仮面の下2
間が空いてしまたこと、まずお詫び申し上げます。気長にお待ちいただけると幸いです。
丸一日と、数時間後。アベルは、月の間にいた。
先日の騒動がまるで嘘のように、静まり返ったそこでは、相も変わらず天窓から降り注ぐ光が一筋こぼれ、報告に上がった者を見世物のように照らし出している。
不審死を遂げた二名の幹部の席は相変わらず空のまま、ノワールを中心としてぐるりと並べられた席に腰掛けるは十一人幹部。そして中心には兵士が一人。服装からして、彼は内勤の部隊兵であることがうかがえた。先ほどから入れ替わり立ち代わり、様々な役職の兵士が報告と支持を仰ぎにやってくる。アベルはその一部始終を見つめながら、慣れない己の状況に息が詰まる思いになっていた。
「いい眺めだろう?」
小さな声で囁かれ、はっと下方へ見たアベルは、中心で報告を行う隊員の頭を目にした。いつもであれば、同じように見下ろされる立場だが、今日は十一人幹部の目線で事の成り行きを見下ろしている。
ツヴァインの付き添い人として。
「リジストは、多くの組織をまとめ上げる形でどんどん勢力を大きくしています。数値的に、元々の大きさを一とすれば、現在はその二十倍には膨れ上がっている状態です」
「鎮圧はできているのか」
「いえ、攻撃も同様に激化の一方で戦線を維持するに留まっております。勢力拡大もかなり計画的な為、牽制をかけようにも……」
領土境界は今、どこも激戦と聞いていた。過激する他組織の侵攻作戦に<イレブン>は防衛に追われている。現在のところ領境を侵されるような事態は避けられているが、L-10の事件から漸く落ち着きを取り戻した今、対抗策を打たなければならないだろう。
「俺たちは、そんな“どうにもできません”なんて報告を聞きたいわけではないぞ。対策を言え、対策を」
銃声とともに上がる、鋭い声。対面に座る幹部の一人、アインスの悪態が静まり返った月の間に響いた。彼は仮面に覆われていない口元をゆがめ、席でふんぞり返っており、毎度ながら異様な個性を放っている。
「方法としては何通りか、検討中です」
銃声を浴びせられようと、怒鳴られようと、兵士は淡々とした様子を変えない。なかなか肝の据わったものだ、とツヴァインが含み笑った。
「有力な方法は、今ご提案できるのは二策です。まずは盤石な手段である、物資ラインの圧迫からご紹介いたしますね。<イレブン>の輸出を一方的に止めることを意味していますが、武力の介入を持ってできる範囲の商業ラインや流通ルートを塞いでいくのです。我々はヴァレージア社などの恩恵がありますから外からの流通が止まっても問題ありませんが、小さな周辺の町から順に潰れていくでしょう。いくら徒党を組んでいたとしても、突発的なクーデターのようなものです。そこを領地としている組織は離反するでしょう」
兵糧攻めに近い手段でしょうか。兵士は、そういって続けて物資を止める為の具体的な計画を饒舌に語った。途中、書類が配られたが精巧な計画だと分かる。物資ラインへ圧力をかけるのは、自給自足が可能な<イレブン>が今まで領土の獲得に活用してただけに、非常に効果的で得意な方法である。そして、一番の利点が“我慢比べ”であることから、敵味方に被害ができにくく、圧倒的にこちらに有利な策であることも大きい。
「ただし、あちらも我々がこの手段を使ってくることを予想しているでしょう。そこでもう一つ。要人リストから探りを入れて、親族などを人質にとる方法です。幹部の暗殺という方法よりも、当事者たちも意識が低く、出来合いの連携では管理しきれないところでしょう。これはうまくいけば、物資ラインへの圧力よりも、こちらの被害を最小限にして、分裂を誘えるいい手かもしれません」
「なんとも、姑息な手段ばかりだな。もう少し格好のつく方法はなかったのか」
ため息とともに、唸るのはやはりアインス。彼はひじ掛けに頬杖をつき、なんともけだるそうな声をあげる。
「私が提示する作戦は、あくまで<イレブン>にとって一番有益な方法のみです。派手な手段は、相応の犠牲がつきものです。すでに防衛戦が、大事になっているので、格好はそちらの武勇に任せておきたいところです」
