルエン救出の為にアリシス王女と一緒に迷宮に潜った際に手に入れた大量の魔石だ。格好付けてアリシス王女を送り出した後、背負い籠の中に魔石を全部放り込んでいたことを思い出した俺は頭を抱えた。今更返しに行くわけにもいかんし、どうしよう。予めちゃんと折半して持っておけば良かった。そら彼女の身分なら金に困ることは無いだろうが、そういう問題では無い。俺はそういう事は気にするタイプなのだ。


結局、その分はハグレ討伐に全額投資する事で心の葛藤に折り合いをつけることにした。彼女も憎っくきハグレをぶっ殺す為なら許してくれるだろう。多分。


因みにこんな状況下にも拘らず露骨に何度も迷宮を出入りする俺に対して、周囲の衛兵達に不審がられなかったかと言われると実はそれ程でも無い。ハグレが暴れ回る以前とは当然比べるべくも無いが、こんな時でも迷宮に出入りするアホは俺だけでは無かったのだ。俺がハグレを討伐してやるぜと息巻くお調子者や、間引きされない迷宮内で魔物が大繁殖していることを何処からか聞き付けた欲に塗れた連中が其れなりの人数居たのである。無論、俺もその欲に塗れた馬鹿の一人として衛兵達にはカウントされているのだろう。まあ、実際間違った認識では無い。今の俺もまた、自ら進んで死地に飛び込む馬鹿の一人だ。辞める気はサラサラ無いがな。


こんな時、故郷の映画や小説ならそのような欲深い連中は残らずハグレの餌となる所である。何度も迷宮に出入りしている内に顔見知りになった衛兵に訊ねてみたところ、実際ハグレ討伐に向かったイキリ集団は誰一人迷宮から帰ってこなかったそうだ。ところが、一攫千金とまではいかずとも魔石の荒稼ぎを目論んで迷宮に潜って行った欲深連中の殆どは、ホクホク顔で迷宮の中から戻って来たらしい。此の迷宮は滅茶苦茶広い上、あのハグレは相当に目立つ。事前に情報を集めた上で警戒しながら浅い階層だけ探索すれば、滅多に襲われることは無いと言う事だろう。現実って奴はフィクションと違い、欲深にも悪党にもしばしば優しく微笑むモノである。衛兵も羨ましいとボヤいていた。連中どうやら危険な仕事な割に貰える給金はイマイチらしい。何とも世知辛いね。


とはいえ、流石に大量の資材を迷宮の出入口から運び入れるのは色々と怪しまれそうだし悪目立ちしすぎる。そこで、俺は正規の出入口とは別に迷宮内部への資材の搬入口を造ることにした。勿論当てはある。それは以前、俺が死に掛けつつも辛うじて迷宮から脱出したあの穴である。おおよその場所は記憶していた為、その場所は程無く見つけることが出来た。だが、飢えと渇きで衰弱し切っていたあの時と違い、今の俺はプリップリの瑞々しい肉体を取り戻し、全身には鋼の如き筋肉が盛り上がっている。試しに穴にダイヴしてみたところ、潜るどころか入り口でガツンと引っかかってしまった。糞痛ってえ。此処から出入りするのは到底無理そうだ。


そこで、先ずは丸い岩にロープを固定して投げ入れてみた。だが、あえなく失敗。次いで水樽にロープを固定して投入してみた。樽はどこぞに引っかかって直ぐに止まった。何処かで見た覚えのある方法だったが、全然上手くいかねえ。だが、現実はこんなもんなのかも知れん。因みにロープは雑貨屋で購入した。長いロープを自作するのは余りに面倒だからな。この辺にも縄草は自生しているが、その場合縄草の繊維を取り出すところからやらなきゃならんし。後はスラムのガキを雇って穴に突入させる事も考えたが、迷宮の中で魔物に食われてしまったら寝覚めが悪すぎるし、何よりもう彼奴等とは顔を合わせ辛い。


そこで一計を案じた俺は、久しぶりに罠を設置して捕らえた耳がとんがったカピバラのような動物にロープを繋いだ杭をぶっ刺して、穴の中に放り込んだのだ。更には毒煙玉を投入して穴の奥へと追い立てた。上手く迷宮まで到達すれば、血の匂いに誘われて群がった魔物共にその場でむしゃむしゃされるって寸法だ。その所業、まさに鬼畜の如し。故郷の動物愛護団体がこの光景を目撃したならば、怒りの余り石斧片手に飛び掛かってきそうな光景だ。だが、どの道カピバラモドキ君にとっては俺に血と内臓を抜かれてむしゃむしゃされるか、そのまま魔物にむしゃむしゃされるかの違いでしかない。カピバラモドキ君の命運は、俺に捕まった時点で尽きていたのだ。


