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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
56/68

医者と患者とその他二人と一匹 3


「エネルギー制御に人間一人を使用するのか……とんでもない」


 レイスはこれまでのことをルナンへ説明した。<イレブン>へ護衛任務の名目で間諜として派遣されたこと、そこでリオールと出会い、アバランティアの非人道的な制御システムを知って、逃走を図ったこと。時折レイスの言葉が足りなくなればテラが補足に乗り出した。

 ルナンは初めこそ冷静に話を聞いていたものの、リオールがアバランティアを制御する一族だということ、そして地下牢の囚人を使った実験まがいの行為には驚いたようだった。


「人体を使ったキメラ実験に、結晶化病患者への実験だと、ふざけるな。人をなんだと思っている」


 声は低く抑えられているが、テーブルに乗せられたら手が小さく震えている。俯いているため表情こそ読めないが、ルナンが怒っていることは誰もが分かったに違いない。

 長年の付き合いから、極度のお節介焼きで心配性なルナンが、この事実を知ればどういった反応をするかなどレイスには分かっていた。それでも実際に目の当たりするまで不安だった。自分の考えは理解されないのではないかと、そう思っていたからだ。


 人体実験、生贄行為――<イレブン>で起きていたことは背徳的で、倫理に反している。決して許されることではなく、利益や尊厳のためなら命を消耗品のように扱う彼らにレイスは怒りを感じた。リオールをはじめ、ジャックやジョーカー、左目を失ったテラ……そして五年前に解放を願って亡くなったジアスとソフィア。本来ならば、あってはならないはずの犠牲だと、レイスは批判した。


 しかしその声は否定され、彼自身が排除されかけた。現実は、振りかざした正論のせいで自分を窮地に貶めるだけだった。

自分の行動や考えが実は間違いではないのかと、疑わなかったといったら嘘になる。レイスは弾圧しか受けない立場で一人、主張を続けた。命は尊いものだと、幼い子供のように、愚直に、頑固に。そうすることでしかあの場では自分の正義を貫けなかったのだ。


 だからルナンの正直な怒りが、レイスにはたまらなくうれしかった。


「なぜアバランティアエネルギーが秘匿とされ、頑なに外部との接触を避けていたのか、今なら分かる気がする。この事実が広まれば、<イレブン>を慕う者たちを失うことになる。下手すれば、すべての人間を敵に回すことになる」

「当然だ。人間を消費して使うエネルギーに誰が賛同するもんか」


 レイスは大きく頷きながら、そっとリオールを盗み見た。リオールは、食事を終えてじゃれてきたアミーを左腕にのせて、空いた手で彼女の頭を撫でている。その表情はまるで人形のように感情を乗せていなかった。レイスは再び目線をルナンに戻しながら、ため息をつく。

己の死の運命について、少し前なら疑うことすら彼女には許されていなかったのだ。ここにきて他人にあれこれ言われてもどういった反応をすればいいのかわからないでいる、そういった顔にレイスには見えた。そしてそれがひどく哀れに思えた。


「人間を犠牲にして得る富や豊かさは存在していいわけがない。なるほど、賢い選択とは考えとは到底思えないが、レイスが無茶をするに至った経緯はよく分かった」


 ルナンは一度深呼吸をして、俯いていた顔を上げた。その表情は暗かったが、彼はその上に笑顔を滲ませた。


「それで、レイス。君はこれからどうする? あてはあるのかい?」


 ここからが本題だ。そうレイスに示唆するように、ルナンはテーブルに両肘をつき、指を組んだ。


「君がここに来たのはそれなりに考えがあってだろう。それに私が必要なんだろう?」


 隣でテラが待ってましたと言わんばかりに、足を組み直して身を乗り出したのをレイスは視界の隅に捉えた。更にリオールの視線も。


 レイスは大きく息を吸った。


「アルティス傭兵団の本部に行こうと思っている。そこで保護を受けるつもりだ」


 しばらくの間沈黙がおりた。レイスは再び周りに目を配る。ルナンは今の言葉の意味を計っているように微かに眉を顰め、テラは妙に狼狽した様子で口を開けている。リオールは訳が分からないと困惑顔。全てレイスが想像した通りの反応だった。


