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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
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仮面の下1

「ふむ。君達は今回の逃走劇には裏があると、そう考えているのだな」


 <イレブン>本部、十四階。十一人幹部、第二の者ツヴァインの執務室に、アベルとターナーはいた。豪華な革張りのソファに沈み込まないように腰かけ、仮面の下から発せられた声にただ頷く。先ほどアベルが自身の執務室でそうしていたように、ツヴァインは巨大な窓の前に佇み、二人の話に感慨深げに唸っている。

 ターナーが持ち帰った、“植物”による鍵の不正開錠。二人の前に突然現れたツヴァインに説明を求められ、彼の執務室で話を再開したのが一時間前。あと数十分とすれば夜が明ける。少しずつ明るくなっていく空を窓越しに見つめ、結局一昨日からほとんど寝ていなかったことをアベルは思い出した。


「L-10は、逃亡・アバランティ優先体の誘拐時、建物の構造を正確に把握し裏を掻いて、我々を出し抜いた。<イレブン>に入って一ヵ月すらまともに在籍していなかった男が行ったこととは、私としても正直なところ信じられない。しかし今更、起きてしまった事実について追及は難しい、よりによってL-10の行為が、“ありえない状況であった”と証明するのは困難を極めるだろう」

「ターナーの情報は、その困難な証明を可能にするのでしょうか」

「どうだろうな」


 外を見つめたままのツヴァインに問えば、思いのほか固い声が返ってきた。説明を求められた時こそ、ことの進展を期待した二人だったが、


「話を一通り聞いていたが……正直なところ、私は今更L-10の行為の追及をしたところで何も生まれないと思っている」


 続けれた言葉は、そんなぼんやりと浮かんでいた彼らの希望を刈り取った。


「聞いておいて、それはないでしょう」


 思わず、といった様子で落胆するターナーにアベルは小声で叱責した。気持ちは分かるが、それを組織のトップの前でボヤいていいはずはない。


 だがそんなアベルも内心では落胆し、同時にツヴァインの言葉の正しさにうなだれていた。

 確かにこの追及には意味がないのだ。


 ターナーが見つけ出した不可解な因子は、追求することによって特殊部隊の正当性を立証するものになるかもしれない。だがそもそも、特殊部隊の正当性を追求しても何も解決しないのだ。

 現実としてアバランティア制御体は逃走。その管理を任されていた特殊部隊は己の首を守るために奔走している。その事実はどうしようにも変わらないのだから。


 アベルは早い段階でそれが分かっていたからこそ、ターナーに捜索をさせまいとした。

 だがそれでもすがりたいと一瞬でも思ってしまったのは、それほどまでに自分達の状況が追い詰められているからだと分かる。アベルは気持ちを切り替えるように頭を振った。


「だが、着眼点は悪くない。そう落ち込むな。面白い話ではあるのだ」


 しかし、さらに次に紡がれた言葉は彼らの顔を歪ませた。ツヴァインはぱっと二人に振り返り、楽しそうに手を叩く。明らかに沈んだ二人の様子を面白がっているようだった。


「私も君たちと同じように裏になにかあるというのは感じている。ただ違うのが、私は“今のこの状態”に対してからくりがあると思っていることだ」


人差し指を振り、解説者のような口ぶりで言葉を続けたツヴァインは、振り返った姿勢のままデスクの椅子を引くと、滑り込むように腰掛け、ソファに座る二人と目線をそろえた。

 そのはしゃいでいるとも見える勢いに押されたアベルだったが、何か返事をせねばと口を開く。


「今の状態に……ですか?」

「そうだ」


 まだ分からないのか? と言わんばかりにツヴァインは肩を竦めて手を広げた。


「一昨日の不明点も確かにある。だが今の状況の中にも不可解な点が多いとは思わないか? 君達は己の失態に気を取られ、逃走者ばかりに意識が向いているが……考えてみたまえ、その背景にあるものを」


 アベルとターナーは無意識のうちに顔を見合わせていた。二人とも話の展開が読めないのだ。


「今の状況と……背景」


 現状として思い浮かぶのは<イレブン>のアバランティア制御体に対する奪還と報復だった。

 奪還は言うまでもなく善が率いる“Aエースの約束”部隊。そして報復とは、今回の混乱を招いた勢力への攻撃と牽制である。

 その標的として、黒幕に挙げられたのは<リジスト>だった。レイスが<リジスト>の戦闘員であったという点、この混乱に合わせたように<リジスト>が勢力を急速に拡大し、最大脅威になりつつあることが理由に上がる。


 だがこれは表から見た状況であり、ツヴァインの言う裏側ではない。

 背景。不可解な点。

 アベルはその言葉の意味を考える。


 この現在の混乱を招くのは――<リジスト>の存在にある。今こそ<イレブン>に敵対する組織の中で最大勢力となりつつあるが、もとは名前も知られていない弱小組織だった。それが<イレブン>内に入り込んだ傭兵が起こした混乱に乗じて、ばらけていた反乱因子を一気にまとめて結束を図った。技術力も武力の高く、外側の守りの堅い<イレブン>に対して、内側を崩す計画性は非常に狡猾といえる。


「でも、レイスは<リジスト>に従ったわけではないと、言っていた」


 アベルの考えに対して、ターナーが声を荒げた。善がいれば、何を甘いことを言っていると睨まれそうな言葉だが、アベルにはそれが違った響きを持って耳に入った。


「そうか」


 レイスの行動は感情が伴い、突発的。決して計算づくされた組織的な動きであるようには考えられない。


 つまり、行動が愚かすぎるのだ。


 仮にレイス動きが<イレブン>の油断をついた計算による行為だったとしても、個人である彼が対組織となったときに無事逃げ切れる保証は限りなく低い。そのわずかな可能性を賭け、作戦を練るものなどいるだろうか。これだけの結束を生み出すためには<リジスト>も並大抵ではない根回しをしていたに違いない。それを棒に振る危険を冒すだろうか。

