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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
23/68

命の定義

 私は思う。何度も。何度も。


 彼等に出逢わなければ、私は死ぬまで心無き兵士として存在することができていただろう。〈イレブン〉への忠誠心がなくなることがない限り、何も考えずに戦い続けていられたのかもしれない。


笑い声、怒る声、拗ねる声

融通の効かない真剣な眼差し

それを見守る暖かな眼差し

常に一人ではないという、安心感


 それらに希望を垣間見て、それでも破壊したのは、紛れもなく私、私自身の手だ。

 許されない罪を重ねてどれだけ手を汚したか分からなくなった今でさえ、目を閉じて蘇るのは変わらぬ彼等の笑顔ばかり。


 どうして、笑顔なのか。

 どうして、あのときに見せた怒りや絶望に満ちた顔ではないのだろうか。


 人の記憶は脆く、弱く、いずれは忘れてしまうものだ。罪の意識もこのままでは時間と共に消え去ってしまう。それは人である私にも当てはまるに違いない。

 それは許されないことのように思えた。せめてこの罪の重圧には最期まで耐えなければならないと……

 私は罪を、悔やむことさえ許されないのだろうか。




 *****




「善。お前さ、命ってなんだろうって考えたことあるか?」


 車のドアが開く音がして、善は助手席に座っているはずのジアスの方へ目を向けた。爽やかな山の風が開いたドアから吹き込んでくる。

 時は五年前の春。善は二十歳。

 二人は豊かな自然に囲まれた地、セレステにいた。山も川も平原も美しい桃色の花や花弁で覆い尽くされ、人一人いない風景なのに華やかに目に映る。車のドアを開いたジアスは善の目線を気にしていないように、外へと出て行ってしまった。


「どうした? 突然」


 善はかけたままのエンジンを止める。そして彼に習うように車から降りた。後を追いかけて見れば、彼はいい天気だなぁとつぶやいて、まだ冬の名残がある冷たい空気を吸って大きく伸びをしている。


「いやぁ、どうしたって程じゃないんだけど。あぁ眠い」


 ようやく返事をし始めたと思えば大きなあくび。善は彼から三歩程離れたところで止まり、呆れたようにその背中を見ていた。

 今日は護衛すべきソフィアが研究所で大掛かりな検査をするため丸一日仕事がない。そしてこれも珍しいことに特殊部隊の仕事も入っていなかったため、二人が揃っての休暇だった。

 だが稀な休暇なだけに二人はどう過ごせばいいのか意見がまとまらず、三時間の論議とチェスの勝敗の結果、こうして偏狭の地であるセレステに足を運んでいる。ジアスのお気に入りの場所なのだという。


「ソフィアが言ってたんだよ。命って何なんだろうってさ」


 伸びをし終えたジアスがストンと若草が茂る足元に腰を落ち着け、喋りながら空を見上げている。善は胸のポケットからライターと煙草を取り出し、口にくわえたところで手を止めた。


「ソフィアが?」


 言葉の中からもう一人の友の顔が浮かび、善は首を傾げた。そんな善の反応を先に知っていたかのように、ジアスは背を向けたまますぐに言葉を紡ぐ。


「あぁ。なんかすごく最近気にしている話題らしくてさ、俺にも聞いてきたし、お前にも聞いてくれって言うからさ」


 ジアスの声は相変わらず明るい。だがそれに対照するように、善は複雑な気持ちになった。

 彼女は絶望しているのかもしれない。あの空に近い、美しい花畑の中心で。善はそう思えて仕方なかったのだ。


「命か……」


 アバランティア一族の中でも肥やしと呼ばれる制御体候補の者は基本的に長生きが出来ない。研究で体をいじられるからだ。それはソフィアも、次期候補のリオールも例外ではない。歴代の候補者の中にはそこで命を落としてしまうこともあったそうだ。

 更に血筋は少なく〈イレブン〉が婚姻も、一族の人数も、これから生まれてくる子孫の数も決めてしまっている。親族含め彼女達は組織の手の中なのだ。

 そしてソフィアの場合、強いアバランティアの制御力を生来兼ね備えていた。そのため人生の殆どを決められたものにされてしまっている。そんな頑丈過ぎる籠の中に閉じ込められているのだから、彼女が命について考えずにはいられなくなるのは仕方のないことのようにも思えた。同時に自分が彼女を束縛する側にいることが悲しく感じられ、尚更複雑な感情を抱かずにはいられなかった。


「で、どうなんだよ。お前は命って何なんだと思うんだ?」

「……」

「善?」


 返事が返せない。明るく話かけていたジアスが首を捻る。彼は難しい質問だったかなぁ、とつぶやいて無言の返答を流しかけた。が、何か思い当たることがあるらしく、表情を険しいものへと変え、善の方へと振り返った。


