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厄介な女



 三年生になってから早数日。


 新しいクラスになったものの、特に目立った出来事のない生活を送っている。


 本を読むことが好きな瀬那は、休み時間になっても周囲の子達のように特に誰かと話をするでもなく、自分の席に座って本を読んでいた。


 別に人付き合いが嫌なわけではないが、本を読むのが好きなのだ。


 それを分かっている美玲は、瀬那の邪魔はせず、他の友人達と話している。

 社交的な美玲は、瀬那以外にもたくさん友人がいるので困ってはいないようだ。


 当初懸念していたようなやかましさもなく、安心して読書に励むことができた。



「ねえ……」



 外界を遮断し、本に集中していた瀬那に声が掛けられたようだが、瀬那はそれに気付かなかった。


 そして、突如体が誰かに揺さぶられる。


 さすがにこれだけされれば気付き、本から顔を上げると、女の子が目の前にいた。



 自分の魅力を理解し、良く見せるように完璧に身嗜みを整えている美玲とは違い、化粧っ気はないが、男なら守ってあげたくなるような庇護良くそそる可愛らしさを持った女の子。


 その子が誰だか知っている瀬那は、思わず顔を歪めそうになった。



「何か?」



 予想以上に低い声が出てしまった。

 しかし瀬那にとって大好きな読書の時間を邪魔されたせいもあるのだから致し方ない。


 だが、彼女は特に気にした様子もなく、にっこりと微笑む。



「私、新庄愛菜って言うの!」



 だから?

 思わずそう口から出そうになったが瀬那はすんでで言葉を飲み込んだ。



「知ってます」


「そうなの? 嬉しい」




 新庄愛菜。

 神宮寺総司の幼なじみで、彼ら三人とよく一緒に行動している女の子。

 一条院枢を『枢君』と唯一下の名前で呼ぶ女の子で、彼らのファンである学校中のほとんどの女子生徒から嫌われていると言っても過言ではない。


 それ故に女の子の友達は一人もいないようだ。

 瀬那もそんな厄介な人間とは関わりたくはない。



 そんな子がなんの用なのか。

 嫌な予感がしてならない。



「あなたいつも一人でいるでしょう? 私もね女の子の友達いないの。良かったら仲良くして!」




 瀬那の嫌な予感が的中したようだ。

 引き攣りそうになる頬を必死で抑える。


 頼むからあっちへ行ってくれと念じるが聞こえるはずのない愛菜は、にこにことした笑みを浮かべている。



「ねぇ、あっちで一緒に喋ろう」



 そう言って彼女が指し示すのは、枢達がいる席。


 冗談じゃないと、引き攣る口元が隠せなくなった。



「ごめんなさい、私本読んでるから」


「いいじゃない、そんなの後でいくらでも読めるんだし」


「遠慮しておきます。今面白いところだから」


「いいから、ほら早く」



 人の話を聞かず、立たせようと手を引っ張る彼女に、段々瀬那はイライラとしてきた。

 手を振り払おうかと考えている時、まるでそんな心を読んだかのようなタイミングで、美玲の声が掛かる。



「瀬那ちゃん」



 瀬那の元に来た美玲は、笑顔で瀬那を掴んでいた彼女の手を容赦なくを振り払う。



「きゃっ」



 小さく悲鳴を上げた愛菜に構わず、美玲は瀬那の手を取り立たせると、瀬那が読んでいた本を回収して、先程まで美玲が話していた友人達の所へ行く。


 そばにある机の上に本を置くと、にっこりと可愛らしく笑いかける。



「さっ、瀬那ちゃん読書続けて」


「ありがとう」



 さすが美玲だと、瀬那は感謝と共に愛菜への容赦のなさに思わず笑ってしまう。


 タイミングといい、瀬那が彼女と関わりたくないと思っていることをよく分かっている。


 安心して席に着こうとした時、愛菜が不服そうに後を追い掛けてきた。




「何するの? 瀬那ちゃんは私と喋ろうとしてたのに、どうして邪魔するの?」



 いや、いつから名前で呼ぶほど仲良くなったんだ。

 勝手に瀬那ちゃんなどと呼ばないで欲しいと、瀬名は嫌悪感を覚えつつ心の中でツッコむ。


 ここで口を挟まなかったのは、すでに美玲が戦闘態勢に入っていたからだ。


 美玲は彼女を見下すように鼻で笑った。



「どう見ても瀬那ちゃんが嫌がってるのに、分からないの?」


「そんなことないわ。瀬那ちゃんだって友達がいなくて寂しいに決まってるじゃない。いっつも一人で可哀想だなって思ってたの。だから友達になろうと思って話し掛けただけなのに、私が話し掛けた途端に瀬那ちゃんにかまうなんて酷い。枢君といる私が気に食わないのは分かるけど、私が友達を作ろうとするのまで邪魔しないで」


「別にあなたが一人なのは一条院様と一緒にいるだけが原因じゃないわよ。あなたそんなのだから友達できないって気付いた方が良いわよ。もう少し周囲に目を向けて人の気持ちを考えないと、いつまでも友達できないわよ」




