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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
41/68

この道を知っている

「なんだこれ!?」

「きゃぁぁぁあ!!」


 左右に別れたダクトを右に進んだ結果、いきなりダクトが激しく高勾配になった。降下の勢いのついたまま、落下した三人は、体を打ち付ける衝撃を覚悟する。


「はえ?」


 ……柔らかい。

 何やら足元に妙な感触を感じて、一番先に落下したレイスが素っ頓狂な声を思わず零した。


「ぐふっ!!」


 しかしそれもつかの間、レイスの後ろに続けて落下した二人が、柔らかい物体の上でワンバウンドし、そのまま彼の体に着地する。今度は重みに耐え切れない苦悶の声が零れた。


「リオール、大丈夫か?」


 レイス同様、何がなんだか分からない二人は、まさか自分達が彼の上に乗っているとなどしるよしも無い。テラはリオールを守るように彼女の頭を抱え込むのに一生懸命で、リオールは視界が遮られ情報が得られなかった。


「はい」


 リオールはテラの腕が離れると、ようやく辺りを見回す。

 右を見ても左を見ても光は無く、暗闇だけがある。やはり、ここはダクトの何処かなのだろうか。ただ、先ほどと違うのは足元に感じる感触――


「って、レイス!?」


 リオールは己が下敷きにしている柔らかな物体に目を落とし、短い悲鳴を上げる。


「……早く下りてくれ……死ぬ」

「えぇ!?」

「うわっ!!」


 レイスの今にも生き絶えそうな小さな声を聞いて慌てたリオールは、横でリオールの体に怪我が無いか念のため目測ていたテラを突き飛ばし、自分も転がるように彼の体から離れる。そして、バランスを崩して倒れたテラには全く気づかずに、レイスを助け起こした。


「大丈夫? 骨とか、内臓とか、潰れてない?」

「……けほっ。大丈夫、とりあえず奇跡的に骨は折れてないし、内臓も破裂してないよ」


 レイスは心配そうなリオールの声と、バランスを崩して狼狽するテラの声を聞いて苦笑する。そして、彼も体の下にある柔らかな感触を見つめた。


「藁か? 凄い量だ」


 レイス達の落下の衝撃を軽減したのは、藁の山だった。チクチクと藁の先が頬に当たり、レイスは藁を掴んだ。古くなっていたのか握っただけでそれは簡単に形を崩してしまう。しかし、そんな藁が自分達を守るクッションになったのだから、植物の力は偉大なのだと感嘆した。


「ここは一体? まず、この藁は何だ?」


 辺りをキョロキョロと見渡すレイスは、自分達を繋いでいた槍の先に着いたライトを手に取り、あちこちを照らした。


「まだ、ダストシュートのダクトの中なのか?」


 今まで下ってきた道より広いが、ライトの光によって照らされたのは、無機質な壁ばかりで、四つん這いにならなければ進めない狭いダクトが前後に続いている。


「そのわりにはダクト内に勾配が無いな。ここがダストシュートを想定して作られたとしたのなら、ゴミが落ちないじゃないか」


 レイスは自分達の場所の把握ができずに、忙しなく辺りを見回し続けた。今まで滑り降りてきたダクトとは異なり、勾配が無く平坦。廃棄物が落とされるダストシュートとしては何かおかしい。


