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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
60/68

旅は道づれ2

 再びやってきたルナン邸は、見るも無残な状態になっていた。

 まずレイスの目に入ってきたのは、無数のハザード。それらは一斉にルナンの家に攻撃を仕掛けている。窓ガラスは割られ、壁もあちこちが崩壊していた。彼らは何かを家の中から探すように、あらゆる方向から襲っている。ハザードはリオールを探している。レイスは直感的に理解していた。

 そして、そんな家の前でハザードに追い掛け回されているルナン。彼は手にした弓で応戦しているようだが、なかなか間合いを取れず動いているようだった。


「助けに来たぞー!」


 大間抜けな行為だと分かりながら、レイスは口元に手を当てて大声を上げる。本当ならば、すぐにでもそばに行って助けてやりたいところなのだが、彼等はそれができずにいた。


「聞こえているかぁ! ルナ――」


 理由はレイスの大声をもかき消す爆発だった。

 地雷でも仕掛けられているのか、薬草畑の土が水しぶきのように宙に舞いあがる様子が、あちこちで起きている。

 これでは、どうやって前に進んでいいのか分からない。


 レイス達が言葉を失っているその合間にも、新たに空からやってきたハザードが地に舞い降り、それが合図のように足元が爆発。砂埃が消えると、ハザードは灰と化してしまった。

 トラップ。

 レイスは、ゴクリと生唾を飲む。テラもリオールも、先ほどから押し黙り、体が硬直しているように見える。事態を理解できていない二人も、この爆発がルナンの仕掛けていたトラップだということを理解しているに違いない。テラは、先ほどから自分の足を見つめて、危うく足がなくなるところだった、と訳の分からないことを呟いていた。


「レイス、あの藪医者は……」

「今は何も言わないでくれ。心配性の域が危険な奴だということは、俺が一番分かっている」


 レイスは己でも知らないうちに、目頭を押さえて俯いていた。彼は、先ほど感じた地響きと爆音は、ハザードが原因ではないと知っていた。全てルナン自身が引き起こしていることだということも。しかし、実際に目にするのはやはり辛いものがある。


「おおー! レイス、来てくれたのかー! たすかるよー!」


 一方、弓を振り回して接近するハザードを蹴散らしているルナンが、大きく手を振っている。化け物に追い掛け回されている割には、随分と余裕そうな行為である。その穏やかな表情は、恐怖の罠を前にかなりミスマッチだ。


「ええーと、とりあえず、助けてくれ!!」

「……って言っても、どうやって」


 足を踏み出したくとも、どうしてよいのかも分からないレイス。すると、リオールに抱きかかえられていたアミーが、その腕を抜けたと思えばそのまま駆けだした。


「あ、アミー!?」


 アミーは一直線にルナンのもとに走る。もちろん彼女にトラップのことが詳しく分かるはずもない。

 彼女が地を蹴った部分のいくつかは、爆発。トラップは、発動までに微かなタイムラグがあるようだ。

 まるで恐れを抱かず、走るアミーの姿はレイスの迷いを断ち切らせた。


「爆発に巻き込まれないように走るしかないんだな!」


 よっしゃ! と咆哮を上げて己を鼓舞したレイスは、剣を抜き大きくその大地を蹴り上げる。なるべくアミーが辿った道をなぞるように、ありったけの速さで薬草畑を走った。

 コンマ数秒前踏みつけた地が、次々に爆発していくのを背中に感じる。爆風にやや体のバランスを崩しかけながら、叫びだしたくなる衝動を抑えてレイスはとにかく前を目指した。

 途中、宙を舞うハザードに接触しそうになったが、彼はそれを走る勢いに任せて切って捨てる。足元が爆発する危険の中で、じっくり相手をする余裕はない。負傷したハザードが畑に倒れ込み、それでトラップを起動させているとしても、剣を振るう手は止めなかった。


「ルナン、どけえええええ!!」


 畑の端に近づいていくと、ルナンが思っていたよりも畑側に立っていることに気づいた。今のままの勢いでは、衝突する。レイスは叫びながらも、とっさに畑を飛び出す瞬間、低姿勢を取った。