本部で武勇伝を語り聞かせなければならないような、緊迫した状況を作るわけにはいかないのだと、兵士は訴える。アインスは、小さく唸りを上げたが正論だけに次いでの野次を飛ばさなかった。
「本来であれば、こういった暗躍する作戦行動を得意とするのは、“あの特殊部隊”なのですが。今回ばかりは我々公安のほうで情報部隊の残留班とともに対応したいと思っております。今、彼らは重要な任務の真っ最中ですからね」
ツヴァインの腰掛ける椅子のやや後ろで、息を殺して辺りを観察していたアベルは、突然こちらに話が向いたことに驚く。一瞬、喜々として話す公安部隊の兵士がこちら――明らかにツヴァインの後ろにいるアベルに目を向けたが、その目に込められた意図を読んだアベルは眉を寄せた。
“この役立たずの残り者”
前後の報告に隠された本音も合わせると、まるで言葉に出して言われていると錯覚してしまう程、はっきりとした嫌悪を向けられていた。
「ふ、露骨だな」
含み笑いでは抑えきれなくなったのか、ツヴァインが小さく噴き出している。アインスが黙り込んだ空間では、そんなささやかな息遣いもひどく響いてしまう。アベルは咳ばらいをしてツヴァインに我慢を促した。
「まあ、仕方ないだろう。あれは公安部隊の兵で、君と同じく統括だ。肝が据わった、頭のよい男だが、少々横暴なところがキズでな。先の作戦で失策した君が、私の隣にいるのが許せないのだろう」
何とか呼吸を整えたツヴァインは、それでも声色に笑いを含めながら、囁く。アベルはそれに対して首を振った。
「彼だけでないでしょう。今の<イレブン>には私たちに対して、なにかしら不満を持つものがほとんどでしょうから」
「……実際に目にすると、堪えるか?」
「いえ。これは痛みのうちに入りませんよ。実際我々に向ける場合はもっと陰湿な行為をしてくるでしょうし。それに、この件については覚悟の上ですから」
「頼もしい限りだ」
ツヴァインは再び肩を震わせかけたが、大きく深呼吸をすると、ひと段落つき始めているその場をまとめるように、手を打った。
「その件については、公安部隊の策を採用したいと私は考えますが、意義はありますか?」
ここ何時間か、この月の間で行われるものを一通り見ていて分かったことだが、ツヴァインはこの場においては司会役のような役割についており、一つの議題に対して、幹部一人一人に意見を促している。以前は彼が十一人幹部をまとめ役なのだと思っていたが、むしろ彼の発言力が低いことが伺えた。
「なければ、この件については公安部隊に一任しようと思いますが、よろしいでしょうか。ノワール様?」
そして、最後の締めくくりはノワールへと向かう。相変わらず、表情をその深くかぶせたローブの奥に隠している彼からは、なんの感情もアベルには感じ取れない。
「皆の総意である。任せよう」
何度も聞いた、代わり映えのない台詞。中心にいた公安部隊の統括はその場で綺麗な敬礼をすると、満足げに月の間を去っていった。最後の最後まで侮蔑を含めた視線をアベルに向けるのを忘れないあたり、確実に恨まれている様子。正直気が重い、とアベルは息を吐きだした。
「さて、アベル。今までの内容は前座だ。次は少々本腰を入れて聞いてほしい。何が起きるかも含め、しかと目に焼き付けてくれ」
入れ替わるように、月の間に新たな召喚者が現れる。すると、ツヴァインをはじめとした幹部全員が、今までにないほど、その身にまとう空気を張り詰めたのもに変えた。アベルは、何事かと慌てて背筋を伸ばしる。
現れたのは、アベルもよく知った人物だった。
「研究部を代表して、御前を失礼させていただきますぞ」
研究部局長、アルフスレッド博士。現アバランティアエネルギー制御システムの総責任役であり、医療部門では彼の右に出る者がいないといわれるほどの権威をもった科学者。なぜ、いつもは研究室にこもりきりの彼がこのタイミングで月の間に召喚されるのか。アベルは警戒心を募らせた。
「此度の研究成果と、現時点での経過報告に上がりにきました」
