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第70話

第70話


「ひとまず、中へお入りください。」


今までこれほど急いで来たことのないレベッカさんが、ここまで駆け込んできたこと。

入口で立ったまま聞けるような話ではないはず。


レベッカさんに入るように言って中へ入ろうとする俺の腕を、レベッカさんが掴む。


「いけません…!時間がありません、今すぐお逃げください!」

「少なくとも、何があったのか聞いてから決めないと。それに…」


俺は気まずそうに笑って言った。


「明日、どうせ旅立つつもりでしたから。」


すでに準備は終わっている状態だ。

小屋の中の水道から水を受け、キャンピングカーの水タンクを完璧に満たしておいた。

それだけでなく、各種の食料や寝具類までキャンピングカーの中に入れておいた状態だ。


もう、ハンドルを握って出発すれば終わり。


「明日では遅すぎます!もうすぐ、王女様が…!」

「王女様?」


王女様と言えば、間違いなく今朝、城へ入って行った女性。


「王女様が…どうしたんですか?」

「王女様が、優司様にお会いしにいらっしゃいます…!」

「俺に?」


理解できない。

俺は王家の人々に目をつけられるような行動はしていない。

もちろん、モルモス国家商業ギルドを潰そうとはしたが、完全になくなったわけでもないし、そもそも俺の顔を出すよりは、マルノフ商人ギルドとフクラ商人ギルドのギルドマスターを通して動いたので、俺の顔が彼らに知られるはずもなかった。


なのに、どうして王女が俺の存在を知っているというのか。


「王女様が、どうやって俺のことを知っているんですか?」

「そ…それは…」


レベッカさんの表情に、困惑がにじみ出る。


「まさか…レベッカさんが王城に報告したんですか?」

「はい…」


ようやく理解できた。

モルモス国家商業ギルドを攻撃した俺を、レベッカさんが王城に報告した。

もちろん、レベッカさんの意志ではないだろう。

彼女は俺にそんな恨みも、独自に報告する権限もないはずだから。

彼女に報告するように言ったのは、間違いなくジェルノータの領主だろう。


しかし、それにしては一つ疑問が浮かぶ。

確かにレベッカさんの口から、ジェルノータの領主はモルモス国家商業ギルドを厄介なギルドだと思っているという話を聞いた。

厄介なギルドを潰してくれたのも同然なのに、俺を王城に報告する?


