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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第二幕 ―承―
55/68

医者と患者とその他二人と一匹 2

「ルナン! この本はどこに置くんだ?」

「それは戸棚の中。しっかり埃を払ってから入れて」

「あの……こちらの本は?」

「それは処分しようと思っていたものだから、外に出しておいてくれるかな」


 騒がしい音がルナン邸から途切れることなく聞こえてくる。それは埃を吐き出す箒が床を擦る音であり、倒れた本棚を動かす摩擦の音だったりと実に様々だ。

 先ほどの爆発はルナン邸内部をめちゃくちゃにしていた。棚という棚は倒れて、積み上げてあったであろう本は雪崩れ、食器も割れて床に散らばっていた。片付けをするレイスとリオールは手を休めることなく部屋を動き回っている。


「耳の痛みはもうないのかい?」

「ああ」

「耳鳴りはしていないかな?」

「……ああ」

「聞こえが悪いとか、そういったことはないかな?」

「…………ああ」

「違和感はないかな。耳だけでなく頭とか鼻には痛みとか」


 一方、片付けが終わっている入口近くの机では、医師と患者の問答が繰り広げられている。ルナンは、テラの耳を診てはカルテらしいものに記入している。時折似通った質問が繰り返されているのだが、本人は気づいていないようだ。


「ルナン! この瓶さ、割れずに残ってたけど、どうする? 薬品とかなら変に俺が動かさない方がいいだろ?」

「こっちにもあります!」

「そうだね。割れてない瓶はこの机に避難させようか。悪いが持ってきてくれるかい」


 テラとの会話の合間にも片付け組からの声が飛んでくる。ルナンはそれらを軽く捌きながら、カルテから目を離してテラを見た。


「じゃあ次は」

「俺は大丈夫だ。もう音もしっかり聞こえてくるし、痛みもない」


 うんざりしたテラの言葉が唸り声のように低く響く。長々とした診察にうんざりした彼は、眠そうな目で窓を見上げ、烏の舞い始めた赤い空を眺めた。

 そろそろ日が暮れる。今日はここを動くことはできないだろうとテラは思った。突然の爆発と共に現れたルナンだが、それはテレポートという移転魔法で、かなりの力が使用されたのだという。レイスが何を考えているかは分からないが、こうやってその魔法の二次災害の後片付けをしているあたり、今日一日はこの家に厄介になるつもりなのだろう。テラはそう考えて、座らされている椅子から立ち上がった。