そんな訳で。俺は生餌が引き返して来ない様に追加で煙玉を穴に放り込むと、急いで正規の入口から迷宮の中に潜った。そして思惑通り、無残に散ったカピバラモドキ君の残骸と、地上から伸びたロープを発見することが出来た。この迷宮『古代人の魔窟』は、入り口から中に入ると何処ぞへ転移するとかそんな非現実的な超技術が使われている訳では無い。普通に地下に広がっているので、入り口からの穴のある場所は、地図と照合すれば凡その位置は特定できるのだ。因みにこの迷宮と双璧を成す程著名な『神々の遊戯場』と呼ばれる迷宮は、入り口から入るとマジで何処かの場所に転移するらしい。流石は神様が造った(と言われる)迷宮だ。非常識極まりないぜ。


そして、首尾よく2本のロープ(1本は切れた時の予備だ)を迷宮の内部へと通した俺は、ロープを木にガッチリ固定すると、次いで事前に購入しておいた植物繊維製のデカい袋をロープに括り付けた。あとは単純作業で、資材を迷宮内に運び込みたい時は、迷宮の中から資材を入れた袋を引っ張り込む。そして迷宮内で資材を袋から取り出したら、迷宮の外から空の袋を引っ張り出す行為を繰り返した。袋に入らないサイズの資材は其のままロープに固定して引っ張り込む。迷宮内の搬入口は魔物に荒らされないよう周囲に毒粉を撒き散らし、穴の出口の小部屋には、気休め程度だが抜かり無く鉄棒を壁に埋め込んで柵を設けた。此れ等も勿論重労働だ。本当は人夫を雇いたいのだが、今の迷宮じゃビビッて応募が無さそうだし、そもそも雇い方が分からん。


そんな訳で、食事と睡眠以外はほぼぶっ通しで奴をぶっ殺す為の準備を着々と進めていった俺だが、迷宮の外でも色々と動きがあった。まず攻め込まれた迷宮群棲国の南方の都市だが、どうやらお調子者の他の隣国が便乗して参戦してきたらしく、戦況は泥沼の様相を呈して来ているらしい。そのハイエナのような隣国に対してお調子者って表現が適切かどうかは分からんが、ギルド受付のおっさんは確かにお調子者って意味の言葉を使ってたからそうなんだろう。更に迷宮群棲国からずっと北の方では、何とか言う平原で遂に故郷の関ヶ原のような大規模な合戦が起きたそうだ。その結果、幾つかの小国が滅びたらしい。異界の世はまさに乱世ですな。俺には関係ないけど。


一方俺が滞在している迷宮都市ベニス周辺に目を向けると、迷宮『古代人の魔窟』ではノコノコと外に出て来たハグレを取り囲んでタコ殴りにすべく、一時期数百人規模の兵が動員されて迷宮の出入り口付近を固めていた。その間は迷宮に出入りする度にしつこく職質されて超ウザかった。俺は職質の苛立ちのせいもあって狩人ギルドでそのまま数に任せて迷宮内に突入すりゃいいんじゃないのと提案してみたら、数の利を生かせない迷宮でそんな事してどうすんの?アホなのかと赤毛のおっさん受付にボロカスに一蹴された。悲しい。


だが結局、ハグレが迷宮の外に姿を見せることは無く、無駄に時間と金と糧秣を浪費した末に兵達は空しく撤収していった。更にはそれを嘲笑うかのように、その直後に奴は迷宮の出入口から姿を現し、衛兵を何人か食い散らかしたり迷宮の中へ引きずり込んでいったそうだ。俺はその時迷宮の奥に居た為現場には居合わせなかったが、地上に戻った時には迷宮の出入口が内部から爆破でもされたかのように破壊されてボロボロになっていた。


そうこうするうちに、遂にハグレ討伐隊の第二陣が結成され、近々迷宮の中へ突入するとの噂がギルドのおっさん経由で俺に齎された。その後、俺はハグレ討伐の仕込みを進めつつ、討伐隊に関する情報を注意深く集め続けた。


