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Avalantear アバランティア  作者: 海豹
第一幕 ―起―
11/68

一週間


「最近どぉお? 仕事には慣れてきたぁ?」


 レイスが〈イレブン〉に来て一週間がたった。

 昼過ぎの休憩時間中、特殊部隊のオフィスでくつろぐレイスは、シエルの問いに、引きつった笑みで答える。笑みを浮かべて彼女はコーヒーを差し出している。何となく気まずい気持ちで受け取って、口に運ぶ。この砂糖を入れない苦いコーヒーもだいぶ口に合うようになってきていた。


「駄目だよ、シエル。こいつ初日にリオちゃんとケンカしてそのまんまなんだからさ」


 隣から、レイスの事情の核心をついてくる言葉が飛んでくる。


「熱っ」


 口に含むコーヒーを、危うく吹きそうになるレイス。

 その反応に、横のデスクで昼食をとるターナーは楽しそうに笑う。彼は慌てた様子のレイスに向かって椅子ごと体を向けてきた。


「な、なんでお前っ、知ってるんだよ」

「ふっ。俺を甘く見るなってことだ」


 コーヒーを置いて、レイスは向き合うターナーに掴みかかる勢いで詰め寄る。

 意地悪そうに笑うターナーは肩をすくめて見せた。口元がヒクついているのは笑いをこらえているからに違いない。


「しっかり謝らないと女の子は後が怖いぞ」

「そうよぉ」


 気づけば近くにいたシエルも(彼女は大真面目の表情だが)ターナーに賛同するように頷いていた。彼女はレイスの背後に回り込むと、腕を組んでむうと唸る。


「自分がいくら病を抱えてるからって、八つ当たりは駄目よぉ」

「だよなぁ――って皆なんで俺についてそんなに詳しく知っているんだ!?」


 プライバシーがなさすぎる! この組織に来た時から諦めかけていたことではあったが、レイスは半分嘆いていた。己の過去や、行動の一つ一つが知らないところで回っていて、これでは諜報活動どころではない。


「まあまあ、新人の時はみんな面白半分で挙動を見てるから、しょうがないぞ。みんなミーハーだからしばらくすりゃお前にも飽きるって」


 事情を知らないターナーはご愁傷様と、まったく気の毒に思っていない様子で、お悔やみを申し上げる。レイスが肩を落とすと、彼はそのまま言葉をつづけた。


「で? どうすんだよ。謝るのか? 謝るなら絶対泣かすなよ。女の涙はいろんな意味で武器だからな」


 ターナーはじっとレイスを見つめて、言葉を切った。背後のシエルも彼を逃がさんとばかりに睨みを効かせている。レイスに逃げ場はない。

 実際、彼自身にも負い目はあった。一方的に攻め立てておいて、一週間も放置してしまったことは流石に良心が痛んでいた。

 小鳥を助けたあの日から、レイスはリオールとまともに話をしていない。研究所のサンプルでもある彼女はいつも話が出来るわけではなく、その上レイスもなかなか言いだせなかった。よって一週間もの間、タイミングが掴めずにいた。


「一週間は不味いですよ、レイス。僕だって姉を怒らせたら三日以内には謝るようにしてるんですからね」


 話に参加することなく、銃の整備をしていたケイスも、一週間という単語に反応を示した。彼はレイスの向かいのデスクで、分解したマグナムを見つめながら、驚いたように目を丸くしている。

 彼の体験談を含んだ言葉に、男兄弟しかいなかったレイスは首を捻った。


「聞いとけよ、あいつの姉様は美人だから信用できる」

「なんだそれ」


 茶々を入れるターナーを睨み、ふとレイスはオフィス内を見回した。

 今日はデスクが埋まっている。やけにいろいろ怒られるな、と思えばほとんどのメンバーが室内にいるのだ。にぎやかなわけだ、レイスは小さく笑う。

 そんな暇な日にもかかわらず、一週間前の朝と同様善の姿はない。それはここ毎日続いていた。レイスに至っては彼がデスクについているところを一度も見ていない。


「リーダーなら、一週間前に月の間に呼び出しを受けて以来なんか忙しいみたい。見かけはするけど……」


 尋ねても詳しいことは誰も知らないらしく、皆不思議に思っているようだった。


「最近のリーダーはなんか変だよな」


 リーダーの癖にオフィスにいないのはまずいんじゃないのか? レイスはターナーに問う。おちゃらけた返事がくるものだとレイスは思っていたが意外にも彼は真面目に頷いた。“時たま頼れる奴”と称されるの顔つきになっていたため、レイスだけではなくシエル、ケイスも彼の話の続きを待った。


