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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
22/68

借りと約束

「もしここへリオールが連れ込まれることがあればテラ、悪いが助けてやってくれないか?」


 テラは顔を上げた。突然投げられた言葉の意味が分からなかったのだ。

 暗い牢は、声の主の顔に深い影を落としその表情を隠している。緑の鮮やかな髪を乱し、うなだれるように座り込んでいる隣人は、酷く疲弊しているようにテラには見えた。

 隣人は、テラとほぼ同じ時期に牢に入れられてというもの、暴れまわり、叫んだりと非常に迷惑な輩であった。そんな人物から出てきた言葉に、懇願の意が籠っているのでテラは大いに困惑する。


「リオールとは誰だ?」

「ソフィアの妹だ」


 女の名前を口にする隣人の声に、力がない。数日前までの騒がしさは幻ではないか、と疑いたくなるような弱々しさに、テラは更に困惑する。笑い飛ばすために緩めていた頬を、彼は慌てて引き締めた。


「ソフィアは……あんたが助けられなかった女だな。せめて、妹はというわけか」

「情けないが、その通りだ」


 心底悔しいのか、その人物は牢の床に拳を叩きつける。石造りの床に鈍く思い振動が響く。己の体を痛めつけているようなその姿を、テラは痛々しそうに見つめた。


「恐らく何年もしたら、リオールも“生け贄”として連れてこられる日が来るはずだ。もし、もしここにやってきたときには――頼む」

「そのリオールという小娘を助けてやればいいんだな。……分かった」


 隣人は、テラに深い説明をしない。テラも、必要以上に、質問をしなかった。だから、隣人の言葉の意味が彼には半分以上理解できていない。

 二人はただ同じ牢の隣り合わせただけの囚人。短い共同生活で友情など生まれない。だが、テラには彼の願いを聞き入れた――否、聞き入れるしかない状態であった。


「それより、いいのか? 本当に俺の代わりに処刑されてしまって?」


 テラは処刑を待つだけの囚人であった。彼の犯した罪は重く、すぐに殺されてもおかしくない。〈イレブン〉のサンプルになって命を延ばす猶予も与えられないはずだった。


――このはた迷惑な住人が、無茶な提案をするまでは。


「あんたは、ここに来て何度も何度も脱出を試みようとしていた。外に行かなきゃいけない何かがあるんだろ? 俺の代わりに死ぬようなことは本当は出来ないんだろ?」


 隣人は己の命はなくなってもいいからと、テラの救命を願い出た。少し前まで、この牢から逃げることに必死になっていた人物が、何故こんな自己犠牲を敢行するのか。さっぱりわからない。テラは納得できないといった様子で、隣りに体を向ける。


「もういいんだ。俺はソフィアを救えず、挙げ句の果てには大切な親友には一生残るような傷までつけた。今更足掻いたところで虚しくなるだけだ。元々〈イレブン〉は俺を殺す気でいるんだから、代わりになることで人命救助ができるのだと思えば、悪くないと思ったんだ」


 沈み込んだ声ではあったが、己の選択に後悔は無いようだ。テラはこれ以上何を言っても無駄だと、今度は隣人に小さく笑みを見せる。


「残念だが、命が助かるといっても、俺は何やら危ない研究のサンプル体になるらしい。大して良かったとも思えないんだがな。人命救助というには、いささかおざなりだぞ」

「ハハッ、それもそうだ」


 テラもその人物も声を上げて笑った。虚しく、いくら笑っても気分は晴れなることはなく、暗いその笑い声だけが響くだけだった。




 *****




「テラ? おーい、聞いてるか」


 レイスの声が物思いに浸るテラを現実に引き戻した。

 白昼夢でも見ていたように、意識が飛んでいた。テラはその事実にやや驚きながら、目の前の人物にようやく目を合わせる。心配そうに彼の目を覗き込んでくるレイスは、安堵したように笑う。


「テラ。大丈夫か?」

「あ、あぁ」


 物思いに耽りすぎたのか、なかなかハッキリしない頭を軽くふったテラは今度こそしっかり頷く。


「……で、どうするんだ? 脱獄手伝うって言ってくれたけどさ、隣のフロアには看守がいるし、研究所のサンプル体の牢だから罠とか色々ありそうだしな。〈イレブン〉がそう簡単に逃がしてくれるわけないし」