「一体ここはどこなんだ? こんな藁なんかが積んであるし……」

シャーーーッ

「!?」


 耳に何か不快な音が入り、レイスはビクリと体を強張らせる。


「あ、アミー!?」


 音の発生源へとライトを向ければ、レイスの腰に付けられたバックに収まっているはずのアミーが藁の上で猫の様に毛を逆立てていた。どうやら何かに威嚇している様に見える。


「どうしたんだ? 落ち着けっ」


 アミーの異変におっかなびっくりしているレイスは、オロオロと彼女の逆立った毛を撫で回した。


「アミー、何に警戒しているの?」


 リオールも、噛み付かんと激しく唸っているアミーを刺激しない様に見つめ、首を傾げる。優しく声をかけ、宥めるようにするが、


シャーーーッ


 それでもアミーの様子は変わらない。


「仕方ない。専門家に任せるしか無いか」


 レイスは溜息をつき、ライトをリオールの後ろに向けた。


「テラお得意の“動物お話術”が役立つ場面だぜ」

「何が お得意の動物お話術だ。まったく」


 ライトの光を眩しそうに目を細めたテラは、リオールに突き飛ばされた状態で藁の上に仰向けに倒れていた。


「アミーは、この藁から嫌な臭いがすると言っている」

「嫌な臭いねぇ……俺には分かんないけどな。――というか、大丈夫か?」


 テラは髪や額に張り付いた藁を、倒れた姿勢のまま、面倒臭そうに取り払っていた。リオールは何故彼が倒れているのか、分かっていないらしく、不思議そうにテラを見つめている。


「嫌な臭いって、もしかしてこれかな?」


 テラはリオールのそんな表情を見て、長い溜息をつき、自分の髪に引っ掛かっていたものを二人に提示した。


『鳥の羽?』


 思わず声が重なる。テラが差し出したのは、かなり劣化した白い大きな羽だった。


シャーーーッ


 テラが提示したのと同時に、アミーの威嚇が激しくなった。レイスは、半信半疑のまま羽を受け取り、しげしげとそれを見つめる。


「どっからどう見ても、普通の羽だよな。ってことは、この大量の藁って」

「そうだ。恐らくは巣のようなものだな。分からないのか? アミー……いや、イタチの天敵は猛禽類だ」

「そうだっ!」


 リオールは理解したのか、嬉しそうに手を打つ。


「もうきんるい?」


 もちろん、言語能力に乏しいレイスには全く分からなかったが。


「猛禽類は、鋭い爪と嘴を持っていて、他の動物を捕食する習性のある鳥類のことだよ」

「要するに、鷲とか鷹とか?」

「うん。あと、フクロウもそうだよ。アミーにとっては、食べられちゃうから、怖いのね」

シャーーーッ


 相変わらず、毛を逆立てているアミーに、もう一度優しい目を向けるリオール。彼女は威嚇しているアミーを恐れもせずに抱き上げようとした。


「あ、危ない!」


 予想通り、アミーはリオールの手に噛み付く。しかし、それにも彼女は動じなかった。


「早くここから離れましょう」

「リオ!」


 リオールは少しだけ顔をしかめたが、アミーが直ぐに口を離したのが分かると、抱きしめるようにアミーを抱える。


「大丈夫。アミーは怖がっているだけで、攻撃しようとしているわけじゃないんだから」


 リオールの言ったことは正しかった。彼女に抱き抱えられたアミーは、頭をリオールの肩に埋まるに押し付けて震えている。


「手は?」

「大丈夫。血は出てないよ」


 ね、と噛まれた手をズイッと差し出すリオール。白い華奢な手には歯跡はあれどたいした傷にもなっていなかった。アミーが本気で攻撃したわけではないと、レイスは心から安心した。


「そうか」


 ニッコリと笑うリオールの顔をみて、ようやく納得するように頷いたレイスは先頭を切って進もうと、とりあえず動き出した。


「おい。何処に行くつもりだ」


 闇雲に動いて、大丈夫なのか? テラのそんな意味を含んだ掛け声に、レイスは四つん這いで藁を掻き分けながら、


「風を感じないか?」


 と、振り返らずに言った。


「風?」

「さっきから風か吹き込んで来るのを感じるんだ」


 厚く積み重ねられた藁の先へと一心不乱に進むレイス。体を起こしたテラは、暗い視界の中、レイスの背中を見失うことなく見つめていたのだが、指摘された風の存在に意識を集中させることにした。


「確かに……言われてみれば」


 先程まで高速で滑り降りていたため、肌が風を感知しにくくなっていたが、レイスの進む方向から微かにこちらに吹き込んでくる。


「もしかすると、外が近いのかもしれない――いつまで続くんだこの藁!」


 先へと進む希望的な言葉は、障害物に対する罵倒によってより際立って聞こえた。


「行きましょう、テラさん」


 更に、そんなレイスの後についていこうとするリオールのやる気に満ちた声に圧倒され、知らないうちにテラは頷いていた。

 そのまま四つん這いになるために体を動かしかけた彼の手に、藁とは異なる感触の物が当たる。それは今まで三人を繋げていた槍のソフトケースだった。落下した際に取れてしまったのだろうか。テラはそれを無造作に掴むと、黙って二人の後に続いた。