「もう診察はいいだろう。俺としては今後の話を」

「ダメだ」


 しかし心配性のルナンはしぶとく、席を立とうとしたテラの腕を掴む。その力が妙に強く、テラは掴まれた方へとつんのめってしまった。


「いくら君が身体共に鍛えていたってね、耳はそう簡単に治らないものだよ。仮に聞こえるようになっていたとしても、耳に負担が掛かっていた事実は変わらないからね」


 薬を塗るから座りなさい、とルナンは彼を席に再び座らせた。


「……こいつはいつもこんな奴なのか?」


 流石に耐えきれないのか、苦々しい顔つきでテラは深くため息を吐く。こぼれ出た言葉は、瓶を器用に片腕で抱えて近づいてくるレイスに向けられた。


「残念ながら、これはどうにもならないな。俺の経験から言うと、大人しく言うことを聞いている方が早く終わる」


キュ~~ン


 レイスの右肩に乗っているアミーと目を合わせれば、彼女もそうだと言わんばかりに鳴くのでテラは頭を抱える。


「瓶はここに置いとくから」


 ご愁傷様とことばを添えて、瓶をカルテの横に並べるレイス。その表情は苦笑を湛えていた。


「……面倒だ」

「はいはい、医者はみんな煩いことを言うものだからね。レイスの言う通り、大人しくしてくれ」


 ルナンは散々言われているのにもかかわらず、しれっとした様子だった。この手の文句は聞き慣れているのだろう。逃げ場のないテラはむ、と口元を歪めて項垂れる。そこへ、


「……だっ!!」


 なにやら冷んやりとしたモノが耳に入り、テラは慌てて顔を上げる。


「ほら、動かない」


 どこから取り出したのか、平べったい瓶を手にしたルナンが、匙のようなモノに塗り薬を乗せてテラの耳を凝視していた。


「念には念を、ね。少しヒリヒリするが初めだけだから我慢して」


 テラは抵抗することをとうとう諦めた。




 *****




「なんだか、テラさん意外だね。お医者様が苦手なんて」


 机から離れ、テラの苦々しい声を背中に再び片付けを再開しようとしたレイスは、箒と持ったままぼんやりしているリオールの零す言葉に失笑する。


「違うよ、リオール。あれは医者だから苦手なんじゃなくて、ルナン自体が苦手なんだよ。俺もあのしつこさには毎度ながらまいってる」

「しつこい? 私にはそんなふうには感じなかったよ」


 首を傾げるリオールは、己の右足へ目を落とした。


「手際は良かったし、魔法の構築も凄い」


 リオールの右足にあった大きな擦り傷は綺麗になくなっていた。

ルナンが、魔法で治療したのだ。 

 リオールが魔法を使えば体力を大幅に消耗することに対して、ルナンは息一つ乱さずに治療をやり遂げてみせた。それに彼女は驚きを隠せないようで、何度も己の足を観察している。


「さて、リオ。この荷物を運んだら、次はどうすればいい?」


 アミーに前足で肩を叩たかれる。さっさと片付けろと催促されているようで、レイスはリオールの後ろに纏められた数冊の書籍に目をやった。


「え? あ、それで終わりだよ」


 もうそんなに片付けは進んでいたのか。リオールの返答に目を丸くしながら、レイスはその本を脇に抱え、抱えきれない分は手に持って歩き出す。

 片付けが進んだことで、部屋の全容が分かるようになってきた。

ルナン邸は煉瓦造りの二階建てで、玄関を南に向け、一階は簡易な診察室とダイニングキッチンがある広々とした一間続きの部屋となっている。ダイニングキッチンと診察室との間には小さな空きスペースがあり、木製の床には、チョークで円やら文字やら記号やらが描かれていた。おそらく魔法に必要な類のものだとレイスは考え、慎重にそれらを避けて歩く。


 さらにあたりを見回すと、壁の隙間を埋めるように棚が置かれているのが分かる。それらにギッシリと医学書やカルテのファイルが並べられているので、どこか窮屈な印象を受けた。広いはずの一階のスペースは、多くの本で占められているが、それはルナンの医師としての勤勉さを物語っている。