 ルナンは一瞬判断に迷ったようだが、すぐにその場を飛び退く。それとほぼ同時に、レイスがルナンの前の地面に倒れ込んだ。すぐに飛び込んだ勢いに任せ、その場で前転し、体勢を戻した彼はルナンの背後を守るように並び立つ。


「いい判断だ、団医殿!」

「流石にびっくりしたよ。……で、この化け物は一体何なんだい?」


 レイスの言葉に唸りながら矢を番い、的確にハザードを打ち落とすという荒業をしてのけるルナンは、状況に似つかわしくないほど落ち着いていた。その様子に感心するレイスだが、観察に時間を割いている場合ではない。


「昨日、話しただろう。この片翼の化け物がハザードだ」


 言葉を返しながら、ルナンに襲い掛かろうとする狼型のハザードを斬り倒す。ついでに、己に体当たりしてきた熊型のハザードも切り倒す。押し出された勢いでバランスを崩し、転倒しそうになるが、それは背中のルナンが地を踏みしめて支えたおかげで、何とか持ち直す。

 目の前で血しぶきをあげるハザードを見ても、ルナンはこれといった動揺を見せず、レイスの言葉に対してそうかと冷静に頷いて見せた。そして当たり前のように、次の矢を放ち、正確に的中させる。一切の情けなく、ハザードの急所が打ち抜かれていく。よく見れば、ルナンの纏う紺のローブはハザードの血と灰で塗れていた。その佇まいは手練れの戦士のようにも見える。

 彼は治療の為なら戦場に赴く、<リジスト>の雇われ医師。流石に、戦闘に不慣れということはないだろうが、予想以上の実力にレイスは高々と口笛を吹いた。


「なぜ、ハザードは私の家を襲うんだ?」


 レイスの茶化しにまんざらでもないように笑うルナン。彼は腰に括り付けた矢筒を確認し、背中越しでも分かるほどオーバーにため息をつく。矢筒には残りが五本しかなかった。続けてボロボロになっていく己の家を一目仰ぎ、再びため息。替えの矢でも取りに戻りたいのだろう。しかし、ハザードに追い立てられている状態では、それは叶わない。


「やっぱり……リオールがここに泊まったから、じゃないか?」


 ルナンの疑問に答え、ついでに矢の手持ちを確認したレイスはふと、畑の外側を見る。

勢いでここまで飛び出してしまったが、ハザードの目的はリオールだ。彼女の出現により、ハザードの行動は彼女を攫うことに変わるだろう。


「ちょっ……あ、えええ!?」


 しかし彼が完全に視線を移しきるよりも先に、リオールの悲鳴が上がった。しかも少し調子がおかしい。レイスは、改めて目を凝らして彼女を探した。

 リオールは畑を駆けていた。先頭はテラ。彼が、リオールの手を引いて信じられないような速さで、二人に近づいてきている。リオールは足元のトラップの存在とへの恐怖と、半ば引きずられるように走らされている状態にひどく混乱しているようだった。

 一方テラは、どこか怒ったような顔つきで、地面を滑るように走っている。レイスに習い、爆発する前に畑を突破する気なのだろう。アミー、レイスと続いた走路はあまり未起動のトラップも無いようで、いたって順調に進行しているように見えた。


「さあて、ここから離れないと。……次がつかえてしまうね」


 ルナンも、テラとリオールの存在に気づいたようで、レイスの肩を叩いて移動を促す。


「そうだな。じゃあ、場所を作らないといけないな!」


 レイスは、ルナン言葉に大きく頷き剣を構え直す。しかし、肩に置かれた彼の手はまだ離れない。


「ん?」


 不審に思って振り返ると、ルナンは空いている手で、己の懐からきらりと光るものを取り出していた。


「ここは、私に任せてほしい。一気に片をつける」


 ルナンが手にするのは宝石だった。指の間に挟まれた小さな石が四つ。ルビー、サファイヤ、アメジスト、トパーズ。どれも小ぶりだが高価な物だと分かる。


「魔石か」

「まあね。この状況で出し惜しみしているわけにもいかないだろう」


 ルナンはニコリと笑うと、レイスの肩に置いたままの手で、再び肩を叩く。


「ということで、時間稼ぎを頼む。これから術を練る。一分持たせてくれ」

「りょーかい」


 レイスは今度こそ前に飛び出し、ルナンの周囲を回りながら襲い掛かるハザードを薙ぎ払っていく。サイドステップで多方面からの攻撃に対抗しながら、彼は状況把握に努めた。

 二人を囲むハザードは十匹。皆例外なく片翼を持ち、外観はさまざまな種類がいたが、どれも大ぶりで動きはそれほど速くない。そして遠目にはルナン邸の破壊を続けるハザードが同数。周囲を巡回しているモノと合わせれば三十匹以上いるだろう。

