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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
65/68

崇拝の街 カルタス2

 崇拝の街カルタスは、その名の通り、神を崇拝する者が多く住まう宗教街である。

 科学や技術が栄えて行く一方で、貧しさと病に苦しむ人々は何かすがる場所を探している――そんな行き場のない世の中を確かに反映しているのがこの街だった。


「うわあ」


 レイスの横で、思わずといったように感嘆の声を上げたリオール。

 買い出しに出た二人は、市場が並ぶ通りに足を運んでいた。

 見上げる目線の先には空を射抜くようにそびえる教会の尖塔。街は巨大な教会を中心に放線上に通りがあり、道沿いには壁のようにそびえ立つ背の高い建物が並ぶ。視界を建物で遮られた見通しの悪い場所だが、人目をできるだけ避けたい二人には逆に好都合だった。


「あ、あそこの家に吊り下がっている布、綺麗!」

「あれは、自分たちの神を象徴する紋章を掲げているんだ。この街じゃ珍しいもんじゃないさ」


 数歩進んでは止まり、また止まる。

 見るもの全てが初めて、といっていいほどにリオールの街への感動は大きなものだった。

 賑やかなたまたま街では感謝祭をしていた。壁のように道を囲む、背の高い煉瓦造りの家は、様々な色の垂れ幕や旗、果物や星をかたどったモビールで飾りこんであった。

 彼女の居たセリカではお目にかかれない、外の世界。

 はしゃぐのは当然だと、レイスは微笑みながら、はぐれぬようにそばに寄り添った。


「あんまりのんびりしてると、日が暮れる。早いところ買い出しを終わらせよう。見物はその後でもゆっくりできるよ」

「あ、ごめんなさい。そうだね! ……ってあれ」


 レイスに促されて、一瞬は我に返るリオールだが、また興味を引くものを見つけたのだろう、前に進みだしかけた足を止めてしまった。

 視線を追うと、彼女は裏路地からのぞく隣の通りを注視している。

 賑やかな市場の並ぶ通りとは打って変わり、見つめる先の雰囲気は厳粛。黒い衣裳を纏う多くの女性たちが蝋燭を持ち、ゆっくりと行進していた。


「葬列……」


 リオールと同様にレイスはその葬列から目を離せなくなった。葬列を歩む女性たちの服からわずかに覗く肌につけられたアクセサリーが全て翡翠色エメラルドグリーン――レイスは自分の左腕を思わず抱え込んでいた。あの集団は結晶化病の死者の魂を労り嘆いているのだと、レイスは直感的に思った。


「行こう、あまり見るものじゃない」


 いたたまれなくなったレイスはリオールの手を取ると、ゆっくりと路地から離れた。

 結晶化病に侵されて亡くなった者は火葬ができない。死ぬ直前まで生身だった部分は死後急速に結晶化を始める。全てが結晶化するケースはまれだが、そちらにしても火葬仕切れない。そこで埋葬として行われるのは水葬と土葬。ただ、風習によって形見として死者の一部を持ち続けるところもある。


 葬列の女性たちのアクセサリー、あれは死に至らしめた結晶に他ならない。白い肌に華を添えるように、美しい光を放っていることが逆に生々しく見えた。


 いずれ自分もそうなるのだと、納得しても見ていて気持ちの良いものではなかった。




 *****




 物見見物を兼ねた買い出しは、夕暮れ時にまで時間がかかってしまった。

 一週間分の食糧、周辺の詳細な地図や情報、野宿に必要となる簡易な寝具など、旅の必需品をそろえるのはそう簡単ではない。出来る限り数を限定して購入したものの、レイスの両腕だけでは収まらない量の荷となってしまった。


「すっかり遅くなったね。ルナンさんたち心配するよね」

「大丈夫……とは言い難いな。まあ、買い物も終わったところだしそろそろ戻るか」


 道を先行くのは、両手に紙袋を提げてニコニコしているリオール。白いワンピース姿ではなく、険しい獣道を歩いても難が無いように露出を控えた洋服を身にまとっていた。女性の服に関してまったく知識のないレイスは、旅にあう服を、とだけ店主に伝えて服を見繕わせた。結果、年頃の女の子ということを重視したのか、レイスが思っていたよりも装飾過多な服装になってしまった。花の装飾を施した革のロングブーツやレースをあしらえたチュニック。似合っていたので、思わず会計に通してしまったが、果たしてこれでよかったのか、と少しだけ首をかしげる。