 あれこれ考えるレイスは、言いながら己の牢に目を向けた。


「結局まずここから出ないと、どうにもなんないんだよなぁ」


 溜め息をつきながらも、早速やる気満々だというレイス。テラはしゃいでいると思われる彼に目も当てられない気分だったが、ふと彼の抱えているアミーで視線が止まった。


「……こいつ」

「え?」

「そのイタチ」

「アミーのことか?」


 ぽかんとしているレイスを横に、テラはジイッと視線を一つに集中させる。

 突然注意を向けられ、キョロキョロするアミーは、テラと目を合わせるとピタリと動きを止めた。


「こいつの大きさならば、格子も簡単に通り抜けられるはずだ」

「まさか……」

「牢の鍵は出入り口近くの壁に全て掛けられている。彼女にとって貰えばいい」

「ちょっ、無茶だろ?」


 こいつにそんなことできる訳ないだろ。レイスはブンブンとアミーを上下に勢いよく振り回しながら、信じられないといったようにテラに食ってかかった。


「こいつ、ただの白いイタチだぞ? しかも俺の所にきたのだって最近なんだ、何にも躾とか訓練とか」

「安心しろ、彼女はお前より賢そうだ。訓練など前の飼い主の所にいた頃にやっているそうだ」

「はい?」

「あと、彼女を上下にふるのを止めろ。会話がなかなか成立できない」

「あ、すんません」


 咎めるように、元々鋭い目を更に鋭くするテラの言葉には、微かな怒りが感じられる。あまりの眼力にすっかり負けたレイスは大人しくアミーを振るのをやめ、彼に手渡して――止まった。


「って、ちょっと。会話? あんたアミーと会話できんの!?」

「うるさい」


 静かにしろと声を凄まれ、何も言えなくなってしまったレイス。アミーを優しく抱き上げ、彼女と目をあわせているだけのテラを観察する事しかできなかった。


「いい子だ。さぁ、行け」


 やがて何やら意思疎通に成功したらしく、テラは満足そうに頷く。そしてアミーを床におろした。


キュ~~ン


 アミーは一度だけそう鳴くと、何の迷いも無く格子の間をすり抜けて走り出してしまった。


「え? 嘘、マジかよ。ホントに行っちゃったんだけど」

「賢い子だ。俺が説明しなくても大体のことは理解していたらしい」


 偉く感心した様子のテラ。一瞬、銀髪に隠れたあの眼がキラリと赤く光ったように見えた。もしかしてその眼の影響なのだろうか、


「そんなところだ」


 聞いてみると、テラは微妙な感じで頷き、軽く目を伏せる。なかなか次の話をしない彼に、焦りを切らしたレイスはズイッと隣の格子に近づいた。


「それよりも、アミーが無事に鍵を持ってこれてからのことなんだけど……」

「必ず、持ってくる」

「あ、そうですね。あははーーじゃなくて鍵が手元に来た後の話なんだけどさ」


 どんだけ動物大好きなんだよ。思わずそう思ったレイス。テラは呆れながらも彼の顔に、なにやら自信がみなぎっているように見えて、首をひねった。


「何か良い案でもあるのか?」

「……めちゃくちゃありがちな感じだけど、思いついたんだ」


 そう言うレイスはニヤリと悪戯を思いついた子供のようだった。




 *****




 午後六時四十三分。牢の隣のこじんまりとした控え室では日頃、一人で牢の見張りをしている看守がぼんやりとくつろいでいた。最近仕事が重なっていた為、疲れていたのか、うたた寝していたことに気づいて大きくのびをする。


「おっと、いけねぇ。見回りの時間だった」


 大あくびをしながら何気なく腕時計に目を向けた看守は、肩をバキバキ慣らしながら面倒くさそうに立ち上がった。

 看守は正直、囚人の監視をするのが億劫だった。囚人達を足蹴にできるのは彼にとってはなかなか快感ではあったが、あれらは研究機関のサンプルであるため暴力の度合いにも限度がある。それに、何にしろ囚人達が気味の悪い奴らばかりなのだ。

 昨日まで普通の人間だった奴が、次の日には“化け物”になっている。

 気付かないうちに囚人の数名が名簿から消えていて、死亡を見届けていないのに罪人死亡報告書を書かされる。

 そんなことが日常茶飯事に起きているのだ。慣れてはきたが、やはりいい気はしない。


キュ~~ン


 そんな感慨に耽りだしていたその時、少なからず“囚人達の声”ではない音が耳に届き、我に返った看守は反射的に牢へ続く入口へ目を走らせた。


「なんだぁ?」


 そこには白く、モコモコした物体が少し開いたドアの隙間からこちらを伺っていた。鼻をピクピクさせあちこちを嗅ぎ回っている姿に、どっから紛れ込んだんだ? こんな白いネズミなんて今まで住み着いてたっけか、と考えてふと手が止まった。


――果たしてあれは、ただのネズミか、“変化した”人間か?