 戦闘を行うモノと、外野で邸内を捜索するモノに分かれて行動をしている辺り、指揮をしているリーダー格がいるのは明白だった。てっとり早く状況を解決するには頭を潰すことが望ましい。

 レイスは早速リーダー格を探しはじめるが、目をそらした一瞬の間にもハザードが襲い掛かってくる。状況はそう甘くはなかった。


「くそっ。ルナンを守るだけ精一杯だなんて!」


 正面からくるモノには心臓部を正確に一突き、方向を変えてルナンに向かったモノには、血糊のついたままの剣を投げつけた。幸い体が大きい彼らは乱戦になることを警戒してか、一斉には襲ってこない。しかし、それでもルナンを守りながら三百六十度を囲うモノたちと戦うには無理がある。ましては、リーダー格を探し出して倒すことなどできるはずがなかった。


 レイスは、相手が怯む一瞬の間に深く息をつく。


 ハザードの胴体を貫いて地に突き刺さった剣を、回収。右手で握ったそれを手元で回転させて、逆手に持ち替え、空いた左手で腰に差した短剣を取った。


「さて、無理しますか」

「このあほおおおお!」


 直後、畑を疾走していたテラとリオールが、叫びながら敵を割って突撃してきた。驚いたレイスだが、彼らが無事到着できるように二匹のハザードを斬った。


「いらっしゃい。よくきたね、こんなところまで」


 来訪者におどけてみると、物凄い勢いで睨まれる。


「リオールを放置して、一体どうする気だ!」


 テラの左手には途中で思わず掴んでしまったような、ハザードの足が見える。散々引きずり回したからか、ハザードはもちろん、逆の手で繋いでいたリオールも放心状態のようだ。しかし、あの速さで走ったというのにテラの息は少しも上がっていない。毎度ながら人間離れしている彼の身体能力に、レイスは驚くばかりだ。


「お前の無責任さにはうんざりだ」

「ごめんなさい、俺が悪かった!」


 返事をしつつ、ハザードを三体切りつけるレイス。

 適当な返し方に納得がいかないのだろう。テラは八つ当たるように、手にしたハザードを放り投げ、真っ直ぐに化け物の中に素手で突っ込んでいった。ここですぐに槍を出さないのが、怒りの度合いを表しているようだ。暴れるように相手をなぎ倒す姿にレイスは苦笑するしかない。


「リオ。俺の後ろに、早く」


 案の定、ハザードはリオールの存在に気づいた。彼らの動きに迷いがなくなり、すぐさま四人は囲まれる。十体だったハザードは三十を超えた。

レイスは短剣を投げて、リオールに近づく化物を牽制しつつ、どうにかテラと己の間に彼女とルナンを挟み、陣を取った。


「リオール、ルナンの隣でバリアを張っといてくれ」

「は、はい!」


 背後に回ったリオールは、すぐそばで目を伏せて立ち尽くしているルナンの姿に驚いたようだったが、レイスの一声にすべてを理解したのかすぐさま行動に移った。


――バリア


 リオールの魔法の発動と同時に、テラが槍を抜き放つ。目に留まらぬ速さで周囲を一閃する振りで、じりじりと距離を縮めていたハザードを牽制した。レイスも負けじと短剣を投げ、相手を牽制する。


「なんて数だ。いくらなんでもこれを、リオとルナンを守りながら相手にするのは……」

「無理だ」


 レイスの短剣は深々と地に突き刺さる。ハザードは一瞬その鋭利な輝きに怯むものの、すぐに距離を縮め始めた。テラも、相変わらずの無茶苦茶な戦法でハザードに対抗している。長いリーチを利用して比較的うまく戦っているように見えるが、それもいつまで持つのか分からない。レイスは、テラの叫びを聞いて舌を打った。


