表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
63/68

正義の神3

「そういえば、グレイスはどうした」

「あいつは別の仕事に取り掛からせました」

「……要するに、大義名分を得て逃げたということだな」

「あいつは、ああ見えて照れ屋なんですよ」

「お前の口からそんな言葉が出てくる方が、俺はびっくりだ」


 久しぶりの会話は当然ながらぎこちなく、それでも心地よいと感じている自分がいる。善は目の前にいる男を見ながら、自分が安堵していることを自覚していた。五年前、ジアスとソフィアが逃走事件で特殊部隊を去っていったものは多く、こうやって再会することもまれな出来事だった。

 セドリック・エヴァンス、特殊部隊前リーダー。事件が起こったことで責任を取り、年齢のことも相まって部隊を引退辞職した。現在はエアトリックにて、後任指導として訓練教官をしていると善は聞いている。善の中の記憶より、髪に白いものが多く混じっているように見えるが、とっさに気配を消して近づいてきたあたり、まだまだ力の衰えを感じなかった。


「どうだ、あれからの部隊は。うまくやっているのか」

「おかげさまで、すぐ潰されるような状態から脱したとは思います。メンバーも何とか増えました」

「そうかいろいろ聞いているが、お前の手腕は見事だな。≪イレブンの悪魔≫などと呼ばれるようになるわけだ」

「あれは嫌味も入っています。……私は呼ばれてうれしいと思ったことはありません」


 すらすらと本音が零れる。善は己の意識が、五年前に引き戻されるような錯覚を感じた。同時に今の状態を客観視し、現状の部隊を指揮していたことが自分の中でかなりの重圧になっていたことを理解した。


「そういえば、そろそろ本題に入ったらどうだ」

「本題?」


 いきなり何を言うのかと思えば。善は心当たりのないエヴァンスの追い立てに首をかしげる。だが、次に紡がれた言葉に、彼は息を飲んだ。


「今回の遠征について、だ。あらかたの話は聞いた。面倒なことになったみたいだな」

「――どこでそれをお聞きに?」


 “Aの約束”は第一級秘密事項として、作戦内容を知る者は制限がかけられている。外部にアバランティアの情報が漏洩することを避けるための処置だ。万が一でもリオールの存在が明るみになれば彼女を狙う組織で争いが起き、事態の収拾なつかなくなる。“Aの約束”連合部隊の長はそんな情報の管理に気を使いつつ、速やかに優先体の回収をするように指揮をしていかなければならなかった。


「ん? お前が俺に意見を求めるように指示したのではないか? 今回の事態は、非常に五年前と酷似していると聞いたからな、参考に俺に意見を求めてくるのはおかしなことではないと思うが……」


 正直、エヴァンスが大方の状況を知っていることに善は冷や汗をかいていた。善は彼に意見を求めるような指示は与えていない。つまり、誰かが勝手に作戦内容を話しているということになる。


「……意見を求められた? 一体誰に」


 善の声に余裕がなくなったのが分かったのだろう。エヴァンスは口元に浮かべていた笑みをひっこめた。


「やけにキザったらしい輩だったが、たしか情報部隊の――」

「レキアスか!」


 思い当たる名前に、善は柄にもなく悪態をつく。

 レキアスは善に続く連合部隊の指揮権を持っている。今回の遠征は二人の部隊長が協力の元行われるものなのだが……善は無意識のうちに頭を抱えた。

 早速勝手な行動をとったようだ。


「あれだけ、私に指示を仰げと……言っても無駄か」


 先ほどまで支部で行われていた会議では、善とレキアスの関係が友好だったとは言い難く、意見も割れた。そもそも、情報部隊の中で善をリーダーとして仰ぐことに疑問視している者も多い。幸い、本部でのノワール直々の指名があったおかげでなんとか統率がとれている様な状態だ。レキアスも完全に善と協力するわけではなく一部の作戦行動に参加の意を示さない。補充として組み込まれた戦闘部隊が、指揮を仰ぐ際に混乱をきたすことを危惧して、善はレキアスと戦闘部隊の戦力管理を一部分割した。