 この牢の異様さに慣れたことで、看守には動物と人間の区別が難しくなっていることに今更ながら彼は気づく。

 もしサンプル体ならば、放置しておく訳にもいかない。悪態をついた看守は近くにある鞭を手にして白い生物に近づいた。


「あ、おい、コラ」


 足を忍ばせて近づいたものの、白い生物はすぐに看守の鞭に目をやり、顔を引っ込めて逃げようとする……と思いきや、看守が動きを止めるとそれも動きを止め、様子を伺うようにまた顔を出しに戻ったりを繰り返していた。

 その行動は、鬼ごっこでなかなか追いかけてこない鬼を挑発するのと似ている。


「あんのくそネズミ」


 相手が人間かただの動物か分からない故に、バカにされているような気分になった看守はドアを荒々しく開いた。

 途端に白いモコモコはぴょんぴょんと跳ねながら走りだした。よく見ればネズミというにはサイズが大きい。やはり変化した人間か? ものすごい勢いで逃げるモコモコを追いながら、苛立つ気持ちが募っていった。


「ちょこまかと小賢しい」


 体が大きい彼にはモコモコの素早い動きについていけない。どうしても動きが大振りになるため鞭をふるってもモコモコに当たらなかった。どこかに追い詰めることができれば。そう彼が思ったとき、突然それが真横の牢に飛び込んでいった。


「馬鹿めっ、自分から袋小路に入りやがった」


 しめた。看守の目がキラリと輝く。彼は汗ばむ手で鞭を握り直し、腰に括りつけたスペアの鍵で牢の中へとはいった。


「お疲れさ~ん。よぉ、オッサン元気?」

「お前」


 看守の顔が醜くく歪む。その牢は、あろうことか新入りのところだった。


「そんなにお急ぎでどうしたんですか?」


 なんだこいつ。喋り方おかしいだろ。息を切らせながら看守は、のんびりとベッドの上で手を振る新入り――レイスを、上から下までジロジロと見る。そのにこやかな表情は、先ほど看守に喰ってかかったことを考えると違和感がありすぎだった。


「おい。ここに白いモコモコが来なかったか?」


 その笑みが不気味に思えて仕方がなかったが、看守は当初の目的を果たすべく牢のあちこちを見回す。不思議なことに、暗く、湿った空気で充満しているはずの牢から微かながら甘い薔薇のような香りを感じた。


「もしかして、白いモコモコはこいつのことですか?」


 敬語。看守は先ほどからおかしいと思っていたレイスの言葉は丁寧な口調からきているのだと今更ながら理解した。

 一人納得している看守をよそにレイスはなにやらベッドの下に手を入れて白い物体を引きずり出す。

 それは白いイタチ。顔だけみればネズミに見えなくもない。


「そう、そいつだ!」


 モコモコしたそれは、看守と目があった瞬間すぐにレイスの腕にしがみついた。その行動はイタチがレイスに懐いていることを暗示している。


「サンプル体だと困るからな、そいつを引き渡せ」


 懐いているとかいないとか、全く興味のない看守は手を前に出す。その表情は安堵感で満ちていて、ようやく捕まえられるといったくたびれた雰囲気を纏っていた。


「看守殿、アミーは俺のペットです」


 看守はがっくりと肩を落としそうになる。と同時に、苛立つ感情のはけ口がなくなり、彼はその場に強く足を叩きつけた。


「お前よぉ! 飼い主だったらしっかり監視してろっ。下手すりゃそのイタチ、食っちまうぞ」

「そんな人間とイタチを区別できないから悪いじゃないですか」

「馬鹿にしてんのか?」


 何も知らない、新入りのくせに! 看守は思わず鞭でレイスを叩きつけてしまいそうになる気持ちを押さえつける。まだ彼には処罰が下っていない。しかし、己も自分の価値観の変化を気にしていただけにレイスの言葉は酷く彼をイラつかせた。


