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第75話

第75話


扉の蝶番が嫌な音を立て、ゆっくりと扉が開く。


「騎士様、いかがですか?ここが、うちの屋敷で一番良い客室なんですよ!」


ヘメラが中に入り、くるくると回りながら言った。

確かにシャンデリアもあり、様々な家具と共に装飾品もあちこちに見える。

ムルバスの全景が見えるバルコニー…のような空間もあり、ベッドもクイーンサイズほどの大きさのものが置かれている。

だが…ホテルのような良い部屋…かと言われれば、それもまた違う。


シャンデリアは今にも落ちてきそうに危なげで、家具はあちこち腐った部分が見える。

ベッドに近づきシーツをめくってみると、ベッドを構成しているのは藁のマット。

掛け布団はあちこち繕われた跡が目に入る。


かなり広い部屋であることを見ると、ここが良い部屋だというのは本当なのだろうが…

だとしたら、他の部屋の状態は一体どんな状態なのだろうか。


「お気に召しませんでしたか…?」


俺の表情を読み取ったのか、ヘメラが俺を見つめる。


「いえ、気に入りました。」


本音を言えば、すぐに外に出てキャンピングカーを取り出し、快適に眠りたいところだが、この真心を踏みにじるわけにもいかない。

今夜一晩は、この好意を受け入れることにした。


「本当ですか?!よかった~」


ようやくヘメラが安堵し、胸をなでおろす。


「ふふん~」


鼻歌を歌いながら部屋のベッドへ歩いて行き、腰掛けるヘメラ。

もう部屋の紹介も終わったのだから、帰ってもいいのではないかと思うが、客とはいえ家の主人。

部屋から追い出すわけにもいかない。


「あの…」

「はい?」

「もうお戻りになられても…よろしいのでは、と…」


気まずそうに笑いながら言うと、ヘメラは頬を膨らませて俺に近づいてきた。


「私と一緒にいるのが、お嫌ですか?」

「そ…そうではなくて、ヘメラさんもお疲れでしょうから、お部屋に戻ってお休みになった方がいいのではないかと…」

「疲れてはいますけど、ご心配なく!優司様のご案内役を務めるには、十分な体力が残っていますから!」

「案内役?」


案内役だと?

俺は案内を頼んだ覚えはないのだが…


「それは当然ですわ!まだ昼食の時間までには間がありますから、外に出て見物を…」

「いけません、お嬢様。」


ベヴィンさんが近づき、ヘメラを恐ろしい形相で見下ろす。


「ベ…ベヴィン…!今、私を止めるつもり?もうお父様の許可はいただいているのよ…!」

「それは、私が部屋をきちんとご案内するかどうかの監視を、とおっしゃったのであり、お嬢様が案内役を務めても良いというお言葉ではありませんでした。」

「どうせお父様も許してくださるわ、別に!」

「どうせお許しになるとしても、許可をいただいてから行くべきです。何より、もうすぐお風呂のお湯が沸きます。優司様も旅の疲れを癒す時間が必要なのに、ヘメラお嬢様について外に出られては、旅の疲れを十分に癒すこともできず、かえってお疲れになるだけです。」