「リオール、はぐれるよ」


 夕暮れ時は、家路を急ぐ待ち人で通りは込み合い始めていた。レイスは、あちらこちらと視線を向けて、好奇心のままに街の観察をしているリオールに声をかける。リオールは素直に立ち止まった。

 少しだけ考えたレイスは荷物を探り、最後に購入した大きなローブを取り出す。


「姿を隠そう。少し人の目が多くなってきた」

「うん」


 全身を覆うようにローブをかぶせたリオールの肩を、抱きかかえるように自分のそばに引き寄せた。今はまだ<イレブン>の気配がないとしても、目撃情報を残すようなことは避けたい。彼は恋人同士が身を寄せ合っているかのように装い、先を急ぐ。


「おかーさん。あのカラス、片方しか羽が無いよ」

「あら、どうやって飛んできたのかしら、不気味ね」


 そんな時だった、頭上から降ってきた母子の会話に二人は身をこわばらせた。恐る恐る上を仰ぐと、建物の最上階の出窓から、空を指さす少年の姿。そして、その指の先にいたのは――


「ハザード!」


 朱い空を悠々と飛行するカラス。その翼は片方しかない。自然界の生き物ではありえないその不可解な姿は、まぎれもなくリオールを追うアバランティアからの使者だった。


「走るぞ! 一度身を隠す」


 レイスは荷物を持ったままの手でリオ―ルの腕を掴み、その場を走り出す。幸い、空を舞うハザードは一匹。遥か頭上を飛ぶ彼には、まだこちらの居場所を認識していない。ハザードのリオールをどう察知しているかは分からないが、夜になってしまえば、目による捜索は困難になる。正しい判断かは分からなかったが、彼はそうする以外にこの危機を脱する手段が思い浮かばなかった。


 大通り沿いの建物は、店じまいを済ませ、堅く扉を閉ざしたところばかり。街の地理に詳しい訳でもない二人は、逃げ込める場所を探しながら道を裏へ裏へとあてもなく進んでいく。


「まだ日が完全にくれたわけじゃない訳ではないのに、何でお店空いていないの?」

「……仕方がない。こういった神聖な場所にある店はみんな閉まるのが早いんだ!」


 悪態を含ませ、それでも逃げ込める場所を探すレイス。荷物を手にしたまま、リオールを庇って走る状態ではろくに周囲の状態を確認できない。バランスを取るだけでも一苦労な状態で、彼は荷物を放棄するか否か考えあぐねていた。


「レイスあそこ、空いている!!」


 その時、リオールが下を向かされてたまま前方――というより、やや下方向を指さして叫んだ。

 指の先には、とくに特徴のない建物。だが、指し示す一角には下へと向かう階段があった。通路よりも低い位置に建物の入り口があるのだ、と分かった時には階段を駆け降りていた。地下に入り込む様に長く続く階段の先に、人を招き入れるように開かれた小さな扉とランプの光が見えたからだ。


「お邪魔します!」


 飛び込むように入ると、むせ返るようなお香の香りが充満していた。一瞬だけ躊躇してが、それでも、と開いていた扉を閉める。レイスはそこでようやく深く息をついた。床にしゃがみこんで激しく息を切らすリオールに目線を落とし、己の乱れる息を整えながら、咳き込む彼女の肩を摩る。


「あら、あら」


 室内に、柔らかく穏やかな声が響いた。視線を前に戻すと大きな円卓の前で佇む、老婆が一人。突然現れた二人の様子を伺っていたのか、控え目に距離を保ちつつ、微笑んでいる。丸眼鏡がチャーミングな、やさしそうな印象を受けた。


