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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
46/68

漆黒の騎士 2

 一秒がとてつもなく長く感じる。


「じ……ジアス……?」


 騎士の反応は、善が危惧するものと異なった。古き友の名を、騎士は初めて聞いた単語を幼子が口にするように、何度も繰り返す。


「私は馬鹿か……」


 相手はハザードだそ。化け物なんだ。ジアスは人間。全く関わりが無いじゃないか。善は黒い騎士の反応に、安堵と苛立ちを混ぜ合わせた何とも言えない気分になった。

 しかし、黒い騎士の特徴のある戦い方はジアスそのもので――


「危ないっ!!」


 善は、誰かが叫ぶ声で我に返った。思考に耽っている間に黒い騎士は、善と距離を詰めてきていた。先程とは違う、狙いを定めた正確な剣筋。善はグローブの甲部分に付けられた、金属のプレートで剣を弾き返し、隙を狙って反撃を繰り出そうとしては、剣を握らない間体全体を使う、黒い騎士の体術に阻まれる。


 両者一歩も退かぬ戦いを展開していた。


 騎士の繰り出す剣を可能な限り身のこなしだけで避ける。善のグローブのプレートだけで、勢いのある斬撃を止めるのには限界があるのだ。しかし、大きくステップを踏み、剣の軌道から離れると、体の軸がブレるため、善自身の攻撃にも正確さがなくなる。


――攻撃に転じれば、確実に斬られるのが分かっているからこそ、彼は大きく動けない。


 そんな中、視界の隅にふらりと現れた存在を見つけて、善は体力を削り合う小手先の戦い方を一変させて、黒い騎士に突撃した。


「……愚か……な」


 騎士は、真っ直ぐ突っ込んで来る善へ、牽制をかねて、剣を水平に薙ぐ。それに対し善は、回避はせずに、刃が掠めるような所で一時停止した。何を思ったのか、彼は迫った剣の腹に一瞬指先を付ける。


「ハァ!!」


 そして善は相手が切り返す前に、助走もつけずに跳躍し、騎士の体の左側に移動した。しかし、その距離は一メートルと離れていない。騎士は剣の間合いに善がいることを気配で感知し、そのまま剣を先程と同じように水平に薙ぎ払おうとした。


「?」


 だが、騎士は剣を振ることができない。体が金縛りにでも合ったように動かないのだ。困惑しながら、原因を探ると、剣の刃に透明な、糸のようなものが引っ掛かっているのを見つける。蜘蛛の糸のようなそれは、剣から始まり、騎士の腕、胴体に絡み付き、彼の行動を阻んでいた。


「今だ!」


 糸の先が、善のグローブに繋がっていることに気づいた頃には、善は次の手を行動に移していた。

 騎士の甲冑に、弾丸がめり込んだ。訳も分からず、騎士が視線を後ろに向ければ、


「……着弾……確認、しました」


 そこにはイヨールに体を支えられながら、銃を構えたケイスがいた。

 更に、再び崩れ落ちたケイスを支えたイヨールが追弾する。メキッ、バキッ、と嫌な音をたてて、次々に甲冑に、時には巨大な片翼に弾が打ち込まれていった。


「リーダー、早くそこから離れてください! 危険です」


 イヨールがオートマチックの銃を掲げながら叫ぶ。善は、騎士の動きが強張るのを確認して、力を入れていた拳を開いた。

 黒い騎士を縛り付けていたのは、糸ではなく、細く鋭利なワイヤー。グローブに仕込まれているそれは、まるで生き物のように、うねり、再びグローブに素早く収納された。


「……ぜ……ぜ……善……」


 騎士はイヨールが銃弾を撃ち尽くしても倒れず、空に逃げようとしていた。ただダメージを受けているのは確かであるようで、穴の空いた翼を広げ宙に浮くまで、かなりの時間を費やしている。


「ハザードが逃げていくぞ!!」


 “リーダー格”の負傷は、ハザード全体の士気に影響を及ぼした。至る所で兵士と戦闘していたハザードが逃走を計ろうとしている。


〔無理な追撃はしなくて良い! そのまま成すがままにさせろ!〕


 善は騎士から離れると、マイクがある位置にまで走った。よってか、スピーカーから流れる、拡張された声は酷く荒々しくなってしまった。


「……よろしいのですか? このままハザードを放っておいて」


 ケイスを半ば引きずるようにして、近づいてきたイヨールは、冷淡に善に問う。


「今はハザードを痛め付けている場合ではないだろう」


 善は険しい表情で、やむを得んと唸った。


「そうでしたね」


 彼の司令官としての判断に、イヨールは否定せず、深く頷く。そして、来たときと同じように群れを成して逃げていくハザードを無表情に見つめた。


「しかし、人型のハザード……。いたんですね、本当に」


 イヨールの目に、ボロボロの翼を羽ばたかせ今にも墜落しそうな黒い騎士の姿が映る。

 善は何も答えなかった。ただ、騎士の姿を目に焼き付けるように睨みつけ、感情の何もかもを捨てるよう息を吐き出すと、視線を陸地に戻す。


「全員、引き上げる! 負傷者に手を貸してやれ」


 号令。

 善は、不本意ながらも、そう指示することしかできなかった。



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