「待っていたぞ、アルフ。新しい解決の糸口は見つかったかね?」
「今回ははっきりとした内容なんだろうな」
先ほどまで、ほとんど発言しなかった幹部たちが、あれやこれやと口を開く。本日一番の賑わいを見せる月の間。興奮を隠し切れない様子の幹部たちの表情の見えない熱気に、アベルは一人ついてゆけず、戸惑う。
「幹部二名の死についてですがね」
イプシロンとノイン。二人の幹部が不審死を遂げた問題は、L-10らが引き越した騒動とはまた別で、大きな謎となっている。 最高幹部の死となれば、内部でも緘口令が敷かれ一握りの人間しかその内容を知らない。当然アベルも、その後の進展ないようなど知るはずもなく、アルフスレッドの次の言葉に注目する。
「二人の体が、結晶化されたという話を聞き及んでおるかとおもいますけどもね」
白髪交じりの栗毛をくしゃくしゃと掻きながら、手にした書類を凝視してる姿はまったく繕った様子がない。この場において、物怖じせず自分を貫く様子は流石科学者というところだろう。
「結晶化は全身に及んでいました。非常に珍しいケースですがね、死因は正真正銘“結晶化病”でしょうな。結局、人体用の切断具は歯が通らないものだから、荒っぽくご遺体を解体することになって、こちらとしては大変な労働となりましたよ」
原因不明の肉体の結晶化による、身体機能の停止、人間の持つ治癒機能が結晶化を無理に解除しようとすることで起きる激痛によるショック死などが挙げられる、現代において治癒困難な難病。数日前に情報部隊のリーダーから聞きおよんだ情報が正しかったのだとアベルは悟りながらも、この謎の死に対する解決が一切なされていないことを感じて、唇を噛んだ。
「“結晶化”が死因だと、バカも休み休み言え! 」
ふざけるな、という怒声が突然真横から上がった。その聞き覚えのない声に、視線を向ければ本日一言も口を開かなった三の冠名を持つ幹部──ドライが身を乗り出すようにして、アルフスレッドを糾弾していた。ローブから覗くすらりとした指を強張らせ、席のひじ掛けに傷を残すほど爪を立てている。随分と憤慨しているようだった。
「話が違うだろう! 我々は朽ちぬ存在ではなかったのか」
金切声、聞くものによっては悲鳴にも似たドライが叫ぶ言葉は、アベルの想像の域を超えた内容だった。
「朽ちない……?」
一体どう意味だ、と気づけばドライの言葉を小声で復唱しているアベル。それに気づいたツヴァインが口元に指を立て、声を殺せというポーズをとった。
「ドライ、落ち着け。この件はそんなに大きな声で話をしてよいことではない」
取り乱したドライへ、他の幹部たちが身振り手振りでなだめるように声をかけている。その中でツヴァイン一人だけが黙ったまま動じないので、アベルもそれに倣い気配を殺した。
「落ち着いていられるか、このままいけば次は」
「ドライ!」
銃声。鋭い声が衝撃音とともにぶつけられた。いつもの嫌味を含んだような声ではなく。厳しさをにじませた声色で、アインスが怒鳴り返している。
「抑えろ! 今日は、“候補”もいる。これ以上の問答は後で爺様がたに聞いてもらえ」
「この若造が、誰に物を言っている!!」
迫力満点のアインスの態度に慄いのたは、どうやらアベルだけであり、むしろ火に油を注いでしまっているようだ。やれやれ、と目の前でツヴァインが首を振る。
「おい、ツヴァイン。この話題の時はそこの小僧をさがらせろ」
「断る。“候補”の一人については、私に任せられた責務だ。どうしようと私の勝手だ」
「この、狸が……!」
アインスは、ドライからの罵倒など聞いていないかのようにツヴァインに声を投げる。小僧とは、まさか自分のことだろうか? アベルは不意に一歩その場から後ろに下がってしまった。
しかし“候補”という単語が出る度に、ドライに向いていた幹部の視線がちらちらとアベルに向く、注目の本人はその視線に耐えるように目を伏せただけだった。
「そもそも、反対なのだ。“候補”など……! 二人の代わりなど考えられない。私はこのまま」
「ドライ」
