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遥か異界の地より  作者: 富士傘
薤露蒿里業魔断罪編
124/267

第104話

人気のない鬱蒼とした森の中。


ザッ


ザザザッ


夜明けの静謐を切り裂いて、噪音が鳴り響く。

地面を踏み抜く足音、衣擦れと肉の軋み、笛のような鋭い呼気。そして、空気を切り裂く刃の唸り。


シッ


ヒュボッ


シュパパァ


俺は踏み込むと同時に槍を繰り出す。体幹は其のままに、槍の軌道に合わせて軸足に掛かる体重をズラす。一振りの骨子は腕にあらず。腰を切り、身体で振るう。更には振りに合わせて槍の自重を乗せてゆく、つもりなのだが。複雑な軌道に対して全ての力を穂先に重ねるのは至難の技だ。思い描くイメージとは程遠い動きに苛立ち、歯噛みする。


火照った肉体から汗が飛び散り、熱気が冬の大気に吸い込まれる。

俺は素早く槍を支える右手を滑らせ、握りをズラした。

遠間から近間へ。僅かな所作で瞬く間に間合いが変幻する。無論、近間では槍の尺の分取り廻しは悪くなる。だが、その程度の粗は鍛錬次第で幾らでも克服できる。


柄を身体を支点に絡ませながら、矢継ぎ早に穂先を振り回す。

袈裟

逆風

唐竹

切り上げ

逆袈裟


曲芸紛いの動きだが、さにあらず。全てが入魂の一振りだ。ムカつくが、あのゾルゲの教えだ。次いで素早くバックステップと、同時に再び持ち手を移す。


間を置かず、其のまま一呼吸の内に多段付き


突突突突突チチチチチ


ゼロコンマ秒の世界。撓る穂先が幾度も閃く。悠長に息吹くような間は絶無だ。

無酸素のまま、一心不乱に突きまくる。程無く呼吸が苦しくなり、意思に反して突きの動作が次第に緩慢になってきた。内側から熱されたように頭が熱くなり、思考に霞が掛かる。視野が黒く狭まってきた上、視界が揺れて定まらない。


だが、まだだ。まだ行ける。突き続けろ。限界の際迄。

いや、限界の更に先へ。もっと先へ。まだまだまだ。更にもう一突き・・更に 更に更に・更にSA・A・・・



「・・・あれっ!?」

目が覚めると同時に、俺はハネ起きた。どうやらいつの間にか地面にぶっ倒れていたらしい。あ、危ねえ。魔物や野生動物との戦闘中にこんな醜態晒してたら、あっという間に奴らにモグモグゴックンされちまう。


「いでででで・・・。」

起き上がったのは良いものの、身体は疲労で鉛のように重く、身体を動かす度に激しい動きで損傷した腱や靭帯、筋繊維が悲鳴を上げた。


顔を顰めつつも下腹部で魔力を練り上げた俺は、何時ものように体内の中心で回復魔法をぶっ放した。回復魔法の癒し効果は手から直接注入したほうが高いのだが、効果範囲が限定される。身体全体の疲労を満遍なく癒すには此方の方が都合が良い。



「ふ~。」

俺は苛め抜いた肉体をリフレッシュすると、一息付いた。粗末な布切れを手に取り、身体から吹き出る汗を拭う。


此処は迷宮都市ベニスにほど近い森の中である。以前から鍛錬に良さげな場所として目を付けておいたのだ。ベニスは大都市だけあって、その歓楽街は魔石による街灯や雑多な店舗の灯りが煌めき、深夜でも人通りが絶えない。因みに俺はそのアダルトな雰囲気にビビッてまだその界隈には近付けていない。また、都市へ出入りする為の巨大な門が開く時間も早い。俺は本当は夜が明ける前にこの場所へ来たかったのだが、流石にその時間には門が開いて居なかった。なので、朝一の開門と同時に通り慣れた東門から都市の外に出て来たのだ。ワザワザ迷宮都市から離れた理由は、他人に全力の鍛錬の様子をあまり見られたく無いのと、街中で槍を振り回していたら甚だしくご近所迷惑になってしまうからだ。下手すりゃ不審者として通報されて、衛兵にドナドナされる羽目にもなりかねんからな。


一息ついた後、俺は以前作っておいたフェザースティックを背負い籠から取り出すと、集めておいた砕いた木屑を混ぜて火打石を使って火起こしをした。地球から持ち込んだライターは未だ充分使用可能だが、ガス節約の為滅多に使うことは無い。以前は木の棒と縄草で作った紐で摩擦による火起こしをしたりしていたが、面倒臭いので其方も今では滅多にやらない。使い慣れると火打石の方が断然早いのだ。


元胸当ての愛用の鍋で白湯を沸かしつつ、お湯に漬けた塩っぱい干し肉をモリモリ頬張る。早朝は大通りの露店はまだ営業していないので、今日の朝餉はその辺で採った野草とショボい干し肉だ。但し、肉体強化の為大量に摂取する。・・・塩分取りすぎだろうか。