 これは結局、善がレキアスを含めた反抗因子をまとめきれなかったという妥協案である。良い判断だったとは思えない。


「総大将は大変だな。俺も五年前の指揮権争いでは骨を折った……経験の薄いお前では尚更厳しいだろう」

「それは言い訳になりません」

「そうだな」


 善の言い分に深く頷くエヴァンス。


「で、これからどうする。お前は日和見ときいたが?」

「日和見? ああ、レキアスの奴。まだそんなことを言っているのですね」


 善は諦めをつけ、大きく息を吐き出す。改めて辺りを見回して、人の気配がないかを確認する。


「大丈夫だ。誰かにつけられたりしないし、こんな話をするのに場所を考えないようなヘマなどしない」

「ええ。分かっています」


 善はあいづちを打ちながらも、一通りの確認作業を怠らなかった。エヴァンスがそんな様子をどこか微笑みながら見守っているが、善はあえて見なかったことにする。


「……日和見ではありません。ただ、こちらから打って出る必要がありませんから、待つ姿勢を取るつもりです」

「ではどう動く?」

「ハザードを追えばよいことです。あれはすぐに騒動になるはずですから」

「ふむ。確かにリスクを負う必要はないな」


 善の考える作戦はいたってシンプルだった。ハザードの捜索である。奴らは優先体の元へならどこへでも駆けつける化け物。彼等の存在を知らない地域では出現した時点で大きな騒動になる。つまり逃走者たちが離れれば離れるほど、<イレブン>の影響が届かない場所へ行くほどその騒動の有無を情報として得られやすくなると、彼は考えていた。


「少人数での編成で各地への情報収集は困難が予想されますが、ハザードの存在がある以上、こちらに分があります。ここで騒動を大きくすれば、我々の動きを察した組織が動き出します。今回は<リジスト>という厄介な要因もありますから」

「ほう。<リジスト>か……厄介なのに目を付けられているな」


 エヴァンスは感慨深そうに目を伏せる。善はその訳知り顔といった様子に驚いて目を丸くした。


「知っておられるのですか。<リジスト>を」


 レイスが所属していたとされる<リジスト>は、小さい規模の反抗レジスタンス要素が強い、組織だ。今回のことが無ければ決して脅威とはならない存在。要するに、知らないものが多い弱小組織だった。


「ここ最近前戦にでしゃばってくる組織が、<リジスト>だと聞いている。情報戦、姑息なゲリラ戦を仕掛けてくるので、迎撃に手こずっている。優秀な策士・参謀がいるのだろう」

「前戦に<リジスト>が? 今まで、情報操作や小さな戦線の応援戦力としてくらいにしか参加していなかったというのに……」


 これもレイスの諜報活動に関係しているのだろうか。善はエヴァンスの情報に雲行きの怪しさを感じて唸る。


「しかも、最近は他組織を取り込み規模も大きくなり始めている。今後一番の脅威になるやもしれん。注意しろ」

「これは本部にも連絡した方がよさそうですね」

「大丈夫だ、そのあたりは抜かりない。支部長も仕事はしっかりやっている。それよりお前、指揮官としては大丈夫なのか」


 思わぬ敵勢力の変化に頭を抱えた善だが、エヴァンスの咎めるような言葉に息を飲んだ。


「情報部隊の……レキアスだったか? あいつ、なかなか頭の切れる男だ。もし信用ならん奴だというのなら、誰か気の許せる者に監視させるか、なにか手を打った方がいい。足元をすくわれるかもしれないぞ」

