報告
瀬那が枢と恋人の関係になって数日。
二人が付き合いだしたという話はどこにも流れていない。
そもそも会うのは、誰も来ない昼休みの非常階段と、枢の家だ。
教室で二人が話をすることはないので、付き合っていることを誰も気付かないのだ。
枢も瀬那も自分から主張するような性格ではないというのもあるだろうが、瀬那は枢と付き合っていることが学校中に知られることになった時の女子の嫉妬が恐ろしかった。
対処方法がないわけではないので、バレるまではそのまま放置の姿勢だった。
だが、特に仲の良い美玲と翔と棗にだけは話してもいいかと思っている。
そこで、いつものように枢の家で夕食を一緒にしている時に枢に聞いてみた。
その三人には話してもいいかと。
すると……。
「好きにしたら良い」
と、なんともあっさりとした返答。
「そもそも、俺は隠してるつもりはない」
「そうなの?」
「誰も聞いてこないから言ってないだけだ」
「それって、和泉さんや神宮司さんにも?」
「ああ」
瑠衣や総司にも聞かれていないから言っていないとは、なんとも枢らしい。
二人とて、枢に彼女できた?なんて聞くわけがない。
なにせ、教室で見る枢はいつも通りなのだから。
正直、瀬那と二人の時でも以前とあまり変わった気がしない。
むしろ以前の時の方が、枢は積極的だったように思う。
キスをしたのもこの前の一回だけで、その後はそんな雰囲気になることも一切なく。
あれぇ?と思うことがないわけではないが、自分から言うことははばかられた。
「枢が問題ないなら言おうかな。でも、枢と付き合ってるなんて突然言っても笑い飛ばされそうなんだよね」
美玲は分からないが、翔は絶対に笑い飛ばすと瀬那は確信している。
何か証拠を見せなければ納得しないだろう。
「証拠かぁ……」
じぃーっと枢を見てからはっと閃いた。
「枢、枢。ちょっとこっち来て」
食事を終えた枢をソファーに呼び、隣に座ってもらう。
そして、枢に顔を寄せてスマホでカシャリと二人の写真を撮った。
「これを見せたらさすがの翔も何も言うまい」
驚いた顔を想像して満足げにしている瀬那を見ていた枢は、何を思ったのか瀬那のスマホを取り上げ、顔を向けた瀬那にこれまでそぶりすら見せなかった二度目のキスをする。
その瞬間、カシャリと音がした。
「か、枢!?」
驚く瀬那にスマホを返した枢は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「それでも見せたら一発で信用するだろ」
画面に視線を落とすと、そこには二人がキスをしている写真が映っていた。
「こんなの見せられるわけないでしょ!!」
「くくくっ」
顔を真っ赤にして怒る瀬那に、枢は肩をふるわせて笑った。
***
その日は珍しく美玲達と昼ご飯を食べる約束をしていた。
枢にはあらかじめ言っているので、今日は一人分のお弁当だ。
枢からも許可を得たので、付き合っていることを話そうと考えていた。
「瀬那ちゃんとお昼一緒にするの久しぶり~」
嬉しそうにする美玲に少し申し訳ない気持ちになる瀬那は、現在生徒会の部屋で翔と棗を加えた四人で昼ご飯を取るところだ。
「なんか最近付き合い悪いからな、瀬那は。そんなんだと友達なくすぞー」
「それぐらいで切れる関係じゃないから大丈夫」
翔にそう言ってお弁当を広げた。
「相変わらず瀬那の弁当はうまそうだな」
瀬那のおかずを狙って手を伸ばして来た翔の手を美玲がぺしっと叩き落とす。
「翔は彼女からの愛妻弁当でも食べてなさい」
「はいはい」
翔の昼食は彼女お手製のお弁当だ。
毎日作ってきてくれるらしい。
学校が違うというのに健気なことだ。
美玲はサラダと玄米おにぎりを持参している。
モデルの美玲は体型維持のためにも食事には気を付けているのだ。
棗が全員分のお茶を用意してくれて、ようやく食べ始める。
始めは他愛ない会話を続けていた四人だったが、瀬那はいつ切り出そうかと機会を窺っていた。
「翔は相変わらず彼女とラブラブなの?」
「当然」
ドヤ顔をする翔に、聞いた美玲がやれやれというように肩をすくめる。
「聞いた私が悪かった」
「お前も早く彼氏作れば? 美玲なら選り取り見取りだろう? 月に何回告白されてるんだよ」
「なんかピンとこないんだよねー。やっぱり高校生は駄目。なんだか子供に見えちゃって。私は大人な年上の人がいいなぁ」
美玲はモデルとして大人に囲まれて仕事しているので、学校にいる同じ年代の子では少し幼く感じてしまうのだろう。
「年上で、エスコートがスマートで、背が高くて、優しくて、格好良くて……」
「お前には一生彼氏なんて見つからないと思う……」
翔の言葉に、隣に座る棗がコクコクと頷いた?
