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第77話

第77話


陽がほとんど沈み、薄暗くなった頃の村は、ジェルノータよりずっと暗かった。

警備兵が何人か見回っているのが見えるが、かなり安全な場所だからか、それとも彼らが特に気にしていないのか、夜だというのに歩き回っている俺を呼び止めることはない。


「(これは必要ないかもしれないな…)」


インベントリに入れておいたモートラックさんからもらった木札を見て、気まずく笑った。

この木札は、ホーランド家が身元を保証するという、印章が押されたものだ。

もし歩き回っていて警備兵に呼び止められたら、これを見せろとモートラックさんは言っていたが、状況を見るに、どうやらこれは必要ないようだ。


そうしてとぼとぼと歩きながら、まだ少し冷たい夜の空気を浴びて移動した先。


「久しぶりだな。」


トゥスカード商人ギルドのギルドハウスが目の前にある。

周辺の土地をさらに買い取ったのか、あちこちに工事中の痕跡が見える。

一部は取り壊されていたが、まだ一部は残っており、そこから遅れて到着したらしい商人たちが何人か、ギルドハウスの中へ入っていく。


十年経てば山河も変わるというが、絶えず都市化が進んでいるここは、半年しか経っていないのに山河が変わっていくようだ。


ギイィッ。


蝶番から、気味の悪い音がする。

中に入って周りを見渡し、ふっと笑った。


「そんなはずはないか。」


外見は少し変わったとはいえ、内部はまだ俺が記憶している姿のままだ。

周りをきょろきょろと見回し、知り合いはいないかと中に入っていくと。


「お前は誰だ?」


一人の少年の声が聞こえた。

顔を向けて下を見ると、豊かな癖のある銀髪の少年が、鋭い目で俺を見上げている。

かなり鋭い目つきに、瞳もまた尋常ではない雰囲気を醸し出している子供。

着ている服は商人たちがよく着る、赤いベレー帽とベスト姿だが、ベレー帽は脱いで、ズボンがずり落ちないように締めているベルトに挟んでいた。


「この夜中にうちのギルドに何の用だ?」

「ああ、その…ルアナさんに会いに来たんだが。まだ中にいるか?」

「マスターを?お前みたいな奴が?」


かなり口の悪い奴だ。


「ああ。いるのか、いないのか?」

「それを俺がなんで言わなきゃならないんだよ?そもそも俺はお前が誰かも知らないのに、それをどうして教えなきゃならないんだ?」

「俺はルアナさんの知人なんだが。」

「知人?ハッ!誰もが皆、マスターに会うために嘘をつくもんだ。だが、俺はそんな言葉に騙される子供じゃないからな。」


「(俺の目には子供に見えるが…)」


この言葉を口にしたら、もっと怒るだろうな。


「まあ、大人だろうが子供だろうが。ルアナさんはいるのか?」

「俺の言葉が聞こえなかったのか?教えないって…」

「優司様!」


聞き慣れた少女の声が、耳を打つ。

顔を向けて見ると、右手の階段からルエリが俺を見て、明るく笑いながら駆け寄ってくる。


「ルエリ。」

「優司様!こちらには、どうして来られたんですか?!もしかして、遊びに来られたんですか?」

「そうじゃなくて…少しルアナさんと話があって来たんだ。」

「マスターと、ですか?」

「ああ。契約のことで、ルアナさんと話すことがあってな。」


その言葉に、ルエリが敬礼をしながら言った。


「はい、優司様!今すぐマスターに、優司様がお越しになったとご報告します!」

「ああ、頼む。」


そう言うと、素早く階段を再び駆け上がっていく。

そして、再び上がっていくルエリを見て、階段を降りてくるもう一人の人物。


「優司様?」

「やあ、ルコン。」


ルコンが笑いながら降りてくる。


「お元気でしたか?」

「ああ。お前も元気だったか?」

「もちろんです。そろそろ優司様がお送りくださる品物を受け取りに行こうと準備していたところでしたが、こうして直接お越しくださるとは!」

「あ、その…それは…」


