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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
64/68

崇拝の街 カルタス


 時は遡り、場所は<リジスト>本部。レイスに呼び出される約半日前、ルナンは与えられた医務室で黙々と職務をこなしていた。


「革命の時は近いのかもしれない」


 そこへ<リジスト>の団長、マラキアが姿を現す。彼は医務室に入ってくるなり興奮気味に言い放った。部屋には患者はおらず、デスクに座ってカルテの記入をしていたルナンだけが彼の発言を耳に入れている。


「……何が、革命ですか。私から言わせればただの殺し合いでしょう」


 カルテから視線を離さず、うんざりしたように言葉を返すルナン。それを見越していたようにマラキアは眉間にシワを寄せた。


「これが終われば戦いが終われるかもしれん」

「多くの犠牲を払わなければ終われないのですか、我々は」


 ルナンは嫌味を含めた言葉を吐きつつ顔を上げて、部屋に置かれている患者用のベッドに目を向ける。今までこの場所で多くの怪我人を治療してきたが、ほとんどが組織抗争によって負傷した兵士ばかりだった。彼は<リジスト>という、戦闘行為を行う組織に雇われる身だが、医師として組織間の抗争を快く思ってはいない。


「今朝、私は銃弾を何発も浴びた若い兵を救えませんでした。そして敵討ちに行った彼の友人が、まだ帰ってきていません。おそらく彼も無事ではないでしょう」


 今日この場所が静かなのは、ここで治療が行われていないからである。ルナンを含めた医師団はここから離れた戦場で治療をしていた。彼は交代を命じられ、一足先に本部に戻りカルテの整理をしている。


「今日の戦闘はエアトリックだからな。<イレブン>の第一防衛ラインだ。どうしてもそこを死守したい彼らが穏便な姿勢を取るはずがない。……やっと我々もここまで来たのだ、ここが正念場だ。逆にここで引けば、奴らはもっと強引に領土拡大に身を乗り出してくる」


 <イレブン>は傘下に入った民や街に対して、エネルギー供給などの手厚い保護をする反面、武力による領土侵略を厭わない独裁的な部分を持ち合わせている。中立的立場を貫く、武力をもたない地域に対しても、根強い平和交渉ではなく物資のラインを圧迫するなどの圧力をかけて強制的に侵略した例も多くある。

 <イレブン>と敵対する組織の目的は様々だが、<リジスト>は彼等の強引なやり方に反抗する者達で構成され、現在も必死の抵抗を続けている。

 しかし戦いはどんな理由があっても殺し合いにかわりはない。革命という華やかな名がついたところで何になるというのか。ルナンはそんな意思を隠すことなく、黙々とカルテに記入を続ける。


「<イレブン>の動きがおかしい。何かあったのではないかと議会で騒ぎ始めている」


 一介の医師のそんな気持ちを汲んでやることができないマラキアは、あくまで冷徹な<リジスト>の団長として話を続けた。


「どうやら何かを探しているような感じなのだと。かなりの数が動いているから、今回ばかりは情報規制をやりきれてないようだ。直ぐに耳に入ってきた」

「……」

「だがそれが何なのかまでは奴ら、一片の欠片も見せない」


 マラキアは今だに医務室のドアを開けっ放しにしていたことに気づき、一応周りを確認してから閉じる。


「どうだ、なかなか大きな展開だろう? お前はどう思うルナン。やはり奴ら、何か重大な事をしでかしたと思うか?」

「それは医師の私ではなく、貴方の優秀な参謀官に聞いたらどうです」


 ルナンはマラキアに椅子を勧めたが、彼はそのまま閉めたドアに背を持たれかけることで、厚意を制した。


「いや、議会は少々熱を持ちすぎている。ここで冷静な意見を――いや、お前の見解を聞きたい」

「私の意見が何になるというのです」


 そういいながら、ルナンはカルテの上を走らせていたペンを止めた。彼が顔を上げると、鋭いお互いの目線が交わる。


「ここで、それを俺に言わせるか。今日は相当機嫌が悪いみたいだな」


 マラキアは反抗的ともとれるルナンの態度に対して怒るわけでもなく、静かな調子で肩をすくめた。


「口に出してもお前がいいというならいうがな。何故かも何も――」

「ええ、おかしいですよ。基本的に冷静な態度を崩さない彼等にしては。大きな事件が起きたのでしょう……内部で」


 観念したように、ルナンはやや大きな声でマラキアの言葉を遮る。マラキアは続けようとして開いた口を閉じて、真っ直ぐにルナンを見据えた。一言も聞き逃さないと言わんばかりに。