「……なるほどね。君だからこそできる、唯一の方法だ」


 五分後、ルナンの盛大なため息が沈黙を破った。彼は大きなため息だった割には、やけに晴れやかに笑い、レイスに大きく頷いて見せる。


「思っていたよりまともな案で安心したよ」

「どういう意味だ、それは」

「そのままだよ。君は……なんというか、無謀なことばかり考えるからね」


 ルナンはそこでクックと笑う。この詰まった笑い方は彼の大笑いの前兆だとレイスは知っている。馬鹿にされていると分かったレイスはふん、と不満げに鼻をならした。それくらいしか抵抗できる手段がなかったのだ。


「アルティスだと? あのアルティス傭兵協会のことを言っているのか?」


 ルナンの笑い声で我に返ったのか、すかさずテラが口を挟んできた。レイスは微かに顔を隣に向けて、彼を睨みつける。


「あのって、アルティスの名がつく団体は世界に一つしかない」

「ウソだろ」


 テラは信じられないとレイスの顔を覗き込んだ。


「お前、アルティスに声が届くほどの傭兵なのか!?」

「それはどういう意味だよ」


 テラは悔しくなるほど驚愕した表情で、レイスは心外だと少しむくれる。


「あの……」


 控えめな声が、ざわつき始めた空気を再び静めた。声はリオールのものだった。


「その、アルティスってなんですか?」


 リオールは静かになってしまった三人に物怖じしたようだったが、目を閉じて大きな声で尋ねてきた。顔が赤い。レイスはその必死そうな顔があまりにも幼く可愛げに見えて、思わず噴き出した。


「知らなくて当然だ。<イレブン>にはアルティスの支店はないからね」


 笑い出したレイスに鋭い一瞥をくれて、説明に乗り出したルナン。悪気はないんだとレイスが声を抑えると、リオールは真っ赤な顔のまま睨んできた。恥ずかしかったのだろう。レイスは申し訳ないと頭を掻いた。


「正式名称アルティス傭兵協会。けれど私たち利用者のほとんどはアルティス傭兵団と呼んでいる。何をしているところといわれると非常に説明しにくいんだけど、簡単に言えばレイスのような傭兵にお仕事を紹介してくれる便利な施設って感じかな」

「仕事の紹介施設……?」


 アルティス傭兵協会。

 もとは数百名に及ぶ大きな傭兵団が始めた、依頼人と労働者をつなぐ仲介施設。

 そこでは多くの傭兵や魔術師から、商人、医者、芸術家まで様々な労働者たちの働き場所を紹介する。そこに国境や、敵味方の概念は存在せず、どんな者も受け入れる中立的な存在でもある。

よってそこには多くの人が集まり、金・物の流通も行われる大きな商社となった。

  

 特に傭兵団だった背景からか、傭兵の取り扱いに長けており、求められた要望に応じてピッタリな人材を紹介してくれると、依頼人側からの絶大な信頼がある。

 本来自由業に等しいはずの傭兵だが、今ではアルティス傭兵協会の登録がなければ仕事に就けないほどの大きな意味を持つようになった。


「仕事をもらえるだけじゃなく、アルティス傭兵団に登録できれば、いろんな特典がもらえるんだ」


 目を丸くして話を聞いているリオールに、レイスは身を乗り出して得意げに笑って見せる。


「アルティスの医療施設の無償利用に、武器屋の値段割引制度。移動手段の機材の貸出しから、なんと結婚相談!」

「……そして、今重要なのはトラブル時の保護制度だね。私もこの制度にはお世話になっているよ」


 言葉を付け加え、脱線しかけた話を元に戻すルナン。レイスははっと我に返り、視線を向けてくるルナンに頷き返した。


「ああ。アルティス傭兵団は組織間騒動など厄介なことに巻き込まれた際に、一時的に保護してくれること、相談に乗ってくれることが約束されている。中立的立場から完全に味方をしてくれるわけじゃないが、時間稼ぎといい知恵を貸してくれるはずだ」

