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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
45/68

漆黒の騎士


 乾いた銃声。

 狙いは正確だった。


 空気抵抗や重力の影響を含め、正確に計算されて放たれた弾丸は、目に見えないほど微かな放物線を描いて、レイスのこめかみを貫く――


「………させ……な……い」


 はずだった。


『なっ!?』


 ケイスと善は同時に目を見開く。周りで駆け回っていた兵士はその大きな声に思わず立ち止まった。


「……リオール……連れていく…のが……使命」


 暗い空に溶け込む黒い甲冑。それとは対照的で不釣り合いな白く大きな片翼。以前花畑に押し寄せた、人型ハザードが突然現れたと思えば、レイス達への弾道を塞いでいた。


「黒い騎士のハザード!」


 善は信じられないものを見たと、驚愕した。ケイスなど、次弾を装填もせず、銃から薬莢を出すことすら忘れ、口を開けて固まっている。


「何故、ハザードが!?」


 黒い騎士は、前回のようにドラゴン型のハザードを従えていない。空では、片翼だけで器用にホバリングしていた。大剣を体の前に構えて盾にし、ケイスの弾丸を阻んだようだった。


「このタイミングで……!」


 善は唇を噛みちぎりそうなほどの、焦燥感を味わう。レイス達を乗せた鷲は風に乗って、ぐんぐんと高度を上げ、ケイスの着弾可能な範囲から外れていく。


「ケイス、構わん、撃て! レイス達を逃がすなっ」


 驚いている場合ではなかった。善はケイスへ指示を投げる。固まっていたケイスは頭で考えるよりも先に、薬莢を捨てて次弾を装填し、スコープを覗き込んだまま、崖の端へ走った。


「……生きて…連れていく……死なせない」


 言葉は以前と比べて滑らかだ。黒い騎士は言葉が上手くなっている。善は花畑で遭遇した時の事を思いだし、そう感じた。


「仕方ない……戦え!」


 黒い騎士はぶつぶつと言葉を紡いで、口に指をくわえた。


ピィィーーイッ


「危ないっ、ケイス!」


 次の瞬間、ケイスの体は真後ろに吹っ飛んだ。


「なんだ……このハザードの数は!?」


 ケイスを襲ったのは、黒い騎士のドラゴン型を先頭とした、何十というハザードの大群だった。一体、どこから沸いて出たというのだろうか、善は反射的に拳を作り、戦闘体勢になる。


「ケイスーー!!」


 まともにハザードの突撃を受けたケイスだが、流石というべきか、彼は引き金を引くタイミングを最後の最後まで待ち、発砲していた。怯まず、チャンスを逃さない。その狙撃者の誇りが、彼に突撃を回避する反応を遅らせた。


「届けぇええ!!」


 そんな彼を助ける為に俊足のターナーが飛び出し、両腕を突き出してケイスの全身を飛び込むようにしてキャッチする。


「下がれ!」


 ケイスをキャッチしたのを確認した善はすぐに彼等の前に踊り出て、追撃してくるハザードを拳で殴り飛ばした。そして、グレイスへ視線を投げる。


「総員、武力による攻撃を許可する! 自分の身は自分で守れ!」


 視線を受け取ったグレイスは了解の返事もせずに、声を張り上げた。非常事態に、混乱をきたしている集団ほど脆いものはない。グレイスは双刀を振りかざし、本部へレイス追跡を要請している兵士を庇うように立つ。身を守れとは言ったが、現状報告も必要だ。レイス達は逃がしてはならない、例え想定外の出来事が起きたとしても、絶対に。


「ターナー、ケイスの様子は!?」

「気を失っているだけです」


 なだれ込むように現れるハザードを次々と捌いていく善。彼は振り返ることなく、ターナーに尋ね、ケイスの無事にひとまず安堵した。


「そうか。ターナー、ケイスを抱えて下がれるか?」

「多分いけます。しかしリーダー、一人じゃ!」


 無茶だ。ターナーが声を荒げる。善は誰よりも前に立っている。よって彼に襲い掛かるハザードが多すぎるのだ。善は涼しい顔で一体一体を一殴りで倒しているが、それもいつまで続くか分からない。


「お前達がここにいても邪魔になる。早くしろっ!」


 善は怒鳴った。

 今の彼には保身を考えられるほどの余裕は無い。ケイスが最後の最後に放った弾丸も、道を阻む黒い騎士が弾き返したらしく、レイス達を乗せた白き鷲は、今では遥か彼方の星の様に小さくなっていた。