「彼等の根本をに響くような状況、アバランティアがらみだと推測します。しかし、彼等も馬鹿ではありません、この緊張状態で先頭切って突入すれば徹底的に叩かれます。避けた方がいいでしょう」

「俺と同じ意見だな。やっぱり、お前をこんな医務室に置いておくのはもったいない」


 マラキアはルナンの意見に満足そうに頷いて、にっこりと笑う。マラキアは、次の会議に出てみるか、お前。とさりげなく誘いをかけようとするが、ぱたんとカルテを閉じる乾いた音によって遮られた。そのまま机につけられた本棚へとそれを返す間、マラキアに向けられた彼の背中が拒否を物語っていた。


「参謀官としての雇用は以前も申し上げた通り、辞退しますよ。私は死ぬかもしれない戦場ところに人を送り出すことだけはしたくありません」

「分かっている。お前とは<リジスト>創立当時からの付き合いだ、俺もそんなことをお前にしてほしいとは思わない」


 睨みを効かせているルナンの目は。侮蔑すら込められている。そんな強い否定にも、笑顔のまま答えるマラキアはドアから背を離して一歩彼に歩み寄った。


「しかし、戦況は変わった。俺もこの不安定な<イレブン>を刺激するのは賢い選択だとは思えん。だが、これはどう見てもチャンスだ。このじわじわと押されつづけた戦闘をひっくり返す、大きな転機。俺達だけじゃない、他の多くの組織もこの<イレブン>の異常な状態に気づけば放ってはおかないはずだ」

「だから、先手を打つと? 最近の<リジスト>は多くの組織と合併して、戦力を強化していると聞いています」


 非戦闘員であるルナンの耳にも、己の組織が規模を拡大しているという情報は入ってくる。これは先ほど<イレブン>を刺激したくないといった団長の意向と反していることになる。

だが、<リジスト>の作戦の最終決定権は全て団長にある――ここから導き出されることは、つまりマラキアは刺激することに懸念を持ちながら、あえて戦闘の中心に身を置こうとしているのだ。


「ああ、これも長年の交渉が今回のことをきっかけで実になった。不確定要素が多いが世界が変わるいい機会にもなりうる」

「だから革命、ですか……」


 マラキアは大きく頷いてさらに一歩近づく。


「今、<イレブン>にはレイスもいる。もしかすると今回の騒動の要因になっている可能性も否定できないが、うまく回っているのなら今後有力な駒になる」

「レイスは、捨て駒ですか」


 レイス。ルナンは自分の患者の一人、余命いくばくもない青年の顔を思い浮かべる。補充要因として雇用されたはずの彼が突然の重要任務に着くと聞いたとき、ルナンはすぐにマラキア達幹部の思惑を邪悪さに気づいていた。


「貴方はスパイなんて向きもしない彼を送り出した。これは逆を返せばレイスに<イレブン>でひと騒動起こさせるためだったのではありませんか?」

「……否定はしない。我々が革命に乗り出すためには、小さなきっかけが、<イレブン>の懐に飛び込むほころびが必要だった。今回の騒動が彼の仕業なら、目論見は当たったと喜ぶべきなんだろうな」

「あなたという人は……いつから」

「俺は何としても<イレブン>を潰す。お前も知っているだろう」


 激昂しかけたルナンだが、マラキアの冷静な顔に暗い影が差したのを見て言葉を飲み込んだ。


「妻はもう意識を失って何年になる。奴らのせいで消滅した町がいくつある。お前の仮定が正しいのであれば、俺は<イレブン>の人間を全員殺すことだって厭わないぞ。もう状況は日和見を決めているだけではどうにもならないところまで来たのだ」


 マラキアの目にあるのは確かな怒り。ルナンは深い深いため息を吐いた。



 *****



「っていうことがあってね、マラキアと喧嘩をした私は、医師団を辞めさせられて今雑用を言い渡されているんだ」

「へえー……って、聞き流せるような内容じゃないぞ!」


 町へと向かう街道沿いで激しい抗議の声。ルナンとレイスはかなり大きな声をお互いに出し合いながら、話していた。まるでやまびこでも起こそうといわんばかりに口元に手を当てて、レイスは声を飛ばす。ルナンの家を出て約半日。リオールの体力を配慮しながら道を急ぐ一同は、崇拝の街カルタス入口の間でやってきていた。