 ***** 




「よっこらせ」


 ガコンッと、気味の良い音がした。目の前を遮る金属格子に手をかけ、レイスは思いっ切りそれを引き抜いたのだ。その音と肌に感じる風の感触に、思わず彼は小さく笑う。


「リオ」

「なに?」


 そして、振り返らずにはいられなかった。リオールのキョトンとした目とぶつかって、彼は今度こそ満面の笑みを浮かべる。


「外に出れるぞ!」

「うん!」


 藁が積まれた落下地点を後にして、約五分が経過する。外に繋がる金属格子を見て、排気口だと気づいた。レイスは外した格子戸を音を立てないように地に落とし、人の気配を探る。


「じゃ、先に行く」


 頃合いを見計らい、身を排気口から乗り出すと、レイスは勢い良く飛び出した。

暗くて高さが分からなかったが、思っていたより高い位置に排気口があったらしく、空中で一回転して音を立てないように着地した。

 久しぶりの土を踏む感触は、湿り気を帯びていて、ぬめっている。空気も湿気を含み、微かながらも空からは雪が降り始めていた。


「よしっ」


 しゃがみ込んだ状態で油断無く状況把握に専念するレイスだが、その表情はようやく外部への脱出ができた感動に綻んでいる。


「リオ、いいぞ」


 念のため、もう一度辺りの気配を調べたレイスは小声で言いながら、持っていたペンライトで二人のいる排気口へと合図を送る。


「いち、にの、さん!」


 しばらくしてレイスは、ライトを三回点滅させ、両手を大きく広げた。


「きゃっ」


 数秒後、彼の両手にはリオールがすっぽりと収まっていた。落下地点を少しズレて落ちてきた彼女を、慌てることなく抱き抱えたレイスは、


「お姫様をキャッチ成功で~す」


 と、耳をすましても聞こえないような声で排気口に向けて言い放つ。

 すぐ、レイスの背後で着地する微かな音がした。


「聞こえんのかよ……」


 聞こえないだろうと、合図の声をわざと小さくし、意地悪したつもりだったのだが、最後に降りてくるテラにはしっかり聞こえていたらしい。


「あぁ、聞こえていた」


 ボソッと言った言葉も耳に入ったのか、彼はレイスを睨む。


「れ、レイス」

「ん?」

「そろそろ下ろしても……」


 レイスはリオールの消え入りそうな、か細い声に、改めて自分が彼女を抱き抱えたままだと気づいた。

 慌ててリオールを地に降ろしたレイスの耳は暗闇でも分かるほど赤い。様子を見ていたテラは、二人の異常なほどに初心なその反応に小さく肩を竦めた。


「レイス」


 やれやれと、溜め息混じりのテラの声で我に返ったレイスは、慌てて真面目な顔を繕う。そして、声の方へ目を向けると、テラは手にしていた槍を背中に背負い直し、真っすぐレイスの顔を見つめていた。


