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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
6/68

<イレブン>

「ようこそ、〈イレブン〉へ」


 セリカのど真ん中にそびえ立った高層ビル、〈イレブン〉本部。朝も早く、街を散策したところで何もできず、真っ直ぐ目的地に向かったレイスはその建物の規模の大きさに驚いた。階数が高いのもそうだが、面積が大きい。敷地だけならレイスの故郷の村が入るかもしれない。そんな驚きを抱きながら、彼は施設内に足を踏み入れた。

 広い施設の中、案内された部屋に入ると、レイスはソファーに腰掛けた痩身の男に迎えられる。

 白いコートに身を包み、すらりとした体躯はまるで女性のようだ。窓から差し込む朝日を受けて輝くプラチナブロンドの髪と若葉を思わせる薄緑の瞳が、更に彼の雰囲気に華を添えている。ただそんな彼がただものではないと思わせるのは、整った顔に走る長い傷。左目を切り裂くように縦に走るそれは優しい顔つきに暗い影を落としているようにも見えた。


「私は〈イレブン〉特務総合部隊、通称特殊部隊の統括、アベル・ロムハーツだ」

「アベル統括、俺は――」

「いや、自己紹介は結構。君のことはよく噂に聞いているよ。アルティス傭兵協会で五本の指には入る《剣聖ソードマスター》のレイス・シュタール君、まさかこんなに若いとはね」

「はぁ」


 アベルと名乗ったその男は、緊張してガチガチになっているレイスに手前のソファーに座るように勧めた。有り難いと疲労もピークに達していたレイスはおずおずと腰をおろす。


「君は何歳なのかな?」


 アベルはレイスが座るタイミングに言葉を投げかける。柔らかいソファーの上で力を抜きかけていた彼は、不意打ちされたかのように一瞬たじろいだ。


「……十九です」

「まだ成人じゃないのか。それは若い」


 若い、若いと言っているアベルだが、彼こそ統括という地位に似つかわない年齢だと思えた。せいぜい多く見積もっても、三十を越したくらいにしか見えない。


「噂は聞いているよ。話によれば、我流でありながら剣を極め、五年前アルティス傭兵協会の兵士を一度に百人斬り伏せたとか」

「……」

「その後、君はアルティス傭兵協会にスカウトされたんだね。君のデータベースには本当に面白いことがかかれている」


 自分にはプライバシーがないのか。レイスは内心舌を巻きながら、ニコニコと朗らかに笑うアベルを怪訝そうに見つめる。


「おや、失礼。本題からずれすぎていたね」


 そんな苦々しいレイスの表情を見たアベルはその場を繕うように笑い、


「仕事の話をしようか」


 と、ソファーから立ち上がった。


「君には、〈イレブン〉の中でも重要視されているある少女の監視を任されてほしい」

「監視?」


 窓際に歩み寄ったアベルの背中を見つつ、レイスは少し首を捻る。〈リジスト〉で手に入れた資料には少女の“監視兼護衛”とされていたはずだからだった。


「あ、もちろんその少女の護衛も同時にしてもらうよ。まぁこの〈イレブン〉本部にいて危険なことなどそう多くはないだろうけどね」

「はぁ……」


 本来は護衛より監視が重視されている仕事だったようだ。


「あの、そういえば」

キュ~~ン


 さすがに何も質問しないのは怪しまれると思ったので、口を開きかけたレイス。だが突然、荷物の中に隠していたアミーが飛び出してきため、そのまま固まってしまった。


「おや、珍しい。イタチじゃないか、君のペットなのかな?」

キュ~~ン

「え、はいっ……ってこら、出てくるなって!」


 彼女は主人の匂いを探して、しばらくうろちょろし、レイスが視界に入ると、物凄い勢いで彼の肩に飛び乗った。


「可愛いお客さんだ。名前はなんていうんだい?」


 興味があるのか、突然ポケットからお菓子を取り出したアベルはじりじりとレイスに近づく。動物好きなのかもしれないな、レイスはプラチナブロンドのアベルの頭を見つめて思った。


「あ、アミーと言います。アベル統括」


 緊張しているせいか、思わず声がひっくり返ってしまった。アベルはそんなレイスの態度に苦笑しつつ、肩に乗るアミーにお菓子を与え始めた。


「そういえば、言いかけていたことがあったみたいだけど……」

「あ、えっと、俺がこの仕事に就くことになったのは前担当者の体調が悪くなったからだと聞いてたから……」

「気になるのか?」


 ふーんと、アベルは頷くと躊躇うことなく答えた。


「体調不良と言っても、その前担当者は別に入院してるわけでもなく仕事をしてるからね……。前担当者は実は特殊部隊のリーダーをしているものなんだ。幾つも仕事を抱えているから最近貧血やら過労やらが目立ってね。本人はそんなこと無いって言ってるんだが、少しは仕事を減らしてやろうとしたんだ」