 美玲に激しく同感する瀬那と、こくこく頷く周囲の女子達。



 彼女は勘違いしていることが多すぎる。

 そもそも瀬那は好きで一人で静かに読書するのが好きなだけで、友達がいないわけではない。

 美玲と特に仲が良いが、他にもこの教室内に話をする子はいるのだ。



 一人に見えたのは、ただ美玲達が読書の邪魔をしないため、話し掛けないように気を使ってくれていただけ。


  そして一番の勘違いは、瀬那は彼女と仲良くする気も友人になる気もないということ。



「そもそも、私ですら瀬那ちゃんと話したいのを邪魔しないよう我慢してるんだから。それなのに、あなたにその時間取られてなるものですか」


「そうよ、私も神崎さんに話し掛けたいの我慢してるのよ」


「私だって!」



 怒る美玲に、次々と美玲の友人達が同意していく。


 それは申し訳ないことをしたと瀬那は少し反省する。

 読書優先にしていたが、もう少し読書を控え、美玲や他のクラスメイトと話す時間を作るようにすべきだなぁと思う。


 だが、別に美玲達ならば話し掛けてきてくれてもいいのだが、気を使わせてしまっているらしい。




「話し掛けたいなら話し掛ければ良いじゃない」


「だから、それをしないのは瀬那ちゃんの読書の邪魔をしないためなの。それなのにあなたってば、相手のことも考えずずけずけと。気遣いって言葉を知らないの? それに、まさかと思うけど鉄の掟を知らないんじゃない?」


「鉄の掟?」



 鉄の掟を知らない様子の愛菜はきょとんとする。


 鉄の掟はけっこう周知されていたと思ったが、もう三年になるというのに愛菜は知らないようだ。

 まあ、枢達といるせいで教えてくれるような女の友人がいないので、それも仕方がないのかもしれないが。




「はあ……」



 美玲は、大袈裟なほどに溜め息を吐く。

 いつの間にか教室内の生徒はこちらの騒ぎに注目していた。

 枢達のグループも。


 美玲は、その枢達の方へと顔を向けた。

 正確には枢といる、瑠衣に。



「和泉さん、この子引き取ってくれます? あなたは鉄の掟のこと知らないはずありませんよね?」



 瑠衣は仕方なさそうに席を立つと、こちらへと向かってきた。

 その一挙一動にクラス中の視線が注がれている。



「勿論知っているよ」


「親衛隊と生徒会を敵に回す気がないのなら、この子にちゃんと言って聞かせてもらえますか?」



 にっこりと微笑みながらすごむ美玲の目は笑っていない。

 しっかり面倒見とけよ。という副音声が聞こえてきそうだ。



「分かった。二度と神崎さんの邪魔をしないように言い聞かせておくよ」


「お願いしますね」



 瑠依に対して強気な美玲に瀬那は感心する。


 枢と比べれば話しやすい瑠衣だが、それでもこの学校のカーストのトップにいる人物だ。

 彼にこれほど強気に話せる者はほとんどいないだろう。



「愛菜行くよ」


「えっ、でも……」


「いいから。あんまり手間掛けさせないで」



 少し苛立ちを含ませ、ほぼ無理矢理愛菜の腕を掴むと、瑠依は席へと戻っていった。


 頼むからもう来ないでくれと思いながら、視線を美玲に戻す。



「ありがとう、美玲」


「どういたしまして。それにしても、瀬那ちゃんの読書を邪魔するなんてある意味強者だわ」


「知らなかったみたいだし、仕方ないわよ。ただそこにぼっちがいたから、同じぼっち同士で友達になれると思ったんじゃない? 私は好きでぼっちになってるんだけどね。まあ、そうじゃなかったとしても、絶対に彼女と友人はごめんだけど」


「だよね。あの子自分に友達いないのが、一条院様達といつも一緒にいるから女の子に嫌われてるんだって。本当にそのせいだけだって思ってるのかしら。だとしたらおめでたい頭の中してるよね」



 否定はしない。


 良く言えば天真爛漫で人懐っこい子。

 悪く言えば馴れ馴れしく他者への配慮がない空気の読めない子。

 良いように取れればいいが、瀬那には無理だった。


 仲の良い美玲とも、ある一定の距離感を欲する瀬那にとって、あの馴れ馴れしさは受け入れられないものだった。



 一条院枢達と親しくしていることによって、女子生徒達から嫉妬を向けられていることは否定しないが、彼女に友達がいないのは彼女から頻繁に飛び出す空気の読めない発言も一因となっているのだ。



 時折発揮する天然による言葉での攻撃。それにより相手を逆上させることもしばしば。

 本人は何故相手が怒っているか分かっていないのだからたちが悪い。


 そうして離れていった友人は一人や二人ではないと聞く。


 それが嫌われている原因の一つになっているのだが、本人はまったく気付いていない。

 枢達と仲良くしている故の嫉妬だと思っているのだ。



 そんな空気の読めない人間といてはどんな面倒に巻き込まれるか分からない。



 もう近付いて来ないことを瀬那は静かに祈った。





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