そして遂に、その日が訪れた。


今回選抜されたハグレ討伐の為の第二次討伐隊は、王女様率いる第一次討伐隊とは一変してもう見た目からガチな連中である。今回は派手なパレードなども一切行われ無かった。前衛の数人は揃いのゴリゴリのフルプレートで身を固め、まるでタワーシールドのようなゴツ過ぎる盾を担いでいる。ガタイも物凄い。背丈は優に2mくらいはあるだろう。更には皮鎧を着こんでいるが、魔石のようなモノが何個も埋め込まれた杖か或いはメイスのような武具を手にした、どうやら魔術師と思しき連中も居る。その総勢は12名。何人かはデカい荷物を担いでいるが、どうやら軽装の荷物持ちすら排除しているようだ。恐らくは足手纏いということだろう。其の外観は滅茶苦茶精強そうな一隊だ。


とはいえ今回の第二次討伐隊、ベニスの最高戦力が投入されたと言う訳では無いようだ。この都市で二つ名を冠する程の強力な騎士や魔術師は、現在南方で絶賛戦争中な奴等と、領主の身辺を固める近衛の中でも側近中の側近な連中である。南方で絶賛戦争中な連中は最早ハグレどころでは無い状況のようだし、領主は流石に身辺警護の側近をハグレ討伐に投入する度胸は無いと見える。その結果、今回の討伐隊にはどうやら都市の守備隊の中で最も手練れの部隊が選抜されたようだ。尤も、幾ら個の力が秀でていようが、寄せ集めの部隊じゃ却って足の引っ張り合いになりかねん。寧ろその方が正解なのかもしれない。


そして、俺の前方をそんな連中が迷宮の奥に向かって魔物を蹴散らしながら整然と進んでいる。そう、俺は今、件の討伐隊の後をこっそりと付け回しながら迷宮の中に居るのだ。


領主の第二次討伐隊が迷宮に突入するその前日。俺は密かに迷宮の内部へと足を踏み入れて、討伐隊の連中を待ち伏せてその後に続いた。勿論それは偶然ではない。俺はこの日に合わせて入念に準備を進めていたのだ。


俺は彼等の後方凡そ50mの距離を保ち、一切の気配を断ちながらストーキングを続けている。これ以上近付くのは危険だ。討伐隊の斥候は恐らく女性だろうか。足運びを見るに相当な手練れと見た。これ以上近付き過ぎると察知される恐れがある。


因みに今の俺は削り出した迷宮の壁の建材と泥を混ぜ合わせて身体中に塗りたくり、見た目も殆ど迷宮の壁と床に同化している。この迷宮に限って言えば、俺の隠形は殆ど極まったと言っても良いかも知れん。自画自賛したくなる。実の所、此れは討伐隊対策でもハグレ対策でも何でもなく、迷宮の中で雑魚に絡まれるのがあまりにウザいのでどうにかして対策を施した成果である。この状態で気配を断つと、ヤバいくらい魔物の襲撃から巧みに逃れることが出来る。


試しに俺の気配に全く気付かない鼠みたいな魔物の背後からス~ッと忍び足で近付いて背中をツンとツツいてみたら、ビックーンと超絶ビビりまくってほっこりした。その後容赦なく壁の染みにしたけどな。とはいえ、俺の隠形の技術はチートでも何でもないので、見つかる時にはアッサリ見つかる。過信は禁物だ。資材を運んでる最中は隠形もへったくれも無かったしな。


討伐隊の連中は迷宮の奥へ向かう最短コースを進んでいるようだ。流石に奴の巣を戦場に設定しているということは無いだろう。あの場所は臭いを筆頭に人間が戦うには余りにも環境が悪過ぎる。とは言え、俺としては出来るだけ下の階層まで行って欲しい所だ。奴をおびき出すのに一番楽な策が使えるからな。


俺が領主の第二次ハグレ討伐隊が迷宮に踏み込む日と自身の決戦の日取を摺り合わせたのは、勿論連中を利用する為だ。例え無残に返り討ちになったとしても、其れまでに連中がハグレの戦闘能力を削れるだけ削ってくれるならば俺にとっては実に好都合だ。ならば連中がそのままハグレを討伐してしまったらどうだろうか。正直ちょっぴり不本意ではあるが、其れは其れで全然アリだ。今迄の俺の仕込みは全て無駄になってしまうが、倒して貰えるなら其れでも全然良い。俺も命掛けなくて済むしな。


という訳で、討伐隊諸君。俺は物陰から君達を全力で応援しとるぞ。一切手は出さないけどな。


俺は一切の気配を立てる事無く、迷宮の壁を奔る一筋の滲みと化して、何やら騒がしい討伐隊の背後をスルスルと追い続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