 知らずと安堵の息を吐いていた。アベルはレイスの反応にやや目を細める。


「気にすることはない。まぁ“結晶化病クリスタル・シック”と闘っていると体調不良という言葉に敏感になるのかもしれないがね」


 結晶化病クリスタルシックのことまで知っているのか。レイスは驚きを通り越し、諦めのような気持ちになった。


「アベル統括、宜しいですか」


 そんなとき、背後のドアがノックされた。アベルは良いところにきたと言わんばかりに口元をゆるめ、アミーにお菓子をやるのに忙しい手を止める。

 誰? と反射的に問いかけると、アベルはニヤリと笑った。


「今話していた前担当者兼、特殊部隊のリーダー様だよ。どうやら君をお迎えにきたようだ」

『入って宜しいですね』

「どうぞ」


 返事がされると同時に廊下に通じるドアが開かれる。すぐに戸口をくぐってきた男は、レイスを見つけると軽く一礼した。


「我が特務総合部隊のリーダー、ぜんだ。こちらは君の代わりにリオを監視する、レイス・シュタール君」


 アベルが紹介している間に、善と呼ばれた男はレイスの目の前にまで進み出ていた。慌てて立ち上がったレイスは、彼が百七十五センチある自分でも目線を上げなくてはならならいほどの長身だと思い知った。

 歳は二十代中盤、痩身ではあったが、歩く動きの無駄の無さからアベルとは違う鍛え抜かれた躯体であることが分かる。黒いスーツに黒い瞳、そして黒く長い髪をオールバックにして一つにまとめた彼の風貌は冷たく、冷淡で、まさしく“できる男”いった雰囲気を醸し出していた。 


「これからはこの善の指示に従って行動してくれ」

「あ、はいっ」


 殆ど反動的に返事をしたレイス。


「よろしく」


 とりあえずレイスは右手を差し出した。


「こちらこそ」


 善はニコリとすることなく、淡々とその手を握る。

 これが《剣聖》レイスと《イレブンの悪魔》善の出逢いであった。 



 *****



「そういやぁ、今日新人が来るって言ってたな」


 レイスと善が出逢う少し前。任務を終えて帰還した特殊部隊一同は、オフィスにコーヒー片手に入ってきたグレイスの言葉に一斉に反応した。


「え、ホントですかぁ?」 

「それ、初耳だよ」

「ぼ、僕もとうとう先輩ですか?」


 席についていたシエル、ターナー、ケイスの三人は早々に立ち上がるや、グレイスの周りに集まる。グレイスはコーヒーを啜りながら三人の好奇心溢れる様子に苦笑した。


「どんな方です?」


 黙々と任務の報告書をまとめていたイヨールも手を止めて、彼へ声を投げてくる。グレイスは余計なことを口にしたな、と内心後悔しながら返答した。


「それが傭兵らしくてな。補充兵力ということで入るそうだ。それもレイスっていう十九歳の子供らしい」

「なんだ、男かよ」


 グレイスの言葉に真っ先に反応したターナーだが、これもまた真っ先に興味をなくす。彼の下心丸見えの反応は珍しいものではないらしく、周りは全く無視しておりグレイスに話の続きを急かしている。


「それでそいつな、善の代わりにリオの監視に就くらしい」

『え』


 グレイスの続く発言は、真剣に聞いている者はもちろん、興味を無くしたはずのターナーすらをも驚愕させる。


「よく、リーダーが許しましたね」

「ホントだよ。俺もびっくりしてる」


 よほど驚くことらしく、グレイスもやや興奮ぎみに言葉を紡ぐ。そしてその興奮は直ぐさま大きな疑問へと変化していった。


「そのレイスとやらは、何者なんだ?」




 *****




「ふえっくしょん」


 突然の音に善は振り返る。五歩と離れていない位置にいる金髪の男、レイスが派手にくしゃみをしていた。


「あ、あはは」


 じっと見られるのが気まずいのか、彼は鼻をすすりながら善の視線を避ける。アベルのいた執務室を共に出てから、一言も会話をしていない両者の間には何とも言えない重い空気が漂っていた。


「こっちだ」


 任務終了後休むことなく〈イレブン〉に帰ってきた善は、上司に半ば強引に押し付けられた新人を引き連れて歩いていた。更にアベルからはレイスへ仕事の説明や施設内の案内を頼まれている。会話をしていないのは問題だろうか、善はふと考える。