「裏切りは考えたくありませんが、検討します」


 善はエヴァンスの忠告に深く頷いた。彼の考える作戦では、今後部隊をいくつかの小隊に分解し、広範囲の情報収集を掛けることを計画している。領土外の活動ということもあり、一ヶ所にまとまって行動することを避け、他組織の目に入りにくくするのが目的だ。しかし常時部隊を管理できる訳ではない為、信頼のおけない者が混じっていると統率が崩れる可能性のある。身内同士で足を引っ張り合い、最悪部隊崩壊の恐れも出てくかもしれない。


「俺も協力できることがあるようなら、やってみる。お前も……善処しろ」

「肝に銘じます」


 苦々しい善の表情に小さく笑ったエヴァンスは、まあがんばれよ、と善の肩に触れた。その時和やかな雰囲気を壊すような電子音がその場に鳴り響いた。


「……なんだ、この音は」

「タイマーです」


 善の肩が一瞬だけ跳ねる。エヴァンスは慌てて触れていた手を引いて一歩後退。善は今まで纏っていた穏やかな雰囲気を無くし、どこか動揺したように辺りを見た。音が発せられているのは彼の胸ポケット。以前アルフスレッド博士から与えられていたタイマーだった。この距離では、見張りに立てているイヨールにも音も会話も聞こえているだろう。善は数時間前の彼女との問答を思い返し、苦笑した。


「持続時間が変わったのか。……アルフスレッド、私は聞いていないぞ」

「持続時間? 何のことだ」

「いいえ、個人的な問題です」


 善はタイマーを取り出し、表示時間が五分前を示しているのを見てからスイッチを押した。音が鳴りやむと、彼は上着を脱いで下に着こんでいたレザーの戦闘服のポケットから細長い筒を取り出す。試験管ような形で、メタルでできた筒。善はエヴァンスの視線を感じながらもその蓋を開き、中のモノを一気に口の中に呷った。それは本部出発前に新しくアルフスレッド博士に処方された薬だが、今回は即効性があると聞いており、液体状だった。


「持病の薬です。すみません、指定された時間で飲むように指示されているものですから」

「……大丈夫なのか?」

「心配には及びません」

「本当か? 少しやつれたとは思っていたが、病気だったのか」

「大したことはありません。こうやって薬もいただいています」


 すぐさま筒をしまって上着を着込んだ善は、問い詰めるようにこちらを見つめるエヴァンスの視線を受け止めた。


「今は私の体調に気を使っている場合ではないのです。状況は著しく悪くなっている、私がダウンしていたら何も解決しません」

「――善を見極めろ。昔、俺が言ったことを覚えているか」


 エヴァンスは相変わらず、穏やかな表情のまま善を真っ直ぐ見つめている。善は何となく姿勢を正し、頷いた。


「正しいことと、正しい選択がいつも同じとは限らない。善、お前は今何を捨て、何を優先するべきなのか理解しているか? 現状で己がベストな選択をしているのか、それをいつも問いながら動いているのか?」


 しかし声はその穏やかな表情とは裏腹に厳しい。まるで五年前に戻ったようだ、善は元リーダーの口癖を、久しぶりに受け止めた。正直耳の痛い部分も多い。


「アスラ」

「……はい」

「お前の故郷、トキナの神アシュラは正義の神だった。伝承で彼は己の正義を貫くがあまり、最後に魔神と化したことになっている。お前には善を見極めてほしい。俺がお前につけた名前の意味を忘れるな」


 善、とは十数年前トキナから保護されたアスラという少年にエヴァンスがつけた名前だった。過去と決別することを当時望んでいた少年はその名前を背負い、現在彼の思う“善”を見極め奔走している。


「私は以前、正しい道を踏み外し、あなたを裏切りました。多くの者を失い、“善”を見失いました。だからこそ、今度は間違えてはならないのです。私にはそれが許されない。……進むべき道は理解しているつもりです、リーダー」

「そうか。お前の思う“善”が正しい道を示すことを俺は切に願うぞ」


 名付け親で、善の育ての親でもある男は、真剣な彼の申し出に深く頷いて、再び微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