「おかしいだろ、今の話の流れで雑用を言い渡されるってー」


 <リジスト>の医師団をクビになったと衝撃の発言を受けた手前、レイスは道中ルナンに身の上話をさせていた。彼自身に起きた出来事にも関心があったが、何より<リジスト>の動向は今後の傭兵団への逃避計画にも関わりがあるため、聞いておきたかった。

一通り話を聞いた上でも、ルナンの話には不明慮なことが多すぎる。もともと理解力も考察力もないレイスには特に理解ができておらず、やはり大きな声で滑舌よく疑問を投げつけた。


「そうかなあ、かなり危険な発言をしたんだ。見る人が見れば私は上司に喧嘩を売ったようなものだから、こういう結果になるのは当然だよ」


 のんびりと答えるルナンはいやはやと頭を掻きながら、にんまりと笑う。彼が言うには、生意気な発言をしたせいで、現在雇い主に愛想をつかれ仕事を干されているらしい。三十手前の男がほぼ無職状態とは、世の中世知辛いもんだ、とレイスは素直に同情した。


「それより、怒らないんだね。君の<イレブン>行きは、情報収集の為の捨て駒でもなく、君を火種とした誘爆作戦だった。きっと今頃マラキアはほくそ笑んでいるはずだよ」


 話の中にはレイスとかかわりのあることも出た。<イレブン>に送り込まれたレイスは捨て駒として投げ込まれただけではなく、その能力不足すら計算にされた彼の知らない作戦の一つとして組み込まれていた。現場の人間をないがしろにした、作戦にルナンは非常に怒りを感じたと話しているが、レイスは肩をすくめてそんなルナンにおどけて見せた。


「怒るも何も、俺バカだから諜報活動がうまくいくわけがないのは分かっていたし、そんなえげつない裏があっても今更何も感じない。まあ、想定の範囲内っていう感じだな」


 レイスは深く息を吐きだし、呼吸を整える。その手には抜き身の剣。

一方でルナンは眼鏡の位置がずれ落ちてきたので、忙しなくフレームを抑えて辺りを見回す。フレームに宛がっていた手は次に背中の矢筒へと延びる。


「そうかい、君のポジティブシンキングは本当に賞賛に値するよ!」

「おい、最近気づいたけどな、その言葉って褒めてないだろ」


 二人は一瞬視線を交わらせて、


「はははは」

「あはははは」


 何がおかしいのか、そろって体をのけぞらして大笑いした。そんな二人の背後に迫る影。


「おい!」


 遠くからテラの叫ぶ声と剣戟の音が響く。


「お前達、いい加減しろ。今、襲われてるんだぞ!」

 

 レイス達に迫るは、二本の刃。二人はテラの叫び声に合わせたように背後へと向きを変える。


「分かってるよ!」


 レイスの剣が一閃し、迫る刃を二本とも弾き飛ばす。相手がのけぞるタイミングで、ルナンが弓で間髪入れず追撃。襲い掛かってきた影はうめき声をあげてその場に崩れ落ちた。街道の中心で倒れたそれらは、体中に刺青を入れたガラの悪い男二人。


 カルタスを目指してきた一行は、街の前で待ち構えていた盗賊に奇襲をかけられた。女子供の混じった旅行者、傍から見ればそんな団体に見える彼らは、金品狙いのガラの悪い連中の恰好の獲物だった。


 十メートルほど離れた場所でリオールを庇いながらも斧を手にした大男と対峙している。二人が話に夢中になっている間に標的を変えたのだろう。


「何が前衛一人、中間支援一人で片がつくだ!! 結局こっちにまできているじゃないか」


 リオールを守りながら、戦うには荷が重い相手のようだ。テラの声に苛立ちが混じる。


「このあたりは盗賊団が根城にしている。こういった輩がよく出るんだった。忘れていたよ」


 弓を構え、狙いを定めるルナンは相変わらずのんびりとした調子で、状況把握に努めている。


「リオール、バリアだ!」


 ひどく近い位置で戦うテラと盗賊。一歩間違えれば味方に当たらないとも言えない状態で、ルナンは後ろであたふたしているリオールに声をかけてから矢を放つ。続け様に三本の連射。微妙に狙いと間隔をずらした三本は攻防を繰り広げる二人に向かう。