正論を突くベヴィンさんの言葉に、ヘメラが口を閉ざす。


「そ…それなら、いつ行けばいいの?」

「もし私がお客様の立場でしたら、今日一日はゆっくりと旅の疲れを癒していただき、明日一日、ご一緒に出て案内して差し上げます。」

「明日?明日までは長すぎるわ…」

「相手の気持ちも考えずに自分の思い通りに出かけては、相手に嫌われてしまいます。」


その言葉に、ヘメラが驚いて俺をちらりと見ては、深いため息をついた。


「仕方ありませんわね。ベヴィンがここまで止めるのなら…でも、明日は必ず私が優司様の町の案内役を務めますから、必ず一緒に行ってくださいね。分かりました?」

「分かりました…」


俺の返事に明るく笑ったヘメラが、鼻歌を口ずさみながら外に出て行く。

彼女を見送ってから、ベヴィンは深いため息をついた。


「申し訳ありません、優司様。お嬢様があまりにもおてんばなもので、ご迷惑をおかけしました。」

「大丈夫ですよ。子供は皆、あんな風に育つものですから。」

「子供…?」


ベヴィンが首をかしげた。


「え?子供…ではないのですか?少なくとも14歳くらいには見えますが…」


背も俺の半分くらいだし、顔も大人というよりは、その年頃の子供たちと同じ顔だ。


「優司様。お嬢様は成人式も終えられた、花の十九歳でございます。」

「じゅ…十九歳?!」


瞬間、驚いて口を開け、ベヴィンを見つめた。

どうしてあの顔、あの体で十九歳だというのか。

いくら童顔だとしても、あれは絶対に十九歳ではない。

だとしたら、エレシアさんは二十歳を超える大人…?いや、それはないだろう。あのくらいの顔と体があってこそ、ようやく十九歳くらいだと判断できるのに、あれはあまりにも…


「優司様。大切なお客様に注意を申し上げるのは少々差し出がましいことですが、お嬢様には決して子供っぽいとはおっしゃらないでください。お嬢様が一番お嫌いな言葉が、まさに子供っぽいという言葉ですので、もしそのようなことをおっしゃったら、おそらくお嬢様が悲しまれます。」

「は…はい、そうします…」


どうやら、まだ子供のように見える顔と体に、かなりのコンプレックスがあるようだ。

まあ、歳をとってから若く見えると言われれば喜ぶだろうが、元の世界でもあの年頃で体が小さく、子供っぽいと言われるのを嫌がる人は多かった。

この世界も人が生きる世界である以上、数多くのコンプレックスが存在するのだろう。


「(気をつけないと…)」


「では、私は失礼いたします。お風呂の準備ができましたら、また参りますので、それまでごゆっくりお休みください。」


そう言うと、ベヴィンは頭を下げて挨拶し、外に出て行った。


どさっ。


ベッドへ歩いて行き、腰掛けた。

藁で作られた、ふかふかしながらも少し硬いベッドの感触が伝わってくる。

幸い、掛け布団の中には綿が少し入っているのか、ふかふかした感触がした。


そのまま後ろに倒れ込み、天井を眺めた。

このまま眠ってしまおうかとも思ったが、すぐに首を振った。


マップを開き、この周辺を見た。


「(暗いな…)」


マップが霧に覆われたかのように、暗く表示されている。

次の旅の目的地を決めなければならないのに、周りにどんな村があり、またどんな場所があるのか分からない以上、決めることができない。

俺が最初にジェルノータへ向かう時に見たいと思ったものが一つある。

まさに、『プラースク大陸の歴史』という本で見た、各大陸の中央に存在するとされる世界樹。

そこへ行けば、元の世界へ帰る方法が見つかるのではないだろうか。

もちろん、帰るかどうかは、実際に世界樹が元の世界へ帰る方法だという前提のもとで、俺が帰りたいという気持ちになった時の話ではあるが、それでも元の世界へ帰る方法は見つけておきたい。

元の世界の我が家へ帰りたい日が、いつかはやってくるかもしれないから。

そのためにも、世界樹の場所は必ず確認しておきたい。

簡単ではないだろうが、あちこち歩き回りながら地図を探していれば、少なくとも世界樹までたどり着けるのではないだろうか。


「地図か…」


この周辺の地図なら、ルアナさんに言えば手に入れてくれるのではないだろうか。

もちろん、商人である以上、対価は支払わなければならないだろうが、地図を持っていて損をすることはないはずだ。

そして、もう一つ。確認したいことがある。


地図を確認した時の、マップのアップデート。

今俺が持っているこの能力は、基本的にゲームのものを踏襲している。

もし、地図を確認した時に、マップがアップデートされたら?