「ルナン、まだか!」


 レイスの左腕に、ハザードが体当たりを仕掛ける。バランスを崩し、ルナンに倒れ込んだ彼は思わず背後を確認した。


「全員、頭を低く。両足揃えてしゃがむんだ」


 ルナンは、閉じていた目を開き、振り返ったレイスを見つめた。早く、と続けられた言葉に、レイスは大人しく従う。そっとルナンを仰ぎ見ると、気のせいか彼の体からバチッという音が聞こえた。

 そして、ルナンは歌うように言葉を紡ぎだした。


「流れ、流れよ、雷神の申し子。重なり、積み上げよ、小さき者。そして大地を駆け廻れ――汝の力は解放される」


 音がしたのは聞き間違いではなかったらしい。ルイスは宝石もとい、魔石を持った手を前に突出した状態で体に光を纏った。全身に纏った光は徐々に輪郭を持ち始め、手元に集まる。絶えずうねり、弾けるような音を奏でるそれが、電気と気づくのにそう時間は掛からなかった。


――ディスチャージ


 ルナンの叫びに応え、ぼんやりと輝いていた光が暴れだし、地面にひとりでに落ちた。途端、彼を中心に一斉に電流が地を走る。彼を囲うハザードたちへと、電流が吸い込まれると、一瞬でそれらの動きを硬直させた。


「地を駆け、そして支配せよ」


 続けて叫ばれるこえに、未起動の畑の全トラップが発動。硬直したハザード、または飛来したハザードがその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。


「うひゃあああ」


 次々に発動する魔法と、振動、爆風、ハザードの断末魔の悲鳴、そして消えては現れる雷光。髪が逆立ち、空気に触れている皮膚が静電気を帯びたように痺れてくる。

 間近に雷の存在を感じてか、目を閉じ、体を小さくして、それらに耐えるだけのレイスは、強力な力への歓喜と恐怖が入り混じったような甲高い声を上げていた。完全な形勢逆転。すさまじい魔法の強さだった。


「きゃああああ」


 レイスの叫びにつられるように、リオールの悲鳴が上がる。大の男が恐怖しているこの状態では、彼女はあまりにも不憫である。レイスはとっさに腕を背後へと回し、探りながらも、なんとか彼女の手を握った。


「あれ? 調整間違えたかな。まだ魔力残っている」


 さまざまな音が入り乱れているのにもかかわらず、ルナンの気が抜けた声がなぜか響く。


「よし、もったいないからもう一発」

「ルーナーン。いい加減どうにかしてくれー!!」


 続く雷光、トラップの爆発音。あまりに激しい状況の連続に、よくは分からないが不吉なルナンの発言。とうとうレイスも白旗を上げる。


「ははっ。冗談だよ」


 ルナンの軽やかな笑い声とともに、雷鳴と爆発が止まった。ハザードの鳴き声、叫び声はまだらに残るものの、激しい状態からの脱却に一同は安堵した。

目を開いたレイスは、まず前を覆い尽くす砂埃に驚く。爆発によって土が舞い上がったのだろうが、その視界を遮断する様子はさながら霧のようであった。唯一真上にあたる空は視界が良く、退避していくハザードの姿が見える。

 続けて状況確認の為、目を凝らして周りを見渡す。視界は悪いものの、辺りの様子がすさまじいことになっているのは分かった。


 ハザードの襲撃に遭ったルナンの邸宅は、文字どおりボロボロだった。ガラスは一枚と残らず割られ、屋根は穴だらけ、壁の煉瓦もいたるところが崩壊している。壊れた玄関ドアから覗く室内は、ハザードが残した灰が太陽に照らされ雪のように部屋中を舞っている。


「ルナンさんの家が……ぼろぼろになってる」

「家だけじゃない、敷地もボロッボロだ」


 リオールの呟きが耳に入り、思わず言葉を訂正したレイス。彼は掴んだままだった手を解放し、頭を抱える。トラップの爆発と魔法発動の影響で、薬草で茂っていた庭はただの荒れ地に成り果ててしまっていた。


「ああー、これは痛い! とんでもない痛手だ」


 視界が晴れてくると、荒れ果てている己の敷地の様子に悲鳴を上げるルナン。心なしか嬉しそうに聞こえるのは気のせいだろう。レイスは、抱え込んだ頭を左右に振って現実逃避する。