「お前今、休暇には似つかない暗~いこと考えてるだろ」


 図星。

 善は誰のせいでこんな気分になったと思っている、という目でジアスを睨む。しかしそんな視線を受けているはずのジアスは、笑いながら肩をすくめた。


「何考えてるかはだいたい想像つくけどさ。どうせお前のことだ、勝手に俺の話からソフィアが悲しんでるんだと思ったんだろ?」


 悔しいが、また図星。


「今の話はな、ソフィアは別に自分の境遇を悔やんで言ってた訳じゃない。純粋に命って何なんだろうって考えてただけだ。お前が心配するほどのことでもないと思うぜ」

「……そうか」


 本当にそうなのだろうか。善は頷きながらも納得いかない気持ちがあった。ソフィアは昔から弱音は吐かない女性だった。それだけに言葉一つ一つ、思い詰めているのではないのかと心配になる。


「お前は本当にネガティブだな。で、どうなんだよ?」

「なにが?」


 気持ちを切り替えるように、くわえた煙草に火をつけて、小さく笑うジアスに問う。善のそんな切り返しに彼は一気に表情をしかめた。


「何がって……命のことだよ、い・の・ち」

「ああ」


 すっかり頭から抜けていた。善は思い出したように頷いて、煙草を口からはなす。


「命か。今まで考えたこともない質問だな」

「だろ? 俺もソフィアに聞かれて、一時間ぐらい何にも出てこなかったからなぁ」


 善は任務であらば人も簡単に殺める兵士。ましてジアスは護衛から暗殺、大きな戦争にも駆り出される傭兵。血で汚れた二人には、命のことを考えることなど精神的な足枷になる行為としかならず、今の今まで真剣に考えたことはなかった。


「……炎」


 ライターの炎。〈イレブン〉産のライターはアバランティアのエネルギーを燃やしているため、美しい黄緑色の炎が上がる。ぼんやりとその炎を眺めていた善は無意識のうちに口を動かしていた。


「命は炎みたいな物じゃないかと私は思う」

「炎?」


 座った低い体制で、善を見上げるジアスは小さく首を傾げる。

 ライターの炎が風に揺らいだ。善は再び煙草を口にして、空を仰ぐ。


「勢い良く飛び出して行動を起こしても、ずっと日陰で何をするのでもなく潜んでいても、どちらもやがては燃え尽きる。だが、燃え尽きるまで炎は必ず輝き続けている。それがどれだけ短くても、小さくてもな。途中風にぶつかれば揺らぎ、もしかすると燃え尽きる前に消されてしまうこともあるかもしれない。その頼りなさがまるで命のようだな、と思えなくもない」

「へぇ。なかなか詩人だな。でもなんか寂しい内容じゃねぇ? 消えるとか燃え尽きるとかさ」


 静かに聞いていたジアスは感心したようではあった。珍しく、現実主義の善がロマンを語ったことに驚いているようであった。


「そういうお前はどうなんだ?」

「俺?」

「人に聞いておいて、自分が言わないのは狡いだろ」


 照れくさくなった善は、それを隠すためにジアスへ数歩近づいて、彼と同じ目線になるために腰を下ろす。顔を伺えば、ジアスはどこか遠くを見つめているようだった。


「俺は、そんな格好いい答えじゃねーよ」

「そんなことは分かっている。お前に頭のことで期待したことはないからな」

「うわ……はっきり言われると傷つく」

「いいから、早く言え」


 はいはい、分かりましたよ。ジアスが仕方ないと言わんばかりに溜め息をつき、軽く頭を掻いた。


「俺は、命は自由の仲間なんじゃないかって思う」

「自由の仲間?」


 よく分からない。同義語という意味なのだろうか。


「命があれば何でもできるだろ? 面白い物見て笑うことも、馬鹿なことして怒られることも、感動して涙することも。その気になれば世界を救う英雄になることも、世界を支配する魔王にだってなれるかもしれない。ぜーんぶ死人にはできない。生きていれば自分で選んで、いろんな道を進んでいけるんだ。だから命があることは、つまり自由であるのと同じことなんじゃないかって、な」

「自由と同じ……だと」


 当たり前だ。死んだら何もできない。そう鼻で笑いたかった。しかしジアスの顔がいつもより真剣なことに気づき、善は薄く歪めかけた口元を止める。彼は本気でそう思っている……そう理解すると、不意に怒りが頭の片隅に蠢き、口を開くとそれは体全体に迸ったように感じられた。


「命があることが自由であるのならば、命があるのに自由がないものはどうなる……死人か? 生きているもの全てが自由なことはありえない」


 怒鳴りつけはしなかったが、ジアスは驚いた様子で善を凝視する。


「いきなりどうしたんだ。俺の考えはやっぱりおかしいのか?」

「いや。間違いだとは言い切れるものじゃない。いろんな考え方があって良いのだろうが、私には理解できない」


 私は何をムキになっているのだろう。たかが命についての馬鹿馬鹿しい語り合いじゃないか。善は今更ながら怒りを覚えたことを後悔しつつ、ジアスの視線を避けるように立ち上がった。