「テラさん!」


 遠巻きで成り行きを見守っていたリオールが慌ただしくテラに手を突出した。矢が到達する一瞬前、テラの周りに薄い膜が張られる。三本中一発が膜に衝突したが、矢を弾き返しテラに当たることなく失速、地に落ちた。


「ぐわっ」


 そして残りの二本は盗賊に命中し、大男は倒れる。


「ヒュー。流石団医殿、いい腕をしているな!」

「弓は古風だと馬鹿にされるが、極めると面白いものだよ」


 レイスの歓声に手を挙げて答えたルナンは倒れた大男の様子を見に走り出す。

 手には、医薬品と思わしき瓶。律儀にも応急処置を施そうとしているようだ。そんな奴を助ける必要があるのか、と駆ける医師に呆れたように言い放つテラの零すため息を聞きながら、レイスは視線を進行方向へと飛ばした。


 ルナン邸を出発して約四時間。崇拝の街カルタスを目前にして襲撃に遭った。数十メートルも先には街の入り口が見える。人の出入りの激しい場所のはずだが、この騒動のせいでまったく人がいない。門兵がいるはずなのだが、その姿すらなかった。代わりに、街へと続く門扉は固く閉ざされている。


「随分な歓迎なもんだ。盗賊に襲われている旅人を締め出すのが、カルタスの流儀なのか」


レイスは不満そうに鼻を鳴らし、足元にあった小石を手に取った。なじませるように手のひらに何度か転がすと、体を捻って大きく振りかぶり、投げる。ヒュッと鋭く風を切る音がしたと思えば、石は門の前に吊られた小さな鐘に激しい音を立ててぶつかった。


「あ、落ちた」

「俺達に対する扱いがこれだけぞんざいなんだ、これくらいかまわないだろう」


 彼のすぐ後ろから、リオールが心配そうに声をかけてくる。盗賊の後始末をしている二人から離れていつの間にかレイスのそばにやってきていたのだろう。


「いい加減、出てきたらどうなんだ。野盗は片を付けたぞ!」


 レイスの叫びとも取れる大声に、ようやく門が震えた。じれったくなるほどゆっくりと扉が開かれると、門兵と思わしき男が二人、転がるように飛び出してくる。よく見れば、少年といっても良い年齢の若者達。

二人はレイスと目を合わせないように俯きながら倒れた盗賊に向かって駆けて行った。その行為に彼は険しい表情を作る。


「さて、さっさと中に入ろう。あまり顔を見られたくないしな」


 背後でルナンに事情を説明している兵士達の声を聞きながら、レイスはリオールの手を取った。顔を見られるのは逃走する者にとっては得策ではない。それが当然分かっている様子のテラは、既に二人の横に立ち並び先を促している。とにかく先に進むことを彼らは優先した。


「そこの御仁、少しお待ちを」


 門をくぐる直前、年嵩の監査官と思わしき男が声をかけてくる。レイスは息を飲んで一瞬走り出しそうになる衝動を抑えた。


「この街に立ち寄る、目的を教えていただきたい」


 そこそこの大きさの街には大体監査官がいるものだ。基本的には大きな荷物を持った商人や、軍隊や傭兵の団体等が街に入る時に調査をする目的で存在している。つまり通常であれば旅行客には声をかけてこない。レイスは思わず、剣の柄へと手をさまよわせて――その行動をテラに抑えられた。


「答える義務があるのか?」


 さりげなく、レイスの前に体を滑り込ませた彼は後ろ手でレイスの手を強くひねり上げている。その間に監査官に問いかける声は、いたって平坦で落ち着きを払っていた。一瞬妙な動きを見せた三人に、監査官は怪訝そうな表情を浮かべる。


「いいえ、ありません。ですが丁度あなたたちの様な、男女の組み合わせの若い集団が、今捜索の対象になっているのです」

「捜索?」


 テラの目が一瞬眇められる。捜索、という行為に彼等には大いに心当たりがありすぎた。


「ええ。アルティス傭兵団からの通達がありましてね。こちらです」


 監査官は、無造作に懐から長ったらしい紙を取り出して、テラに掲げて見せる。


「行方不明者、の捜索?」


 掲げられた紙には、“十代後半から二十代の男女の三人の捜索を求む”と記入がされていた。依頼主は女性の名前が挙げられており、捜索対象の内容が“家族”となっていた。更にアルティス傭兵協会の印が刻まれていて、<イレブン>との関係性の低いそうだと分かった。対象の年齢は近しいが、はどうやら自分たちのことではなさそうだ、と三人はそろって肩に入れた力を抜いた。


