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第84話

第84話


「あ、冷たっ…!」


彼女の体は、あまりにも痩せ細っていた。

かなり長い期間の奴隷生活。

まともに食事ができなかったせいでもあるが、今、彼女の体をこれほどまでに痩せ細らせている原因は、別にあった。


「うぅ…」


体をぶるぶると震わせながら、体を洗った。

自分の体を見下ろしながら、彼女は体についた傷跡を撫でた。


「消すことはできないんでしょうね…」


怪我をしてすぐにポーションを飲んでいれば、おそらく傷跡一つなくきれいに治っていただろう。

しかし、逃亡者だった彼女にとって、ポーションなどというものは一生かかっても手に入らないものであり、彼女の傷を癒やすには、自然治癒に任せるしかなかった。

まだ若いため傷はすぐに塞がったが、傷跡は消えなかった。


彼女は自分の体にある傷跡を見つめ、過去に受けた仕打ちを思い出し、目をぎゅっと閉じて顔を背けた。


「早く洗っちゃおう!」


小川で体を洗うこと数分、彼女は洗面用具バッグの中身を確認した。


「不思議だな…」


これで二度目だった。

最初に使う時は、使わないと必死に抵抗したが、強引に勧める坂本優司によって、仕方なく使うことになった。

芳しい花の香り。そして、柔らかい髪とすべすべになる肌。

これを使った時、まるで生まれ変わったような気分になった。


プシュッ。


「こ…こうだったわよね…」


蓋を開けてシャンプーを出し、髪につけて泡立てた。

四方に広がる香り。

ミツバチでも寄ってくるのではないかと思うほど広がる香りに、彼女は鼻歌を歌った。


「ふふん~」


そして、ポンプ式のボディソープと一緒にスポンジを取り出し、ボディソープをスポンジにつけて十分に泡立てた後、体を洗った。

先ほどまで漂っていた嘔吐物の臭いが消え、花の妖精と言っても過言ではないほど香り高く美しい少女が、裸で小川から上がってきた。


「ふぅ…」


あとは服だけ。


「そういえば、服…」


彼女は汚れた服を見下ろした。

奴隷商にいた時から着ていた、この汚れた服。

坂本優司が新しい服を買ってくれると言ったが、不思議なことに、彼の好意は受けたくなかった。

友達なら、家族なら、彼の好意を受けるのは当然だと思うが、現実的にそれは不可能だった。

彼がいくら自分と奴隷契約を結んでいないとしても、300万ブロンもの大金を払った人間が、ただ善意だけで契約しなかったはずはない。

間違いなく何かある。

もし彼に気を許してすべてを受け入れたら、その間に彼がどんな手を使ってくるか分からないため、無条件に拒否するつもりだった。

彼が差し出した酔い止め薬というものも同じ。

いくつか別の理由はあるが、一番大きな理由は、彼を信じられないからだった。


どうすべきか考えていた彼女は、結局服を持って小川へ歩いて行き、しゃがみ込んだ。

ボディソープをたっぷりと出して服につけ、洗濯を始めた。


「デザインはいまいちだけど、匂いさえしなければ問題ないわ!」


汚れた水が小川に流れ込み、洗濯を終えたフレイアは、岩の上に服を干して座り、足をぶらぶらさせながら鼻歌を歌った。

そうしてどれくらい経っただろうか。


ザッザッ―


草を踏む音が、彼女の周りから聞こえ始めた。


***


『おお、ロミ!あなたはどうしてロミなのですか?!』

『おお、ジュリ!それは私が聞きたい言葉だよ!』


キャンピングカーの中にテレビの音が響き渡る。

何も考えずに時間つぶしを兼ねて、ただベッドに座ってテレビをつけ、CBSを見ている。


「なんか、微妙だな…」


一度も見たことのない俳優たちが画面の中で演技をしている。

これがいかにもわざとらしくて、本当に正規に発売されたドラマなのかと疑うほど、一つも面白くない。


「$@#!%」


テレビを見ている間に、遠くから何やら声が聞こえる。

女性の声であるところを見ると、どうやらフレイアが戻ってきているようだが…


「ん?」


その他にも、別の人の声が混じっている。

一つは男性の声。

キャンピングカーの窓を開けて外を見ると、フレイアと一緒に一人の男性が歩いてきている。


「誰だ?」


フレイアが男を連れてきたということは…


「まさか…!」


恋人?!

あの間に恋人を作ってきたのか?!