「リーダーはこのところずっと朝の仕事確認に来てない。あの人は生真面目だからよほどデカい仕事がない限り、誰よりも早くオフィスにいるはず」


 顎に手を当てて呟くと、ターナーはクルリと前方のデスクに座る人物へ唐突に声をかけた。


「そうですよね、グレイスさん」

「え? あ、あぁ」


 ぼけーっとしながらのんびり昼飯を食べていたグレイスは素っ頓狂な声を上げる。彼は心ここに非ずといった様子で会話など耳に入っていなかったのか動揺しているように見えた。

 外見と違って緩い人だな。見た目はいかにも厳つい大男なのに、グレイスはどこか抜けている。レイスはあたふたする彼の様子に、人は見かけではないのだと改めて思った。


「なんかぁリーダーも変だけどぉ、グレイスさんもいつもよりぼけーっとしてるわよねぇ?」

「確かに」


 そんなことを考えていれば、シエルとケイスが疑惑の目をグレイスに向けていることに気づく。


「何か知ってるんじゃね?」


 ターナーはニヤリと笑い、何やらデスクからブレスレットのようなものを取り出した。


「はい、グレイスさん。こいつお願い」

「はい?」


 そして椅子から離れ、グレイスに詰め寄ると、彼の手首にそれを素早く装着させる。そして時計の秒針を見るとターナーはカウントした。


「三、二、一……はいスタート!」

「え、えぇ!?」


 何を始めるのやら。レイスがあたふたするグレイスを見つめていると、座っていたシエルとケイスが何の前触れもなく口を開いた。


「僕からいきますよ。グレイスさん、貴方は最近リーダーが朝どころか全くオフィスに顔を出さない理由を知っていますね?」

「な、何もしらない」


 グレイスはただただ首を振る。すると今度はシエルが畳み掛けるように問い掛け始めた。


「じゃぁ、この頃グレイスさんがリーダーのデスク見て溜め息ばっかりついてるのは何なんですか?」

「……してない、そんなこと」

「もしかしてぇ、恋?」

「んな、バカな」

「こらシエル、悪ふざけするなよ」


 白黒するグレイスの顔色に声を堪えながら笑うターナーは時計の秒針を再び見る。


「三、二、一……しゅぅ~りょぉ~!」


 そして大声で叫び、グレイスにはめたブレスレットらしき物体を取り上げた。


「これは、最近俺が発明したブレスレット式嘘発見機なのだよ」


 はっはっはっ~、と大笑い。ターナーは得意げにブレスレットをみる。


「ケイスの質問には……まぁ、嘘ではなさそうだ」

「だから、知らないって言っているだろ」


 勘弁してくれよ、とグレイス。レイスは彼がただ遊ばれているように見えて、お気の毒にと心の中で呟いた。


「何やら騒がしいようですが……」


 そんなこんなでワイワイしていると、仕事を片付けたイヨールが不機嫌そうにドアを開いて帰って来た。


「おかえりなさい、イヨール先輩」


 ケイスはそんな彼女に笑顔で出迎える。しかしターナーは今だグレイスから話題を変えないらしく、ブレスレットを指差して彼に更に詰め寄った。


「でもグレイスさん、隠し事は駄目だ! 次のシエルの質問にはかなりの動揺を見せてるんだぜ」

「恋については断じて違う!」

「違う、違う。グレイスさんがそんな面白おかしい恋で悩むわけないって分かってるから! その前、溜め息ついてる辺りの質問に反応してるんだって! 何かリーダーのことで思いあたることあるんじゃないか?」


