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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
27/68

月の間

「アベル統括、現在の状況を教えてください。L―10は、どのような経緯で脱獄を?」


 不満をこぼす部下達をグレイス一人に任せ、オフィスを出た善は、現状を把握しようと必死だった。エレベーターは混むからと、先導するアベルは焦る様子で階段を足早に上っている。

 特務総合部隊は八階、召集がかかった月の間は十二階。目と鼻の先にあるというのに何故そうまでも急ぐというのか。眉間にクッキリとシワを寄せるアベルの横顔を目にしながら、善は情報をとにかく求めた。


「罪人の監視や管理は通常であれば、情報伝達部隊や公安部隊の管轄です。何があったのか、こっちまでは情報は回されません」

「すまないが、私にも詳しいことが分からない」

「え?」


 緊急召集がかかったのなら、資料の一つくらい持っていると踏んでいたために、善は咄嗟に言葉を見失った。


「何も知らされていないのだから、当然だ! よほどこちらに情報を回すが嫌だと見える」


 アベルは、苛立ちを隠す様子も無く、刺々しい口調で善の言葉を跳ね返す。善はいきり立つ統括の姿に、少し驚いたようだった。


「統括へも、情報が回らないのか」


 統括クラスのアベルにすら情報が伝達されていないということに、善はどこか落胆したように肩を落とす。

 ピタリとアベルの足が止まった。彼が振り返った時、悔しそうな薄緑色の目と善の視線が交わる。


「全戦闘系部隊を召集するのなら、資料の一つくらい寄越せば良いのに……全くもって嫌われ部隊は苦労する」


 その言葉は、今の彼等に突き付けられていれている大きな問題そのものだった。

 平均年齢二十四歳。若手が占める特殊部隊は、信用が薄く、何よりも嫉妬の目で注視される。荒を探されては嫌味を吐かれ、いつ足元を掬われるか分からない。そんな立場に立たされていた。もちろん、そんな風当たりの強い部隊に味方する者は殆どいない。今回のことも本来ならば、緊急召集の前に手元の情報を分け合うのが筋なのだが、やはり嫌われ部隊には情報など回っては来ないようだった。

 一度壊滅にまで追い込まれている部隊だけに、発言力は弱く、不平を主張することすらできない。

 <イレブン>の歴史の中で、古株であるはずの特殊部隊は、信頼という名の足場を崩され、かつての面影を無くして組織の中で確実に孤立していた。

 助けてくれる味方はいない。だが、それを周りに訴えることもできない。殆ど八方塞がりだった。

 そうなれば、解決策はただ一つ。善はアベルに言い聞かせるかの如く、静かで且厳かに言葉を紡いだ。


「信頼を取り戻しましょう。我々に異義を唱える権利がないのならば、汚れた任であろう何であろうと全力で突き進むしか他ありません」


 そして、どんなに周りから後ろ指刺されるような手段を駆使しても、成功させなければならない。


「君が、肩を凝りそうなほど組織に忠実な訳、今なら理解できるような気がするよ」


 善の力のこもった言葉は、悔しそうなアベルの瞳に、小さな苦笑の色が浮かべさせた。少なからず、苛立った気持ちは抑えられたようだった。

 だが善はその彼の呟きにはあえて返答せず、はっと息をのむと、睨むように上部へ視線を投げる。


「どうした?」


 目線を追って、慌ててアベルも目を上げる。どこか嫌な予感がしたのだ。


「これはこれは。どこの部隊の精鋭兵士かと思えば、特務総合部隊の統括殿ではありませんか?」


 すると、冷ややかな声が二人の頭の上から降り注ぐ。アベルはその声に聞き覚えがあった。善もそうなのか、忌ま忌ましそうに小さく舌打ちしている。


「盗み聞きか? 悪趣味だな。カイザ・レキアス」

「盗み聞きとは? あれだけ大きな声で話していたのに。聞くなというほうが難しくはないか。善よ」


 善の嫌味を嫌味で返しながら、上階の踊り場から見下ろしている一人の男性。

 端正な顔立ちを縁取る、肩すれすれまで伸びた、青みがかった銀髪。青紫色の鋭い切れ長の瞳。左肩に宝石の固定金具が光る、短めのマントを纏い、ダークブルーで統一された服装は気品漂う雰囲気を感じた。歳は三十までいっていないように見える。