「お店を閉じなくて良かったわ。こんなに急いで来る方が来るなんて」


 しゃがんでいるリオールが心配なのか、レイスと目が合うと、老婆はその小さな丸眼鏡の奥の眉を少しだけ寄せて、ゆっくりと歩み寄ってきた。ルナンが身につけているような長いローブを身に纏い、至る所に様々なアクセサリーをつけている。よく見れば、長く編まれた赤毛にもガラス球を絡ませていた。円卓の中心には水晶が置いてあるところ、彼女は占い師の類なのだろう。天井から下がる、さまざまな色の布や飾りが部屋の雰囲気に重みを持たせている。なぜかその飾りの奥には、いくつも扉が見えた。入口の多い店である。


「ほおら、落ち着いて。ゆーくっり息をするのよ」


 リオールと目線を合わせてしゃがみこんだ老婆は、彼女の手を取り、円卓の前にある椅子に座らせる。同じように息を切らし、殆ど気力でその場に立っていたレイスには、老婆がリオールを介抱する様子を見ていることしかできなかった。


「ずいぶんと急かされたのね。ほら、そちらのお兄さんも座りなさい。お茶くらい出しますよ」


 老婆はそう言うと、纏った紅色のローブを引きずるようにその場から立ち去る。近くに台所があるのか、微かに水が流れる音がした。部屋に二人だけになったことが確認できると、レイスはリオールの横の椅子に座る。


「ハザード……思ったより厄介だな」


 レイスは背凭れに体を預け、天井を仰ぐ。その表情は硬く、険しい。彼はしばらく天井を睨みつけていたが、目を覆うように手を当てると、参ったな、と息を吐き出した。

 ハザードのリオールを探す索敵能力がいかほどのものかなど、今の時点で知る術はない。だから彼も、どれだけしつこい追跡を受ける覚悟をしていたつもりだった。


だが、


「あれじゃ、町中が大騒ぎだ。人づてで居場所がバレるのが時間の問題だぞ」


片翼のハザードをみて、驚く人々の姿を見てレイスは戦慄を感じた。

追われる敵を倒すのも逃げるのはまだどうにでもなる。旅支度さえ整えて、戦いながらでもアルティス傭兵団に逃げ込む算段だった。<イレブン>の領地外に出てしまえば、彼等の目を盗んで移動ができると考えていた。しかしハザードを目印に跡を追われれば、姿を隠すことなど不可能に近い。


「甘かったな……結局時間との戦いってわけか。逃げる側は後手に回れば回る程不利になる」


 時間が無い。身を隠そうとそうでなくても目撃情報が増えていくのは明らかだ。なんとしても早くアルティス傭兵団の保護下にはいらなければならない。


「お兄さん、夜までは動かない方がいいかもしれないわね。外に影が見える」


 コトリ、とレイスの前でコップか置かれる音がした。視線をそちらに向けると、水晶に手をかざしている老婆と目が合う。


「どういう意味だ」

「占いよ」


 ここはやっぱり占い屋なのか。レイスは小さく笑うと、自分に用意された茶を一気に呷った。入ったからには、客としての振る舞いをしなければならない。彼は気乗りしない様子で、老婆に先を言うように促した。


「影は全てこのお嬢ちゃんに向かって伸びている。もしかして、お兄さん用心棒かしら?」


 間違いではない。いや、的中である。リオールが息を飲む吐息が零れた。


「ふふふ。あら、ごめんなさい」


 老婆は明らかに動揺するリオールの様子をまじまじと見つめ後、耐えかねたようにコロコロと軽やかに笑う。何事かと呆気にとられる二人をよそに、彼女は商売道具であるはずの水晶に布をかぶせてしまった。


「勝手な予想よ。今のは占いでもなんでもないの。だからそんなに怒らないで」


 ごめんなさいね、と再び謝る老婆が今度は真っ直ぐレイスを見つめた。ようやく彼は老婆を睨みつけていたことに気づき、慌てて目をそらした。


「武装をした青年とか弱い少女が大慌てで駆け込んで来れば、貴方達が何かトラブルに巻き込まれ、この場所に身を隠そうとした。占わなくても、誰でもわかりますよ」


 老婆は水晶を円卓の下にしまい込むと、今度はカードの束を取り出し、二人ににっこりと笑いかける。


「時間を潰さなければならないんでしょう? みんなでカードゲームでもしていましょうか」


 手にしているのは、タロットカード。占いで使うはずのカードで一体何をしようとしているのか。訳が分からないと様子でレイスが肩をすくめると、老婆はそんな彼の手にもう一対、カードの束を持たせる。


