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第81話

第81話


静かな部屋に、暖炉で薪が燃える音が響き渡る。


「ふむ…」


テスさんが空咳をして、俺を見つめる。


「本当よろしいのですか…?後から返品したいとおっしゃられても…返金はできかねますので…」

「ええ、構いません。」


テスさんの瞳がヘメラへと向かう。

おそらく、ヘメラの許可を求めているような感じだが、俺が自分の金で買うものを、どうしてヘメラに許可を得ようとするのだろうか。


「ゆ…優司様がお気に召したのでしたら、私は構いませんわ。」

「でしたら、早速進めましょう!」


ヘメラの返事を待っていたかのように、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「ずいぶん…嬉しそうですね…?」

「ご覧になったでしょう?あやつ…ああいう性格ですので、管理が少々骨が折れましてな。」


厄介払いでもできたかのように、晴れ晴れとした様子で話しては笑う。

普通の人間なら、相手に売るまでは、決して自分の品物にケチをつけたりはしない。

今、こんなことを言うということは、俺が買うという言葉を覆さないと悟っての話だろう…


「はは…」


俺はただ、気まずそうに笑うことしかできなかった。


「さあ、では契約と参りましょうか?」

「契約…ですか?」

「はい。奴隷譲渡契約書ですな。」


テスさんがパンパンと手を叩くと、部屋に一人の男が入ってくる。


「お呼びでしょうか、テス様。」


テスさんより少し年上に見える、髪と髭が白くなった老人。

眉は長くて目を覆い、口の周りに生えた髭もかなり長いが、着ている執事用の正装のおかげか、それほど歳を取っては見えない。

何より、入ってきてからテスさんに近づき、礼儀正しく挨拶をするのを見ると、かなり長い間彼の下で働いていたか、あるいは他の貴族の家で執事をしていたかのような雰囲気が漂っている。


「ゼブレイン、今すぐ奴隷譲渡契約書を持ってきてください。」

「かしこまりました、テス様。」


もう一度ぺこりと挨拶し、彼は扉の外へと出て行った。

そうしてさほど時間が経たないうちに、再びゼブレインさんが中に入ってきて、俺たちが座っているテーブルへと近づいてくる。


「お持ちいたしました。」


彼が置いたのは、羽ペン一本と何かが書かれた羊皮紙。

羊皮紙の一番上には、「奴隷契約書」という文字が、他の文字よりも大きく書かれている。


「さあ、一度お読みになって、ご署名いただけますかな?」

「はい。」


契約書を手に取り、ゆっくりと読み下していった。


契約書に、特に気にするような内容はなかった。

内容を要約して簡単に言えば、「返金はなく、この奴隷商を出た以上、奴隷がしたことの全責任は我々が負わない」ということ。

電子機器なら少なくとも保証期間中は責任をもって直してくれるのに、ここにはそれすらない。


まあ、人間は電子機器でも、機械でもない。


保証を頼んだとしても、ただ暴力で脅すだけだろうから、任せる気もないが。


簡単に名前を書いて署名し、置いた。


その瞬間。


**「奴隷が追加されました。奴隷リストを開いて確認してください。」**


そのアラームと共に、目の前に奴隷リストのウィンドウがホログラムのように浮かび上がる。

そして、一番上にある名前。


**「フレイア」**


「さあ、ご署名も終わりましたし…ゼブレイン、フレイアを連れてきなさい。」

「かしこまりました、ご主人様。」


テスさんが奴隷リストにある名前を口にし、再びゼブレインさんが外に出て行く。

そして、しばらくしてゼブレインさんと共に、両手に木の枷をはめられた少女が入ってきた。

近くで見た彼女の体は、ぼろぼろだった。

全身に痣があるのはもちろん、小さな傷跡も見える。

先ほど殴られたためか、顔は腫れ上がり、髪は当然のことながら傷んでいた。


「フレイア、挨拶しなさい。これからお前の主人になるお方だ。」


フレイアと呼ばれた少女は、俺をじっと見つめていた。

気まずそうに笑って手を振ろうとしていた、その時。


「カーッ、ペッ!」


フレイアが床に向かって唾を吐き捨てた。

口の中の血と混じった唾が、高価な絨毯に染み込んでいく。


「この女…!」


テスさんが歯を食いしばり、すっくと立ち上がる。

だが、先ほどのように殴ることはなかった。


彼も知っている。

すでに契約書を作成した以上、彼女はもう自分の所有物ではなく、俺の所有物だということを。


「はぁ…仕方ない。ゼブレイン、今すぐ奴隷の刻印を刻む準備をなさい。」

「はい、ご主人…」

「少々お待ちください。」


俺が言葉を遮ると、全員が俺に視線を向けた。


「優司様…何か…?」

「奴隷の刻印とは…正確には、どのようなものですか?」

「ああ、それをご説明しておりませんでしたな。」


テスさんが笑みを浮かべて、俺を見つめる。


「奴隷の刻印は、文字通り奴隷たちの体に刻む魔法の刻印です。優司様がお望みの場所に、優司様の血と混ぜた奴隷の紋様を刻み込めば、奴隷は優司様の許可なくして、決して優司様を攻撃することも、言葉に背くこともできなくなります。もし攻撃したり背こうとすれば、死んだ方がマシだと思うほどの、とてつもない苦痛が感じられるようになります。また、この刻印の効果に距離の制約はなく、離れれば離れるほど、その苦痛も増していくのです。」