「悪口は誰もいないところで叩くのだな。特に君達は、皮一枚で首をつなげているのだから、更に気を使い賜え」

「で? 情報伝達部隊リーダーが、首が折れた部隊に何のようだ」

「そう苛立つな」


 やれやれ、と首を左右に振るレキアス。


「君達、月の間に行くのだろう? 情報伝達部隊にも召集がかかっているから、僕も呼ばれていてね。当然、情報の交換をしたいんだよ」

「一体どういった風の吹き回しだ?」


 レキアスの重みのない、軽い提案に、善は更に眼力を強くして睨む。


「変な意味はないさ。純粋に情報が欲しいだけだ。君達が嫌われた存在であるかなんて関係ない」


 レキアスは善と同じく、部隊のリーダーを勤める男であった。彼もリーダークラスの人間の中では若手だが、堕ちた部隊の善と比べればかなりの権力者である。わざわざ特殊部隊に求めなくても、情報は得られるように思えた。


「まぁ、何を心配しているかは何となく分かるけどね、そう悠長なことも言ってられないんだな。これが」

「どういうことです?」


 黙っていたアベルが、聞き捨てならないと言わんばかりに食いつく。

 そんな必死な統括の質問に、レキアスの目が一瞬苦難な色を浮かべたのを善は見逃さなかった。

――今だけは嫌味なことをいうわけではなさそうだと直感する。


「幹部メンバーから数名死者が出たのですよ、統括。もちろん自然死などではありません」


 アベルは、レキアスの口にした事があまりにも想定外なことで、言葉が咄嗟に返せない。もちろん善も、表情には出さないがショックを受けていた。


「なんてことだ」


 今や巨大組織<イレブン>と謳われているこの組織を、今まで支えてきた“十一人幹部”は組織内でも崇められ、かなり重点的で堅い守りが着いている。それを知っているだけに死んだという事に驚かない訳がなかった。


「イプシロンとノインがやられたそうです」

「二人も」


 アベルの顔から血の気が引いていく。


「イプシロンとノイン……か」


 善はそれ程大きな動揺を見せない。ただレキアスが紡いだ幹部の名前を耳にして、以前月の間に踏み入った時に教わった“名”についての説明がふと頭の中に蘇った。


 <イレブン>を支える幹部のうち、ボスであるノワールを除く十人には“名”が与えられており、


一 ……アインス

二 ……ツウ゛ァイン

三 ……ドライ

四 ……フィア

五 ……イプシロン

六 ……ゼークス

七 ……セブサス

八 ……アハト

九 ……ノイン

十 ……ツェン


――それぞれが数を意味している。


 “名”はいわば<イレブン>の幹部メンバーの輝かしい称号であり、善は彼ら個人の情報は何も知らず、知らされてもいなかった。もちろん、それはボスであるノワールの情報も例外ではない。おそらく、幹部メンバーの存在を神格化させて組織の士気を上げるのが目的であるのだろうが、己の忠誠を捧ぐ者達のことを何一つとして分からないのは、気分がいいものではなかった。


「死因は? やられた、ということは当然殺害されたんだろうが」


 そんなことを頭に入れながら、それでも善は冷静に問う。と、その質問にレキアスは、どう説明したら良いものかと、更に困ったと呻いた。


「変死体であるということは分かっている……が、何せ死体は人の形をしていなかったからな、判断に手間取っている」

「どういう意味だ? まさかバラバラに切断されたのか」


 たどたどしいレキアスの言葉に、具体的なイメージが浮かばない善。首を傾げて意志をアピールすると、レキアスは苛立ったように眉間にシワを寄せた。


「勝手に納得するな。イプシロンもノインも遺体はとりあえずは五体満足だったさ」

「では?」


 一体何が死因を混乱させているというのか? 善は更に問い詰める。


「全身がエメラルドグリーンの結晶と化していたらしい」

「エメラルドグリーン……だと」


 さすがの善もその言葉には驚きを隠せず、アベルなど最早冷静な判断も吹き飛んでしまった。


「それではまるで――結晶化病の症状じゃないか!?」


 結晶化病クリスタル・シック。体のあちこちがエメラルドグリーンの結晶化して身体機能が失われる病――善は、ふとレイスの顔が浮かんだ。彼はたしか左腕が結晶化しており、いつのことだったか彼を介抱したときの皮膚の感触は今でも記憶に残っている。

