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第74話

第74話


土埃が四方に舞い上がる。

濃い排気ガスが、キャンピングカーの後方から空へと立ち昇っていく。


「お…おお…!」


運転席に座って運転していると、後ろからしきりに感嘆の声が聞こえてくる。


「ベッドが馬車の中に…!」

「これは何でしょう…?扉を開けると中から冷気が…」

「馬車のようにひどく揺れたりもしません!」


不思議なのだろう。

彼らにとって、これは聞くことも見ることもなかった新しい文明の利器なのだから。


「あの…危ないですから、皆さんベッドに座っていただけますか…?」

「あ、申し訳ありません!」

「あの、騎士様!今乗っているこれ、移動式の邸宅ですか?」


俺が制止したにもかかわらず、少女が運転席に近づいてくる。


「とりあえず座っていただけますか?本当に危ないですから…」

「でも、不思議なんですもの。」


俺の言葉にも構わず、運転席の隣の席を見て尋ねる。


「ここに座ってもいいですか?」

「ええ。どうぞ。他のものには触れず、気をつけて座ってください。」


もし座る途中でギアでも触られたら大変だ。

ずるりと滑り落ちるドレスを持ち上げ、少女が隣に座る。


「そういえば、騎士様に自己紹介をしていませんでしたね。」


後ろにいた男性が俺に話しかける。


「私はモートラック・デ・ホーランド。ホーランド家の当主です。そして隣には妻のロキシー・デ・ホーランド。そして、隣に座っている娘は…」

「ヘメラ・デ・ホーランドです。」


そう自己紹介すると、すぐに。


「騎士様のお名前は何とおっしゃるのですか?こんな不思議な乗り物をお持ちだなんて、どこかの有名な貴族の子弟の方とか!そうでなければ有名な冒険者の方とか?昔、そんな話を聞いたことがあるんです!冒険者の方々はダンジョンで特別な武器や魔道具を手に入れることもあるって!これもその一つですか?」


一度に浴びせられる質問に、頭が混乱する。


「ええ、まあ…似たようなものです。私は坂本優司と申します。残念ながら貴族ではなく…商人です。」

「しょ…商人ですって…?」


目をぱちぱちさせ、驚いた様子だ。


「はい。しばらくジェルノータに滞在していましたが、用事があって今はムルバスへ向かっているところでした。」

「商人がムルバスへということは…トゥスカード商人ギルドへ向かっていたのですか?」

「ええ、ご存知でしたか?」

「もちろんです、知っていますとも!トゥスカード商人ギルドのルアナさんとは、私たちも懇意にさせていただいていますから!」


ヘメラが言うと、後ろにいたモートラックさんが言葉を続けた。


「もしや、トゥスカード商人ギルドに登録しに行かれるのですか?でしたら、私が直接ルアナさんに手紙を書いて、加入できるようにお力添えします!」

「あ、加入しに行くわけではなくて…少し取引をしに行くんです。」

「取引というと…?もしや、優司様は他のギルドに所属されているのですか?」

「国家商人ギルドの所属です。もっとも、まともな活動はしていませんが…」

「ギルドをまだ決めかねていらっしゃるのですか?」

「いえ、特に他のギルドに加入する気もありませんし…商売をする理由も、何か夢があってやっているわけではないので。」


そう言うと、モートラックさんはそれ以上口を開かず、頷いた。


「でしたら、これ以上は伺いますまい。」


楽に遊んで暮らすために金を稼ごうとしていた、とは言いたくなかったので黙っていたが、声からしても、ルームミラーに映る顔からしても、三人とも何か事情があって加入しないのだと勘違いしているようだ。


「もし何かお困りのことがあれば、必ず私たちにおっしゃってください!優司様が命を救ってくださった以上、ご恩は必ずお返ししますので!」

「あまり、お気になさらないでください。ただ道を塞いでいた人たちがいたので、どいてもらっただけですから。」


その言葉に、ロキシーさんがほほと笑う。


「あら、ご謙遜を。あなた、この方を私たちの屋敷に招待して、食事の一度でもおもてなしするのはいかがでしょう?」

「それがいいな!」

「良いお考えですわ!ジェルノータからムルバスまではかなり時間がかかるでしょうから、それまでの旅の疲れを少しでも癒していただかないと!」

「私は大丈夫…」

「我らホーランド家の体面にかけても、食事のおもてなし一つ、お断りにならないでください。恩人へ食事のもてなしもせずにお帰ししたとあっては、他の貴族たちに恩知らずだと笑われてしまいます!」


こう言われては、断るわけにもいかないな…


「分かりました…では、今日一日だけ、ありがたくご馳走になります。」

「今日だけ?ムルバスに到着するには明日…」

「あっ、お母様、お父様!あそこにムルバスが…!」

「なんだと?」


信じられないというように目を丸くして、フロントガラスの向こうを見つめる。


「本当だ…本当にムルバスじゃないか…!」


自動車が馬車より速いのは確かだ。

そもそも、自動車の出力を馬力で表現する。

馬と比較するという意味だ。

世界初の自動車と言えるカール・ベンツの「ベンツ・パテント・モトールヴァーゲン」の出力は0.75馬力。

技術が発展した今では、基本的に50馬力は優に超える。


もちろん、馬力が高いからといって速度が速くなるわけではないが、技術が発展した今、馬二、三頭が引く馬車よりも、自動車のアクセルを軽く踏んで進む方が、当然速いに決まっている。