「つまり…奴隷たちが逃げたとしても…」


テスさんの笑みに、瞬間ぞっとした。


「はい。逃げ出した奴隷たちを待っているのは、自由ではなく、強烈な苦痛だけでございます。」


元の世界の奴隷制度では、決してあり得ないことだ。

逃げ出した奴隷を待っているのが自由ではなく、苦痛だなんて。

それは、本当に…


「『永遠の足枷』になる、というわけですな。」


ヘメラの言葉に、テスさんが頷く。


「良い言葉ですな。『永遠の足枷』とは…」


そう言い終えたテスさんが、言った。


「さあ、ご説明も終わりましたので、奴隷の刻印を…」

「テスさん!」

「はい?」

「その…奴隷の刻印は、刻まないでください。」


俺の言葉に、テスさんとヘメラがぽかんとした表情で見つめる。

そして、もう一人。

驚いた目で見つめているのは、他ならぬ当事者、フレイア。


「ぬ…奴隷の刻印を、刻まない、と…?」

「はい。」


理解できないという表情で見つめながら尋ねてくるテスさんに答えると、隣にいたヘメラが俺に言った。


「ゆ…優司様…?300万ブロンもする奴隷なのですよ…?そんな奴隷が逃げでもしたら、どうなさるおつもりで…」

「それは…その時に考えます。」

「え…?」


馬鹿げたことを言っているのは分かっている。

だが、俺もどうしようもない現代人なのだ。

望まない者の体に自分のものだと名前を刻むようなことは、かなり気が引ける。

そして、もう一つ。

もしこの子が本当に俺と一緒に行くと言った時、奴隷の刻印の効果の一つが、かなり邪魔になる。


その効果こそが、離れれば離れるほど苦痛が強くなるという効果だ。


この子が俺の仕事を手伝うことになった場合、おそらく俺の品物を持って納品する仕事を任されることになるだろう。

離れるたびに苦痛を感じるのでは、結局、俺も彼女と一緒に繰り返し動かなければならなくなる。

それ以外にも、生活していく上で不便なことがかなりあるだろう。


何よりもう一つ、彼女はすでに俺の奴隷リストに入っているのだから、逃げたとしても逃げ切れるはずはない。

どうやら、この奴隷リストにいる奴隷たちは…


ピリン―


マップに位置が表示されるようだ。


「わ…分かりました…優司様がそうおっしゃるのであれば…」


テスさんがゼブレインに目配せする。


ガチャッ―


ゼブレインさんがフレイアの手枷に鍵を差し込み、回す。

錠が外れる音と共に手枷が床に落ち、フレイアが手首をさすりながら俺を睨みつける。


「さあ、では…」


テスさんが席から立ち上がる。


「もう、お連れいただいて結構です…」


俺は席を立ち、彼女に近づいた。

そして、顔と体を 살펴みた。


どうやら、しばらくは薬を塗り続けなければならないようだ。

できれば傷跡まで消してあげたいが、現代医学で傷跡まで消すには整形技術が必要だ。

普通の会社員だった俺にできることではない。


「ヘメラさん、行きましょう。」

「あ、は…はいっ!」


***


ヘメラと共に屋敷へ向かう道。

後ろから、強烈な視線が感じられる。


「あ…本当に大丈夫ですか…?あの子が逃げたりでもしたら…」

「大丈夫だって言ってるじゃないですか。」


ヘメラは絶えず不安なのか、後ろを振り返っては、ちゃんとついてきているか確認する。

主人である俺が大丈夫だと言っているのに、むしろ彼女が気にしているのが不思議に感じられたが、金に換算してみると大体理解できた。


ヘメラの立場からすれば、奴隷は品物も同然だ。

本来なら奴隷の体に自分のものだと名前を刻む奴隷の刻印を刻むが、今、俺はフレイアに奴隷の刻印を刻んでいない状態。

元の世界で言えば、高価な自転車を鍵もかけずに、ただ紐で軽く結んで背中に引いて歩いているようなものだ。

いや、正確に言えば、それよりひどい状況だ。

人間は、その気になれば逃げることなど造作もないのだから。


だが、フレイアは。


ひょい、ひょい。


後ろを振り返るたびに、ついてくるのをやめて近くの箱や路地に隠れて俺を見つめる。

顔を前に向けると、また出てきて俺についてきて、後ろを振り返ると、瞬時に隠れる。

周りに隠れる場所や路地が見えないと、そわそわしながら壁にガムのようにくっついてじっとしている。


そうしてフレイア一人だけの隠れんぼをしながら移動していた俺たちは、ホーランド家の屋敷に到着した。

そして、その屋敷の前で。


「優司様?お入りにならないのですか?」


俺が屋敷の前で立ち止まると、ヘメラが不思議そうな顔で俺を見つめた。

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