静かな森の中で独り大量の干し肉をガジガジと齧っていると、色々と考えてしまう。こんな場所で汗塗れになって独り走り回り、ひたすら棒切れを振り回す俺。冷静になって考えてみると、相当に高次元な変態だ。故郷の時代劇に登場する孤独な武芸者じゃねえんだからよ。確かに身体の鍛錬の必要性ついては、無駄にハードコアな此のファッ○ンワールドで生き残るためと割り切ってはいる。とは言え、最近自身の脳筋化が著しく進行しているような気がして正直微妙な気分になってくる。俺って日本に居た頃はこんなんじゃ無かったよなあ。多分。


それはまあ良いとして。迷宮都市の武器屋で購入した槍、俺の新しい相棒にも随分手が馴染んで来た。とはいえ、槍に関しては俺は真っ当な指導者から手ほどきを受けた訳ではない。間合い、呼吸、体捌きや足の運び。武技の根っこの部分に関しては不変なモノだと思ってはいるが、槍術に関しては如何せん完全に我流である。何れ金を払ってでも相応に名の知れた指導者に教えを請う必要があるかもしれんな。例え枝葉の技術でも軽んじて疎かにすれば、何処で足元を掬われるか分かったものでは無い。特に対人戦闘となると、その部分が大きな差となって顕れてくる可能性が高い。


先程の多段突きにしても、恰好だけは良いのだが手打ちに近い形なってしまっていた。唯の人間を殺るだけならアレでも充分なのだろうが、強靭な皮膚や筋肉を備える魔物や、或いは武装した戦士の防具を抜くには甚だ心許ない。更なる鍛錬を継続して理想の動きへとアジャストする必要があるだろう。


防具に関しては、差し当たって武器屋で盾を購入した。長さは前腕を覆う程で、幅300ミリほどの楕円形の盾だ。サイズや形状的に盾というよりはアームガードに近いだろうか。所謂バックラーのような円盾も売ってはいたのだが、槍を振り回す際に正直邪魔なのだ。購入した盾の外観は金属で出来ているが、内部構造はナントカ言う(詳細は忘れた)魔物素材で出来ており、外部からの衝撃を吸収してくれるそうだ。

そして、その裏側は何と皮の上に金属板を張り付けた手甲のような籠手がリベットようなもので固定されており、更に前腕をベルトで固定することにより盾をガッチリ保持できる。


盾の保持が手で持つのでは無く、腕に固定するタイプなのは俺にとって都合が良い。槍は基本両手で扱うからだ。更に此の盾の先端は鋭角に尖っており、其処でぶん殴ると相手の顔面くらい容易に破壊できそうな形状をしている。実際色々とぶん殴ってみたが、固定された手甲のお陰で手に余計な負荷も掛からず、実に具合が良い。見た目も正直言って滅茶クチャかっけえと思う。程良く厨二感が醸し出されている上に余計な装飾が一切無く、無骨な機能美に溢れている所も俺好みだ。


因みにお値段金貨2枚。槍とあまり変わらない。凝った造りにも関わらず格安なのは金パツ店員が造った試作品だからだそうだ。あの男、武器屋の癖に防具を自作できるらしい。研ぎの技術も専門職顔負けと聞いたし、かなりデキる店員だ。そしてこの盾。気合を入れて造ったにも拘らず、全然売れなくて困っていたらしい。因みに俺は試しに金パツに斬り付けて貰った結果、表面に傷が付いたとのことで強制的にお買い上げとなった。・・・強制されなくても買っただろうから別に良いけどな。


鎧については未だに購入できていない。やはり重さや身体の動きの阻害が気になってしまうのだ。例えばチェインメイル。所謂鎖帷子も店で売っていたのだが、想像より重かったので辞めた。アレじゃ金属鎧と大して変わらん。刺突攻撃に弱そうだし、何より整備が滅茶苦茶面倒臭い。次いで皮鎧だが、漫画や小説でイメージしてたような物と違って此処で売ってる皮鎧はカッチンコチンに加工してあり、質感は漆塗りの木材のようだ。確かにブーツのような鞣した皮じゃ防御力なんて平服と大して変わらんからな。カチコチにする意図は分からんでも無いが、試しに装着してみるとこれが動きにくくて仕方ない。


結局、全身を防具で覆う気は全く無い俺は、出来ればパーツごとにバラ売りして欲しいと防具屋の店員に願い出たのだが、素気無く断られた。修理で部品交換はするクセに甲冑のバラ売りはしていないらしい。更にアレコレと注文を付けた結果、俺は防具屋の店員達と折り合いが悪くなってしまった。その結果、当分は鎧の類は買えそうにない。はぁ~腹立つぜ。


そして俺は今後の事を考える。元々俺が遥々この迷宮都市にやって来たのには理由がある。まずは金。金を稼ぐことだ。この世界もご多分に漏れず、何をするにもゼニが要る。だが、現在この界隈で最も稼げる迷宮『古代人の魔窟』の中にはロクでもない怪物が居座って居るのだ。その正体は悍ましい異形の魔物。奴はこの世界の現地語でイグーセオと呼ばれている。日本語に訳すと逸れとか逸れ者といった意味合いだ。その通称「ハグレ」のせいで、俺のマネー稼ぎは絶賛頓挫中である。