「カードは二対あるの。これをバラバラに並べて……」


 老婆は慣れた手つきでカードをきり、円卓に無造作に並べ始めた。レイスも見よう見まねで、とりあえず彼女と同じようにカードをシャッフルしようとして――老婆に止められる。


「お待ち。カードを切る時に、自分の今一番望むことを考えながらやって頂戴」

「え?」

「ゲームとは言ったけれど、一応は占いをしますからね。願掛けをしてほしいのよ」 


 もちろん有料です、とにっこり笑った老婆に脱力しかけるレイスだが、リオールが小さく歓声を上げたので、断りにくくなった。案の定、顔を伺えば好奇心に目を輝かせている。


「カードを切るのは、お兄さん。でも、カードを弾くのはお嬢ちゃんにお願いしようかしら」


 大人しく、カードをきり始めたレイスを見て老婆は、リオールに声をかける。はい! と声を張った返事が部屋に響き、レイスは思わず苦笑った。余計な出費になるが、今日はこれが初めてではない。外には出れないこの状態で、この店にただ居座る営業妨害だろう。しかたないな、明日からは財布のひもをしっかり締めていかなければ、と彼は心に誓った。


「さて、カードはでそろったわ。お嬢ちゃんには、このカードを引いて絵合わせをしてほしいわ」

「絵合わせ?」

「カードをめくって、同じ絵を見つけてほしいの」

「分かりました。やってみます」

 

 リオールは内容を理解すると、じっくりと裏返しにされたカードを睨む。トランプで同じゲームがあったな。とレイスは思いながらも、そんな彼女の成り行きを見守った。


「そろった!」


 驚くことに、リオールは一度で同じカードを引き当てて見せた。絵柄は一人の男が犬を伴い、軽快に歩んでいるもの。いきなり雰囲気の悪そうなものでなかったことに安堵しつつ、レイスはカード書かれた“愚かな者”という文字に少しだけ気まずい気持ちになる。


「あら、早いわね。きっとこのカードはよっぽど主張したいのかもしれないわ。これは今の状態を表しているの」


 老婆はころころと笑いながら、カードを手元に持ってくる。


「愚者のカードは、始まりや旅立ちを意味しているの。いままで、自分を縛っていた柵を捨てて、新たな可能性に挑戦する――なにか新しいことを始める、または始まることを示している。とても若者らしい暗示ね」

「旅立ちね」


 解釈にもよるのだろうが、<イレブン>から逃げ出したリオールの状態をまさに表しているようにレイスには思えた。隣にいる彼女自身もそう思ったのだろう、すごい、と小さく声を零している。


「ただ、このカードはいいことばかりじゃないの。絵の青年は、実は目の前にある川が見えていない。そばにいる犬が注意を促しているけれど、まだ気づいていない。この先、青年は川を迂回して旅を続けられるのか、はたまた川に落ちて流されてしまうのか……。先が見えない状態よ、くれぐれも注意してね」

「はいっ!」


 次をいいてもいいですか! とリオールは張りきった様子でカードへ手を伸ばす。老婆は頷いてから、ふと何かもの音を聞きつけたように、背後を振り返る。幾つもある、扉の一つが小さく震え、木の軋む甲高い音と共に、開かれた。老婆が、忙しなく立ち上がったところを見ると、来客のようだ。


「これは、魔術師のカードかな?」


 リオールが手にした一枚のカード、それは長いローブを待纏う、魔術師。めちゃくちゃに混ぜてシャッフルしたカードを引いたのか、上下が逆だった。


「あらぁ、珍しいお客様だこと。今日はどうしたの? いつもの量じゃ足りなくなったのかしら」

「いやぁ、アニス夫人。突然ですまないね。急遽、薬を大量に調合しなければならなくなってしまって、例の薬草が欲しいんだ」


 来客は男性のようだ、ドアはちょうどレイス達が座る位置からだと死角に当たる。来訪者を振りかってまで見るのは不作法だろうと、二人は引き当てた一枚を見つめて、老婆が戻るのを大人しく待つことにした。


