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第86話

第86話


小鳥のさえずりが聞こえる静かな村。


人々の視線を感じるが、これくらいは我慢できる。

彼らにとって、俺の姿は、下が断崖絶壁の木と木を結ぶ命綱のようなものなのだから。


「それが腐った縄なのか、それともとても丈夫な縄なのか…」


結果がどうなるかによって変わる。


「腐った縄って何で、丈夫な縄って何?」


フレイアが俺の隣に近づいてきて座る。

さっきの食事のせいか、フレイアの唇が油でテカテカしている。


「何でもない。」

「じゃあいいけど。」


一度くらいは聞いてくれるかと思ったのに。

すぐに諦められると、俺も力が抜ける。


「さあ、もう木の下で休む時間は終わり!そろそろ準備しないと。」


他の人に準備しようと言われるのは、本当に久しぶりだ。

元の世界の会社でも、「準備しよう」って言い出すのはいつも俺だった。

他のやつの口からその台詞を聞いた記憶なんて、ここ数年ない。

おそらく2年?3年は経っていると思う。


「どう準備するつもり?」

「それは、お前が考えることだろ。」

「はぁ…」


呆れて乾いた笑いが出る。


「もうやると決めた以上、さっさと片付けた方がいいんじゃない?そうすれば、お前も望んでいた旅ってやつを、もっと早くできるじゃないか。」


それはそうだが、あの口からその言葉が出てくるのが、何だか気に入らない。


「それで?考えはあるのか?」

「考え?」


考え、か…


俺が戦ったことのあるモンスターは数種類しかいない。

狼やイノシシは実質的に動物だから、実際にモンスターと呼べる奴らはゴブリンとサーベルタイガー、そしてアリの巣のモンスターたちだけ。


いや、サーベルタイガーも動物に入るのか?


「何よ?まさか考えもしてないの?」

「話を聞いてからどれくらい経ったと思ってんだ?作戦なんか立ててるわけないだろ。俺は冒険者でもないのに。」

「作戦くらい難しくないでしょ!」

「あ~そうかい?じゃあ、お前は作戦を考えてるんだな?」

「そりゃ当然よ。」

「どれ、一度聞いてみようか。」


フレイアは席から立ち上がり、咳払いをして俺を見下ろす。


「お前が行って、全部掃討してくるのよ!」


瞬間、聞き間違えたかと思って耳をほじった。


「ちょっと待て…もう一回言ってみろ。何だって?」

「お前が全てのオークを掃討してくるのよ。」


どうやら耳に水が入ったらしい。

耳をもう少しほじって…


「もう一度。」

「お前が!オークを!掃討してくるのよ!」


耳の中に潜り込んでくる声が、俺の頭を叩く。


「くぅ…」

「ふん!」


耳が痛くて顔をしかめて見ると、こいつが鼻を鳴らして顔をそむける。


「あの村長さんよりも体の弱い俺が、オークどもを掃討できると思ってるのか?」

「それは分からないでしょ。オークといっても、頭の中に筋肉しか詰まってない間抜けな連中なんだから、それ一つ片付けられないなら、今すぐ都市に帰った方がマシなんじゃない?」


本当に口だけは達者だ。

頭の中に筋肉しか詰まってない連中だなんて。

いくらなんでも、集落を作って暮らす社会的なモンスターだ。

そんなモンスターの脳に筋肉しか詰まっていないはずはなく、当然、連携攻撃もあるだろう。


何より、あれだけの知能があるなら、獲物を捕まえたり、侵入者を排除したりするための罠だって仕掛けていておかしくない。

そんな場所に無警戒で踏み込んでいけば、頭の中が筋肉でいっぱいの間抜けなのはオークじゃなくて、何も考えてない俺のほうだ。


「もういい。とりあえず聞こう。」

「何を?」

「お前は、何ができる?」

「何ができるって?」

「戦えるのかってことだ。」

「戦うですって?こんなにか弱い私を戦わせるつもり?」

「当然だろ。お前も厳然たる協力者なんだから。なら当然、一緒に戦わないと。」


俺の言葉に、フレイアがうなだれたまま肩を震わせ、泣き真似を始める。


「ひどい…今の私の姿を見ても、戦いに放り込もうとするなんて…ううう。」

「そんなに俺をちらちら見ながらやったら、泣き真似もすぐにバレるぞ。」


その言葉を聞くや否や、舌打ちをする。


「私ができることは、特に大したことはないわ。魔法を少し使えるくらい。それから、他の人に魔法を供給して…」


話していたこいつが、すぐに口を閉ざして体を回す。


「ただ魔法をいくつか使うだけよ。」

「どんな魔法だ?」


俺の問いに、フレイアが、村からそう遠くない野原に向けて手を伸ばした。

そして、得体の知れない呪文を唱える。


「Fireball」


彼女の手の前に生成された火の玉。

それは時間が経つにつれて少しずつ大きくなり始め、俺の頭ほどの大きさになると、そのまま飛んでいって地面に落ちて弾ける。


「おお、魔法も使えるんだな。」

「ファイヤーボールも使えなきゃ、人とは言えないわ。」


どうやら俺は人ではないようだ。


「ファイヤーボール以外にも。」


今回も手を伸ばして呪文を唱える。


「Ice breath」


冷たい冷気の風が周りに吹いてくる。

よく見ると、足元の草が完全に凍りついている。


「これくらいなら、お前一人で処理できるんじゃないか…」

「魔法が無限に出るとでも思ってるの?魔法はマナが必要なのよ!マナが底をついたら、そのまま終わりよ!」


マナが底をつく、か…

自分のマナがどれくらい残っているのか、分かるものなのか?