考えてみれば、契約に関する品物を準備していない状態だ。

まあ、適当に買って渡せばいいだろう。


「今回は、どんな品物ですか?」

「今回は…」


どんな品物がいいだろうか。

あ、そうだ。


「以前、ルアナさんが納品してほしいと言っていた魔法瓶を納品しようと思うんだが。大丈夫か?」

「魔法瓶…?」


インベントリから魔法瓶を一つ取り出して見せると、ルコンが魔法瓶をあれこれと観察した。


「おお…これは鋼鉄…?いえ、鋼鉄ではないですが…頑丈でありながら、かなり軽いですし…何で作られた物ですか?」

「ステンレスだ。」

「ステンレス…?それは、どんな金属ですか?」

「鉄でできた物とは違って、『錆びない鉄』だと知っておけばいい。」


ステンレスがどんな金属でできているのかは、よく知らない。

だが、一つだけ。

言葉の意味は知っている。

錆びない。

つまり、これは錆びない鉄。


「そ…そんなはずが…!錆びない鉄だなんて!」


ルコンが驚いて魔法瓶を見つめる。


「正確に言えば、まったく錆びないわけじゃなくて…鉄よりはるかに錆びにくい。うまく使えば、半永久的に使える金属が、ステンレスだ。」

「ま…ままままま…ありえない!」

「ありえない話だ!」


ルコンだけでなく、横で聞いていた少年も驚いて見つめている。


「お…俺たちに嘘をつくつもりか?錆びない鉄だなんて…!そんなものがあるはずないだろ!」

「トニー…そ…そうです、優司様。いくら優司様でも、そんな言葉は信じられません。錆びない金属だなんて…そんなものが実際に存在するはずが…」

「そうか?でも、取引する品物は、全面的に俺に任せるんじゃなかったか?契約する時に、そう決めたと思うんだが…それに、ルアナさんが準備してほしいと言っていたから、かなりたくさん準備しておいたんだがな。」

「ハッ!マスターがそんな言葉に騙されると思うか?お前に損をさせるために、そうおっしゃったに違いない…」

「何してるの、あんたたち二人?」


二人の肩に手を置く一人の女性。

オレンジ色のウェーブのかかった髪の、鋭い目つきの女性。

ルアナさんが片方の口角を上げてにやりと笑い、二人を睨みつける。


「あ、それが…」

「私の客人に、何を話していたのかな~?ルコン、トニー。」

「い…いえ!私はただ、今回納品される品物を見ていただけです…」

「お、おおおお…俺もです!ルコン兄貴と一緒に見ていただけです!」

「そう?私が聞いたところでは、私が最も重要に考えている契約者を詐欺師呼ばわりしているように聞こえたけど。私が聞き間違えたかな~?」

「…」


二人は凍りついたまま、じっと立ってごくりと唾を飲んだ。


「二人とも、さっさと自分の仕事に戻りなさい!それと、今夜は寝るな!仕事が全部終わったら、一階を隅から隅まで掃除しろ!」

「はい!マスター!」


彼女の怒声に、二人が慌ててその場を去る。


「はぁ…あの二人… 無駄に疑い深いんだから…」

「元気でしたか?」


俺の問いに、ルアナさんはため息混じりの笑みを浮かべる。


「元気なわけないでしょ?何日も何日も書類に追われ、人に追われ、生きてきたのよ。さあ、上がって。」


そう言うと、階段を上がり始める。

俺はそんな彼女について、上へと上がった。


***


静かな部屋に、暖炉で薪が燃える音だけが聞こえた。


「へへ。」


中にいるのは、俺とルアナさん。そして、ルアナさんを呼びに上がっていったルエリ。


ルエリがここにいる理由は一つだ。


「うわぁ~!」


湯気が立つカップと、その隣に置かれた魔法瓶。

その中に入っている液体は、茶褐色の液体。

まさに、ホットココアだ。


「あっ、あつっ…!」


慌てて飲もうとしたルエリが、熱いホットココアに舌をやけどし、手で扇いでいる。


「すごく飲みたかったようだな。」

「それは当然です!私がどれだけこの味をもう一度味わいたかったか、ご存知ですか?朝起きてからも、お風呂に入る時も、仕事をする時も、寝る前も、さらに夢の中でもこれを飲む夢を見たんですから!」