実際の所、他の迷宮でも稼げない訳では無いだろう。だが、俺は仲間が居ないボッチのソロ狩人な上、他の迷宮の生の情報を殆ど持っていない。地図も無い。更に言えば、俺はハグレの奴にPT仲間を皆殺しにされた上、重度のトラウマを植え付けられて絶賛PTSDを罹患中である。その結果、俺はあらゆる迷宮に踏み込もうとするだけで全身が痙攣し、周囲にゲロをぶっ放す汚物体質と化した。そんな訳で、もう薬草をシコシコと採取して納品するか、その辺でドブ掃除やゴミ拾い等の雑用をするくらいしか稼ぐ当てがない。狩人ギルドには魔物の討伐や隊商の護衛なんて仕事も無くは無いが、ソロ狩人はあまり歓迎されない上、俺は最底辺の10級である。殆どの仕事で門前払いされてしまうだろう。しかも護衛の仕事の場合、必然的にこの町を離れることになる。俺はまだこの都市を去るつもりは無いのだ。


第二の目的は迷宮探索だ。一応俺はまだ故郷に帰る目的を諦めた訳じゃない。俺達がこの世界に飛ばされた場所に存在した、二つの世界を結ぶ唯一の手掛かりである遺跡らしき建造物。そんな遺跡に似た迷宮探索を通じて、この世界の各地に点在するらしい遺跡探索の経験を積む目論見だったのだが。残念ながら此方もPTSDのせいで頓挫中だ。尤も、此方は差し迫った目的では無いので、焦らずじっくりやっていくつもりだ。迷宮や遺跡は何もこの都市の周辺だけに存在する訳じゃないしな。


最後の目的は魔法。魔法の習得である。既に俺は回復魔法の使い手である。そのハズだ。多分。・・・アレって魔法だよな?まあ其の真偽はともかく。この世界には魔法と言われる不思議な能力が明確に存在するらしい。実に夢が広がるね。俺は回復魔法をアル中が愛飲するストロ○グゼロ並に使い倒しているものの、他の魔法が行使される場面に実際にお目に掛かったことは未だ無い。但し、その存在を身近に感じたことは何度もある。この都市には金を出せば魔法を教えてくれると言われる魔術師ギルドが存在する。その所在地は既に聞き込み済なので、機会を見て一度訊ねてみるつもりだ。周囲が急速にキナ臭くなってきたにもかかわらず、俺がこの都市を離れない理由でもあるからな。


朝の鍛錬を終えた俺は迷宮都市ベニスに戻ると、その足で俺が所属する狩人ギルドへと向かった。魔石を現金へと換金する為である。目下の懸念事項であるハグレに関しては、数日前に迷宮都市の王女様率いる公的な討伐隊が迷宮に潜っているので、俺の出る幕は既に無い。パンピーいや、今や迷宮に潜ることすら困難なパンピー未満の俺に出来ることは、精々アリーナで応援する事くらいだ。王女様頑張れ。と言う訳で、善は急げだ。早速銭を握りしめて魔術師ギルドを訪ねてみよう。


すっかり見慣れた狩人ギルドの巨大な建物に到着した俺は、入り口の扉を押し開けて部屋の中に踏み込んだ。狩人ギルドは相変わらずの賑わいだ。俺は魔石の換金カウンターに直行しようとすると。


「あっ おおいカトゥー君。コッチコッチ!」

相変わらず誰も並んで居ない受付カウンターに立つ赤髪のおっさんが、俺の名前をデカイ声で呼びながら手招きしていた。どうでもいいが大声で名指しで呼ぶのは止めてくれ。意味も無く注目されて恥ずかしい。あとその手招きの仕草って日本と同じなんだな。またこの世界の無駄知識が一つ増えた。


俺は仕方なく何時ものカウンターの前まで行くと、おっさんが身を乗り出して来た。うおおい顔近えよ。最近、おっさんの馴れ馴れしさがアメリカのドラッグレース並みに加速しとるぞ。


「どうしたおっさん 何か良い事でもあったのか?」

気を取り直した俺は、受付のおっさんに俺を呼び止めた理由を訊ねてみた。


「ああ。例の討伐隊の先触れが迷宮から戻ってきたんだ。その話ではどうやら無事、『古代人の魔窟』のハグレは討伐されたようだよ。」

おっさんはニコニコと嬉しそうに俺に教えてくれた。


そうか・・そうか。やってくれたか。良かった。


討伐したのはあの王女様か或いは取り巻きの連中かは定かでないが、やはりお上が選抜した討伐隊は頼りになるな。正直、自分では何もできなかった事に対して寂しい気持ちが無いと言えば嘘になる。だが、それ以上にあの悍ましい化け物が討伐された事に心底ホッとした。所詮現実はこんなものだろう。


そして、此れであいつ等の魂も少しは安らうことができるだろうか。


俺は暫しの間、瞑目して散っていった雇い主のリザードマンズや荷物仲間だったポルコに黙とうを捧げた。


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