「これ以外にも、いくつか使えるわ。」

「そうか…じゃあ、お前も絶対に参加しないとな。今回のオーク討伐に。」

「チッ。」


もう一度、舌打ちの音が大きく響き渡る。


「じゃあ、次はお前の番よね?」

「俺の番?」


フレイアが俺を見つめて尋ねる。


「どこへ逃げようとしてるの?お前も見せないと。」

「俺は…」


インベントリから拳銃を取り出し、手に握った。

すると、フレイアが眉をひそめて尋ねる。


「それは何?鈍器?投擲武器?剣では…ないし…」

「これは…」


彼女が魔法を撃った場所に向かって拳銃を構え、引き金を引いた。


タン!


四方に響き渡る雷のような発砲音。


その瞬間。


「キャアッ!」


フレイアが驚いてその場に座り込み、耳を塞ぐ。


「これを使うんだ。」

「こ…これは何なの?雷…?いや、雷じゃないけど…どうして物からそんな音が…?それも魔法なの…?」

「魔法…とも言えるな。」


十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない。

クラークの三法則の一つだ。

中世時代のようなこの世界で、この拳銃は非常に発達した技術に満ちた世界から来た武器なのだから、魔法でなくて何だろうか。


「本当に…魔法だと…?」


ガタガタ震える足で立ち上がり、俺が手に握った拳銃を見ていたフレイア。


「わっ。」

「キャアッ!」


俺が拳銃を近づけるふりをすると、驚いたフレイアがそのまま逃げ出し、村へと走っていく。


「はは…」


初めて見る人は当然怖いだろうな。

ましてや、すぐ隣で音を聞いたのだから、雷の音も同然だろう。


「なんだ?!今の音は?!」


俺の銃声を聞いて驚いた村人たちが、武器を持って走ってくる。

どうやらこの拳銃について…村人たちによく説明しておかなければならないようだ。


***


草むらの奥へとゆっくり踏み込んでいく。

進めば進むほど、ぬかるんだ泥の沼が目につくようになってきた。

沼の中には何かいるかのように、大きな気泡が時折上がってきて、音を立てて弾ける。


「ここで合ってるのか…」


村長から聞いた話では、オークは間違いなくこの森に住んでいるという。

こんな泥だらけの場所でどうやって暮らしてるのかとは思う。けど、昔見たアニメ『シュレック』で、シュレックが泥風呂を好んでたのを思い出すと、そこまで変でもない気がする。


もちろん、シュレックはオーガで、ここにいるモンスターはオークではあるが。


「語感が似てるから…特に変わらないんじゃないか?」


くだらないことをつぶやきながら中に入ること数分。

瞬間、俺の前で足音のようなものが聞こえる。

普通の足音ではない。

人間やゴブリン、獣が出せるような足音ではない。


ドスン、ドスン。


動くたびに泥が震えるほど、かなり強い足取りだ。

すぐに木の後ろに隠れ、音がする方向を息を潜めて見つめた。

何かがずんずんと歩いてくる。


「あれが…オーク…」


俺より、上半身ぶんはデカいか。背丈だけなら、俺の一回り上ってところだろう。

フレイアが言っていた通り、筋肉も相当なものだ。

もちろん、多いのは筋肉だけではない。

肉付きもかなり良さそうだ。


ゴブリンのような緑色の肌…というよりは、黄緑色に近い。

突き出た顎、分厚い唇の間から鋭い下顎の牙が、天を知らぬかのように上に突き出し、鼻まで届いている。


まるで辮髪の人のように、後ろに長い髪を三つ編みにし、口の周りに生えた長い髭の先に草の茎を巻いて結んだオークは、泥を見つめながら舌なめずりをしている。


着ている服は鎧…ではなく、茎を編んで作ったような上着とズボン。

おそらく今は戦闘状況ではないため、鎧ではなく一般的な服を着て出てきたようだ。


「グフフ。」


小さな笑い声と共に泥を調べていたオークは、顎髭をあちこちと撫でると、着ているものを全て脱ぎ捨てた。

上着を脱ぐと、たくましい胸筋が。

ズボンを脱ぐと、とぐろを巻く…


「うっ!」


これ以上見ていられず、すぐに目をそらした。


ジュボッ。


ほどなくして泥の中へと沈む音が聞こえ、オークは泥に身を任せたまま、じっと座っている。


本当に泥風呂に入っているようだ。


どうやら人間がここまで来るとは思っていないらしく、警戒する様子もない。

ならば、ここで決めなければならない。

今ここにいるオークはたった一匹。

拳銃を撃った時、オークの皮を貫通できるかできないか確認できる絶好の機会だ。

だが、今のあの姿を見ると、まるで人間そのものだ。

もし、あのオークと言葉が通じるなら、戦わずに済むのではないだろうか。


「グフフ…」


あれが気分の良い時に出す音のようだ。

グフフだなんて。

かなり気味の悪い音であることは間違いない。


まあ、何にせよ。

ひとまず話しかけてみるのが良いのではないか。

サーベルタイガーの皮さえ貫通した拳銃が、たかがオークの皮膚を貫通できないとは思えないし。

もし俺を攻撃しようとしたら、その時撃っても遅くはないだろうから…


「よし…」


そう考えた俺は、慎重に木陰から身を乗り出した。

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