「俺だって、人間とイタチの違いぐらい分かります! 赤ん坊だって分かることですよ? それなのに分からないって、どんだけ目が」

「うるせぇ」


 彼の割には我慢していたが、明らかに馬鹿にしているレイスの態度にとうとうキレた。

 鞭を振り上げようとして、看守は若干腕が重たく感じることに気づく。再び鼻にあの薔薇の香りが感じられ、疲れてるんだな、と思いながらも怒りにまかせて振り下ろた。

 打撃は空を斬り、床を叩く乾いた音が響く。彼は気怠さを無理に押しのけながら、レイスの姿を目で追った。


「もう攻撃にはいんの? 早すぎだし!」


 アミーを抱えたまま真横に飛んでいた。間一髪だったようで、かなり動揺しているのが分かる。

 早すぎだし? 何が早いんだよ? 看守は彼の言っている意味がさっぱり分からなかったが、とにかく鞭を当てることだけに全身を集中させた。

 さすがあのイタチの飼い主と言うべきなのか、狭い牢の中を器用に逃げ回る。なかなか鞭は当たらなかった。


「いい加減諦めて、殺され――むぐっ」


 ようやく角に追い詰め、看守がだるい体で鞭を振り上げようとしたそのとき、背後から白い布を口元に押しつけられた。

 布からは強いむせるような甘い薔薇の香りがする。

 背後から? 看守は密室であるはずの牢で起きるはずのない出来事に思わず目だけを後ろに向ける。


「見てられん。どこが“良い案が思い付いた”だ。全然上手くいってないぞ」


 看守の腕を拘束し、布を口元に押しつけている犯人は、隣の牢にいるはずのテラだった。彼は無表情でそういいながら、ぐいぐいと布を押しつけ続ける。


――なぜ、ここにいる!? どういうこ……


「そのやかましい口は閉じてもらう。安心しろ、ただの睡眠薬だ」


 薄れていく意識。看守は疑問でいっぱいのまま、不敵な笑みを浮かべるレイスを睨みつけることもできずにその場に倒れた。




 ******

 



 二メートルの巨体の看守が倒れると大きな音が響き、大量の埃がその場に舞い上がった。レイスはその埃にむせながら、しゃがみ込んでベッドの下に隠した靴を引っ張り出す。


「ようやく眠ったぜ。少し威力が弱かったのか? おっかしいなぁ、この薬は火に炙れば相当強い睡眠効果があるってルナンが言ってたんだけど」


 そして靴の中から出てきたのは小さな白い紙。その中心には粉々になった、本は錠剤であったであろう物体が、山のように盛られていた。よく見るとてっぺんから煙が立ち上っており、微かな緑色の炎が見え隠れしている。