元の世界では誰もが乗る自動車だが、ここでは俺一人しか乗れない自動車。

なぜだか、肩に力が入る。


***


「あ…あれはなんだ?!」


俺が自動車を入り口の方へ進めると、周りにいた人々だけでなく、警備兵までが当惑し、怯えた様子で見ている。


「モンスターか?!」

「いや、モンスターにしては形がおかしいが…」

「じゃあ、あれは何だ…?!」


緊張したまま、ゆっくりと近づいてくる警備兵。

俺は運転席のドアを開けて降り、キャンピングカーのドアをがちゃんと開けた。

すると、その中から降りてくる三人。


「あれは…ホーランド家の…」


警備兵たちは当惑し、彼らに駆け寄って頭を下げる。


「お…お着きになられましたか。」

「ああ、そうだ。」

「あの…これは一体…?」

「ふむ、これは…その…」


モートラックさんは自動車の車体を触ってみてから、彼らに言葉を続けた。


「鉄車だ…!鉄車!」

「て…鉄車…?」


まあ、鉄で作られた車だから間違いではないが…自動車を鉄車と呼ぶのは、何だか少ししっくりこない。


「これは、ここにいらっしゃる優司騎士様がお持ちの魔道具だ。鉄でできた馬車でな、馬がいなくても動き、何よりこの中には快適に過ごせるように宿所まで完備されているのだ。」


その言葉に、警備兵が驚いて俺を見つめる。


「そ…それは本当でございますか?」

「うむ。優司様の身元は私が保証する。あまり問題にせず、通してくれ。」


その言葉に、警備兵は開かれたキャンピングカーのドアの内部をちらりと見てから、頷いた。


「承知いたしました。モートラック様がそうおっしゃるのでしたら…通せ!」


警備兵が振り返って叫ぶと、門が開く。


「ふふん~」


ヘメラは、周りの人々の視線を集めるこの自動車に乗るのが、かなり自尊心をくすぐるのか、鼻を高くして笑い、ゆっくりとキャンピングカーに再び乗り込む。


再び運転席に乗り込み、道を譲る人々の間をアクセルを踏むと。


ブルン!


エンジン音が周りに響き渡り、ゆっくりと動き出す。


「本当だ…?」

「馬がいないのに、どうして馬車が…」

「ありえない…!」


「(どうやら、都市や村に着いたらインベントリにしまっておくのが良さそうだな…)」


こんなに視線を集めるなら、しまって持ち運ぶ方が良さそうだ。

注目を浴びすぎて、良いことはないだろうから。


久しぶりに戻ってきたムルバスは、かなり変わっていた。

建物がさらに建ち、今も建設中な上、丸太で作られていた村の壁は、泥まで綺麗に塗られてさらに頑丈になり、今ではすっかり城壁のようになっている。


特に、発展していることがひしひしと感じられるのは、以前来た時はレンガ造りの家ではなく木造の家がほとんどだったのに、今は村の一角にレンガで造られた家々が集まっているのが見えることだ。


モートラックさんの案内に従い、彼らの屋敷へと移動した。

今回も屋敷を守る警備兵たちや、庭を手入れしながら歩き回る執事やメイドたちが驚いた様子で見てはいたが、自分たちの主人がキャンピングカーから降りると、すぐに疑念を解いて門を開けてくれた。


「この馬車は、我らの屋ての後方に停めておきましょう。十分に空間がありますので。」

「あ、それはご心配なく。」


人々が全員降り、運転席から降りた俺がキャンピングカーをインベントリにしまった。


「こうすれば、駐車する必要もありません。」


三人が目を丸くして、俺を見つめる。


「亜空間バッグ…?」

「いや、いや…亜空間バッグに、あんなに大きな物が入るはずは…」

「本当ですか?」


モートラックさんとロキシーさんがつぶやくと、隣にいたヘメラが興味津々な表情で尋ね、やがて何か得体の知れない笑みを浮かべると、俺の隣にぴったりと寄り添い、腕を組んだ。


「さあ、早く入りましょう、騎士様~!」


何だか甘えた声まで聞こえるところを見ると、大体どんな考えを持っているか予測がつく。


「そうだ、そうだ!さあ、中へお入りください、優司様。」

「あ、はい…」


そうして三人と共に、家の中へ入った。


開かれた家の内部。

ジェルノータで訪れたアウルア家の屋敷よりは、確かに小さい。

何よりも、大理石と共に赤い絨毯が敷き詰められていたアウルア家の屋敷とは違い、ホーランド家の屋敷は、レンガと木、そして緑色の絨毯が廊下の一部に敷かれている。


「(貴族にも、確かに差があるんだな…)」


都市に住む貴族と、田舎に住む貴族の差がこのくらいだとは。

まあ、時が経てば、ここも発展するだろうから、その時にはまた変わるだろう。


「ベヴィン!」


モートラックさんが大きな声でベヴィンという名前を呼ぶと、一人の女性がカツカツという音を立てて、速足で近づいてきた。


「お帰りなさいませ、モートラック様。」


俺より少し背が低いくらいで、女性の中ではかなり背が高い部類に入る女性だった。

長い髪を上で丸く結い上げ、白い布で包み、顔には目立たないそばかすが、着ている黒地に白いフリルのエプロンがついた服を着ている、鋭い目に眼鏡をかけた女性。


「この方に、客室の中で一番良い部屋を案内し、お風呂に入れるようにお湯を沸かして差し上げろ。そして、今日の食事は、とても良い料理ばかりで用意するように。恩人である優司様が、今日一日、旅の疲れを完全に癒せるようにな。」

「承知いたしました。さあ、こちらへ。」

「お父様、私がベヴィンがちゃんとした部屋を用意するか、監視しますわ。」


その言葉に、モートラックさんがからからと笑う。


「うむ、そうしてくれ。」


「(あの、俺の意見は…)」


どうやら、俺の意見は重要ではないようだ。


「さあ、早く行きましょう!ベヴィン、早く案内して!」

「はい!」

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