凛と響く、通る声。決して大きな声ではないというのに、狼狽しているドライを含めその場にいる全員が息を止めるのが分かった。
「この件については、アルフスレッド博士に任せている。信じて待つしかなろう。私とて、ドライ、君を失いたくはない」
「ノワール様」
“よくいうよ”
気のせいだろうか、脳内に直接響くような、そんな声が聞こえたような気がして、アベルはあたりを見回す。しかし、声を聴いたものは一人もいないようで、その場にいる全員は、ノワールの言葉を待つように固唾をのんで見守っている。気のせいか、と他に習ってノワールへと目線を戻そうとしたとき、
この空気に合わない、ツヴァインの笑みを見た。
「さて。続きを頼むよ、アルフスレッド。すまないね、話を止めてしまった」
「いえ、動揺されるのも無理もありませんな。我々も正直今回の症例には面食らっておるのです」
はたと我に返った時、再びアルフスレッドの説明が始まった。もう一度目線をツヴァインに向けても、彼は笑みなど浮かべてはいなったし、見間違いだったのかと、アベルは目をこする。
「……というものですね、今回の発症された病は、通常の結晶化病とは大きくかけ離れておりまして。御二方の死因になっている結晶化は、通常の進行速度とは違い、程一瞬で全身が結晶化していました。幸いなことは、苦しむことなく死に至ったことでしょうか」
アルフスレッドは淡々とした声色で話を続けているが、手元にやってきた書類を見れば、その二人の死因がいかに異様なのかが綴られていた。結晶化はほとんど症例として、皮膚の結晶化が始まり、人間の再生力をほんの少し上回る速さでゆっくりと侵食してく。死に至るまでは個人差はあれど約五年。病よりも死の呪いのように、世間では扱われている。
「こんな異常な症状を出しているケースは非常に珍しいんですかね、前例がないわけではないのです。皆さんもご存知かと思いますが、過去一番近いのが、五年前の集団結晶化の事案です。今回のお二人に死についても我々研究局は同様の症例とみています」
五年前、結晶化病と聞いて、アベルはすぐにそれが全盛期の特務総合部隊を壊滅に追いやった事件だと気づく。今回と同じく、アバランティア制御体の奪還に追われる中、異常なほどの発症者が当時の<イレブン>内で出て、少数精鋭部隊であった特殊部隊をはじめ、戦闘部隊、情報部隊、と主力部隊からも多くの犠牲が出てしまった、こちらについても大公には迷宮入りした事件だった。
「結晶化病の進行を抑えるのは、単純に結晶化を進行させる発作を遅らせること。発作は結晶化から回復しようとする際に起こる、細胞崩壊と再構築のバランスが崩れ異常反応を身体が起こしてしまう──まあこの症状の我々は生命力の暴走、と呼んでいます」
まあこんな科学的根拠の無い名前ですが、一応は医療界での通称なんですわ、と軽く補足を入れるアルフスレッド。
「“生命力の暴走”二つの症例に共通するのは、これが異常に強力過ぎたことが原因です。本来であれば、結晶化の進行を緩め、再構築を伴う生命活動を鈍化させる治療を施し、経過を見たいんですがね。イプシロン様とノイン様の体を襲った結晶化の勢いが強く、結晶の〝媒体〟として再生と進行が拮抗する間もなく蝕まれてしまったのです」
「暴走だと? 研究局の泣き言など聞きたくない。それはつまり、我々の体の調整が間に合わなかったいい訳だろう。お前たちは五年前と同じことを繰り返しただけだ」
「面目次第も無いことです。これについては我々の失態といえましょう。しかし、こちらとて何も成果が無いとはいいません」
アベルには、話の内容が全く理解できなかった。結晶化病は原因不明・発症現不明・治癒不可能な難病と恐れられて非常に長い年月が経つ。その間に様々な研究がされてきたのだろうが、医療について全くと理解の無い彼には、博士の言葉が呪文のようにしか聞こえない。
「私の持つ素体の中で、ある治療法に一定の効果が見られている者がおりまして。これは、生存してる被検体のなかでも貴重なモデルケースなのですが……おや」
ここで、アルフスレッドと目が合った。よく目線を感じる日だ。