「片付け大分出来たみたいだね。いやぁ、お疲れ様!」


 手を叩く音で意識を前方に向けると、治療を終えて席を立ち、こちらに向かって来るルナンが間近にまで近づいていた。


「お疲れ様」


 ルナンはにこやかに笑いながら、すれ違いざまにレイスの左肩をどつく。


「危ないな! 荷物持ってんだぞ」

「いやぁ、片付けが苦手なレイスがこんなに綺麗に早く掃除ができるなんて、私は感動したよ」


 レイスはバランスを崩しかけたのを何とか持ちこたえると、ルナンを睨んだ。しかしルナンは気にも止めていない様子で、相変わらず微笑みながら奥のリオールの方へ向かう。


「これも君のおかげかな? お嬢様さん」

「えっ、いえ。私はただ」


 リオールは、笑みを浮かべるルナンの顔を直視できないようで、顔を少し赤くして顔を背けた。


「君はレイスとどんな関係なんだい? ずいぶんと仲がいいみたいだけど」

「レイスは私の恩人です。私は助けていただいたんです」


 ルナンのいう、レイスとの関係という問いにリオールは少し考えて答える。


「そうか。恩人か」


 ルナンは頷いて、リオールの肩に触れようとしたが、何を思ったのかそのままの姿勢で固まった。


「縹色の髪……」

「ど、どうしたんですか?」


 突然のルナンの変化に、リオールは戸惑う。彼はリオールの髪をひたすら見つめていたが、数秒もするとにこやかに微笑み、視線を彼女の瞳に合わせた。


「いや、綺麗な色の髪だと思ってね。ほら私の髪、ところどころ色が抜けているだろう?」


 ルナンは栗色の髪の中に混じる金色の髪をさして弁解する。しっかり見ていなかったので、気づかなかったが、彼の髪は疎ら色だとリオールは気づく。


「これワザとやっているんじゃなくて色素が抜け落ちてしまうみたいなんだ。だからその珍しい色の髪が少し羨ましいと思って」


 ルナンはそう言って、リオールの肩に触れようとしていた手で己の頭を小突いた。それがなんとなく話を逸れせようとしているように感じて、リオールは続けて問おうと口を開き、


ぐぅ


 自分のお腹から発せられたとんでもない音に固まった。そして、己が昨日の魚以降何も食べていなかったことを思い出し、恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。背後でレイスが小さく笑うのが聞こえた気がして、俯くしかできない。


「レイス……」


 頭の上からレイスをたしなめる声が飛び、更に入口の方からはデリカシーのない奴、と言う声まで聞こえてきた。リオールはいたたまれなかったが、レイスが小さく謝っている言葉を聞いて、小さく笑ってしまう。


「気がつかなくて、すまなかったね。そろそろ日も暮れるし、夕食を用意しよう」


 肩を震わせるリオールに、安心すると、心底申し訳なさそうに声を掛けるルナン。彼は俯いてしまったリオールと視線を合わせるようにしゃがみ込むと、言う。


「倉庫に何かあると良いのだけれど、手伝ってくれるかな?」

「はい……」


 リオールはまだ赤い頬を両手で抑えながら、大きく頷いた。




 *****




 やがて空は茜色から深い藍色へと変わり、ルナン邸に明かりが灯る。ランプは、油を注いで火を灯すだけの簡素なものであったが、ルナンはこれ以外の照明を持ち合わせていないのだと沢山のランプを運んで来た。

どこまで原始的なんだと愚痴るテラと、それをなだめるレイスが全てのランプに火を灯した頃には、夕食がダイニングテーブルに運ばれ始めていた。


 拳大の丸いパンがテーブルの中心に並ぶ。保存用のパンは硬く、ややパサついているように見えた。続いてそれを見越して作られたベーコンとトマトペーストの入ったスープがテラとレイスの目の前に運ばれてくる。立ち上る湯気と漂ってくる香辛料の香りに食欲を掻き立てられて、思わず目が釘付けになった。しばらくまともな食事にありつけていなかった者たちは一斉に息を飲む。


「あいにく、しばらく帰ってなかったから保存食くらいしか見つからなかったんだ。質素なものしかないが、沢山食べていいからね」


 客人に出すものとしては些か地味だね、とルナンは苦笑して席についた。手伝いをしていたリオールも借りたエプロンを外しながら席に向かい、足元にじゃれ付くアミーに木苺や専用のクッキーなどを乗せた小皿を与える。


「ではいただきましょうか」


 ルナンの一言が合図だと言わんばかりに、さっそくレイスが中央のパンの山に手を伸ばす。テラも初めは用心深く全ての料理を少量ずつ口にしていたが、安全だと分かった段階で食事の速度が勢いを増した。


「美味しい!」


 がっつき始める男二人を横目にリオールも、スープの味に大いに感嘆の声を上げていた。


「いやぁ、本当に保存庫にあった食料と調味料くらいしかなかったけど、それでも喜んでくれると嬉しいよ。あれかな、干し肉をメインに使わずスープのダシに使用したのが良かったのかな」


 褒められて気分が良いのか、ルナンはニンマリと口元を緩める。知性的でいかにも医師といった風貌から、茶目っ気のある笑顔が現れたことが印象的だったのか、リオールもつられて笑みをこぼしていた。


「レイス、そのパンを取ってもらってもいい?」


 向かえに座る男二人がパンを勢いのままに取るため、パンの乗る皿がリオールの届かない位置にまでずれ動いていた。レイスに頼むと、笑顔で応える彼は食べかけのパンを口にくわえ、空いた左手で器用に三つのパンを掴んで差し出そうとした。