 ジアスは善の怒りに当然気づいており、後を追うように立ち上がる。そして意地悪そうにニンマリ笑うと、善の口から煙草を取り上げて自分の口にくわえた。


「あ、おい!」

「がほ、けほっ、けほっ……不味い」


 予想はしていたがジアスは派手にせき込んだ。彼は煙草を吸ったことがないのだ。善は呆れて再びジアスが煙を吸い込まないように煙草を取り上げる。


「阿呆。何をしているんだ」

「けほっ……お前と同じ目線に立って見たかったんだよ」


 意味が分からない。首を傾げたままジアスの顔を食い入るように見つめた。彼は善に凝視されると、少し罰が悪そうに軽く頭を掻く。


「お前さ、俺が言ってることが綺麗事だと思ってるんだろ?」


 今日はよく図星になる日だ、と善は思う。


「さっきの話をさ、ソフィアにもしたんだよ。そしたらあいつさ、“善が聞いたら怒るわよ”って言ってた。そんで話をしてみれば本当にお前怒るんだもん。驚いたぜ」


 彼女は私の心でも見透かしているのか? 今の善の心情をピタリと当てているため、彼は驚きよりも恐怖を覚えた。


「何で善が怒るんだ? って聞いたらさ、“善も私も生きているけど自由じゃないものだから”って言うんだ。それ聞いたらさ、なんか悔しくなって……」


 ジアスはだんだん目を細めていくと、善から目をそらして行き場のない目線を空へと向ける。


「俺だけなんだ。生きていることは自由で、いろんなことができると思ってるのは。近くに苦しんでる奴がいるのに、ソフィアが自由だった時なんて一度も無かったのに」

「だから、煙草を?」


 ジアスがこんなにも悲しそうな表情をしているのを初めて見た。善はいつもであれば、同情のつもりか、と軽く流してしまうような内容の話につい一歩踏み入れる。ジアスは何か心に詰まったものを吐き出すように、一気にしゃべり出した。


「俺はお前の背負ってるものがどんなものか知らない。ソフィアは、俺やお前やリオが苦しい気持ちを理解してる。けど、お前の苦しい気持ちは誰が分かってくれてやるんだ?」

「……」

「なかなかお前は認めてくれないが、俺は親友だからな。なんとか分かるように、俺も同じ立場に立とうとしたんだよ。……その方法が煙草なんて阿呆みたいだけどな」

「本当に阿呆だな」


 親友だから、同じ気持ちを共有したい? 馬鹿馬鹿しい。善はそう思いながらも、どこか体が熱くなるような妙な気分になった。

 こいつになら話しても良い。なぜかそう思え、自然と口が動いていた。


「ここが十一年前、なんていう町があったかジアス、知っているか」

「へ?」


 予想もしない言葉だったのだろう。ジアスは困惑した顔で、善へ視線を戻した。その顔が何ともいえず間抜けに見えて、善は笑いそうになるのを堪える。


「ここに町があったのか?」


 お気に入りの場所だと自分で言っていたにも関わらず、ジアスは桃色の花々で咲き誇る大地に忙しなく目を向けた。


「あったんだよ。小さくて地図の何処にもなかったけどな。トキナという町が」


 この名前を口にするのは何年ぶりだろう。善はおどけて肩を竦める仕草をした。


「その町は、小さい。だが、どの大きな組織にも従ってはいないことが誇りの町だった」


 〈イレブン〉のような組織に危害を加えられないように、普通はどこかの組織の保護下に入って従わなくてはならないのが、小さな町や村の宿命。トキナはそんな町の中でも例外中の例外だった。


「格好の良い話のようだが、種を明かすと何とも情けない理由でな。トキナはどこの組織にも従わなかったじゃない。あまりにも町がど田舎で、山賊やら野生生物がひと月に何度も襲撃にくるようなところだから、どこの組織も欲しがらなかっただけなんだ」


 ジアスは相変わらず訳の分からないといった顔で、ただ話を聞いている。


「ただトキナにも魅力があった。それは自警団だ。山賊やら野生生物やらから町を守り続ける故の宿命だが、結果的に彼等はどの軍隊よりも強くなっていた。次第に戦士達にも自尊心や伝統が生まれ、自警団は町の誇りになっていった。互いに互いを敵と思い、ライバル視することで強くなるのがトキナ流の戦い方だったが、その理