 皮膚の弾力は消え失せていて、生々しいほど石の感触と類似しており、何よりも全く体温がなかった。


「そんなものなど比べものにならない。全身が、というよりは、体そのものがクリスタルになっていたのだからな。……死体解剖でも、メスが入らず折れるだの、刃毀れするだの何だので、今だ詳しいことが判断つかないのだそうだ。つまりは結晶化病と断定も出来ない……全く謎だらけだ」


 善の考えていることが分かるのか、レキアスがうんざりしたと肩をすくめる。これでは何も知らないのと同じだ、と彼は己が立つ場所な真後ろ、十二階の扉を指差す。


「月の間に緊急召集がかかったのは、別段L―10の脱走が全ての原因ではないということだ。……だが、幹部の死亡騒ぎの調査遅れが上層部に混乱をきたしているせいで、議会が停止しかけている。だから僕は今、月の間が開放されるのを待ちながら情報収集に精をだしている状況なのだが」


 まったく参るよ、とぼやくレキアス。だが、アベルは今だに緊急召集会議が行われていないという話しに、身を乗り出した。


「馬鹿な! レイス君……いや、L―10はリオール・アバランティアの誘拐未遂に、外部組織<リジスト>と繋がりがあるような囚人だ。このまま放っておく気だというのか? いくら幹部の死を持ってしても、優先順位が違う!」


 更に今は、戦闘系部隊全ての管理職に就く統括クラスの者が緊急召集で集まっている為、現場は警備も兵士自体かなり手薄であることが想像できる。これでは脱走した囚人に逃げ道を提供しているようなものだった。


「僕に言われてもどうにもなりませんよ、アベル統括」


 そう熱くなるなよ、というように小さく鼻で笑うレキアス。彼は相変わらず上階の踊り場から二人を見下ろし、一息置いた。


「そういうわけで、まぁ僕が知り得る情報はこんな辺りだ。善、そちらの情報も是非提供して欲しい」

「断る」


 キッパリと、鋭い答えが階段を挟む空間に凛と響く。


「情報交換を承諾した覚えはない。お前が勝手にべらべら話し、私達はそれに問いた、それだけだ」


 善は、見下した目線に冷たい態度で対応した。いくら特殊部隊が堕ちた部隊であろうとレキアスも善も同じ地位の人間。彼の話しにただ従うのは、甘く見られるきっかけになりうるし、何よりも癪だった。


「善……いいのか?」


 小声でアベルがレキアスに聞こえないように囁く。恐らく、善の容赦ない台詞に不安を覚えたのだろう。彼はこの会話で自分達の立場を更に悪くするのではないかと、思ったのだ。


「私は奴とは馴れ合うつもりはありませし、我々が知っている情報など大したものではないですから。……ですが、上司は貴方です。レキアスに情報を与えると言うならば、否定しません。お任せします」


 統括という地位は、善やレキアスよりもかなり上の階級だ。レキアスの機嫌は損ねるかもしれないが、下っ端相手に何故そんなにも恐れる必要がある? 善はそんな意味を忍ばせながら、アベルを見据えた。