「ノワール様。今からお話するのは“彼”のことなのですが、ここに特殊部隊統括が居られるのに、話をしてもよいのですか?」
「構わん。どうせ時期に分かることであった。それに、ツヴァインの選んだ“候補”だ。今後のことも考えれば、知っておいたほうがいいだろう」
「そうですか」
一瞬、アルフスレッドの顔に迷いが見えたが、ぐっとアベルを睨みつけるように一瞥し、覚悟を決めたように再び言葉を紡ぐ。
「被検体ケースNo25684。進行ランクA+。現在生存している被検体の中で一番今回のケースに近しいモデルケースです。発病から殆ど一瞬で強力発症しながらも半年間生存し続けており、薬物療法をして経過を見ておりますが、病状の押さえ込みに成功しているのです」
「それは期待できるな、彼には特別な処置を施したのかね?」
ノワールが身を乗り出した。はらりとローブから落ちる、一房の長い濃緑の髪は照明に反射して輝く。子供のような彼の動きに、アルフスレッドは驚いたように肩を震わせたが、すぐに首を左右に振った。
「いいえ。“私”からは何もしておりません。被験体は極限状態の時に発症し、そこで起こしたある行動で自力で強力発症を乗り越えたのです」
「それは?」
「生命力の暴走を自身の体に変換し直した──としか今は言えませんな。我々も正直なところよく分かっていないのですから」
ですが、成功例があるのであれば解決の糸口になりますから。と博士は続ける。
「被験体──今後も彼からは貴重なデータが望めるはずです。何故なら、被検体ケースNo25684とは特務総合部隊所属の善。敵領地で指揮をとり、今、誰より極限状態にある」
アベルは腕に激しい痛みを感じた。何事かと思えば、自分の前で腰掛けている筈のツヴァインが爪を立てる勢いで腕を押さえつけている。それは痛いわけだと思いながら、自身が無意識にツヴァインの隣にまで進み出ていたことに気づいた。
「何時また発作を起こしても可笑しくはなく、治療も万全といえない中です。また奇跡を起こしてくれるかもしれません。こんなにも、条件の揃った状態の素体は他にないですからね。彼からなら皆様の安心を取り戻すデータが得られるでしょう。事実彼のデータから治療法も幾つか候補が上がっております」
抑えろ、という意味なのだろうか。アベルは己の行動が注視されているという事を意識して、元の位置に下がる。
「そんなにも貴重なサンプルを手元から離して大丈夫なのか?」
「これは新たな症例、症状を得られるチャンスです。彼も驚異的な抵抗を見せましたが、現時点で症状は末期のA+。時間があまりありません。彼から得られた症状とその抵抗の術については、現時点で実証可能なレベルまでに解析が進んでいます」
つまり、もう用なしということか。アベルは話を聞いていられないと、無意識のうちに、顔を背け唇を強くかみしめていた。
「抗体については、彼の体内から得られるものも多いでしょうが、それは生存が条件では――」
「分かった、もういい。これ以上、ツヴァインの補佐をいじめてくれるな」
次にアベルが正面へと目を向けたときには、全員が自分を見ていることに気づき、動揺する。ノワールは楽しそうに、アルフスレッドに下がるように命じると、アベルを見て
「これくらいのことで動揺しているようでは、候補としてやっていけるのか心配になる。まあ、若さもあるであろうが、精進することだ。そうでなければ、到底今のそなたでは真実にはたどり着けないだろう」
と告げると意味深に、口角をあげて笑みを作った。
直後ツヴァインが大きくため息をついた声が響き、ノワールがそんな彼に“まだまだ教えが足りないようだな”と窘めるような言葉をかけていた。
「それでは、私はこれにて」
下がるように告げられたものの、退出するタイミングを失っていたアルフスレッドが大きく声を上げる。
ノワールはその様子を満足げにうなずいて見せた。
「次の報告を心待ちにするとしよう。この問題は仲間を失ったということだけではなく、この危険な状態は一般人にも広まる可能性があるということだ。アルフスレッド、我らは民を守るための存在だ。更なる結果を待っている」