念がある悲劇を起こしてしまった」

「悲劇……?」


 ジアスの顔が歪む。善は無表情のまま煙草の煙を吐き出した。煙は二人の視界を歪めて消えていく。


「二十年程前、トキナには神童と呼ばれるほど武に秀でた者が生まれた。その赤子は少年となり、その才能を開花させて年上の戦士達を追い抜いていった。彼の成長と才能、力は町の中で化け物だと言われるようになり、少年は一人孤立してしまった。しかしそれでも彼の父と母は、めざましい強さを誇る息子を自慢気に思っていた」


 今思えばその両親の驕りが、少年への風当たりを更に強くさせていたのだろうな。善はそう言って小さく笑い、ふと真顔に戻る。


「……だからこそ、彼が妹を殺めてしまったことを知ったときの両親の変化は恐ろしいものだった」

「妹を殺した?」


 実の妹を? 信じられないといったジアス。善はそこで大きく首を左右に振った。目は強く閉じられている。


「事故だった」


 ポツリとこぼした言葉は、まるで誰かから叱られている子供がいう言い訳のように弱々しかった。


「あれは仕方のない事故だった。まだ赤子の妹を、用事のある母の代わりに面倒みていた少年は、その日に限って現れた自警団仲間の挑発に耐えられなかった。仲間は、少年の強さを疎ましく思っていた者達だった。少年はその場の状況を理解できるには幼く、彼は罠だとは知らずに、突きつけられた決闘に飛び出して行ってしまう。一人残された妹のそばに、意図的におびき寄せた野生の狼がいたことも知らずに」


 ジアスが息をのむ音が耳に届く。彼もその先の展開がどうなったのか分かったらしい。


「少年が決闘に勝ち、妹の所に戻ってみると、血を流して動かない仲間達と狼に喰い散らかされた妹の哀れな姿が目に入った。初めは仲間達も、少年の妹を死なせるつもりはなかったのだろう。なんとか止めに入ろうとして返り討ちにあったのだとその時は思って、少年は己の浅はかさに泣いた。罠にかけられたことに気づけなかったこと、妹を守れなかったことを悔やんで」


 煙草が残り短くなっていた。善はそれを地面に落として踏みつけると、新しい煙草に手を伸ばす。


「それで、少年はどうなったんだ?」


 恐る恐るといったジアスの声。善は手にした煙草を口にくわえ、火をつけた。


「少年は、両親に事情を説明しようとした。だが信じてはもらえず、あろうことか妹殺しの罪に問われるようになっていた」

「なんで!?」

「少年を罠に掛けた者達が、自分達に責任を問われるのを恐れ、町中に“妹殺し”の噂を広めていたからだ」

「そんな」


 理不尽だ。ジアスはそう言って表情を怒りで険しくする。善はそれに悲しくほほ笑んで返した。


「少年は何度も身の潔白を求めた。だが妹の葬儀を終えた後に少年は自らがやったのだと嘘を言ってしまった」

「なぜそんな自分を貶めるようなことを….…」

「当時の少年には、町の人間や両親の疑いの視線に耐えられなかった。なにより、強いと思い上がっていた自分が妹ひとり守り抜けなかったことに嫌気が差したのだろう」


 ジアスは何も言えなかった。善はただ淡々と語り続ける。


「その後少年は、光の全く入らない牢に繋がれた。町の者は少年の強さを恐れていただけに、彼を牢の中で餓死させようとしていたらしい」

「……」

「だが少年は生きた。生きなければならないのだと思っていた。死なせてしまった妹の分、自分が生きなければならないと、幼いながらにそう考えていた。牢に入ってくるネズミを気配と聴覚だけを頼りに捕まえて食料にしたり、たまに天井の隙間からこぼれ落ちてくる雨水を飲み、彼は半年以上をそこで生き延びた。あれは奇跡だ」


 ジアスは何も言わない代わりに、善の肩に手をおいた。善は気づいていなかったが、彼の体は微かに震えている。 


「まだ生きているのだと知った町の人間は、彼を死刑にすることを決めた。ある日牢が開かれ、二人の男が少年を連れにやってきた。あろうことかその二人は妹が死んだ日、少年に決闘を申し込んできた男と、妹の横で死体として転がっていたはずの男だった。あの日、死んだのは妹だけだった。他の者達もみんな演技であり、死んだわけではなかったらしい。少年は勘違いしていた。真実はもっと巧妙で残酷だったのだ。仲間たちは最初から妹を殺そうとしていたのだ。妹の死も少年の死刑も計画されたものだったのだとその時彼は悟った」


 セレステの風が、まだ肩ほどしかない長さの善の髪を撫でては通り過ぎていく。爽やかで甘い花の香りを感じさせる風は、彼を労っているようだった。


「……少年を半年以上支えていた理性が音を立てて崩れ落ちたのは時間の問題だった」

「何が起きたんだ?」


 肩を掴むジアスの手に力が入る。善は首を左右に振った。


「分からない。我を失った少年は、町から逃げ出そうとした。逃げなければ殺されるのだと、そう頭の中で繰り返し繰り返し言いながら。あの時、彼の中にあったのは、ただ純粋な恐怖だった」