甘い味にすっかり魅了されてしまった子供。

下手をすれば、ホットココア一つに魂まで売り渡してしまいそうだ。


「ここに少し置いていくよ。」

「本当ですか?!わーい~」


心から幸せなのか、ルエリが両手を上げて万歳をする。


「あまりたくさん置いていかないで。あの子、太るから。」

「ふ…太るですって?!まだ私は、そんなことを言われるほど太ってはいません!」

「太ってはいるんだな…」


俺の言葉に傷ついたのか、涙ぐんでホットココアをずずっと飲む。


「それは…仕方ないじゃないですか…最近、外で働くより、中で働くことが多かったんですから…」


ルエリを見て気まずそうに笑い、俺はルアナさんを見つめた。


「ギルドハウス、増築してるんですね?外が工事中でしたけど。」

「そうよ。最近、お金がかなり入ってきてね。うちのギルドの名前も、少しずつ知られ始めてきたし。」

「そうですか?」

「これも全部、私たちに特別な品物を届けてくれる、とある特別な商人のおかげだけどね。」


ルアナさんは俺を見つめて笑う。


「俺が何をしたというわけでも…」


俺が元の世界で働いていた時は、何か問題が起こるたびに俺の名前が挙がっていたが、俺のおかげで大きくなっているという話を聞くと、何だか気まずい感じだ。


「本当よ。あんたが持ってきてくれた品物は、うちのギルドでいつも完売するんだから。それも、あんたから買った値段の二、三倍で売ってもね。」

「そんなに売れてるんですか?」

「当然でしょ。いつもよく売れる。特に、数が決まっているから、プレミアムまでついてもっと高く買おうとする人たちもいるのよ。」


どうやら、レアアイテムのような感じらしい。


「よかったです。たくさん儲けているようで。」

「ふぅん~…」


ルアナさんが興味深そうに鼻を鳴らし、俺に尋ねる。


「この話を聞いても、他に何も思わない?」

「他に何も、ですか?」

「そうよ。私たちは、あんたが買った値段の二、三倍で売っても、いつも完売するのよ?」

「それが、何か?」

「そんなにしらばっくれる必要はないわ。」

「しらばくれる?」


ルアナさんが深いため息をついた。


「そりゃ、しらばくれてるんでしょ。商人なら、当然もっと良い条件で再契約したいと思うじゃない。」

「それは…」

「あまり遠回しに言う必要はないわ。もちろん、しばらくあんたから納品を受けられなかったけど、あくまで惜しいのは私たちの方だから。あんたが品物をくれないと言ったら、私たちはかなり痛手を受けることになるのよ。」

「あ…」


今、ルアナさんが言っているのは、ギルドの弱みも同然だ。

俺が契約を解除すれば、ギルドの立場としてはかなり危険だということを、遠回しに言うでもなく、直接的に話しているのだから。


「そんなことを言ってもいいんですか?」

「私がどうしてこんな話をしているか、分からない?」


俺が分からないというように戸惑った表情を浮かべると、彼女は苦笑いを浮かべて言った。


「してあげるってことよ。あんた、契約のことで話をしに来たんでしょ?再契約のために来たんじゃないの?」


どうやら、ルアナさんは何か勘違いしているようだ。


「え、それが…私が契約のために来たのは確かですが…特にお金のためにここに来たわけではないので…」


俺の言葉に、ルアナさんがぽかんとした表情で見つめる。


「じゃあ、何のために来たのよ?」

「契約書の内容を、少し修正しようかと思って来たんです。少し、事情が変わりまして。」


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