 善は同僚相手に怯む姿勢はない。アベルは最も“レキアスごとき”に脅威を抱く理由はないはずだった。


「そうか」


 君がそこまで言うならば、とアベルは頷く。一抹の不安を捨て切れないようだが、彼は善に習ってレキアスを見つめ、異存はないともう一度頷いた。


「そうか、それは残念だ」


 レキアスの表情に憤るような兆しは見て取れない。むしろ二人の様子を面白がっている節さえあり、いかにも想定の範囲内と言った顔付きだった。

 その余裕たっぷりな彼の様子に、違和感を感じる善。


「まぁどちらにしても情報は手に入る。遅かれ早かれ、君達の口からね」

「なんだと」


 意味不明だ。だが、それ以上に簡単には拭い去れぬ不安を感じる。善は声に微かな殺気を込めてレキアスを睨んだ。


「そう慌てるな。もうそろそろ月の間が開放されるはずだ。それまで待つのだな」


 怖い怖い、と善の見せる小さな動揺と苛立ちをからかうレキアス。真意を正直に話すそぶりを見せることはなく、やや短い濃紺のマントを翻して背を向けた。


「レキア――」


 再度レキアスを問い詰めようと善が口を割ったその時、レキアスのいる上階、十二階の扉が軋んだ音を立てて開かれた。


「こんなとこにおられましたか」


 扉からは、まだ少年と言っていい程に若い兵士がひょっこり顔を出し、レキアスやアベルの姿を見つけて安堵の息を吐き出した。


「伝令です。月の間の立入禁止令が解かれました。至急集まってくださいとのことです」

「――了解した。わざわざご苦労」


 兵士の一番近くにいたレキアスが、大きく頷く。そして何やら小さく笑みを浮かべると、背中越しに声を飛ばした。


「いいタイミングじゃないか。さぁ、早く行こうではないか」


 明らかに笑いを含んだ声を残し、レキアスは歩き出す。善もアベルもそれに従うほかなかった。




 *****




「情報伝達部隊、カイザ・レキアス参上する」

「特殊部隊アベル・ロムハーツ並びに善、参上いたします」


 月の間にこんなにも人が入った現場を目にすることが出来るとは。善はアベルに続いて、大きな両開きの扉を潜ると、まずそう思った。月の光りを思わせる神秘的な空間に、二十人ばかりの兵士達が暑苦しいばかりに集結している。善の知った顔触れは多く、全員が彼の同僚かそれ以上の管理職の面子だとすぐに理解した。


「特殊部隊に情報伝達部隊、警備部隊に戦闘部隊。……おやおや珍しい。公安部隊もおいでのようだ。つまり戦闘系の部隊は文字通り勢揃いというわけか」


 すぐ隣にいるレキアスもそう感じたのか、善に聞こえる程の声で小さく笑う。


「なかなか面白いことが起きそうだな。これは」


 そんな薄気味悪い笑い声に眉間のシワを深くしかけた善は、続けて紡がれたレキアスの囁きにふと目を細める。


「やはり、イプシロンとノインの席は空だな」


 円を描くように配置された高い座席には、ノワールを始めとした仮面の幹部達が相変わらず偉そうに踏ん反り返っている……が、ぽっかりと二つ空きの席が目に留まった。


――レキアスの情報はやはり冗談という訳ではなかったようだな。


 善はさりげなくレキアスを視界に入れつつ、二つの空席を見つめる。残念ながら、彼にはどの幹部メンバーが欠けたのかを理解することは出来なかった。


「全員揃ったか」


 善達が最後だったのか、背後の扉が閉ざされると、ノワールの右隣りの席の幹部がよく通る声を上げた。仮面を付けている為、彼が誰なのかを言い当てられる人間はこの兵士の中でもいないに違いない。


「現場は極めて、危険だ。重要収容囚であるレイス・シュタールの脱走に幹部メンバーの変死……どちらもただ事ではない」


 彼は二十人程の兵士達を見渡し、静かに言葉を紡ぐ。その深刻な声色に、ざわついていたその場が一瞬で静まり返った。


「よって皆に集まってもらったのは、この事態を対処し、収めることで今後の<イレブン>――」

「ツヴァイン」


 そんな緊張した空気の中、左後方から銃声と退屈そうな声が響く。善はこの銃声と特徴的な声に聞き覚えがあった。


「お前の生真面目な演説など省略したまえ。何しろ一刻の猶予も残されていないのだからな。早く現状を説明してやらねば」


 銃を片手にやれやれと首を振るその人物は、善が以前ハザードの報告をしたときにも躊躇いなく銃声を響かせていた。顔は分からなくても流石に強烈な存在感を放っているので分かる。


「あぁ。確かに時間はない」


 ツヴァインと呼ばれた幹部は、銃声に臆することはなかった。少しだけ肩を竦める動作したかと思えば、突然高い座席から飛び降りる。当然ながら、視線が善達と真っ直ぐ交わった。


「致し方ない、先に現状を説明しよう。まずは幹部メンバーの不可解な死についてだが、これはあまりにも情報が少な過ぎて我々にも多くは説明が出来ない。現段階では、アルフスレッドを始めとする医療研究班に検死を進めさせているところだ」


 こんな内容では説明される必要性が感じられない。と、レキアスが舌打ちしている。善はアルフスレッドの名前を耳にして、胸ポケットに入れた薬の事がふと頭に浮かんだ。


――まだ時間はあったよな……?