「くそっ。次から次へと、何がどうなっているというんだ!!」


 頭が回らない。いくらなんでも、事態について行けるはずがなかった。善は現状の悪化への苛立ちや、己の失態から沸きだつ怒りをぶつけるようにハザードを殴り、蹴り飛ばす。


「リーダー!!」


 シエルが、鞭を蛇のようにしならせ、ハザードを叩き落しながら善に近づいてきた。


「ケイスはぁ、ターナーがイヨールさんにぃ託しましたぁ。リーダーもぉ早く下がってくださぁい!」

「分かった」


 善は高く飛び上がって縦に並んで飛んでいたハザードを踵落しで一掃し、走る。


「シエル、お前は他の小隊……特に狙撃班の候補生の援護に回れ」

「はぁい」


 走りながらも、善は状況把握を怠らなかった。とっさにシエルを戦力不足になっている位置に配置する辺り、彼の頭には冷えた部分が残されているようだった。

 しかし、善のそんな援護も大した効果を成さないほど、現場は混沌と化していた。兵士の数を遥かに超えたハザードに押され、戦場となった森では、兵士達が血みどろになりながら戦っている。善とグレイスの初めに下した命令のおかげでパニックは防げたものの、指揮系統が麻痺し、兵士達にはもはや団体としての纏まりなどあるはずがない。


「オラオラ! ハザード共、来るなら来い! 俺が相手だ」


 そんな苦しい戦いの中、ケイスをイヨールに託したターナーが、何やら巨大な銃器の様なものを肩に抱えて、ハザードの最も固まっている位置へと走っていた。


「死にたくない奴は、どけぇ!!」


 迫力あるターナーの叫びに、その近くで戦う兵士達が、訳も分からず、転がるようにその場を飛び退いていく。


「くらえ!」


 数秒後、機械の端子の様な先端から、赤い光線がほとばしった。それはハザードを突き抜けたと思うと一瞬でそれらを溶かし、灰に変えた。目の前を塞ぐハザードが一瞬で半分ほど消えた為に、威力の凄まじさから、味方側から歓声が上がる。


「……威力はあるが、器が持たない。光線の熱で先端が焼け付いて、二発以降が撃てない。まだまだ実用化には程遠いんだなぁ、コイツ」


 そんな騒ぎなど、耳にも入らない様子で、文句のようにあれこれ呟く、ターナー。彼はその場にその銃器を投げ捨て、どこからか用意した木箱から、新たな銃器を手にした。どうやら、ターナーの開発した武器のようだった。

 流石だな。とつい見入ってしまった善は、自分がイヨールのいるところまで下がったことに気付くのに少し遅れた。


「リーダー!」


 イヨールはケイスを木に持たれかけ、近くによって来るハザードを小型の銃で撃ち倒していた。善が近づいてきたことで流れ弾を警戒した彼女は引き金を引く指にかけた力を抜く。

 油断は、判断を鈍らせる。善が背後から迫る“気配”を感じたときには、本能的にイヨールを押し倒していた。安心した表情になりかけていたイヨールは突然の事に訳が分からない。


「えっ……?」


 頭を抱え込むように倒され、イヨールは赤面する顔を隠す術がなかった。だが、善は視線を木の幹に向けており、そんなことは目にも入っていないようだ。


「危なかった。イヨール、ケイスをもっと後ろに下げろ。ここは危険だ」


 善の視線を追いかけたイヨールは、幹に刺さった大剣を目にして、思わず息を止める。


「……外れ……か……」


 大剣は、さっきまでイヨールの頭があった位置に突き立っており、軌道を辿れば、空に漂っているだけだった、黒い騎士のモノだと気付く。彼はイヨールの背ほど長さのある大剣を真っすぐこちらにむけて投擲したのだ。


「早く!」


 善はイヨールを立たせると、ケイスを彼女に託して、黒い騎士に対等するように睨みつける。


「ぜ……ぜ……ぜ!!」


 黒い騎士は、善と目を合わせると、今まで言葉として辛うじて成立していたはずの口調が一変した。再び壊れかけた無線機のように、訳の分からない声が彼の口から零れる。


「さぁ、騎士。お前はこの事態をどう終止をつけるつもりだ?」


 善は、イヨールが完全にその場から離れたことを確認して、黒い騎士へ問いた。

 問いに対する返答は無かった。


 その代り、善の上半身に凄まじい圧力がかかった。それが黒い騎士の体当たりだと気付いた時には、後ろに投げ出されていた。


「――くっ」


 善は、飛ばされた衝撃を後転することで立ち上がる力へと変換した。その間にもハザードが襲い掛かってくるため、リーチのある足技でそれらを黙らせる。

 息を整え、黒い騎士の姿を探すと、木の幹に投げ刺した大剣を引き抜いていた。


「……ぜ……ぜ……」


 言葉は今だに意味を成していないが、騎士は前回の様に逃げる気は無いらしく、大剣を善にむけて突き出してくる。


「来る気か? 好都合だ。お前を倒さない限り、ハザード共の組織的な動きを止められないからな。速いことに越したことはない」


 時間がないのは事実だ。

 脱走者からのリオール奪還は失敗。ハザードの登場で兵士達の間に纏まりが無くなってしまった今、立て直して、リオールを追跡するには、ハザードを組織的に動かす“リーダー格”を早々に潰すことが必須条件になる。

