第73話
第73話
皆が去り、静かになった小屋。
陽は傾きかけているが、俺の心の中には、沈む夕日を見つめる向日葵のように、憂いだけが満ちている。
「そうか。旅が終わり、再び戻ってきたら…」
「また会いに来い…」
カルパエダ王女はその言葉を最後に、他の者たちと共に帰っていった。
レベッカさんがあれほど逃げろと言うから、どれほど恐ろしい人物かと緊張していた。
もちろん、性格的に過激な面がないわけではないが、話した内容を思い返せば、そこまで滅茶苦茶な人物でもなかった。
むしろ、何かを深く考えている人物。
野望が見える。
三国志の曹操が女だったら、おそらくこんな感じではないだろうか、と思うほどだ。
最後に結んだ、また会いに来いという言葉。
おそらく彼女には何か考えがあって、そう言ったのだろう。
邪魔をするためか?
それはないだろう。
彼女の性格なら、邪魔をするより、今この場で決着をつけようとするはずだ。
だとしたら、本当に旅が終わるまで待つ気なのだろうか。
やはり、それもないだろうな。
旅がいつ終わるかも分からないのに、その時まで待つなんて。
「ただ本当に、旅が終わった後にでも話そうというだけか?」
考えが読めないので、もどかしいばかりだ。
「まあ、何はともあれ、許可はもらえたな。」
最初から王女に目をつけられて、まともに旅もできないのではないかと心配していた。
だが、それは杞憂だった。
やはり王女も、異界人とは敵対関係を築きたくなかったのではないだろうか。
異界人だと知っていても、俺がどんな能力を持っているか分からないから、下手に手を出せないのだ。
昔、仕事をしていた時もそうだった。
根拠のない自信。
他の会社との契約がかかった会議の時、ほとんどは万全の準備をして臨むが、どうにかして欠点を見つけては貶めようとする者たちもいた。
どんな長所を見せても、利益になることを見せても、どうにかして自分たちが優位に立とうとする連中。
そんな連中に対して見せてきたのが、まさに根拠のない自信だ。
向こうがどうにかして貶めようとしてくれば、俺も根拠のない自信でやり返す。
実際にも効果がある。
相手が引きずり下ろそうとするのに気圧されて尻尾を巻いた瞬間、鼻先で突いて様子を見ていただけの野犬どもは、牙を剥き出しにして食らいつこうとする。
そうなった瞬間、契約は水の泡だ。
だからこそ、根拠のない自信という鎧で全身を固めるのだ。
そうすれば、野犬どもも危険だと判断し、自分たちも傷つきたくないから、むしろ離れていく。
今回も同じ。
根拠のない自信のおかげで、乗り越えることができた。
「はぁ〜…んん〜っ!」
あくびをして、思いっきり伸びをしながら席を立った。
今、キャンピングカーはインベントリの中に大事にしまってある。
このキャンピングカーを東の道路に下ろし、そこから乗っていくつもりだ。
未舗装の道路だからタイヤが心配ではあるが、それでもパンクしたりはしないだろうから…
し…しないよな?
「パンクした時に考えよう…」
旅を始める前から、もう心配しても仕方ない。
顔をパンパンと叩き、俺は再び道を確認するついでにマップを開いた。
今回の旅の最初の目的地は、ここだ。
「ムルバス」
以前一度、ルエリについて行ったことがある場所だ。
トゥスカードギルドのギルドハウスがある場所。
最初の目的地をムルバスに決めた理由は一つだ。
俺が旅に出ることをルアナさんに話し、今後の契約を少し修正するためだ。
もちろん、契約の修正は相手が受け入れてくれなければできないことではあるが、ルアナさんなら理解してくれるのではないだろうか。
「さて、今日は少し早めに寝るか…」
明かりを消し、席を立って部屋に入った。
小屋での、最後の夜。
もう、戻ってこないかもしれない小屋。
なぜだか、鼻の奥がツンとする。
***
まさに陽が昇らんとする早朝。
未舗装の道路に出しておいたキャンピングカーに背を預け、空を眺めた。
太陽が、ゆっくりと昇ってくる。
日の出は、いつ見ても実に荘厳だ。
「さて、それじゃあ…」
飲んでいたコーヒーを再びインベントリにしまい、運転席へ歩いて行ってドアを開けて座った。
一年ぶりに握るハンドル。
そんな俺が、未舗装の道路でうまく運転できるだろうか。
「できるさ!」
ドゥルルル…ブルルン!