「おや、お客様がいたんだね。申し訳ない」

「あなたも大事なお客様よ、とりあえず、席に座って待っていて頂戴。その薬草は最近よく出ていくから倉庫を探してみないと残量が分からないわ」


 老婆は、来訪者の注文品を探しに行くために、また違う扉を開いて奥に消える。しかし、ここは一体に何をしている店なのだろうか。レイスは先ほどの会話の中に薬、という単語を聞いており、目の前のタロットカードを見つめて、首を傾げた。


「了解した。すまないね、お二人さん占いの邪魔をしてしまって」


 申し訳なさそうに、相席を頼む男性。彼は大きな荷物を抱えているらしく、座席に近づくたびにがさがさと、物音がした。レイスは隣の席を後ろにひいてやり、男に荷物を置くように促す。男はレイスに礼を言って大きな麻袋に入った荷物を置き、そのすぐ横の椅子を引いた。そこで、初めて二人は来客者の顔を見る。


「……」


 一同は沈黙した。

 来客の男性は、非常に驚いた様子で二人を凝視している。しかし、それは二人も同じことだった。


「え!? なんでこんなところに君たちが……」

「ルナン!」

「ルナンさん!!」


 来訪者は、宿で待っているはずのルナン医師であった。隣に置かれた大きな荷物には、薬品や薬草と思わしきものがぎっしり入っている。彼も買い出しに出ていたのだろうか、レイスはふと冷静に彼の姿を見る。


「あら、お知り合いなの?」


 そこへ、小さな紙袋を幾つも抱えて現れる老婆。彼女は微笑みながら、三人を見渡せる位置に椅子を動かし、腰掛けた。


「私の患者だよ。紹介します、彼が前にもお話したレイス」

「あの無茶ばかりして、ルナン医師の手を焼かせている子ね。偶然ってすごいわ」


 老婆は朗らかに笑い、紙袋をルナンに手渡す。


「はい、いつものね。この時期は季節外れだから、フリーズドライしかないけどいいかしら」

「助かる。実は、家の庭が壊滅してしまって、せっかく温度調整して咲きかけていた薬花や薬草も全滅なんだ」

「あらあら。それは大変ね」


 全滅。ルナンの言葉に、レイスは今朝のハザードの襲撃を思い出した。魔術の罠のせいでぼこぼこになったあの土地に、確かに作物が残っているとは思えない。しかし、思い返してもすさまじい魔術だった。自分が引き起こしたこととはいえど、ルナンの行為には呆れる部分が多い。


「しかし、在庫がないという割には、えらく大量に出してきてくれたね。いつも気になるが、夫人の入手ルートは謎だよ」

「ふふふ。教えてあげないわよ」


 ルナンは手にしたものの量に歓声を上げて、老婆に金貨を五枚差し出した。そこで初めてリオールの手にしているカードの存在に気づいたように、彼は目を丸くした。


「それはそうと、珍しいね。あなたが占いなんて。趣味でやってるだけだっと思っていたよ。お客さん、いつもは来ないでしょう」

「失礼ね。これが本業よ」


 老婆は、少しだけむっとしてすぐに破顔してリオールの手にした、逆位置の魔術師を見た。


「逆位置の魔術師ね……。ルナン医師がいると、何か意味深に感じるわ。さあ、もう一枚引いて頂戴。絵がそろうかしら?」


 促され、新たにカードを取る。絵柄は“力”の文字と、ライオンに寄り添う少女。リオールはその絵の美しさに驚いたのもつかぬの間、絵が揃わなかったことに落胆した。


「揃わなかったのね。それは端に置いておいて、次を当てましょう」


 老婆の指示によりテーブルの端に、二枚のカードが並ぶ。リオールの横に座るレイスは位置的にカードを目の前にする。目の行き場を求めてなんとなく見つめていたが、彼は何故かただの二枚の紙切れに惹かれるものを感じていた。逆さまになった魔術師のカードにどこか不気味さを、一際美しく見える力のカードには畏怖を。占いは信じない達のレイスだが、カードから目を離せない程には、目に見えぬ力を感じているのかもしれない。


「おい、なんだこれは。なんでここに集合している」




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