「き、危険すぎる。なんだこの有様は……」


 背後から掠れた声が発せられ、思わず振り返ったレイスは、顔面蒼白で唇を震わせているテラの顔が目に飛び込んできた。レイス同様、目の前の惨劇に狼狽している様子。


「お前、それでも医師か! まるでただの――」


 振り返ったレイスには目もくれず、テラはいち早くその場で立ち上がり、すぐさまルナンに詰め寄る。同時に相手の襟元を掴み、強引に引っ張り上げているあたり、相当お怒りの様子である。


「酷いな。医師だって自分の身は守れないとね」

「それにも、限度があるだろう! 場合によっては誰かが怪我をしていたかもしれない」


 襟元を締め上げられ、苦しそうに弁解するルナンだがテラの憤りは収まりそうもない。いきり立つテラを静めようと続いて立ち上がったレイスは、ふとルナンのローブの胸元に不自然なふくらみを見つけて、目を凝らした。すると、不自然に膨らんでいた部分が動き、すとんとそれは地面に落ちた。


キュ~~ン


「アミー」


 落ちてきたのはアミーだった。レイスよりも先にルナンへと向かった彼女だが、気づくと行方不明になっていた。いや、今の今まで存在を忘れていたというのが正しい。それでも、彼女が無事なことに安心して、深くため息を零した。


「主人の一大事に姿を消しやがって。ビックリしただろうが」


 彼女は訳が分からないと首を傾げると、地面に転がった宝石を珍しそうに鼻で突きだした。四つの輝く宝石は、ルナンの手から零れ落ちたものだろう。彼はそれを使用し、先ほどの大がかりな魔法を繰り出したと思われる。


 魔石。その名の通り、魔の力が宿った石のことを示している。

魔法は術師の体力を根こそぎ奪う、非常に使用効率の悪い存在である。しかし魔石はそんな術師の能力をバックアップする働きがあると言われ、魔法を使用するものに重宝される代物である。その魔石自体、数を確保するのに相当骨が折れる物であり、結局効率の悪さを拭えるとまではいっていない。

魔石は本来、媒体に術師が魔力を注ぐことで力を宿している。媒体には道端の石から、水晶、魔石まで様々なものが存在している。


「魔石に純正の宝石を使用するなんて、さすが医者。金持ちだな」

「……言っておくが、私の安月給で購入できる宝石なんてたかが知れている。君のように荒稼ぎしていた者に感心されるのは心が痛いよ」


 しっかりと呟きを耳にしていたルナンが非難の声を上げる。もちろん、いまだにテラに襟首を掴まれたままで、だ。レイスは立ち上がってもう一度周囲の安全確認を行うと、いがみ合う二人に歩み寄る。


「テラさん、私は大丈夫でしたから」


 後を続いて立ち上がったリオールは、テラを宥めるために手を上下に振る仕草を繰り返す。


「ルナンがこうやって魔法を使ってくれなかったら、この危機を乗り切れなかったわけだし、許してやってくれよ」

「危機の中、更に危機的状態にしたお前に言われると腹が立つな」


 リオールを置いて行ったことを言っているのだろう。テラは静かにレイスを睨み、レイスはテラから目をそらす。それでも次の瞬間には、ひどく大仰なため息が聞こえてきた。諦めがついたテラが、ルナンの襟を離し、解放する。


「ふう」


 気道を確保して、深く息を吸い込んだルナンは改めて周囲を見回した。 


「しかし、君たちはとんでもないものに追われているみたいだね。<イレブン>といい、このハザードといい……って!?」

「!?」

 

 ルナンとテラが同時にぎょっとした様子になる。何事かとレイスは、二人が見つめる先を見ると、そこにはハザードの残骸、灰の山があった。


「今、こいつ灰になった……か」

「こんな生物がいると分かれば、ここ一帯の者はパニックになるかもしれない」


 ハザードの特性でもある急速な灰化。レイスにとってはもう見慣れてしまった光景ではあったが、初めて見る者には衝撃的にちがいない。まじまじと灰を見つめていたが、やがて落ち着いてきたのか、ルナンがふと真顔でレイスの顔を見つめた。