エンジンがかかる。
エンジンが回る、重厚な音が聞こえる。
アクセルを踏むと、キャンピングカーがゆっくりと動き出し、未舗装の道路を走り始めた。
ゆっくりと昇る太陽が、俺の行く道を歓迎するように照らし、俺は窓枠に腕を乗せたまま、道路に沿って目的地、ムルバスへと向かった。
***
静かな道路を走る。
開けた窓から風が入ってくるが、都会で感じる風とは質が違う。
元の世界の都市で車に乗っている時に入ってくる風とは違い、爽やかな森の風がキャンピングカーに満ち、旅をさらに心地よいものにしてくれる。
だが、一つだけ問題がある。
ガタン…ガタン…
未舗装の道路を走っているため、絶えず揺れる。
時々、大きな石でもあった日には。
「お…おおっ…!」
キャンピングカーが横転しないかと、気が気ではない。
インベントリに入れて再配置すればいいとはいえ、やはりキャンピングカーの中に入れておいた食べ物や飲み物のうち、破損したものは元に戻らないので、一度事故でも起こせば損害は計り知れない。
出発してから三日ほど経った。
アクセルを踏み続ければ、もう一日、二日で着いていた距離だが、山岳用の自動車でもない、キャンピングカーで未舗装の道路を全速力で走れば、そのまま空を飛んで命が危うくなる。
そもそも、こんなにガタガタ揺れるのに、アクセルを踏む気になどなるどころか、むしろなくなるばかりだ。
それでも、二日目には平原に出たので、少しは走ってみた。
「もうすぐか…」
森の道をしばらく進むこと数分。
目の前に、馬車が見える。
そして、馬車の周りにいる人々。
「ああ…」
剣や金槌など、武器を手にしたならず者たちが周りにおり、彼らは馬車の前にいる三人を囲んで、よだれを垂らしながらいやらしい笑みを浮かべている。
馬車の車輪が壊れているのを見ると、どうやら馬車が奴らの罠にかかったようだ。
このままキャンピングカーをインベントリに入れ、遠回りするのも一つの手ではあるが…
「ん?」
一人の男が振り返り、俺の車を見てしまった。
驚いた目で、隣にいる男の襟首を掴んで引っ張り、他の男まで俺のキャンピングカーを見る。
奴も驚いているのは同じだ。
ここでの選択肢は二つ。
キャンピングカーを後進させて逃げるか、キャンピングカーから降りて奴らを片付け、再び道を進むか。
一人の男がごくりと唾を飲み込み、俺に向かって近づいてくる。
ここでじっとしていては、武器で俺のキャンピングカーをコツコツと叩いてみるだろう。
かなり高価な金を払って手に入れたキャンピングカーに、傷をつけるわけにはいかない。
俺がドアを開けてキャンピングカーから降りると。
「お…お前はなんだ?!何者だ?!」
降りるや否や、男が叫ぶ。
インベントリから拳銃を取り出し、地面に向かって発砲した。
タン!