「そうなんです。依頼主は金持ちのおばあ様で、自分を訪ねてくるはずの孫達がいつになっても現れないということで、探しているようなのです。なんでも彼らの父母が事故で亡くなったとかで、可愛そうな話です」

「それは、お気の毒なことですね。このご時世ですから、何か事件に巻き込まれてしまったのでしょか?」


 そこへ盗賊の引き渡しを終えたルナンが、胸に手をあてて大仰に心配そうな声を出して会話に加わった。

 

「ただ、申し訳ありません。私たちはその尋ね人ではないようです」


 心底申し訳なさそうに俯き加減で話すルナン。監査官は、注目を三人から外してルナンに体を向けた。


「そうなんですか。こちらこそ、お時間を取らせてしまって申し訳ないですよ」


 監査官はとんでもない、と人のよさそうな笑みをたたえて首を振る。ルナンも負けじと聖母の様な笑みを浮かべて、ホッと安堵の息をついて見せた。


「しかし私たちも、他人事ではありませんよ」

「と、いいますと」

「我々も、遠方にいる家族に会いに行く旅ですので。幸い弟は喧嘩だけは強いので、今の様に盗賊に襲われるような事件があっても対処できるのですが……」


 “弟”と、テラを指示して穏やかに笑ったルナン。視線を投げられたテラは一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、少しだけ口角を上げて、微笑みらしい表情を作って見せる。


「甥っ子と姪っ子はまだまだ子供ですから、護身術は身に着けているといえ、用心に越したことはありませんね」

「そうでしたか。それはあなた方もお気をつけた方がよろしいですね。最近は<イレブン>との抗争が激化しているので、道中も危険ですから」

「ご忠告、ありがとうございます」


 それでは、と三人を先に進めるように促したルナン。硬直していたリオールは、ルナンに肩を触れられてようやく足を前に運び出した。すっかり、世間話となってしまった監査官の尋問。一同の保護者になり切るルナンはもう一度頭を下げて、おもむろに言葉を投げた。


「そういえば、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんでしょう」

「そのお探しのご婦人は、どちらの方で?」

「セリカにお住まいのようですよ」

「…………そうですか。なにか協力できそうでば、また声をかけます。それでは」


 今度こそ、背を向けたルナン。一同はようやく崇拝の街カルタスに踏み込んだ。



 *****



「それにしても、レイスは嘘が苦手だね……」


 街の片隅の小さな宿に部屋を取り、宿内の食堂で遅めの昼食を取った一同。食後のコーヒーを飲みながら思い出した様に笑いを零したのはルナン。


「挙動不審にも、程があるだろう。あんなに分かりやすく動揺したら、誰でも怪しまれるぞ」


 同意したように、深く頷くテラ。彼は優雅にストレートティーを口に含み、鋭い目線だけをレイスに向ける。


「いちいち、怯えて剣を手にしているようでは先が思いやられる」

「そうだね。嘘がつけない性格は美徳だとは思うが、この状況では多少ポーカーフェイスができるようになってもらわないと」

「……悪かったって」


 テーブルの隅で小さくなっているレイス。何故かそんな彼の横でばつが悪そうに更に小さくなっているリオール。彼女の方に乗っているアミーが心配そうに鼻を頬に押し付けている。


「わ、私も……もう少しうまく立ち回れるように、なります」

「リオールは、仕方ないだろう。世間知らずで、突然社会へ飛び出した身だ。そこまで期待するのは酷だ。だから問題はお前だ、レイス」


 テラはリオールの反省を淡々とした調子でフォローしつつ、再び鋭くレイスに切り込んだ。


「お前はそんな女を守る存在だ。そのお前がうまく立ち回れなくてどうする」

「今後努力します」


 何も言い返せないので、ひたすら手元の紅茶を見つめるレイス。心底申し訳なさそうにしているリオールの顔が見えるたびに、彼は自分の不器用さを呪う。基本的に彼は強さを売りにしているタイプの傭兵で、駆け引きや情報収集などを受けることはない。そういったこともあって自身の愚直な部分を意識したこともなければ、直そうと努力したこともなかった。いざ、そういった場面遭遇してそれでも真っ直ぐに進んでします自分。彼女を守るのは力だけではないのだと、今更ながら思う。