地図さえ集めれば、これ以上マップを明らかにするために努力する必要はなくなるだろう。


「(以前、本で確認した時は、特に変わらなかったけど…)」


『プラースク大陸の歴史』という本で見た時は、基本的に地理書ではなく歴史書だ。

地図が出てきたとしても、古い地図だったからアップデートされなかっただけかもしれない。


「そういえば、インベントリばかり確認していて、ステータスウィンドウやスキルウィンドウみたいなものは、もう長いこと確認していなかったな。」


そういえば、「ステータス」だの、「スキル」だのといったウィンドウは、開いてからもう久しい。

そもそも、開こうとも思わなかった。

特に見たいわけでもなかったので、アラームが鳴っても面倒くさくて消すだけで、アラーム自体、数回しか鳴らなかった。

おそらく、初日と大して変わった点もないはずだ。


「ステータス。」


心の中でステータスウィンドウを思い浮かべると、目の前にホログラムのウィンドウが浮かび上がる。

だが、昔見たものとは、見た目も、内容も、何だか少し違っていた。


[ STATUS ]

[ 名前 : 坂本 優司 ]

[ 年齢 : 29 ]


名前、年齢だけが出てくるのは同じだった。

だが、その下に表示されているのは。


[ レベル : 68 ]

[ 筋力 : 82 ]

[ 魔力 : 8 ]

[ 体力 : 56 ]

[ 敏捷 : 79 ]

[ 器用さ : 63 ]


様々な能力値が目に飛び込んでくる。

特に、その中に見えるいくつかの能力値が目に留まる。


[ 経営 : 128 ]

[ 狩猟 : 232 ]

[ テイミング : 112 ]


三つの能力値。

経営と狩猟、テイミング。

経営は俺が商人だったから、狩猟は俺がジェルノータの森でイノシシをかなり多く捕まえたから、たくさん上がったと理解できる。

だが、テイミングだと?

俺が知っているテイミングとは、動物の調教のことのはずだが、俺が調教したものといえば、子犬のハルしかいない。

ハルと一年過ごしただけで、ここまでたくさん上がることがあるのだろうか。


「ハル…」


急にハルのことを考えると、ハルに会いたくなる。

だが、すぐに首を振って顔をパンパンと叩き、再びステータスを眺めた。


「でも…筋力や体力みたいな能力値が上がると何が良くなるかは分かるけど…経営や狩猟、テイミングみたいなものは、上がると何が良くなるんだ…?」


説明も出ていないので、何が良くなるのか分かりにくい。


「まあ、能力値が高くて悪いことはないだろうから…」


ステータスウィンドウを閉じ、次にスキルウィンドウを開いてみた。


その瞬間、目の前に浮かび上がるウィンドウ一つ。

今回も、昔とは少し違うウィンドウが浮かび上がった。


[ SKILL ]

[ パッシブ : 世界の異邦人 ]

[ この世界に渡ってきた異邦人に与えられるパッシブスキル。基本的な能力値が大幅に増加する。 ]

[ アクティブ : コンビ∞ ]

[ 創造の神が作った【コンビ∞】にアクセスできるスキル。 ]


ここまでは以前と同じだ。

だが、その下には、俺が予想していなかった多くのスキルが入っていた。


[ パッシブ : 狩人の加護 ]

[ 数多くの狩りをしたあなたに、狩りの神が加護を授けた。狩りをする際、獲物から採取する採集物の等級が上がる。 ]

[ パッシブ : ワイルドボアの恐怖 ]

[ 数多くのワイルドボアを仕留めたあなた。ワイルドボアの恐怖と言えるだろう。ワイルドボアがあなたを見た瞬間、恐怖に怯えて逃げ出す。 ]

[ アクティブ : パワーショット ]

[ 石弓に気力を込めて、普段よりさらに強く発射する。普段の攻撃より、突き刺さる力と貫通力が増加する。 ]

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