「家がめちゃくちゃで、テレポートの術式も使い物にならない。これでは<リジスト>に戻ることもかなわないだろう」

「すまない。まさか、ルナンが襲われるなんて考えてもいなかった」


 レイスはルナンの言葉にただ頭を下げることしかできない。自分たちがここを訪れなければ、ルナンは家を破壊されることもなかった。軽率だった、と思う。ハザードの追跡能力がいかほどか分かっていなかったとはいえ、警戒するべきだったのかもしれない。


「起きてしまったことを嘆いてもどうにもならない」


 ルナンは低頭するレイスの肩を叩き、顔を上げるように促した。


「レイス、お願いがあるんだ」


 お願い。レイスはその言葉に嫌な予感を覚えずにいられなかった。壊れた家の修理代、敷地の修理代、使い物にならなくなった薬品類の弁償代……。


「私も同行させてほしい」


 ルナンが提示した願いは、レイスの予想を大きく裏切った。彼を含め、その場にいた誰もが耳を疑う。言葉の真意を掴めないのだ。


「今の私にはテレポートの設備は使えない上に、移動手段も歩きになる。ハザードからの攻撃がもう私に向かないという保証はない。君達について行った方が戦える人もいることだし、今のところは一番安全だ」


 そう言って、空を仰ぐルナン。つられてレイスも空を見るが、もう目を凝らしてもハザードの姿は見えない。今のところ脅威は去ったが、次はいつやってくるのか、それは誰にも分からない。


「俺達は<イレブン>にも追われている」


 リオールを追ってやってくる者は、ハザードだけではない。レイスがそう警告すると、ルナンは顔を彼に向けて、大げさに肩をすくめて見せた。そんなものは問題にならないと、言わんばかりに。


「<イレブン>の目をかいくぐるのなら、私がいた方が目くらましになる。彼らは、君たちの人数も手掛かりにして捜索をしてくるかもしれない。頭数が多いことはそれだけでも相手を攪乱できるし、なにより今の君たちには第三者的な味方が必要なはずだ」


 ルナンは、何か決意したように大きく頷く。一人で勝手に合点されているような気がして、一同は反論しにくい。

しかし、ルナンの言う通りメリットは大きい。<イレブン>の追跡をかわす隠れ蓑、ハザードとの戦闘では戦力になる彼の存在はかなり心強い。


「今後のことは追々考えるが、今ここで私にはこの決断以外のことは考えられない。これが最善だ」

「最善じゃないだろ、絶対」


 しかし都合がいいのはレイス達であって、結果この事情に関わりを持ってしまうルナンにとっては最善ではない。最悪命の危険を顧みなければならないだろう。


「聞くが、刻一刻と進行する病状に医師なしでどうやって対処していくつもりなんだ?」

「そ、それは」

「いいか、ここからは私も意地だ。巻き込まれてしまったものは仕方ないし、それを回避する方法は今のところ分からない。なら私は一番自分が行きたい道を行く。それが君たちの味方になれることなのだとしたら、尚更いいことじゃないか」


 病気のことを言われると次いで言葉を出せないレイス。そんな彼に畳み掛けるようにルナンは熱弁を振るう。他の二人もルナンの熱意に押されて、口出しができない。


「私は医師だ。どうなるか分からない患者を放置するのは心が痛い。<リジスト>はアルティス傭兵協会より更に遠い。組織に戻るにも、行かなくてはならない道は同じだ。それまでは一緒に行きたいんだ。悪い話じゃないだろう?」


 あまりの勢いでまくしたてられ、少しの間茫然としてしまったレイスだが、重要なことに気づいて首をひねった。


「<リジスト>の仕事はどうするんだ? 他にも抱えている患者がいるだろう」

「ああ、大丈夫。実は一昨日、<リジスト>の医師団を辞めさせられたばかりだったんだ」

「はあ!? ちょ……」


 レイスの叫びにルナンはにっこりと笑い、愕然としている彼の手を取ると、両手で握りしめた。


「ほら、これで困ることはないだろう? しばらくだが、よろしく頼むよ」


 力強い握手、満面の笑み、そして追及を許さない強引さ。断れきれず、レイスは頷くことしかできなかった。

 かくして逃走の旅に強引な医師が加わった。


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