「はぁ…俺もどうかしてるな…」


そんなはずはないだろう。

少し前まで奴隷生活をしていた子供だ。

そんな子が急に恋人だなんて。

それに、年齢差も…


「いや…」


時々、年齢差があっても気にしない人はいた。

元の世界の会社でも、40代の部長が20代の経理と不倫して、会社に一度血の雨が降りそうになったことがある。


「完全に可能性を排除することはできない…」


まだ子供とはいえ。


ピリン―


奴隷情報ウィンドウで確認した15歳という年齢なら、そろそろ異性に目覚める時期。


「それでもやっぱり、止めるべきだろうな。」


同年代ならまだしも、年上の男を好きになるなんて。


「保護者として、それは絶対に止めないとな!」


腕を組んだまま、厳格な父親のような表情を作ってみるが、すぐに解いた。


「冗談はやめよう…」


どうやらCBSで見たあのありえない演技を見てから、何かおかしな気分になったようだ。

あれ、もしかして精神操作みたいな、何かそんなものじゃないか?


「はぁ…」


今のあの様子を見ると、恋人とか、そういう類のものではないだろう。

二人の表情がかなり良くないし、フレイアが連れてきたあの男性が身につけている破れた服の間から、傷が見える。

おそらく、どこかでゴブリンや獣に襲われて逃げてきた人ではないだろうか。


「ちょっと!」


キャンピングカーの前まで来たフレイアが、大きな声で俺を呼ぶ。


「ちょっと、よりはお兄さんと呼んでくれないか?せめて名前でも呼んでくれよ。」

「ふん、私が死んで生き返っても、お前をお兄さんと呼ぶことはないわ。」


鼻を鳴らして顔をそむける。

あの性格さえ直れば、本当にいい子なんだがな。


「それはさておき。隣にいる人は誰だ?」


俺の問いに、フレイアが少し戸惑った様子を見せたが、やがて決心したような目で言った。


「このおじさんを助けて!」


その言葉と同時に、隣にいた男性が慌てて頭を下げる。


「こ…こんにちは、賢者様…!」


賢者?

急になんだ、賢者って?