 しかしレイスは行動し、奇跡は起きた。

 まんまとこの混乱に乗じて、反乱因子は<リジスト>を中心に結束をはじめた。どんな形であれ、混乱が起きることを想定していたかのように。


 これらを踏まえて、ツヴァインのいう不可解な背景を考えると―― 


「うまくいきすぎだとは思わないか、アベル。この不可解な幸運は逃走劇の当事者側だけではない。なにもかもが都合がよすぎる。まるで<イレブン>だけが被害をこうむるように決められていたかのようじゃないか」


 意図を理解したと、確信したのだろう。ツヴァインは芝居がかったような口調で二人に語り掛けた。

 

 アベルは大きく息を吐く。


「……内通者がいるんですね」


 そう考えれば、すべての事情に説明がつく。不本意ではあったが彼は己が口にした言葉に心底嫌悪した。そうだ、と重々しく肯定したツヴァインに、アベルは頭を抱える。


「こちらの極秘に扱う情報を操作しているあたり、我々幹部関係の誰かだとしか思えない。今回の幹部二名の死についても、その疑いがあるのが現状だよ。内輪揉めなんて恥ずかしい話だが、ね」


 さてここからが本題だ。と、ツヴァインは口元を愉快そうに綻ばせ、もう一度手を打った。


「アベル、君には私の身辺警護及び秘書官として傍についてもらう。公の場はもちろん私から離れないでほしい。人目のあるところは全てだ。……意味が分かるか?」

「表向きの顔は謹慎同然の補佐職と見せかける。目的としては貴方の傍を離れないことで、貴方の行けるところ見るもの全てを共有させることができる。つまり実質的には幹部権限を私に解放してくださる、ということでしょうか」

「さすがに呑み込みが早い。私が見込むだけのことはある」


 先ほどから、人を試すような言葉運びをするツヴァイン。アベルは寝不足で鈍くなりかけている思考に鞭打ち、必死に意図を読み取ろうと努める。


「更に、人目のあるところでは同行を求められているという事は、逆に限られた人間にしか入れない場所……つまり、幹部しか出入りできない所へ私を入り込ませて隠密行動をさせたい、ということですね」


 つまり、アベルに諜報員をさせたいということなのだろう。そもそもそういった暗躍活動を得意とした特務総合部隊には、うってつけの内容ともいえた。

 ツヴァインは肯定とも否定とも取れない笑みを浮かべていた。そして、長い沈黙を経て彼は深く呼吸をすると同時に椅子の背もたれに倒れ込み、今度は二人より低いところから視線を投げてくる。


「やってくれるね?」

「御命令とあらば、慶んで」


 アベルは悩まずに、一秒以内に返事をする。

 現状として、二人はこの本部につなぎ留められたまま前に進むことを許されない。完全に部隊から孤立した状況で、唯一の後ろ盾であるツヴァインの頼みを断る理由がないように思えた。内容の諜報活動も、戦闘部隊からの引き抜きで統括となったアベルには難しいものではあるが、それはターナーというフットワークの軽い部下と共になら補完できるだろう。うまく立ち回ることができれば、現場に出ている善達の役に立てる情報も得られるかもしれない。ただ飼い殺しになるものと悲観していた時と比べれば、アベルには何倍もよく思えた。


 命令ね……。とやや不服そうに呟くツヴァインは、小さく咳ばらいをして姿勢を正すと、まっすぐアベルを見据えた。


「特務総合部隊、アベル統括並びにその部下に告ぐ。敵組織との内通者を探し出し、これ以上の情報の流失を阻止せよ」

「了解」


 アベルとターナーはそろって立ち上がり、敬礼をする。ツヴァインはかしこまった様子の二人をみて口元をふっと緩めると、再び背もたれに体を預けた。革の椅子の軋む音に、アベルは緊張の糸がほどかれていくのが分かった。この数日間の宙ぶらりんの立場にようやく現実味を感じられ、安心したのかもしれない。一連の事件の間、特殊部隊の盾として先頭で歯を食いしばっていた者にとって、一瞬の気の緩みは気力の限界を自覚させるには十分すぎた。


「アベル統括!」


 気づいた時には、足から力が抜けてそのままソファに座り込んでしまっていた。ターナーが肩を支えていなければ、テーブルセットに頭から突っ込んでいたかもしれない。彼は己の失態に舌打ちをして、再び体制を整える。


「大丈夫ですか? 休んだほうが……」

「……すまないね」


 それでもアベルにはまだ立てるくらいの体力は残っていた。このとき改めて彼は元戦闘員として過去の己の努力に感謝した。事務職に追われ確実に衰え始めているとはいえ、培ってきた兵士としての体は管理職の割にタフであり、同時に彼の強みでもある。しかし気力は別である。アベルは己の弱点が、プレッシャーに屈しやすい精神的な繊細さにあることを自覚していた。


「ここが踏ん張り時だよ、アベル。今日は早々に休みたまえ。明日からは私の横で、頑張ってもらわねばならない」

「承知しております」


 アベルはターナーの支えをやんわりと制して、再び背筋を伸ばす。ツヴァインは仮面から除く口元に笑みを浮かべ、下がりたまえと手を振った。また折を見て呼び出すから、戻りなさい、という言葉に従って、二人は部屋を後にした。

 

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