「お前が看守を怒らせたからだろう」


 そこへ、しきりに首を傾げているレイスに声をかけるのはテラ。彼は睡眠薬を吸わないように鼻をつまみながら、倒れた看守を足で指し示した。


「睡眠薬は服用者の意識を眠りへと誘うものだ。あろうことかお前は看守を怒らせ興奮状態にしたことで、睡眠を誘うどころか意識をより覚醒させていたんだろう」


 ため息をつくように肩を落とし、わざと残念そうなふりをする彼の様子に、レイスはその場を繕うように苦笑いを浮かべる。


「……つまり、自分の首を絞めていたわけなんだよな?」

「他に何と言えばいい? アホが」


 テラの言葉には鋭い棘でもついているのだろうか。レイスはそのままいじけたくなる気持ちを押さえつけた。


「まったく、さんざん上手くいくと言っておきながらこの様とは」


 あの安い挑発に引っかかる奴も引っかかる奴だがな、テラは倒れた看守を思いっきり蹴る。異常なほどに深い眠りに着いている看守はピクリともしなかった。


「まぁ、上手くいったんだから良いじゃないか」

「……俺があのまま傍観していなければ今頃お前は全身痣だらけだろうがな」


 駄目だ。口じゃテラには勝てない。レイスはガックリと肩を落としながら、自己反省会をするために現実逃避を始めた。




 ******




 遡ること一時間前。



「で、何なんだ。その良い思いつきってのは」


 テラが大した期待もしてない様子で問う。彼の右手の人差し指にはアミーが盗ってきた牢の鍵が掛けられている。


「牢の鍵が手には入ったことだし、とりあえず行動の自由は得られたわけだ」


 鍵に目をやったレイスは何やら真剣な顔つきで頷いて、力強く拳を作った。


「次に俺達がやるべきことは、より迅速により静かにこの牢獄から抜け出すことだ」

「まぁ、普通どう考えたってそうなるだろうな」


 無駄に自信だっぷりのレイスの熱の入った言葉をサラリと受け流すテラ。レイスはめげないように更に強く拳を握りしめ、一人その場に立ち上がった。


「そこで、今ある最も成功しそうな可能性がある作戦を考えた。……題して、看守ねむねむ大作戦!!」


 一瞬その場の空気が凍り付いた。


「どう? 駄目?」


 なかなか返答がないので、恐る恐る黙り込んだテラへと声をかけるレイス。その弱々しい声は数秒前の自信だっぷりのものとは対照的だった。


「ねむねむ大作戦……どういうネーミングセンス……いや、ともかく内容を聞かせろ」

「お、おお!」


 テラの呆れた様子ながらも、とりあえず話を聞こうという態度に安堵して、レイスは少し勢いを取り戻す。


「簡単に言えば、看守を誘き出して眠らせる作戦だ」

「……素晴らしく簡潔にまとめたな」


 まぁ想像はついていたが。テラはやれやれと首を振り、彼の足元に丸くなるアミーを抱き上げる。その目はどこか笑っているように見えた。


「要するに、看守をここに呼びつけて、ぐぅの音も出させないぐらいの速さでボコボコにして逃げる作戦だな」

「ええぇぃ!? 違う違う! そんな力に頼った作戦じゃないって」


 テラの解釈は、かなり過激だった。


「それじゃ、ねむねむ大作戦じゃなくてボコボコ大作戦になっちゃうだろ」


 そうか? 過激ともなんとも思っていない様子でテラはレイスに肩をすくめてみせる。


「じゃあ、何なんだ?」

「……これをつかうんだよ」


 思わずため息をつきかけたレイスだが、気を取り直して腰のバックから一つ小瓶を取り出す。ラベルも何もないものではあったが、レイスが唯一見分けがつけられる薬でもあった。


「結晶化病の患者のために俺の主治医がわざわざ生成した、“超”効果絶大の睡眠薬だ!」

「で? まさかそいつを看守の口に放り込む訳じゃないだろうな」

「さすがにそんなやりにくい作戦じゃないさ」


 レイスは言いながら、早速瓶から三、四粒の錠剤を取り出して、ポケットにあった紙の上に置く。そして瓶の底でそれらを砕き始めた。


「こうやって粉々にしてから火をつけるんだ。俺の主治医が、この薬は火に炙ると煙が睡眠ガスみたいになるから火気厳禁だって言ってたんだよ」


 かなり錠剤が細かくなってくると、微かに甘いバラの香りがその場に広がる。レイスは再び腰のバックを探して、一本だけ発見したマッチを取り出した。


「こいつで火をつける。テラは眠らないように気をつけてくれよ。俺の主治医ーールナン曰わく一般には強すぎる薬なんだと。まぁ、俺は慣れちゃったから多少吸っても大丈夫なんだけどな」


 まだ実行には移さずに、マッチを砂状になった錠剤の横に置き、レイスはテラに向き直る。


「詳しい作戦内容だけど……まずアミーに協力してもらって何とかここの牢に看守を呼び寄せる。そして」

「おい、その薬一つよこせ」

「え?」


 話が止まる。テラが何やら砕けた薬を見つめながら、手を差し出してきた。レイスは何故だかは分からなかったが、大人しく瓶から新しく一粒取り出して、彼の手に乗せる。


「お前の作戦の内容は分かった。ただ、そんなに上手くいくとは思えない」


 それを受け取った彼は、ベッドへと歩み寄り、白いシーツの端を手で裂く。なにを始めるのやらと見ていれば、彼はレイスの牢には置かれていない水差しで裂いた布を湿らせてそこへ錠剤をねじ込ませるように包んだ。


「まぁ、やってみる価値はあるだろうがな」


 そう言って薄く口元だけに笑みを浮かべたテラは、正直恐ろしかった。

 その時のレイスにはこの行動の意味が分かっていなかったのだが、今ならこの行動が、作戦の失敗を想定して布にも睡眠薬を染み込ませていたテラの配慮だと分かる。




 ******




「さぁて、看守はしばらくは起きないだろうし、さっさとずらからなくっちゃな」


 レイスは自己反省会を終わらせて立ち上がった。牢の扉は開かれている。


「それもそうだが、リオールという女も連れていくんだろ?」


 同じく立ち上がったテラはアミーを抱えつつ、鋭い目をレイスへと向けた。

 レイスはそれに大きく頷いて、高層ビルの頂上にいる彼女に思いを馳せる。


「もちろんだ」



描写の薄さは今後直していきます。

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