「そ…そう呼ばないでください。」


賢くもないし、かといって強くもないただの人間なのに、賢者だなんて。

通りすがりの犬でも笑いそうな呼び名だ。


「しかし、私たちを助けてくださる賢者様のお名前を知りませんので…」

「坂本優司です。」

「優司様…!」


気まずそうに笑いながら、お辞儀をしようとする彼の腕を掴んで立たせた。


「そんなに畏まる必要はありません。ひとまず中に入ってください。」

「中…ですか…?」

「ここです。」


俺がキャンピングカーのドアを指差すと、男性が不思議なものを見るような目でキャンピングカーを見回す。


ガチャッ。


キャンピングカーのドアを開けて中に入れると。


「うわぁ…」


思わず漏れる小さな感嘆の声。

そうそう、こういう感じだよな。

初めて新しい文明の利器を見る人々の反応。


俺も、はるか未来のオーバーテクノロジーを目の前で見たら、同じような感嘆の声を上げるだろう。


「やはり…私の目に狂いはなかった…!」


涙ぐみながら、もう一度俺を振り返って拝もうとする彼を再び立たせ、俺はベッドに座らせた。


「さて、と…」


慣れた手つきで電気ケトルのスイッチを入れた。

電熱線が熱くなる音が聞こえる。


「お湯が沸くまで、少し話を聞かせてもらいましょうか?」


俺の言葉に、男性はフレイアを見た。

フレイアは彼と目を合わせ、頷いた。

すると、男性は覚悟を決めた表情で俺を見つめて言った。


「実は…」


***


カチッという音と共にスイッチが切れ、電気ケトルからボコボコと沸き立つお湯の音が聞こえる。

インスタントコーヒーを開けて中身をカップに入れ、熱いお湯を注いで彼の前に置いた。


「これは…?」

「コーヒーです。」

「コーヒー?!」

「コーヒーだって?!」


二人が同時に驚いた表情を浮かべ、俺を見つめる。


「そ…そう、コーヒー…コーヒーはお嫌いですか?」

「そ…そうではなく…こんない貴重なものを、私のような者がいただいてもよろしいのでしょうか…」

「大丈夫です。私はいつでもコーヒーを飲めますから。」


その言葉に、フレイアが当惑する。


「あんなに高いコーヒーをいつでも飲めるなんて…一体どれだけ金を持ってるの、お前…?」

「もうないさ。誰かさんのせいでな。」


その言葉に、フレイアが体をびくつかせ、顔をそむける。


「誰が買ってくれなんて言ったのよ?」

「ああ、そうだな…」


感謝を期待した俺が間違いだった。


「それで…助けてくれるの?」


フレイアが俺を見つめて尋ねる。


「そりゃ当然…」


少し悩んだ俺は、決心した目で言った。


「ダメだ。」

「ダメ?」

「そんな…!」


男性の表情が一瞬にして暗くなり、フレイアが当惑して叫ぶ。


「どういうことよ?話聞いたでしょ。こんな話を聞いて、どうして放っておけるのよ?!」

「話を聞くのと、頼みを聞くのは別の話だ。それに『オーク』だって?」


そうだ。オークだ。

普通のモンスターなら、何とかやってみようかとも思う。

だが、オークだ。

俺がジェルノータの図書館で見た、あのオークが正しいなら、分厚い皮膚にゴツゴツした筋肉、大剣や両刃斧を振り回して恐ろしい勢いで襲いかかってくる怪物だ。

俺の拳銃を撃ったとしても、あのオークの皮膚を貫通できるかどうかは未知数。

ライフルなら貫通する可能性はあるが、オークも単独で生きるモンスターではなく、集団で生活するモンスターだ。

一匹だけではないだろう。

俺がいくら弾倉をたくさん作っておいたとしても、銃弾が本当に効くかどうかも分からない相手に、数がどれくらいいるのかも分からないのに、もし撃っている途中で弾切れにでもなったら、俺自身も危険になる。


「それはそうだけど…!だからって、オークのせいで苦しんでいる人たちを、見捨てるつもり?」


今、この男の頼みの内容はこうだ。

この男が住んでいる村落の周辺に、オークが部族を作って住み始めたという。

最初は何も問題がなかったが、ゴブリン並みの繁殖力を持つ奴らなので、瞬く間に数が増え、今では村の境界区域を侵犯する事態にまで至ったそうだ。


今、彼はオークが自分の村を破壊しないように防いでほしいと言っているのだ。


「俺は神でもないし、現実的に一人でオークをどうやって倒せって言うんだ?」


俺の能力はコンビ∞。

この世界において、数多くのオーバーテクノロジー製品を購入し、この世界で使えるすごい能力だ。

現代の武器は、この世界の武器をはるかに凌駕するほどの効果を持っているので、十分にチート能力だと言えるだろうと考えている。

だが、あくまでそれは人間やそれに準ずる生物に対して通用する話だ。

銃弾を数十発撃ち込まなければ死なない相手なら、それが本当にチート級の能力と言えるだろうか。

俺はそうは思わない。


「優司様がそうおっしゃるのであれば…分かりました…他の方を探してみます…」

「お…おじさん…?!」


ドアを開けて出て行こうとした男は、やがてドアをあちこち触ってみて、振り返って俺を見つめる。


「あの…このドアはどうやって…?」


その姿に、ため息が出る。


あんなにひどい怪我をした体を引きずってここまで来たのに、ようやく見つけた人が助けてくれないなんて。

俺自身も、かなりやるせない気持ちになる。


フレイアが足をばたつかせながら、俺と男を交互に見つめ、やがて俺に言う。


「じゃあ、村まで一度行ってみようよ、ね?!少なくとも確認だけでもしてみるの。もしその時も本当に助けるのが難しいなら、きっぱり諦めて出てくるってことで。どう?ね?!」


フレイアはどうしてこんなに、あの人を助けたくてたまらないのだろうか。


あんなに頼まれて、そのままにしておくわけにもいかないし。


「はぁ…分かったよ…でも、助けに行くんじゃないぞ。あくまで『遊びに』行くんだ。」


ようやくフレイアが明るく笑う。


「よし!おじさん!」


フレイアが外へ飛び出し、男を呼び戻す。

腕を引かれて再び入ってきた男が、呆気にとられた表情で俺を見つめる。


「怪我をしている人をそのまま行かせるわけにはいかないので、村までは送っていきますよ。」


そして、インベントリから軟膏を取り出した。


「ところで、この傷。オークにやられたものですか?それにしては、かなり…」


俺の問いに、瞬間フレイアが体をびくつかせた。


「あ、その…この傷はオークにやられたんじゃなくて…」


男がフレイアをちらりと見る。


「あ。」


どうしてフレイアがここまで助けようとしていたのか、理解でき始めた。


「そんな理由だったのか…」


フレイアは当惑して笑うと、背を向けて冷蔵庫へと向かう。


「そうだ、喉が渇いたでしょうから、お水を差し上げましょう、水を…」

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