 それが遅れれば、全ての対処が後手に後手に回っていくだろう。逸れだけは避けたかった。これ以上、特殊部隊に負荷がかかる失態を増やしてはならない。善は、焦りからか、黒い騎士へ自ら突っ込んで行った。

 騎士との距離をつめた善は、腰を落して、相手が動きだす前に懐へと入り込む。そして相手の足元で急停止した後、足の関節をバネにして相手の体にぶつかるすれすれの位置で飛び上がった。

 相手は甲冑を纏っているのだから、打撃に対するダメージは半減する。だが、その分警戒は薄い。現に懐に入られたというのに黒い騎士は大した行動を起こさない。

 その隙に、善は相手の顔に接近し、甲冑に覆われていない数少ない部位――首を右手でわし掴んだ。


「ハッ!!」


 そのまま、右肘を相手の肩に押し付け、ガッチリ固めて、騎士を大剣が刺さっていた背後の木の幹に頭から叩き付けた。

 更に、喉を潰す勢いで首を掴む右手の指に全力を注ぐ。空いた左手は相手の腰に当て、そう簡単には動けぬように押さえ付けた。

 これで相手の動きを封じたつもりだったのだが。


「がぁっ!」


 呻き声を上げたのは、善の方だった。

 原因は、体を押さえ付けられた黒い騎士が、せめての抵抗と善の胸元を掴む、左手だった。急所を取ったことから、その手の存在を無駄な足掻きだと、気にせずにいたのだが、左手が胸を圧迫する力は凄まじく、指先は骨を掴み、肋骨を捩曲げようと更なる圧をかけてくる。善は息が出来ないだけでなく、胸にかかる激痛に、本能的に相手を離して、大きく距離を空けた。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 何と言う力の持ち主だろう。善は胸を押さえ、体勢をくずし、荒い息を整えようと片膝をついた。

 黒い騎士もダメージを受けている様で、大剣を地に突き立て、しきりに咳をしている。


「ぜ……ぜ……」


 しかし、先程から零れる、言葉にならない声は何を伝えたいのだろうか。何を言いたいのだろうか。

 善は息が整ったところで、再び構えをつくり、相手がまだ苦しそうにしている間に、己の拳にグローブをはめた。

 素手で立ち向かうには少々難がある相手だ。善は厚手の革で作られた黒いグローブが手になじんむのを確認して、しゃがみ込む。


「……ぜ」


 騎士が剣を構えた。そして突きの型をとると、足に力を入れ、しゃがむ善に向けて突進する。重い剣と防具を装備しているとは思えない、速い動きを目にする者を驚愕させるだろう。

 だが善は彼を見ていなかった。時に視覚的な情報は判断を誤らせることがある。善は軽く目を閉じた。迫る気配と空気がざわめく感触、大地から伝わる移動による振動を情報とし、神経を尖らせる。


「ぜ……ぜ……ぜん」


 騎士の剣が、その場の空気ごとえぐるような強引な勢いで迫る。対する善は、それを首を傾けることで避けた。


「大振りな動きは隙を多く生む。力押しで良いことは少ないぞ」


 相手の気を削ぐつもりで言葉を口にし、狙いを外した剣を叩き落として踏み付ける。しかし、そんな行為に、善は微かに既視感を覚えた。


「善!」


 今まで意味を成していなかった騎士の言葉が、形を作りはじめ、更に善は既視感をより強く感じた。


 相手は何故、大振りな動きで攻撃を展開した?

 何故、素早い動きが可能なのに、力押しの一発勝負に出た?

 善は杞憂とも取れる、疑念を浮かべ、はっと足元へ視線を投げる。


 疑念は現実になった。

 騎士は、剣を踏み付け安定感の無い左足に鋭い蹴りを与えようとしていた。善はそれをスレスレのところで跳躍し、剣の間合いの外まで逃れる。善の隙を狙い損ねた、甲冑に覆われた足が剣に当たり、高い音がその場に響く。

 騎士は、初めから善の余裕からなる油断を狙っていたようだ。


――力押しでとりあえず、相手との距離を詰め、優位に立ったと思わせて、相手の視野が狭まったところを討つ。


 狡猾で、高い技量を必要とする高度な戦闘法。


「やはり似ている……似過ぎている」


 自分の能力を囮のようにする戦い方だと、かつて笑いながら友が語ってくれた、今は無い、独特な友の動き。騎士と本格的に戦うのは今回が始めてなのに、もう何回と手合わせしたことのあるような妙な気分になる。善には相手の次の動きを漠然と先読むことができ、相手も善の動きを知っているかのようで、互いにこれといった一撃を与えられない。


「お前は……一体何なんだ?」


 戦う中、ある考えが頭にちらつきはじめると、善は自分が今、どんな表情をしているのかを考えたくなくなった。


「お前は――」


 “何かに似ていると思ったのではないか?”脳裏に、月の間でノワールに言われた言葉が浮かび上がる。


「――本当にジアス・リーバルトなのか?」



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