この道を知っている 2
やはり、目の前はひたすら暗闇。
星の光を通しもしない夜の森は、さっきまで降っていたらしい雨のせいで足場も悪く、雫を乗せた草木が走る度に体に纏わりついてきた。
必死に走れば走るほど足は重くなり、息が切れる。だが、立ち止まれない。立ち止まれば、彼に手を引かれたリオールが躓いてしまうだろう。
――ん?
何だ? 頭の中でそう自分で考えておきながら、レイスははっとして改めて辺りを見回した。
――前にも、こんなことなかったっけ?
走り出してから、疑念が頭に渦巻きはじめたが、答えが分からない。
「早く」
奇妙な気持ちは晴れることはなく、疑念は膨れていくばかりなのだが、レイスは自分の意志に反するように勝手に口を動かしていた。
「早く!」
彼は焦りの衝動に駆られている。
こちらに向かって来る殺気は、秒刻みに勢いも数も大きくなっていた。うかうかしていれば、長距離を走ることに慣れていないリオールを連れた彼等では囲まれてしまうのは、火を見るよりも明らかだった。
「待って!」
すると今度は耳元で女の声が聞こえた。振り向かなくてもその声は分かる。足をぬかるみに取られながらも、必死に走る--
――あれ?
思考が途切れた。レイスは、一瞬で頭の中が真っ白になるのが分かる。
「待って!!」
――この声は、リオールだよな?
「……急ぐんだ! このルートの脱出路はまだ誰も知らない。だから、今のうちに逃げきるんだ」
――じゃあ、今どうして俺は
「ソフィア。頑張ってくれ」
――違う女の名前を呼んでいるんだ!?
《……今見せた夢、忘れるなよ》
レイスは確信した。
――夢の中と同じ!?
これは、牢の中で見せられた、五年前のジアスとソフィアの駆け落ちの過去の情景と全く同じだった。
ソフィアがリオールに変わり、テラという新たな登場人物が加わっただけの、同じシナリオ。レイスは、狼狽するのと同じくして、ある男の声がずっと頭の中を駆け巡るのを感じていた。
《今、二人が走っていた場面をわざわざ見せたんだ。……しっかり覚えておけ》
――“Z”
だんだん状況が掴めてきたレイスは、冷静にもう一度辺りを見回す。ここはセリカの森の中で、ジアスとソフィアが逃げた道。そして、今は彼自身とリオールの逃げ道でもある。
「レイス! 何処に向かっている!?」
不意にテラの怒鳴る声が耳に入った。彼は、後ろから現れた敵を一人薙ぎ倒している。
「何処かさ!」
レイスはぼんやりとする頭を振り、振り返ることなく怒鳴り返す。こうしている間にも彼も意識の外で敵を三人切り裂いていた。
――あいつは、こうなる事が分かっていたのか。
剣を振りながらレイスは思う。“Z”は夢の中で、念強くレイスに駆け落ちのシーンを記憶しろと言っていた。
それはレイスが牢を抜けることから全て、分かっていたから言えたじゃないだろうか?
「今度出てきたら、ただじゃおかないぞ。絶対口を割らせてやる」
思わず、文句が口から零れた。
「レイス……?」
ぶつぶつと呟くレイスを、リオールが不思議そうに、見つめる。次々に現れる敵をバッサバッサと薙ぎ倒していく彼だが、何やらその表情は何か思い詰めているように見えた。更に先程彼女の事を“ソフィア”と呼んだのだ。彼女が首を捻るのは当然だろう。
「俺は……五年前の出来事を繰り返していることになるのか?」
レイスはふと頭に浮かんだ推測に、頭を抱える。――善の存在を思い出したのだ。
『善には過去を繰り返してしまうみたいで悪いが……リオール、逃げるんだ! まずは〈イレブン〉から』
まさか、本当に丸っきり五年前と同じことになってしまうとは……。
自分が口にした通りになってしまったことに、レイスはただ苦い気持ちになる。
「今、あいつはどんな思いしてんだろうな」
彼は呟きながら、今度こそ思い悩むことを止めた。
――何にしても、今は行くしか無いんだ!
「レイス! 森を抜けるぞ!」
テラの声が再び後ろから飛んで来る。レイスは前を見据え、走るスピードを上げていった。