 そして彼は強く目を閉じた。まるで嫌な記憶を辿るように。


「町の人間は全て敵に見えた。立ちふさがる町人へ無判別に殴りかかり、死刑を実行に移そうとした自警団を一人で壊滅させていたそうだ」

「……すげーな」

「幸いだったことは、少年は誰一人殺めてはいなかったということ。騒ぎを聞きつけた〈イレブン〉が兵士を引き連れ、この騒動を止めに入ったことだった。戦場と化した町の中心で少年は視界に入る全ての人間に襲いかかる化け物になっていたらしい。それを今の特殊部隊のリーダーが抑え〈イレブン〉が身柄を保護した。少年の力と武に秀でた才能が評価され、十一年の時を経て、少年は救われた恩を返すべく兵士になった。そしてセレステに存在したトキナという町は風化してなくなってしまった」


 言い切った。善はどんよりとした気持ちで再び短くなった煙草を落とし、踏みつける。

 私は何をしているんだ。話せばスッキリするとでも思ったのか。

 沈黙がしばらく続いて、善が自己嫌悪に浸ろうとしていたそのとき、ジアスが口を開いた。


「その少年は、自由じゃないのか? 今も、罪悪感に打ちのめされているのか? 人生に絶望しているのか?」


 どうしてそんなことを。善はもう一本と煙草へ手を伸ばしかけて、その動きを止めた。


「どうなんだ、知ってるんだろ?」


 教えてくれよ。そう彼の琥珀の瞳が、善に向けて微笑んだように見えた。


「少年は今、良くも悪くも元気に生きている。性格は相当ねじ曲がったものになり、周りからはやはり懸念されている」

「友達は? 彼はまだ一人なのか」


 善はそう言われて、小さく苦笑いした。


「友達は、なんだかよく分からない騒がしい馬鹿力の奴が一人。自分の命も体も自由がない筈なのに何かとお節介なのも一人いる。不幸なのか幸せなのか分からないがな」

「幸せだってことにしとけよ!」


 ジアスが笑い、肩を思いっきり叩かれる。いつもは痛いからやめろと言って避けるのに、今日はそうしなかった。

 善は空を仰いだ。

 空はやはり青く、セレステは相変わらずただの平野だ。でもなぜか善にはこの瞬間、世界がいつもと違う輝いたものに見えてならなかった。




 *****




「なぁ、善」

「なんだ」


 二人は草が茂る地に寝ころんでいた。不思議と晴れやかな気持ちになっていた善は、右隣りにいるジアスへと顔を向ける。


「さっき俺さ、命が自由だっていったろ? それには続きがあるんだ」


 真っ直ぐ青い空を見つめるジアスの目は揺らぎのないものだった。


「俺は馬鹿だ。だけど馬鹿でもソフィアや善みたいに、自由を手にできずに生きている人達がいることは分かっている。だから俺は命があるものは自由であるべきだ、って言いたいんだ」

「あるべき、か」

「そう、努力するんだ。いろんな偶然と奇跡で命は誕生するんだぜ? それが身動き出来ないようなものなんて俺は嫌だ。無茶なことかもしれない、やっぱり綺麗事なのかもしれない。でもトキナにいた少年が絶望し、それでも友と一緒に生きているんだ。できないことはきっとない、そう俺は思いたい」