「なによぉ」
むくれる美玲は瀬那を見るとぱっと表情を明るくする。
「瀬那ちゃんはどうなの!?」
「えっ?」
「瀬那ちゃんは誰か好きな人いないの?」
「そう言えば瀬那のそんな話聞いたことないな」
「うん、ない」
言うなら今ほど絶好のチャンスはないだろう。
瀬那は意を決して口を開いた。
「……好きな人というか、今付き合ってる人いる」
そう告げた瞬間、大きく目を見開いた美玲に肩を掴まれた。
「うそ、本当!? いつから!? 私の知らない内にどういうことなの瀬那ちゃん!」
「おいおい、いつの間に彼氏なんて作ってるんだよ」
美玲だけでなく、翔と棗も驚いた顔をしている。
「この学校の人?」
こてんと首を傾げる棗に、瀬那はこくりと一回頷いた。
その瞬間、美玲のテンションはマックスになる。
「きゃー。誰、誰!?」
「ほんとだよ。誰だよ。同じクラスの奴?」
「そんなそぶり全然見せなかったじゃない、瀬那ちゃんったら」
それを言ったらもっとテンション激しくなるなと思いながら、瀬那の口からぽつりとその名をこぼす。
「えっと……枢」
「ん? 枢」
きょとんとする翔と棗に対し、同じクラスである美玲が察するのは早く、顔を強張らせてふるふる手を震わせている。
「せ、瀬那ちゃん、まさか……同じクラスの枢って……あの?」
「うん」
「うそだー!!」
ムンクの叫びのように頬を押さえ今日一番の絶叫をする美玲。
外まで聞こえたんじゃないかと、できるだけ隠していたい瀬那はハラハラした。
「おーい。お前らだけで分かってて、こっちは置いてけぼりなんですが」
「何言ってるのよ、翔! この学校で枢って言ったら一人しかいないでしょう!? 一条院枢様よ!」
ポカンとした顔で固まる翔は、次の瞬間声を上げて笑った。
「あはははっ。ないない。瀬那が一条院となんて」
瀬那が予想していた通り笑い飛ばした翔を、瀬那はジトッとした眼差しで見つめる。
「翔は絶対に笑うと思った」
「だって、あの一条院とか。あり得ないって」
「そう言うなら、これでどうだ!」
瀬那はスマホを操作して、昨日撮った画面を出す。
勿論普通に撮った方だ。
枢とのキス写真など見せられるわけがない。
印籠を出すように翔の前に突き出せば、そこに映っている瀬那の隣にいる枢の姿を見て、ようやく翔は笑いを引っ込めた。
「えっ、マジ?」
美玲と棗もスマホを覗き込む。
「うわぁ、本当に一条院様だ」
「偽物じゃない?」
「合成とか……」
「違います!」
まだ信用しきれない棗と翔の言葉を否定し、スマホをポケットに戻した。
「最近美玲とお昼一緒にできなかったのも、お昼は枢と食べてからなんだけど……」
「瀬那ちゃん、枢って呼び捨て……」
美玲はお昼を一緒に食べていることより、枢を呼び捨てにしている瀬那が気になったようだ。
それも仕方がない。
これまで枢を下の名で呼んでいたのは愛菜ぐらいだったから。
「本当に付き合ってるんだ」
「うん、まあ……」
尊敬の眼差しを向けてくる美玲に、瀬那はむず痒くなる。
他人に言われて実感する。
自分は枢と付き合っているんだと。
「はああ、瀬那が一条院とねぇ」
ようやく翔も納得したようだ。
感心したように息を吐く。
「凄い、やったね、瀬那ちゃん。おめでとう」
素直に喜んでくれる美玲に、瀬那も自然と笑顔が浮かぶ。
「いや、喜んでばかりもいられないぞ。これが他の奴らに知られたら……」
「血祭りに上げれるね」
さらっと怖いことを言う棗に、瀬那と美玲は頬を引き攣らせる。
目を血走らせて追い掛けてくる女子達が目に浮かんだからだ。
「だから、バレるまではできれば内緒で」
「まあ、それが賢明だな」
「うん」
翔と棗はすぐに了承してくれたが、美玲は難しい顔をしている。
「美玲?」
「う~。だって瀬那ちゃん。このこと言っちゃえばあの女に目にもの見せてやれるのに」
「あの女?」
「新庄さんよ」
「あー、まあ、ショック受けるだろうね」
「散々瀬那ちゃんに迷惑掛けてたんだもん。一条院様のことも諦めてなさそうだし、瀬那ちゃんが彼女だってことを教えて牽制しておかないと、また一条院様にちょっかい出すよ? 嫌じゃないの?」
「まあ、嫌だなって思ったこともあったけど、あまりにも枢がドライすぎてむしろ可哀想と思ったり思わなかったり」
「思う必要なんてないよ。だって、一条院様達の話聞いてたら、一条院様を下の名前で呼んでるのだって無理矢理みたいだし。あれだけのこと言われてて、まだあの女は一条院様にべったり話し掛けてるのよ」
「すごい精神力だよねー」
「感心してる場合じゃないでしょ、瀬那ちゃん!」
まるで我がごとのように美玲が怒る。
むしろ瀬那があっさりしすぎているようにすら見える。
「枢が新庄さんに気がないのは見てれば分かるからね。あれで枢も応じてたら嫉妬してたかもだけど、こっちがびっくりするほどの無視っぷりだもん。それに、付き合ってることを知った時の方が新庄さんが面倒臭そうだから、しばらく放置がいい」
「最後のが瀬那の本音だな」
付き合いの長い翔が、的確に瀬那の心を見透かす。
今なら枢が無視すればすむ話だが、付き合っていることが愛菜に知られたら、からまれる
のは確実である。
もうしばらくは平穏な時を過ごしたいので、面倒な愛菜は枢に押し付けるにかぎる。