「おっと……!」


 残念なことにパンは彼の指先から零れ落ち、慌てて差し出したリオールの手の平に収まった。手の中の丸々としたパンを見つめて安堵するリオールは、顔を上げて小さく吹き出す。


「レイス、大丈夫?」


 レイスは手の中に残る二つのパンを見つめたまま悔しそうにしている。その表情は、そんなにパンを落としたことが悔しかったのかと、伺いたくなるほどに愕然とした様子だった。リオールがそれを指摘すると彼は苦笑いを浮かべて罰が悪そうに俯く。それが叱られた幼子のようで可愛いと不覚にも彼女は笑う。だいたい一度に三つも掴もうとするのがいけないんだろう、行儀が悪い。と横から冷たい言葉が飛んできて、うるさいな、とむくれるのがまた面白い。リオールは気づけば声を上げて笑っていた。


「さて、そろそろ事情を話してもらおうかな」


 食事を始めて十分ほどたった頃、タイミングを見計らったようにルナンが口火を切る。一同が一斉に匙を止め、彼へと視線を向けた。


「ただならぬ事情であることは、なんとなく雰囲気で分かるけど、聞かせてくれるんだよね?」

「ちょっと待て」


 まず初めに言葉を返したのはテラ。彼はルナンを遮ると、隣に座るレイスに目を向けた。もちろんレイスもその視線をそらすわけにもいかず、自然とテラと向かい合う。


「俺としてはこの医者が信用に足る人物であるかどうかを確認したい。こちらの話の前に、しっかりと説明すべきだろう」

「まあ、そうだな……」


 レイスはその迫力に押されつつ、何故か目を泳がせる。どうしよう、と考えあぐねている彼の表情にもしやと、嫌な予感がテラの頭によぎった。


――もしかして何にも考えずに助けを求めたのか!


 そう思ったときにはテラの体は動いていた。


「私の素性を明らかにしろ、そういうことだね。テラ」


 だが名前を呼ばれて、レイスの胸倉を掴もうと伸ばしかけた腕を止める。心臓を鷲掴みされたような気持ちで声の主へと視線を投げれば、ルナンが真っ直ぐにテラを見据えており、目が合うとニコリと笑った。


「君の心配することは正しい。ただあまりに不安を露呈してしまうと、相手に弱点を読まれることになるから気をつけなさい」


 テラの顔に狼狽が掠める。しかしそれは一瞬のことで彼は直ぐに口元に笑みを貼り付けた。彼を纏う空気が鋭いものへと変わり、レイスは咄嗟に剣の柄へと手を彷徨わせる。


「お前は俺の一言を、弱みと捉える目論見を持つ輩なのか? なら話は早い。直ぐにでも斬るぞ」


「警戒するのは一向に構わないが、物騒な話はよそう。とりあえずは食事中なのだから」


 一触即発というのはこのことをいうのだろう。あくまで穏やかな姿勢を崩さないルナンと、あからさまな敵意を全身から滲ませているテラ。食卓は一気に静まり返り、アミーが皿を突ついている音だけが甲高く響く。


「俺から紹介させてくれ」


 沈黙に終止符を打ったのはレイスだった。彼は意を決したように一同を見渡して、その視線をルナンで止める。


「ルナン・ラインハルト。彼は医師で、結晶化病の治療の研究をしている医療バカだ。今は<リジスト>……アバランティアエネルギーの独占と、領地強奪を強行する<イレブン>のやり方に反対しているレジスタンス的な意図の強い組織で、団医をしている」

「問題がどこにあるのか、お前は分かっているんだろうな? 俺は奴のパーソナルデータなんて全く興味はない」


 眼力で相手を殺すことができるのではないかと思えるくらい、レイスの向けられた視線は鋭く、重い。


「俺は怪我の治療をしてくれて、まして食事まで提供してくれるような奴が悪人だとは思いたくはない。けどな、人は立場が変われば敵にもなる、それはどれだけ相手が聖人だとしてもだ」