「次は、L―10のことだが。警備隊の負傷者や彼らの目撃では、既に地下収容フロアは脱走しているようだ。すぐに施設内から逃げ出そうとしないあたり、目的は明白だな……。そうだろう? 特殊部隊リーダー、善よ」

「!」

「短かな間とはいえ、共に過ごしていたのだから、分かるはずだろう」


 無意識の内に胸ポケットを探ろうとしたした手が凍りついた。だが、その場にいる全員の視線に射抜かれ、何とか声を搾り出す。


「L―10の目的は、リオール・アバランティア、つまりアバランティア制御優先体“肥やし”の誘拐かと。先日の私との戦闘の際には、それらしい動機を口走っていましたので、間違いないかと」


 言葉を言い切ると、安堵と同時に何とも言えない不快感に襲われた。自分に向けられている視線は、冷ややかなものが多く、今の善の話でさえ荒を探そうと監視されているのだから気分が良いわけがなかった。


「ふむ。我々もリオール・アバランティアを狙って彼等が動いていると推理している……たった二人組が<イレブン>を相手に何が出来るものかと、呆れるがね」


 中間職の陰湿な蹴落とし合いをそれなりには知っているのか、無表情を崩さぬように努める善の表情に小さく含み笑うツヴァイン。


「彼等……二人組……?」


 ひっかかる言葉だ。善はそう思い、つい呟く。


「そうか、まだ話していなかったな」


 怪訝そうな様子に、ツヴァインはそうだったと手を打った。


「現在、脱走者は二人組。L―10はもちろんのこと、合成獣のサンプル体であるT―306(サンマルロク)がこの視線内を逃げ回っている。もちろん、彼も囚人だ」


 なんらかの接点があるのだろう、面白い組み合わせだ、とツヴァイン。善は溜息をつきそうになるのを何とか堪えた。


「厄介だ。何としても、捕らえなければならない。さっそくだが、各部隊に命を下す。グズグズはしてられぬしな」


 ようやく、本題に入ったか。善は視線をそらさないツヴァインの様子に、微かな期待を込める。


――今回の騒動は、身内だったレイスが主犯な為、殆ど特務総合部隊の管轄と言っても過言ではなく、いつもは茅の外へと追いやられている部隊であっても、現場の主権を手にすることが出来る可能性は極めて高い。


「アベル・ロムハーツ」

「はっ」


 アベルへと声がかかった。依然、目線は善に向けられたままだが、ツヴァインは素早く反応したアベルへと指を指し示す。


「特殊部隊にL―10及び、T―306の捕獲を命じる。指揮権は私にあるのだが、現場の管理、任されてくれるな?」

「はい」


 深々と頭を垂れたアベル。作戦の主権を得たようなものなのに、顔色が冴えなかった。


「よろしい。そして、カイザ・レキアス」


 ツヴァインは次に、アベルに向けた長い人差し指をレキアスへ向ける。


「何なりと」 


 指し示され、優雅に一礼するレキアス。気障な行動だが、彼が行うとそれは嫌みには見えず、品のある動作に思えた。


「情報伝達部隊は特殊部隊の補佐に回れ。お前達は情報を伝えるスピードが売りだ。いち早く多くの情報を伝え、サポートしてやってほしい」

「お任せください」


 善には、レキアスがにやりと口元を緩めたように見えた。

情報伝達部隊はこれで、特殊部隊との連携を取ることが命じられた事になる。


“まぁどちらにしても情報は手に入る。遅かれ早かれ、君達の口からね”


 先程、階段で勝ち誇ったように言っていたレキアスの言葉が、善の頭に木霊した。


「よろしく。アベル統括殿、善」


 そんな中、何もかも計算通りだったと顔を綻ばしたレキアスが、小さな声で囁く。

 あいつはこうなる事が最初から分かっていたのか。善は心の中で忌ま忌ましいと舌を打った。


「各部隊兵にに通達! これより、<イレブン>施設内に警戒体制レベルCを勧告する!」


 唐突に、今まで善へと向けられていたツヴァインの視線が、全体へと移動する。その声は今までの柔らかな雰囲気ではなく、真剣味を強く帯びていた。


「戦闘部隊及び警備部隊は各階の階段を中心に兵を展開、脱獄囚の進路を塞げ」


 テキパキとした指示を受けた兵士達は誰もが緊張した面持ちで頷いている。


「公安部隊は戦闘隊士ではない者達への誘導作業に取り掛かれ。研究局は緊急に医療チームを編成しておくように。その他部隊は特務総合部隊と情報伝達部隊の全面サポートだ」


 全ての部隊に指示を放ったツヴァイは、強く拳を握り、高々と突き上げた。


「総員、全力で事に当たれ。これは幹部全員の決定事項である。では、散!」


 その場にいた全員に張り詰めていた緊張が解ける。善は一番に月の間に背を向けると、足早に立ち去った。




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