「そういえば、あの監査官、気になることを口にしていたね」


 呆れて叱責する者と、ひたすら自己反省をする者、その横で罪悪感にとらわれている者。三人のやり取りを苦笑いで見守っていたルナンは、話を変えるようにテーブルに肘をついて頬杖をついた。何処か思わしげに首を傾けた彼の新緑の目は、真剣さを帯びている。


「行方不明者の捜索だろ? そう珍しいことじゃないとおもうけどな」


 ルナンの一言に、別段重要性を感じない男達。便利な移動手段が生まれたといえど、まだまだ一般には普及ができていない。庶民の旅の手段は、徒歩や馬車にとどまっている。通信手段も手紙か、街に貸し出されている電話……となれば、行き違い等のトラブルはつきもので行方不明と思われる者は数えきれないほどいるのだ。

 

「それに、捜索依頼はアルティス傭兵団からだろ? 捜索対象がたまたま俺達と似ていただけじゃないか」

「私もそう思いたいのだか……たまたまだといいのだけれどね」

「なにか心配なのか?」


 レイスの言葉に唸りながら、メガネをはずして目頭を押さえるルナン。色素の薄い部分の髪が一房頬にかかった。その表情は厳しい。


「捜索依頼者が、どこの者か覚えているかい?」

「セリカ……っあ!」


 リオールが、思い当たったように声を上げる。


「<イレブン>領土ではアルティス傭兵協会を使うことはほとんどないのですよね。もしかしてこの捜索依頼は彼らの仕業ではないか、とルナンさんは心配しているんですか?」

「その通りだよ、リオ。通常であればヴァレージア社や<イレブン>に助けを求めるはずのセリカ市民が、君たちの様な年恰好・人数の捜索者をアルティス傭兵協会に依頼をする……なにかきな臭い」

「気にしすぎじゃ、ないか? 俺、前に尋ね人の捜索依頼を受けたころあるけど、そいつ<イレブン>領土の奴だった」


 捜索依頼は実際<イレブン>領地からも来る。量は数少ないが、大体その内容は命に係わる医療物品の搬入や、捜索依頼が占めている。つまり、珍しい地域からの依頼ではあるが、内容は割と驚くような内容でもないということだ。組織間の抗争で領土をまたいだ捜索を必要とするときには、<イレブン>の力だけではどうにもならないこともある。抗争とは無縁な生活をしている庶民たちは、必要となれば領地外にも依頼をする。ごく当然のことのように思えた。


「だから、思い違いならいいんだ。確かに、賞金首と違って人の注目を浴びにくい捜索依頼を使って<イレブン>が君たちを探しているとは思いにくい。だが心配には越したことはないよ。今後も似たようなことがあるかもしれないしね」


 どこか釈然としないのだろう、ルナンは眉間に深くしわを刻み込んで唸り、眼鏡をかけ直した。


「そういう場合は、やっぱり私たちは親戚の家を訪ねに行く者たちという設定にしておいた方が無難だね」

「……俺はお前の弟。レイスとリオールは甥っ子と姪っ子ということでいいんだな」

「ああ、頼むよ。私はこれから結晶化病の薬の生成をするから、部屋に戻る」


 家族構成とか細かい設定は決めておくからね、と言ってルナンは席を立つ。テラが少しだけ不服そうだったが、仕方なさそうに溜息をついて、彼もまた席を立った。


「俺は、少し情報収集に行ってくる。古いつてを辿って、何とか現在の<イレブン>の様子を集めてくる」


 じっとしていられないのだろう。彼は槍をしっかりと背中に背負いこんで、その場から立ち去っていく。そんな様子を見守るレイスとリオール。二人は今後の予定など考えていなかった。


「レイス。リオと二人で街を見てきなさい。彼女の服を新調するのと今後の旅に必要になる物の買い込みしてきてほしい。そして少しだけ街見物をしてくるといいよ。……ハザードのこともあるから、正直一か所にとどまるのは危険な気がするしね」


 ルナンが、食器を片づけながらレイスに笑いかける。二人は言われるがままに席を立ち、無言のまま宿を出た。

 





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