 テラの言うことは分かる。それはここに行くと決めた時にレイスも考えていた。それでも彼はルナンを頼りたかったのだ。近くにいるのなら尚更。


「ようするに」


 どうしたらテラに自分の考えが伝えられるのか……考えあぐねていると、ルナンが割って入ることで思考は遮られた。


「私が<リジスト>の人間であることが問題なんだろう? 違うかい?」


 ルナンがテーブルに肘をつき、顔の前で指を組む。非難されてるのに、彼の表情はあくまでも冷静で、穏やかな笑みですら口元に浮かべている。それがなんとなくシャクに触るテラは睨む目に力を込めた。


「なぜそう思う」

「なぜもなにも、それしか私には考えられないからさ。私は医者で、レイスの顔見知りで、一人こうして君達の前にいる。正直たいした影響力のある男じゃないだろう? それでも警戒を示すのは、私の職場が<リジスト>だからとしか考えられないよ。まして君達は<イレブン>から逃げてきたっていうじゃないか。組織間の問題であることは、私でなくても推測できるよ」


 言い返そうとするテラをルナンは一瞥することでとどめ、更に言葉をつないだ。


「だが先に断っておくけど、所詮私は医師だからね。組織同士の抗争は怪我人を増やす上に、物を破壊する。そんなものに手を貸すことはしていないし、したいとも思ったことはないよ」


 眼鏡のレンズが、ランプの光を反射してルナンの瞳を隠す。嘘偽りないんだな、とテラのこぼす言葉に吟味するような素振りを見せ、ルナンは眼鏡の位置を整えた。


「君が心配しているのは、私が君達のことを<リジスト>に報告して、君達を戦いの道具として利用しようとすることだろう? 馬鹿馬鹿しい。私がもしそうしようと考えているなら、とっくに君達の食事に睡眠薬でも混ぜ込んでいるよ」

「信用しろと? 悪いが、俺はこのお人好しと違って色んな可能性を考えているものでな。気分を害しているとしても謝らないからな」


 テラは隣りのレイスを顎で指し示しながら、相変わらずの疑心満々な顔でルナンを見る。ルナンはうんざりするようにため息をついた。


「何度も言うが、私は医者だ。<リジスト>にいるのも、結晶化病の研究費用を出してくれるという条件で雇用されている。君達の話し云々が、自分の利益になるとは到底思えないよ」


 それに、と彼はテラをまっすぐ見つめる。


「勘違いしないでくれ。私は、興味本位や利益目的で、話を聞きたいと思っているわけじゃない。レイスがここに来たから、話を聞きたいと思ったんだよ」


 テラはルナンの言葉、表情、呼吸に至ってまで観察していた。人は嘘をつく時何かしらのサインがある。テラはそれを探していた。ルナンの言葉からは誠意が感じられる――それは認められる。それでもテラは疑いを捨て切ることができない。


それは責任感が引き起こしていることだということを、彼は気づいていない。

 レイスはお人好し故に、考えが足りないことが多すぎる。せめて自分が慎重にならなければと彼は無意識に疑心を頭の片隅にとどめるようにしているのだった。


「私を頼ろうと思ったのには彼なりに考えがあるからだ。漠然としていようと、中身がなくても。私はその思いを裏切りたくない」


 事情をよく知らないルナンだが、テラの慎重な態度に好感が持てた。彼が、自分に敵対心を向けるのは、レイスやリオールを守ろうとしているのだと分かるからだ。彼こそ一番の人好しではないだろうか。ルナンは心の中で忍び笑いながら、ひたすらテラを見つめる。


「お前はレイスの味方だな?」

「……そうありたいと思う。私は君の言う聖人かもしれない。それでも協力したいと思っている。気に入らなければ、話したあとに私を斬れば良い。抵抗はするが、今日はテレポートや治療で魔法を使いすぎた。大した反撃はできないよ」


 二人の視線がぶつかって約一分。

 長い沈黙の末、折れたのはテラだった。


「お前がレイスと同じタイプの人間だということは分かった。暑苦しい集団ばかりなのか、こいつの周りは」

「褒め言葉として、受け取っておくよ」


 ルナンは深く深く息をついた。



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