「外に出たのはいいが、これからどうするつもりだ?」


「……逃げるしかない。まずはセリカ地域を脱して、<イレブン>が統治していない土地まで」


 低く抑えた冷静な返答は、かえってテラを不安にさせたようだった。彼は訝し気に眉を寄せ、視線を逸らす。


「ここが何処なのか分からないのにか?」

「やるしかないさ」


 そのために、俺達はここまできたんだから。レイスは心の中で自分に言い聞かせる様に呟いて、自分のすぐ横にいるリオールの手を取り、強く握り締めた。


「行くぞ」

「うん」


 コクリと首を縦に振る彼女は、レイスの手を握り返す。了解の意を受け取ったと彼は、再びテラに目を合わせた。


「テラ」

「なんだ」

「今いる場所なんだけど……詳しくは分からないが、多分北側の森だ」

「根拠は」


 現在地は分からなかったんじゃないのか? テラのそんな問い掛けに、レイスは苦笑いするしかなかった。なぜなら、


「勘」


 なのだからである。


「お前……な……」

「勘でも結構自信あるぞ。確実性ならピカイチ」


 勘に確実も不確実もあるのか。あれこれと説明をするレイスへ、テラはそう思いながらも話を聞いてやることにした。


「見たことあるような気がするんだ。この景色。もしかすると、ハザード退治で来たことあるかもしれない」

「ほぉ」

「けど、北側にはハザードって出てなかった気もする……もしかすると、東側かも」

「……」

「まぁ、なんにしろ進むしかないってわけだ」


 レイスは輝かしい程ポジティブだった。考えているのか、そうでないのか。あまりに彼の思い切りの良さに、テラは何も言えなくなっていた。


「それに、悩んでるような時間もなさそうだしな」


 黙り込んだテラを横目に、レイスは何かに気づいて剣を抜く。今までの笑みを湛えた表情は一変して険しいものになった。


「兵士が……?」


 リオールがただならぬ彼の行動に、一瞬身を強張らせる。


「さすがにやすやすと逃がしてくれる訳無いか」

「だろうな」


 レイスの行動に、敵の存在を感知したテラは辺りに目を配り、暗闇に紛れ込んだ殺気の発信源を数える。


「……五人か」

「見えてんのか!?」

「当たり前だ」


 当たり前って。先程ダストシュートの中でもそうであったし、排気口から降りたときもそうだったが、彼は恐ろしく視力・聴力に優れている。人間離れした彼の体質に、レイスは畏怖の念をこめて、テラを見つめた。


「そういうお前はどうなんだ」

「馬鹿っ。こんな暗闇で敵の姿なんか分かるか! まぁ、気配を探ってはいるけど」


 テラの問い掛けに、レイスは少し拗ねたように口を尖らせ、目を伏せる。肌にピリッとする、殺意は彼等の前方に広がる森の中で一定の間隔を空けて分布していた。


「バラバラの動きじゃないから、相手はこっちの存在を感知して行動してる。もうここの場所が分かったっていうのか、早過ぎる」


 ちっ、と舌をうつレイス。テラはそんな彼を感慨深げに見ていた。殺気を正確に動きまでも感知する能力こそ、長い戦いの経験で身につけたレイスの優れた体質だと思うのだが。


「ぐずぐずしていたら囲まれるぞ」


 それを今言ったところで嫌味にしか聞こえないか、とテラは思ったことを口にはせず、判断を迷っているレイスをせかすように声を張った。


「分かってるさ」


 頷くと同時にレイスはリオールの手を引き走り出していた。

 向かう方向は深く考えなかった。どっちにしろ森に道はない。たとえ道があったとしても、その先が何処に続くのかも分からないからだ。だから、心が命じるがままに彼は疾走する。

 突然前に出たレイスに引っ張られる形でリオールも懸命に走り出す。初めて駆ける森の中は想像以上に走りにくく、彼女は躓かないようにするので精一杯だった。


「レイス!」


 しばらくして走ることに慣れ、ふと視線を上に上げた彼女の目に、レイスの頭上から落下しながら剣を振りかぶる兵士の姿が入る。


「暗闇ならやられるとでも思ったのか!」


 しかし、レイスは冷静だった。ストンと膝を落とし、首を薙ぐやや大振りな横斬りを避けると、剣の柄を逆手に持ち変え、立ち上がる勢いに乗じて相手を切り付ける。

一連の動作にかかった時間はほんの数秒間。駆ける足を止めることなく、まるで障害物を避けるような早さに、リオールは目を丸くするしかなかった。


「木の上にいたのか……面白い」


 殿を勤めるテラは、感心したように上を見上げ、レイスの後に続く。


「テラ! 槍は使うなよ」

「分かっている。こんな狭い場所で分別なく振り回すほど、俺も馬鹿じゃない」


 振り返って指導者のような口ぶりのレイスの言葉に、テラはそれを鼻で笑い飛ばした。


「後ろは頼むぞ!」


 ムカつくが、しっかりとした彼の返事を聞き入れたレイスは、小さく苦笑を浮かべ再び視線を前に戻す。



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