「それは登録していない俺でも知っているが、本当に一時的なものだろう? 彼らが一体何をしてくれるというんだ」


 テラが信用できないと主張した。


「彼らは中立的立場の存在だ。誰かの肩を持つようなことをすれば、世界勢力は偏り、商談相手を失う。場合によっては攻撃されるだろう。彼らが中立的立場を貫くのは、自分たちの保護も兼ねているからだろう?」


 そんな奴らが<イレブン>全部を敵に回している我々を保護するはずがない。テラは無駄だとルナンとレイスに首を振る。レイスはその反応に、困ったようにルナンに助けを求めた。どう説明すればいいのか彼には分らなくなったのだ。


「テラ。君の推察は正しい。だが大きな間違いがある」


 ルナンは、レイスの助けを求める目を見て、小さく頷き返してからテラを注視した。その力の入った視線を受けたテラは、怯まず目で対抗する。つまり、二人は相当な眼力でにらみ合っていることになる。そのあまりの勢いに、リオールが小さな悲鳴を上げていた。


「それはなんだ」


 室温が三度は下がりそうな冷え冷えとしたテラの声は、熱い論弁を好むルナンとは対極の存在だ。


「アルティス傭兵団は完全な中立立場ではないんだ」

「は? だって今お前――」


 矛盾。今までの話を、いきなりひっくり返す発言に、思わず目を丸くするテラ。


「ああ、中立的存在だといった。だから、完全な中立を貫いているわけではないんだ」


 屁理屈じゃないよ、とルナンは弁解してから笑う。しかしその笑みも一瞬で消え、再び熱弁を振るい始める。


「今のこの状態では都合がよく聞こえるだろうが、アルティス傭兵団は<イレブン>とは疎遠な関係で、実はあまり友好的とは言えないんだ。その証拠として、<イレブン>の領土にはアルティスの支社がない」


 言われてみれば、とテラが頷く。レイスも頷きながらふとリオールの顔を伺うと、やはり外界の話にはついていけないようで、相変わらず困った顔をしていた。表情を観察していたレイスは、あとで世界地図を見せてみようと考える。


「では<イレブン>になぜアルティス傭兵団の支店がないのか。先に結論をいうと、彼らがアルティスを利用することがほとんどないからだ」


 説明を続けるルナンは、ローブの懐から小さなノートと年季の入った銀色のペンを出した。そして何かを書きだしたかと思うとすぐにテーブルにノートを置いた。そこには文字らしきものが絡み合った簡素な図が描かれていた。

 これにはリオールだけではなく、レイスもテラも訳が分からないと首をひねる。この一見落書きにも見える図に、どんな意味があるというのだろう。意味が分からないと三人が一同に顔を上げると、ルナンはやはりテラを見つめたまま説明を続けた。


「これはヴァレージア社のシンボルマークだ。君は見たことがあるんじゃないかな、密輸業者なんだろう?」


 テラはノートを手に取り、まじまじとそのシンボルを見つめる。そして数秒後、合点したようにそれをテーブルに叩きつけた。


「そうか、これは<イレブン>産の機材や、銃器によく刻まれていた。ヴァレージアというのか」

「ヴァレージアとは、イレブン>の都市セリカに本社を構える商社で<イレブン>とは堅い契約で結ばれている。あまり一般には知られていないが、あの会社がなければ<イレブン>は組織として成り立たない、と囁かれるほどの影響力を持っている。武器・機材の生産、農作から医療、最近では兵士の育成に学校への支援も始めた大企業だ。わざわざ言わなくてもその能力については分かるだろうが、<イレブン>産の機材や武器の優秀さは最早世界一。つまり彼らはアルティスに頼らずともほぼ自給自足ができているんだ」