 やはり綺麗事だ。善はそう思ったが、そのジアスの言葉に自然と惹かれている自分がいることに気づく。


「なるほど。つまり自由は自分で勝ち取れ……ということだな」

「そのとーり。命があるんだからやれることをやって、もがくだけもがきやがれ」

「お前らしいよ」


 善は小さく笑う。ジアスはそれを耳にして、どこか満足そうに頷くと、ガバッと体を起こした。


「なぁ、話は変わって悪いんだけど」

「な、なんだ?」


 突然起き上がった友の顔が、イタズラ小僧のような笑みを浮かべていたため、善は何か嫌な予感がして笑みを引きつらせた。せっかくの爽やかな気分も台無しになった気がする。


「このセレステにはさ、人になつく鳥が住んでるんだろ?」

「あ? ああ」


 しかしそんな善の気持ちなど関係ないと言わんばかりに、ジアスは嬉しそうに目を輝かせると、ひとりガッツポーズを取った。


「てことは善、お前その鳥の懐かせ方知ってるんだろ?」

「あぁ……まぁ……子供の頃にやったことはあるが……」


 あまりにも目を輝かせているので、善は訳が分からないまま頷く。ジアスは途端に善に寄った。


「頼む! 懐かせ方教えてくれっ」

「は?」


 何を言っている、理解不能だ。善はそう思いながら顔を背ける。否定のつもりなのだ。


「なぁ、頼むよ! ソフィアにその鳥を見せてやりたいんだって」

「……なるほど」

「……………あ」

「やはりそうだろうと思った」


 はぁ、と溜め息をつく善。ジアスはまずい、と口を手で押さえた。善の黒い目が鋭くなる。


「お前今度はその鳥を使って、ソフィアとまた映画にこっそり出かけようとしているだろ!!」

「いえいえ、滅相もございませんっ」


 わざとらしく、ジアスは首を大きく左右に振った。怪しい。善は眉間にしわを寄せながら、唸った。


「お前。前回のこっそり出掛けた時の後始末は誰がしたと思っているんだ! 上司に嘘をつき、ソフィアのいない花畑に誰も入らせないように頑張っていたのを忘れた訳じゃないだろうな」

「あはは……そうでしたねぇ」

「その後、結局は上司にバレて俺がどれだけ絞められたと思ってるんだ」

「あはは……」

「こらっ、逃げるな!」


 大地に怒号と笑い声が響く。セレステの地に人の声が響くのは、十一年ぶりのことであった。




 *****




――命があるんだからやれることをやって、もがくだけもがきやがれ。

私は今、もがいているのだろうか?

お前のいう自由を求めて。



「善」

「はい」


 声が耳に届く。小さい声だっだ。だが善が我に返るには充分で、軽く伏せていた瞼をゆっくり開く。

 ここはどこだ。善はぼんやりとしたまま辺りを見回す。天井が近かった。彼の体は二段ベッドの下位に横になっているようだった。三秒後、ここは〈イレブン〉の休憩室だと善は理解する。

 どうやら少しの時間、眠ってしまっていたようだ。

 頭が痛い。随分と懐かしい夢を見ていた気がした。

 善は頭を軽く振りながら、体を起こす。誰だか分からないが寝たままの状態で話をするのは失礼だろう。


「仮眠中に申し訳ないね」


 声の主は、照明の光に目を細めている善を見下ろして、申し訳なさそうに頭を掻いている。


「何かご用ですか?」

「なに、用と言うほどではないが少し話がしたくてね」


 目が慣れてくると、見下ろしている人物が誰なのか判別出来るようになってきた。高いブランドの白いコートに、優しい目に走る長い縦の傷跡。


「アベル統括」


 照明の逆光で陰の落ちるアベルの顔はその優しい表情とは裏腹に、酷く凄みがきいていた。十中八九、傷のせいだろう。


「休憩時間だと聞いていたから悪いとは思ったんだけど、少し目を通してもらいたい物があるんだ」


 善は上司の目の前だと言うことにようやく気付いて、忙しなく身なりを確認した。今の自分は黒のタンクトップに黒のパンツ。どこからどうみても、寝間着姿だ。少なからず上司の前に出る格好ではない。

 だがそんなことなど気にもしていない様子のアベルは、やや疲れた表情の上から笑みを浮かべ、善に書類を与えた。


「そこ座っても良いかな?」

「はい」


 アベルはベッドに腰掛け、書類を手にぼけっとしている善の顔をじっくり見つめる。その表情がやけに険しくなっていて、善は首をひねった。


「私の顔に何か?」 

「いや……随分やつれているなとおもってね。食事はしっかり食べているのかい?」

「ご心配なく。大丈夫です」


 嘘だ。

 最近はアルフスレッドの処方する薬の影響であまり食欲がない。痩せたというのは自分が一番分かっていた。


「この書類は?」


 このままこの話を続けられるのはマズい。とにかく話を変えよう。そう思った善は手元にある、五枚ほどの紙に目を落とした。不意にアベルの目が細められる。


「レイス君の部屋から出てきたものだ」

「何なんです?」


 レイス。今は聞きたくない名前だ。

 あの最上階での戦いから約三日がたとうとしている。今頃は地下牢に入れられているはずだ。

 結果的に善は彼の暴走を止めることができた。だがリオールはあれから誰とも口をきかず、殻に閉じこもるように小屋から出てこなくなってしまった。彼としては失う物が大きかったように思い、苦々しい表情が出ないように努めた。


「読んでみてくれ」


 そんな善の複雑な表情を見て、苦笑いを浮かべたアベルが、手元へと視線を促す。

 善は未だにぼんやりする頭を振るわせながら、書類を見つめた。

 それは〈イレブン〉に関する資料やリオールの簡単な研究資料であり、最近来たばかりのレイスが説明用に持っている分には、別におかしいことではないように思えた。

 彼はそれを口にすると、アベルは大きく頭を振ることで否定する。


「?」

「私は君に説明を頼んだから、特別何か資料を彼には与えていないんだ」


 どういうことだ? 善はてっきりアベル統括がレイスが〈イレブン〉に来た初日に渡したものだと思っていた。


「私が与えた物であれば、何の問題も無かったんだけど……〈リジスト〉という組織を知っているかい?」


 アベルが顔を曇らせた。善は嫌な予感を頭の片隅に感じながら首を縦に振る。


「確か、南側の組織でしたか」


 〈リジスト〉といえば、規模はあまり大きくは無いものも、情報網に優れ、よい人材を集めることで有名な組織だと聞いたことがあった。結局分かることは〈イレブン〉に刃向かう害であるということだけ。

