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パーティー




 明日からゴールデンウィーク。


 日曜日には一条院主催のパーティーがあるので、明日はゆっくり家で過ごそうと考えていた瀬那。


 そこへ兄の歩が帰ってきた。

 普段夜中の帰りになることも多い歩の、いつもより早い帰りに驚く。




「瀬那、明日引っ越しするぞー!」


「……は?」



 帰ってきて早々に何をほざいているのか。

 酔っ払っているのかと訝しげに兄を見る。


 しかし、そんな様子もないしお酒の匂いもしない。



「何言ってるのお兄ちゃん。仕事が忙しすぎて脳みそ沸いた?」


「仕事の忙しさは激ヤバだが、俺はいたって正常だ。前に瀬那がこんな所住んでみたいって言ってた最近建った高級マンションあるだろ?」


「マンションの中にジムとかプールとかあって、常駐してるコンシェルジュがホテル並みのサービスしてくれるっていう?」


「あのマンションに引っ越しだぞ」


「マジ?」


「大マジだ。お兄ちゃんは嘘吐かないぞ。あそこなら瀬那の学校にも近くなるし最高だろう?」


「いや、まあ、そうだけど」



 最新設備が充実していて、以前にテレビで紹介されていて、こんな所に住んでみたいなぁと何の気なしに呟いた高級マンション。

 でもそれは本気で住みたいとかではなくて、あくまで憧れのような現実的ではない話だった。


 まさか本当に引っ越しするとは夢にも思っていない。



「そんな高級マンション、お兄ちゃんお金大丈夫なの? それが原因で破産なんてしゃれにならないよ」


「お兄ちゃんを舐めるな妹よ。これでも結構稼いでいる。なんせ雑誌にも取り上げられる青年実業家様だぞ」


「大丈夫なら私に文句はないけど、明日引っ越しって急すぎる。全然荷造りなんてしてないし」


「業者に任せれば良いさ。二人なんだしそれほど荷物も多くないだろ。業者には連絡してあるから、明日決行だ」



 はぁ、と瀬那は溜息を吐いた。



 この家の家賃も払っているのは歩。

 置いてもらっている瀬那に拒否権はないし、一度言いだしたら聞かない歩に何を言ったところで止められないだろう。


 だとしても、相談ぐらいあっても良かったのではないかと思ってしまう。



 諦めて、瀬那は明日に備えて早々に就寝することにした。




 翌日、朝早くから引っ越し業者がやって来て、本当に引っ越しするか半信半疑だったのだが、兄の言葉が冗談ではなかったと分かった。



 引っ越し業者により順調に荷物は運び出され、なにもなくなりがらんとした室内を見回し感慨深くなった。



「瀬那悪い、急に呼び出された。荷物は運び込まれてるから、先に行っててくれ。これ新しい家の鍵」



 歩から鍵を受け取る。



「じゃあ、頼んだぞ」




 そう言うと、歩は足早に仕事へと向かっていった。


 残された瀬那は仕方がないと、一人で新しい家へと向うことにした。

 これから住むことになるマンションは、以前より学校に近くなる上、コンビニやスーパー、繁華街なども近く、生活の便がいい。

 高級感漂うエントランスを入り、エレベーターへと向かう。


 降りてくるエレベーターを静かに待ち、少しすると扉が開いた。



 乗り込もうとしたが、先に乗っていた人が降りてきた。

 その人の顔を見た瞬間、瀬那は動きを止めた。

 向こうも瀬那に気付き驚いたようにわずかに、本当に気づかないぐらいわずかに目を見開いた。



「い、一条院さん?」



 エレベーターから降りてきたのは枢だった。

 普段の制服とは違う、私服の枢。

 制服よりもより魅力的に大人っぽく枢を見せていた。

 かなり貴重な姿だろう。

 学校の女の子達が見たら発狂して騒ぐレベルだ。


 唖然としていると、枢の方が口を開いた。



「ここで何してる?」


「あ、あの、今日引っ越してきたの」


「このマンションにか?」


「うん、そう。もしかして一条院さんもここに?」


「ああ、ここに住んでる」


「そうなんだ」



 それ以上話が続かず、沈黙が落ちる。

 枢の方は何かを考えるように瀬那を見つめているので、瀬那は何となく気まずく感じていると、後ろから「枢様」と呼ぶ声が聞こえてきた。


 振り返るとスーツを着た男性が枢を待っている。




「じゃあな」




 去っていく枢の背中を見送りながら、瀬那は息を吐く。



「驚いた。まさか一条院さんがいるなんて」



 しかもこれから同じマンションで暮らすことになるなんて。

 今後顔を合わせることも増えるかもしれない。



「これは黙ってた方が良さそう」



 一条院枢の住んでいるマンションなんて知らせたら、毎朝枢を見るためにマンションの入り口で出待ちする女の子達が出てきそうだ。


 同じマンションだなんて知られたら、いらぬ嫉妬を買うかもしれない。


 これは絶対に知られるとまずい。

 瀬那は不用意に口にしないようにしようと心に誓った。




 ***



 迎えた日曜日。

 一条院主催のパーティーが行われる日だ。


 パーティー自体は夕方からだが、それより前から準備で忙しかった。


 まずはパーティーで着るドレス。

 大きなパーティなので、安物は着ていけないと、兄の歩が用意したのは、美玲がモデルをしているブランドRayのワンピース。


 主に十代から二十代の女性をターゲットにしたブランドで、デザイナーでもある美玲の父親が美玲のために作ったブランドである。

 若い女性が買うには高価なブランドではあったが、その人気は高く、限定品などはすぐに売り切れてしまう。

 しかし、どうやって手に入れたのか、その限定品のワンピースを持ってきた時には驚いた。


 人気ブランドのワンピースだけあって、デザインも可愛い。


 あまり気乗りしないパーティーだったが、このワンピースが手に入っただけでも気分が上がる。


 後は髪とメイク。

 それは美容室でしてもらうことになっており、歩とはホテルで落ち合うことになった。




 髪もセットしてもらいメイクもバッチリ。

 慣れないヒールを履いてホテルに向かう。



「おー、瀬那」


「お待たせ、お兄ちゃん」



 歩は瀬那の全身を眺めると、満足そうに頷いた。



「うんうん、よく似合ってる。さすが俺の妹」


「この服ありがとう。でも、よくRayの限定品なんて買えたね」



 忙しい歩に買いに行く暇があったとは思えない。



「とあるコネを使ったんだよ」


「ふーん」



 仕事の関係で色々と関わりがあるのかもしれない。



「さて、じゃあ、行くぞ」



 ホテルの広間を借りて行われているパーティー。


 大きなシャンデリアがきらきらと輝いている広間は、そこにいる人々も品があり輝いて見え、入った瞬間自分が場違いであると感じさせられる。


 せめて庶民感丸出しは避けようと、胸を張って平静を装った。



「お兄ちゃん、私はどうしたらいいの?」


「色々と挨拶回りするから、瀬那は俺の横にいて、にこにこしてくれてれば良いよ」


「本当にそれだけ?」


「ああ。終わったら食事にしよう。きっと美味いぞ」



 テーブルの上には彩りの良い料理が沢山並べられていた。

 確かに歩の言うように美味しそうだ。




「分かった。頑張る」






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