 物凄い勢いでまくし立てるターナー。つくづくよくしゃべる奴だなぁ、レイスは思う。そのまましばらく様子を見ていたレイスは、小声でシエルに話しかけた。


「今日のターナーは白熱してるな」

「そぉねぇ……あのブレスレット式嘘発見機、三日寝ないで作ったらしいからぁ、完成して嬉しくてしょうがないのよぉ~。きっと」

「なるほどねぇ」


 ふむふむと頷く。その間にもターナーはグレイスを追い詰めていた。


「どうなんだよ」

「……絶対、重い空気になるから言わん」


 グレイスは半分以上嫌々で、彼の言葉と戦っている。


「重い空気になんてならないって。大丈夫、大丈夫」


 白熱しているターナーはその言葉の意味を深く考えず、とにかく大丈夫と言い続ける。これはグレイスに逃げ場がない。レイスは先ほどの自分と重ねて、彼を気の毒に思った。


「あいつが体の調子が悪いことは知ってるよな?」


 やがて諦めがついたグレイスが、渋い顔でぽつりぽつり零し始める。そうなればレイスも、耳をそばだてて話を聞くことに専念した。


「先週たまたまあいつの部屋に入ったんだが、苦しそうに眠ってた」

「……それはぁ、貧血と過労のせいですよぉ」

「きっとそうだろうな」


 貧血と過労。レイスは言葉を聞きながら、善が調子が良くないことを改めて思い出した。元々善の仕事を減らすために傭兵を雇った聞いていたので、他人事の様にはレイスには思えなかった。しかし、彼はどれだけ多くの仕事を抱えているのだろうか。和やかな空気が漂うオフィスを眺めながら、彼は違和感を覚えずにはいられなかった。


「だが、問題なのはそこから先で、あいつ……俺が起こすまで熱にうなされるようにずっと同じ言葉を繰り返していてな」


 レイスのもの思いを中断させたのは、続けて紡がれたグレイスの言葉だった。先ほどまでと打って変わり、その声には深刻な雰囲気が含まれているように聞こえる。

 それってつまり寝言? ケイスは少し好奇心の目を向ける。

 事情を察したようにイヨールがうつむいたように見えたが、レイスもシエルもターナーも訳が分からないと顔を見合わせた。ケイスも空気が随分と重くなったことで、おずおずと自分の発言を撤回する。


「“ソフィア、すまない”って何度も何度も言ってたんだ」


 一言が、にぎわうオフィスの空気を払拭する。

 グレイスの予想通り、オフィス内が異様に重たい空気に支配された。

 ターナーもシエルもケイスも、聞いてはならないものを聞いてしまったといった、ように気まずそうに表情を曇らせる。白熱していたターナーは目を伏せため息をつき、好奇心を見せたケイスなど顔の色を失っていた。


「あのぉ」


 話が分からないのだが。

 レイスは黙り込んでしまった一同を見回した。唯一この中で話をイマイチ掴めていない新入りは、沈黙に耐え切れず口を開く。説明が欲しいのだが、この空気ではどうにも聞きづらい。


「ソフィアとはリオールの姉の事よ、レイス」

「あの亡くなったっていう?」

「ええ、彼女もかつてはリオールと同じようにあの花畑にいたわ」


 黙り込むメンバーの中で、冷静に言葉を返したのはイヨール。その彼女も声が固く、それが余計にこの場の空気を重くした。


「ソフィアは、五年前にリーダーが担当していた制御体サンプル。写真を拝見しましたが、リオに似て美しい人です」


 そこへケイスが身を乗り出して、イヨールの説明に付け足していく。彼は何とかこの空気を換えたいのか、声を上ずらせている。無理に明るくしゃべっているのが分かり、レイスはつい苦笑う。


「と言っても、僕は今年配属されたばかりなので詳しく当時のことは分からないんですけどね」

「バーカ。そんなの俺もそうだって。配属されたの三年前だし、知ってるのはリーダーと同期のグレイスさんぐらいだ」


 ターナーも席に座り直し、苦笑いを交えている。


「でも多分リーダーの気持ち分かるな。責任感じてるんだよ、リーダーは。仲良くしてた彼女達を死なせたのがな」

「彼女達……?」


 レイスは首をひねり、ターナーの言葉が複数形なことを疑問に思った。


「ターナー、説明が悪い。その当時ソフィアはアバランティアのコントロール出来る人間の中で最も優秀だったから、ハザードも彼女の存在を知る他組織からもよく狙われていた。だから、善以外にソフィアの監視兼護衛にあたる人物がいたんだ」