 将来的には脅威になると、善を含め各部隊のリーダー格の間で噂されているが、詳しい事は誰も知らないのだという。


「で?」


 〈リジスト〉が何だというのか? うすうす先が分かっていたのだが、善は敢えて先を促す。アベルの口から聞くまではそれと断定したくないからだ。


「調べさせたところ、どうやらその資料は〈リジスト〉の隊員に渡される物らしいそうだ。それに……」


 アベルは眉間に深々と皺を寄せながら、腕を組む。


「レイス君はどうやら〈イレブン〉に来た日から宛先不明の手紙を二日おきに必ず送り出していたそうだ。随分と細かい文章を連なれた厚い手紙だったと聞いているよ」

「つまり、レイスは〈リジスト〉と繋がっていると言いたいのですね?」

「……正直、信じたくはない」


 善は先日の戦いの後、月の間での報告で忙しく、ほとんど寝ていなかったのだが、アベルの話に眠気が一気に飛んでしまった。そして、そのままベッドから降りると、もう一度手の中にある書類に目を落とす。

 〈イレブン〉の資料を持ち、どこに送っているのか分からない手紙を書いていたことを考えれば、レイスが間諜であった可能性は否定できない。善は小さな休憩室の小さな窓へ目を向けながら、言葉を紡いだ。


「今後のレイスの処遇はどうなるのですか?」


 休憩室は冷え込んでおり、更に窓からは登りきった下弦の月が銀色の冷たい光を放っている。それに影響されたわけではないが、善の言葉もどこか冷ややかだった。

 少しの間考える素振りをみせたアベル。彼はコートのポケットから革製の黒い手帳を取り出して、色とりどりの多い紙の付箋から赤い物に手をかけた。そして一気に付箋のページを開き、目を走らせる。

 善の視線の中で、赤いものがひらひらと舞う。どうやらアベルの忙しない動きの弾みで落ちた付箋のようだ。

“善の心情を聞き出す”と走り書きのメモがあった。

 彼が人の心を読むことが得意な人物だとは知っていたが、ここまで徹底していたことなのか。善は付箋を視界の隅に置きつつ、何を言われるのやらと身構える。


「リオール・アバランティアの誘拐未遂、〈リジスト〉の間諜疑惑……おそらく即刻死刑とはならないみたいだ。やはりいろいろ聞かなくてはいけないことがあるからね」

「尋問ですか……」


 善は淡々とした口調を崩さないように気を配りつつ、視線を近くのデスクに向ける。椅子に掛けられた白いワイシャツを身につけ、時計をチェックしながら、アベルと目を合わせないようにした。


「それだけならまだ、良いだろうけどね」


 それだけではないだろう。と善は思った。反抗組織には容赦のない〈イレブン〉のことだ、とことんレイスを追いつめる方法を使うに違いない。


「厄介なことに、レイス君には時間が無い」


 アベルの口から、大きく息が吐き出される。善も頷きながら、言葉を返した。


「結晶化病がありますからね」


 レイスに対して長期を見越した尋問は有効ではない。気づけば結晶化が進み、何も聞けずに逝かれてしまうことも考えられる。

 既にランクがB+だということは、レイスが二十歳を迎えることは難しいはず。アベルも善もそれは理解していた。そして、たとえ彼に尋問、又は拷問をしたとしてもそう易々と傭兵が口を割るとは思わない。厄介といえば厄介な罪人である。


「〈リジスト〉も考えたな。レイス君なら捕らわれても、傭兵だから切り捨てられるし、いらぬことを口にする前に自動的に消えてくれるということか」

「……」

「まるで捨て駒だ」


 アベルはため息とともに悪態をついた。彼は統括という地位について特殊部隊をまとめるようになってから五年、現場に行くことがなくなって久しい。しかしそれでも生臭い話は絶えず耳に入ってきた。

 基本的に特殊部隊の仕事は総合職でジャンルを問わず回される。人に言えないようなことも受け持つ組織の裏方といえば聞こえいいが、ようは態のいい掃除屋だ。アベルの生来の性分は潔癖であるようで、他人の裏事情は慣れていようと聞いていて気分が悪いようだ。