銃声が森に響き渡り、木の上にいた鳥たちが驚いて空高く飛び立つ。
「ひぃっ!」
驚いた男が、地面にできた穴を見て、恐怖に怯えながら後ずさりする。
一人の男だけでなく、他の男たちも音を聞いて怯えたのか、後ずさりしている。
「申し訳ありませんが、道からどいていただけますか?この道を通らなければならないので。」
銃を俺の肩にトントンと当てながら、気まずそうに笑った。
この世界の人々は、銃について知らない。
結局、彼らが反応できる状況は二つのうちの一つ。
一つは、恐怖に怯えて逃げること。
もう一つは、怯えはするが、あれはただ音が大きいだけの武器だと考えて襲いかかってくること。
前者なら良いが、後者なら仕方なく人を撃つ状況になってしまう。
「う…うわあああ!」
幸い、何人かはすぐに逃げ始めた。
だが、二人。
たった二人だけが、後ろにいる馬車の人々を見て、歯を食いしばったまま逃げない。
「逃げるな!あれはただ音が大きいだけの武器だ!」
「あ…兄貴、もうみんな逃げちまいましたぜ…?」
「なんだと?もうみんな逃げたのか?!ちくしょう、あんな奴らが山賊をやろうと入ってきたとは…!」
兄貴と呼ばれた太った男は、手に持った四角い鉄槌を構え、俺を睨みつける。
「仕方ない。よし、そこのお前。俺たちが道を譲ってやるから、そのまま行け。」
「あ…兄貴…!」
「なんだ?!」
「俺たちが初めて山賊を始めた日の誓いを、お忘れですか?!」
「山賊をした日の誓い…?」
「はい!死ぬことがあっても、山賊をしようとした奴らを捕まえて、全部根こそぎ奪ってやるとおっしゃったじゃないですか!」
「その話が、どうして今出てくるんだ?!」
「先ほどおっしゃったじゃないですか?あいつが持っている武器は、ただ音が大きいだけの武器だと。それなら、あいつも奪えるんじゃないですか?!」
その言葉に、兄貴と呼ばれた山賊が当惑して弟分を見つめる。
ずる賢そうな弟分の顔には、まるで信じていた人に裏切られた人のような表情が浮かんでおり、兄貴と呼ばれた山賊はうなだれた。
おそらく、彼の視線は床に開いた銃弾の跡にあるのだろう。
まるで三流劇場でしか見られないような、下手な寸劇をしている。
何だか路上公演を見ているようで、かなり面白い。
「そ…そうだった…そう誓ったな…!俺たち…!」
目の前にいる男が、鉄槌を手に固く握り、俺に向かって叫ぶ。
「そうだ、どうせなら、お前まで奪ってやる!さあ、行くぞ!弟…」
振り返った男は、表情がそのまま固まったまま、じっとしている。
それもそのはず、先ほどまでいた弟分が、そう言っておきながら消えてしまったのだから当然だ。
兄貴という男が悩んでいた間、弟分は俺をちらりと見ては、片目をパチッとしながら逃げ出した。
なぜ片目をつぶったのかは分からないが、おそらく、奴に懸賞金がかかっているから、奴を捕まえて行く代わりに、自分は見逃してくれ…まあ、そんなところだろうが…
「懸賞金か…」
小遣い稼ぎには、悪くない選択のようだ。
「さて、みんな逃げましたが、あんたはどうしますか?」
「ちくしょう…ちくしょう、ちくしょう!奴ら、覚えてやがれ…!」
男までそのまま逃げ出した。
結局、残されたのは俺と、馬車の前にいる三人の人々。
よく見ると、三人が着ている服。
普通の服ではない。
あちこちに血がついており、泥で転がったかのように汚れてはいるが、かなり高級そうに見える素材で作られた服。
おそらく、あの三人は貴族だろう。
「ま…待て!」
俺が近づこうとすると、中年の男性が当惑し、二人を庇うように立つ。
どうやら、かなり警戒されているようだ。
まあ、俺の銃声に山賊だけが驚いたわけではないだろう。
山賊たちよりも前にいるこの三人が、もっと驚いたはずだ。
山賊たちは逃げれば終わりだが、この人たちは逃げることも不可能だったのだから。
「お…お父様…!」
彼の妻のように見える人が抱いていた子供が、母親の腕から抜け出して男を掴む。
「ソフィア…!早く後ろに隠れていなさい!」
「大丈夫ですよ、お父様!この方は山賊ではありません!」
「しかし…」
ソフィアと呼ばれた少女。
鮮やかな黄色の巻き毛を前髪から思いっきり集めて後ろで結んだ、かなり気の強そうな少女は、緊張した表情で俺を見つめながら叫んだ。
「あ…あの…騎士様…?!もしよろしければ、私たちをムルバスまで連れて行っていただけないでしょうか?」