 助け舟を出すグレイスはどこか懐かしげで、やはり悲しげな表情のままだった。


「今も二人みたいなもんだけどな」


 レイスはその表情を見なかったことにして苦笑いする。

 現実に、今話題になっている善が一日一回はあの花畑に顔を出すため、二人で護衛しているのと変わらない。彼はどうして花畑に来るのか分からないでいたが、どうやら過去の出来事に関係がありそうだ、とレイスはグレイスの次の言葉に耳をそばだてた。


「もう一人の護衛はちょうどレイス。お前と同じアルティス傭兵団からやって来た若者だった。名はジアス・リーバルト」

「いや、分からないな」


 聞き覚えのない名前。レイスは自分が五年より前のアルティス傭兵団にいるメンバーを知らないのだ。


「彼は明るくてな。今では考えられないが、善も彼とは打ち解けてよく笑いながらふざけ合っていたものだ」

『嘘だろ』


 あの善が笑ってふざける……グレイス以外のメンバーがありえないと首を傾げる。


「だから五年前のあの事件さえなければ、今でも三人は親友でいられたはずなんだ」

「あの事件?」


 あの事件って? レイスが更に問い掛けようとする。何となくだが、この後に続く話は、情報として重要な気がした。好奇心もそうだが、彼はこの先の言葉に強く興味を惹かれた。

 

「レイス君いるかい!?」


 しかしグレイスが口を開く前に、血相を変えてドアを開けてアベルが乱入してきた。酷く慌てているようで、ドアが蹴飛ばされ、壁に強くぶつかった。


「ど、どうしました? わざわざこんな所にお越しとは、アベル統括」

「レイス君、早く最上階へ!! 大量のハザードだ!リオが危ない」


 走って来たらしく、息切れするアベルにグレイスが声を掛けようとしたが、アベルの次の言葉に特殊部隊のメンバーが全員立ち上がった。


「状況を説明して下さい」

「花畑に約三十体のハザード。まだ増えているから今何体かは分からない。だがまだセリカの街にも乱入していたから全部が来るには時間がかかるはず」

「……今日かなり数は減らしたはずなのに!」


 アベルの説明に、レイスは顔の血が引いていくのを感じた。今あの花畑にはリオールと、警備の兵が二人しかいない。もし彼女にあれら襲い掛かれば

――レイスはデスクに置いた剣をひっつかみ、オフィスを飛び出した。



*****



 レイスが慌ただしく走り出したのを横目で見ながら、グレイスは息絶え絶えのアベル統括を座らせる。


「戦闘部隊に連絡は……?」

「もちろん、した。しかし彼らは民地に降り立ったハザードの討伐に追われている」

「分かりました」


 状況をかみ砕いて確認したグレイスは、デスクに立てかけた刀を手に取って、メンバーを見渡した。


「恐らく、善がここにいたらお前達はここでまだ休憩時間を楽しめただろう。だが、残念なことにここには俺しかしないからな」

「前置きはいいから命令しろって」


 ターナーが急かす。グレイスは一瞬だけ笑ってみせると、頬を引き締めた。


「イヨール。お前は初めに伝令部隊と警備部隊に連絡して街に乱入するハザード討伐の応援要請をしろ。出来れば善にも連絡してくれ。たぶんあいつは第三資料室にいるはずだ」

「了解」

「ターナー、最近発明した中で一番威力のある兵器を出してこい」

「まかせとけ。倉庫からとびっきりの奴を出してくる」


 イヨールは懐から携帯電話を取り出しながら頷き、ターナーはデスクから鍵束を出して得意そうに笑った。


「ケイス。お前は隣りのビルにいって空中にいるハザードを狙撃しろ。屋上に向かうハザードを一匹でも減らすんだ」

「了解です」

「シエルは俺と一緒に街のハザードを叩き出すぞ、いいな!」

「はぁい」


 それぞれがそれぞれの返事をして部屋を飛び出していく。


「ターナーは準備が整い次第俺達と合流! イヨールは善に指示を仰げ!」


 最後に一喝したグレイスも、アベルに一度礼をして駆け出していった。



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