「……哀れだな。彼も関係のない組織同士の抗争に巻き込まれて命を落とすなんて、悪く言えば犠牲者と言ったところだろうね」

「彼は傭兵です。巻き込まれたのではなく、自ら巻き込まれに行った……傭兵とは関係ない他人から雇われて初めて生きていけるのでは?」


 哀れみすぎだ。善は同情の域に入るアベルの言葉にやや苛立ちを感じた。


「だから哀れだといったんだよ。彼のような若者達がそうやって散らなくてはならないことがね……」


 そんな善の気持ちを知ってか知らぬか、アベルは軽く目を伏せる。


「彼のような年で傭兵をするなんてよほど何か昔、あったのかもしれないね……善、君の様に」


 何故そこで私の過去を引っ張り出す? 善はやれやれと溜め息をつき、ベッドの柵に掛けておいたワイシャツや黒いスーツに手を伸ばす。

 アベルは時折、人への心情に深く介入しすぎるところがある。心配してくれているというのは聞こえが良いが、単にいらぬ世話であることに変わりなかった。


「……はぁ」


 善の眉間に縦皺が入ったのを目にしたアベルは、探りを入れるのは絶望的だと判断した。即座に話題を変えるために、立ち上がって善と同じ視線に合わせる。


「話は変わるけど、今日の朝いきなりケイスが私の執務室にやってきたよ……かなりご立腹な様子で」

「ケイスが?」


 珍しい。善は初めて表情を大きく変化させた。真面目で礼儀正しいケイスが、怒って執務室に乗り込むなど想像もできなかったからである。


「なぜレイスに申し開きの機会を与えずに捕らえてしまったのか。あと、善がレイスを殺そうとまでした辺りのことを酷く気にしていたようだ」


 そこはケイスらしい。彼はまだ特殊部隊に配属されて一年目を過ぎたあたりだ。まだ特殊部隊の裏を分かりきっていない所があり、善から言わせればまだまだ甘ちゃんである。


「ケイスだけではない。ターナーも良くは思っていないようだ。今はグレイスが説得してくれているようだから、静かにしているが、レイス君と仲が良かっただけにショックだったようだね」

「そうですか」


 私は最善だと思うことをしただけだ。酷い奴だと思われていることなど善には全くもってどうでもいいことだった。《イレブンの悪魔》と呼ばれるのはそのせいでもあったが、彼はそれはそれで悪くないと思っている。


「ケイスの言葉を繰り返す訳ではないが、なぜあの時レイス君を殺害しようとまで過激な判断をした? 一度捕らえて、詳しく申し開かせる機会を与えれば良かったのではないか」

「そんなことをしたところでレイスの考えが曲がらないと思いました」


 一、二週間共にしただけの傭兵に、なぜ仲間達はこうも情けを掛けようとするのだろうか。善には理解できなかった。〈イレブン〉に所属する身ならば、組織にとって有意義なことを優先してこなすのが義務のはずだ。


「私が急ぎレイスを始末しようとしたのは、猶予を与えるような行動は、かえって彼にリオール誘拐のチャンスを多くする要素になるような気がしたからです。それでは〈イレブン〉に対するダメージが大きいものになってしまいます。それだけは避けたかっただけですが」

「本当に君は……頭が固い男だよ」


 善が彼らの考えを理解できないように、アベルも善の考えを理解できないようだった。視線を避けるように忙しなく着替えに取りかかる善の背中に、呆れを含んだ苦笑が向けられる。


「全く。組織に対する君の忠誠心は素晴らしいものだ」


 それはどういう意味だ。善は皮肉な言葉に振り返って、すぐに笑みを引っ込めたアベルと目線をぶつけた。


「私は君が何を隠しているかは知らない。上層部に何をさせられているかなど、私のような者に知らされるはずがないからね……でもな善。私は君に、自分をないがしろにする行動はやめてほしいのだよ」

「……私は自己犠牲に酔っている気など全くありませんが」

「レイス君を殺害しようとしたのは、レイス君をジアス・リーバルトと重ねたからではないのか? ジアスを重ねた彼を殺すことで君はまたあえて自分の過去を繰り返そうとした……違うか?」

「ふっ」


 思わず笑いがこぼれた。アベルはその善の反応に怪訝そうな表情になる。


「失礼。あまりに……」


 耐えきれない。善は気づけば声を上げて笑っていた。

 図星。アベルのいうことはズバリと言っていいほどに当たっている。ただ善は今まで気づけなかっただけだった。

 なぜ、治療室でレイスにソフィアとジアスの話をしたのか。

 なぜ、自分がレイスとリオールの会話を屋上から見下ろして、観察したのか。

 なぜ、レイスを殺害することを初めに選択したのか。

 全て己の手前勝手な考えのせいだと分かり、善は笑いを抑えきれなかった。

 それに気づかずにいた自分の情けなさ。我ながら傑作だと思える。


『緊急事態発生、緊急事態発生。B1フロアサンプル室より脱走者あり。繰り返す。緊急事態発生、緊急事態発生……』


 善が笑いを止めたのと、耳障りな警報機のサイレンが鳴り響いたのはほぼ同時だった。


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