 これはレイスも初耳だった。<イレブン>がアルティス傭兵団をたいして利用しないという話は聞いていたが、それがそんな理由だとは思いもしなかった。

しかも、レイスにはその“ヴァレージア”という会社名に非常に聞き覚えがあった。


「あ、ターナー」

「そういえばそんなご子息がいると聞いたことがあったな。ヴァレージア当主の三男だとか」


 大企業の元若社長候補、ターナー・ヴァレージア。特殊部隊のオフィスでイヨールから聞いたことがあった。レイスは叫びだしそうになるのを抑えながら、頭を抱えた。まさかそんなに凄い人物と一時的とはいえ一緒にいたことに彼は動揺する。リオールにもターナーとは面識があるらしく、レイスと同様驚いた様子で口元を手で覆っていた。


「とにかく、アルティス傭兵団は<イレブン>とのつながりが薄い。だから彼らにとってあの組織は敵ではないが、顧客の大半が<イレブン>を敵視している者たちになってしまっている。顧客の確保を優先するなら、彼らは不本意であっても中立の立場に多少の偏りを持たねばならないのさ。――さて、ここから導き出される答えは?」


 ルナンはそこまで言って言葉を止める。まだ視線はテラに固定されたままだ。だんだん注視されることが嫌になってきたテラは、彼から目をそらして言葉を紡ぐ。


「アルティス傭兵団は、<イレブン>から逃げる我々にそれなりの保護をしてくれるということだな?」

「そう考えてくれて、間違いないよ」


 テラの言葉に満足したのか、整えられた顎鬚を一撫でして、ルナンは彼に微笑んだ。そしてようやく視線をレイスへと移す。


「話が大きくそれてしまったけど……レイス、君の要件を聞きたい」


 全員の視線がレイスに集まった。


「アルティス本部までの道のりは結構ある。その分の薬が必要なんだ」


 注目の中レイスはそう言って、机に出されたままのノートとペンを引き寄せた。彼の言う“薬”が結晶化病のものであることは明白だった。


「カルタス、ミラ、ティアナ、エミーナの町、四か所に薬を送っておいてほしい。このすべてに俺の友人の家と、アルティス傭兵団支社がある。住所を書いておくから、足が付かない手段で送り出してくれないか?」

「カルタス、ミラはアルティス傭兵団本部までの周辺の町の名前だね。ティアナとエミーネは少し違う町のようだけど」

「万が一のためだよ。俺達がどこに向かったとしても、薬が手に入るようにしておきたい。俺が倒れたら本末転倒だからな」


 なるほど。ルナンが納得いったと小さくつぶやいた。そしてレイスの物言いに少し不満があるのか、次に紡がれる言葉はやや侮蔑を含んでいた。


「なにを言い出すのかと思えば。私は君の主治医だよ。それくらいの頼み、聞かないわけないだろう。それなら、ここまで事情を話さずとも、手紙で私に連絡すれば――」

「状況は深刻だ。俺が<リジスト>と連絡を絶って一週間になる。三日おきの連絡が途絶えて、そろそろマラキアも異変に気づく頃だ。そうなれば、ルナン。あんたも自由に行動できなくなる」


 ルナンの言葉を遮り、レイスは続ける。その声は沈み込むように低く、その調子の変化にルナンははたと口を閉ざす。


「俺が爆弾を抱えているのは、みんな知っている。それが弱点なら、早々に狙われるのは分かり切ったことだ。だから今のうちに手を打たせてほしいんだ」


 レイスの先を見据えた話に、ルナンは言葉を失う。彼の予想は可能性の域を出ない。しかし主治医であるルナンの手足が拘束される危険性は否定できなかった。軽々しく了解して良いような、内容ではないのだと、逃走者の主治医は理解した。


「このことを知ったら、マラキアは絶対に俺達を確保しようとする。主治医のあんただって、利用されるに決まっているさ。だから、頼む! うまいくらいに<リジスト>を出し抜いて、俺の薬の手配をしてくれないか」