 施設の白く飾りっけの無い廊下は二人の足音だけを響かせて、その味気なさを強調させていた。善に連れられ、ただ歩くだけのレイスにはなかなか堪える状況である。

 そしてしばらくの後、いたたまれなくなっているレイスの様子に気づいた善が、ようやく口を開いた。


「これからお前には、〈イレブン〉にとって重要な人物の護衛、監視をしてもらう」

「どういう人なんだ?」


 やっと喋ったな。レイスは沈黙が破られたことに安堵の言葉を零し、会話が途切れぬように問い掛けてくる。


「少女だ」


 簡潔な答え。再び会話が途切れそうになりレイスは慌てたようだが、流石にこれはお粗末過ぎると善も思い、言葉は続けられた。


「名はリオール・アバランティア。歳は十七歳」

「アバランティア!? アバランティアってあのエネルギー体のことだよな」


 レイスは聞き捨てならぬと、即座に声をあげる。

 アバランティア――早速お目当ての話題が転がり込んできた。レイスは冷静さを失わないように努める。


「そうだ。彼女はアバランティアのエネルギーを唯一コントロールできる一族の末裔。名にそれがあっても可笑しくはない」


 説明を聞きながら、少女とアバランティアの関係性を疑っていたマラキアの考えが正しかったのだとレイスは心の中で頷いた。


「なるほど! すごいな」


 一方でただ淡々と説明をする善は、いちいち反応が派手な奴だと、レイスのド派手なリアクションに呆れつつ、自分にはこんな反応はできないだろうなと、善はしみじみと思っていた。


「ん? でも、アバランティアをコントロールってどういうことなんだ」


 訳が分からないと、困惑した顔を隠すことなく向けてくるレイス。善は歩みを緩めて、右側前方にある部屋を指差した。


「アバランティアは未だに謎の多い物質だ。エネルギーを引き出すにも危険が伴う。そこは〈イレブン〉の研究施設だ。主にアバランティアのエネルギーについて実験を繰り返している」


 中ではいろんな機械が並び、中心に植物の葉ような物質が置かれ、妙な薬品に漬けられているのが見える。


「エネルギーはその強大な力を制御することができて初めて利用できる。そして万が一暴走したときにはそれを押さえ込むことができなければならない」

「で、その全てができるのが俺が護衛する少女ってことなんだな」

「そうだ」


 それに、と言いかけて善は言葉を止めた。

 続けろよ、と言わんばかりのレイスだが、善は首を振る。


「そこから先は、本人に聞くといい。いくぞ」


 興味津々といった様子のレイスに一瞥をくれて、善はスタスタと、再び歩き出した。

 正直、善はこのレイスという青年を自分の代わりとして迎えることが嫌だった。彼がレイスと会うのは今回が初めてであり、レイス自身に恨みがあるわけではない。

 では、なにゆえに自分はこんなにも気分が悪いのか。善は黙々と歩きながらただそれだけが頭の中を回っていた。


「善、聞いても良いか?」


 思考停止。声をかけられ、善ははっとして振り返る。動揺は見せなかったが、 少しだけ表情が引きつった。


「どうして、あんたはその……リオールとかいう人の護衛から外されたんだ?」


 外された? 善はレイスの言っていることに違和感を感じた。彼は体調不良で、上司のアベル統括に仕事を減らすように言われただけである。


「あんたの顔が、お前なんかに彼女の護衛の仕事なんてやらせたくない。って感じだからさ」


 顔には出していないつもりだった。否、出さぬよう努めていたのだ。だが、初対面の新人に見破られているのだ、やはり己は体調不良なのだろう。善は少し目を細めたまま、彼の言葉の続きを待つ。


「見た感じ、あんたはそんなに今にも倒れてしまうような何かを抱えているようには見えない。だいたい体調不良で俺に仕事を交代するなんて、もっと可笑しな話だしな」

「……」

「どうせあんたも俺の個人情報あらかた調べてあるんだろ? なんてたって俺は結晶化病クリスタル・シックのランクB+の人間なんだぜ、どう考えたってあんたのほうが健康なはずだ」


 レイスも実は自分の待遇に不自然さを感じていたようだ。善は少し親近感のようなものを感じたが、一つ否定しなければならないことがあることに気づく。


「私もお前のような結晶化病クリスタル・シックの中期患者である傭兵をこの任務に就かせるかは分からない。だが一つ、私にもいえることがある」

「それは……?」

「少なからず今の私は全快とは言い難い状態ではある。アベル統括がお前を私の代わりにしなければならないと、判断しなければならないように判断されたのは私にも思うところがある」


 半ば遠まわしに状況を批判して善は歩みを緩める。そして歩み寄ったエレベーターのボタンを押した。


「つまり、どういう意味なんだ?」


 レイスは言葉の全容が分かっていないらしい。別に全て理解させる必要は

無いと思ったので、善はそのまま、エレベーターが開くのを待った。

 善は先ほど考えていた、自分の気分の悪さの原因は仕事を取られたことからおきる嫉妬だと気づき、少し自己嫌悪するのだった。


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