 やばくなったら、その時は手を引いてくれればいいから! レイスは額がテーブルに着くほどに低頭する。

 ルナンは小さく唸り、ふと手元を気にする素振りをして、何かを決心するようにレイスを真っ直ぐ見据えた。


「現実的な話、私は本来薬の手配を<リジスト>の資金から行っている。開業医ではないから、己の力で薬代を賄う力がない。実際こっそりやるにも限界がある」

「それは分かってる! でも――」

「だが実のところ、あてがなくもない」

「えっ」


 意外な言葉に、レイスは思わず顔を上げた。ルナンは相変わらず難しい顔のまま、レイスを見つめていたので、目が合う。


「近々、金が手に入る予定があるんだ。それを当てにしよう」

「?」

「大丈夫だ。任せてくれ、私は君の主治医だろう?」


 訳が分からないレイスは問いかけるように眉をひそめたが、ルナンは得意げにウインクして見せるだけだった。他の二人も訳が分からないといった様子で彼らのやり取りを見ているが、ルナンはそれ以上そのことについては言わない。


「しかし、ずいぶんと話が長くなってしまったな。スープがすっかりぬるくなっているよ」


 まだ残っていた夕飯のスープを優雅に口へ運ぶルナンは、やれやれと苦笑いを浮かべる。リオールが慌てた様子でスープをスプーンで掬い始めた。気を遣っているのがよく分かり、ルナンはレイスとテラに肩をすくめて見せる。


「さあ、今日は疲れているだろう。話はこれくらいにして、少し休むといい。私は多少の余裕があるが君たちは、明日にでもここを発つのだろう?」

「ああ。ありがとう、ルナン」


 疲れている。ルナンが口にしたことで、食事もそうであったが、休息も満足にとれていなかった事実に気づかされた。もちろんいままで緊張状態が続いていて、疲れを感じていなかっただけだが、意識し始めるとそういう訳にはいかない。レイスはまだ気になることもあったのだが、このまま話し続けたら夜が明けてしまうと判断し、ルナンの言葉に甘えることにした。


「夕食を終えたら、湯を沸かしておくからリオールからお風呂に入りなさい。寝室は二階の病室を使ってくれ。寝台は少し埃をかぶっているかもしれないが、我慢すれば何とかなるだろう」


 私は診察室で過ごすから、他の部屋は好きに使っていいからね。ルナンは早々に食事を切り上げ、己の食器を流し台に引き上げる。そして戸棚からマッチを取り出し、部屋から去って行った。


「レイス。俺はあいつを信じることにした。いろいろ気に入らないことも多いが、もう何も言わん」

「え?」


 呆気にとられていたレイスは、テラのセリフに驚いて顔を上げる。


「お前を信じるんだ。お前が信じる者なら、それを信じなければ道理に敵っていない」

「あ、ああ」


 テラは恥ずかしげもなく口説き文句のような言葉を吐く。レイスは背中がかゆくなるような気持になったが、さて、と席を立ったテラが玄関へと向かったのでつられて立ち上がる。


「……少し外に出たい。悪いが簡単に散歩コースを見繕ってくれ。この庭は罠だらけなのだろう?」

「ああ、散歩……そういうことか。それなら家の周辺を回るくらいなら大丈夫だ」


 頷くテラは、大股で外へと出ていった。見送るレイスはその背中が一瞬歪んで見えたように見えて、はたとあることを思い出す。


 薬が切れる。会話に集中しすぎて発作を抑える薬を飲むことを忘れていた。

 慌てて腰のバッグを探って薬の入った瓶を取り出す。テーブルには四つの錠剤が並んだ。塗り薬も含めれば、レイスに与えられた薬は五種類。ルナンには冷静に状況を言ったものの、決定的な弱点が己自身にあるというのは悔しい、と彼は唇を噛んだ。


「レイス、大丈夫?」


 レイスの視界に水がなみなみ入ったコップが入り込んだ。顔を上げると、深刻そうな顔をしたリオールと視界がぶつかる、薬を目の前に、険しい顔をしているレイスを心配したのだろう。


「あ、ありがとう」


 微笑んで左手でコップを受け取ったレイスは、薬を口に入れて一気に飲みこんだ。



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