完全に理解できない行動ではなかった。

彼が俺に悪意があろうがなかろうが、出世のために報告した可能性もあるから。

しかし、俺が会って話したジェルノータの領主が、出世のために人を売り渡すような人物には見えなかった。

また、事を起こしたのはわずか数日前。

その数日の間に城まで噂が広まり、ジェルノータの領主がすぐに人を送って王城に知らせることができるというのか。

王城がすぐ隣にない限り、それはおそらく不可能だと思う。


「王女様が俺に会おうとする理由は…もしかして、モルモスのことですか?」

「…いいえ。」

「では、俺に会おうとする理由は何なんですか?」


俺の問いに、レベッカさんが悩むように唇を噛み締め、やがて俺の目を見つめて言う。


「それは…優司様が、異界人だからです。」


瞬間、俺の目が自然に大きくなった。

しかし、すぐに口から失笑が漏れた。

いつかは知られることだとは思っていた。


考えてみれば、気づかないはずがなかった。

そもそも、この世界に合わない品物を家中に積み重ねて暮らしていた。

家に来た人なら、誰でも気づけただろう。


「俺が異界人だと気づいて、王城に報告されたんですね。」


俺の言葉に、レベッカさんは何の答えもしなかった。


「まあ、いつかはバレると思ってはいましたが…せめて、俺に気づいたとでも言ってくれればよかったのに。そうすれば、きちんと話してあげたのに。」

「申し訳ありません…」

「謝る必要はありませんよ。」


特に謝罪を受ける必要性は感じない。

気づいて上層部に報告するのは、ある意味、部下の仕事だから。

特に、俺の監視役なら、その任務は当然のことだ。


「それでも幸いですね。モルモス国家商業ギルドを危険に陥れたことで来るのではないのですから。」

「いいえ、それよりもっと悪い状況かもしれません。」

「はい?」


それよりもっと悪い状況だという言葉が、正確には理解できない。

俺が異界人だという事実が、王族の後ろ盾を持つモルモスに大きな打撃を与えたことより、危険なことなのだろうか。


「この世界において、異界人の存在は…」


レベッカさんが、わずかに緊張した表情で言葉を続ける。


「災厄です…」


***


ジェルノータからさほど離れていない北の森。

そこに5人の人間が馬に乗ったまま、森の内側を眺めていた。


「ここか?」

「はい、王女様…」


カルパエダは理解できないように眉をわずかにひそめたが、やがて微笑んで肩をすくめた。


「異界人がジェルノータの内部ではなく、外部の森で過ごしているとは思ってもみなかったが…わざわざ外部に追い出したのか?」

「い…いいえ。ただ、異界人がジェルノータの内部ではなく外部で過ごしたいと言うので、森に住むことを許可しただけです。」

「都市ではなく、森に住みたいと…」


カルパエダは小さく感嘆した。


「(かなり頭の回る人間じゃないか?)」


ジェルノータの内部ではなく、外部に住むということ。

つまり、ジェルノータの内部で領主の干渉を受けずに、一人で生きていくという言葉も同然だった。

もちろん、ジェルノータの領主がその気になれば、ジェルノータの前の森程度は簡単に干渉できるだろうが、干渉するにしても、ジェルノータの内部に住むより外部に住む方が逃げ場が多いので、賢明な選択でもあった。


「では、案内してくれ。ジェルノータの領主殿。」


ジェルノータの領主が唾をごくりと飲み込み、馬から下りた。


「では、中へどうぞ。」


やがて、彼の後に続いてカルパエダ王女を含む彼女の親衛隊たちが馬から下り、ジェルノータの領主について歩いて行った。


真昼間にもかかわらず、森の内部は長く伸びた豊かな木々のために、かなり薄暗かった。

しばらく入って行った親衛隊たちは、周りを警戒しながら、続けてジェルノータの領主に従った。

しかし、後ろについてきていた親衛隊の一人の表情に、疑問が浮かんだ。


「どういうことだ…?」

「どうした?」

「昨日、申し上げたではありませんか?私の故郷がジェルノータだと…」

「ああ、そうだったな…」

「ジェルノータの北の森から東の間には、かなり多くの数のワイルドボアが生息しています。なので、商人たちが北の森と東の森を通る時は、必ず冒険者や傭兵を雇って動いていました。」

「そうか?それが、どうした?」

「おかしいです…ここは間違いなく北の森なのに…ワイルドボアが見えません…」


その言葉に、親衛隊たちが唾をごくりと飲み込んだ。


「ただ、今の時間帯にだけいないんじゃないか?」

「いいえ。ワイルドボアは人まで捕食するモンスターです。そんな奴らが人の匂いを嗅いで来ないはずはないのですが…」

「異界人の仕業だろう。」


後ろで親衛隊が話す言葉に、親衛隊の中のもう一人が答えた。


「異界人が…?」

「そうだ。異界人は強力な能力を備えているはずだ。たかがワイルドボアごとき、異界人が簡単に捕まえられたのだろう。」

「しかし…あの多くの数をどうやって…」

「それを明らかにし、王女様の前に跪かせるために、我々が行くのだ。」


その言葉に、親衛隊たちが唾をごくりと飲み込んだ。

普通の人間なら殺すどころか、生きて帰るのも難しいワイルドボアを、森から完全に消し去った異界人。

彼を、果たして王女様の前に跪かせることができるだろうか。


親衛隊は、異界人に対する好奇心と、わずかに感じる恐怖心で緊張したままついてきている一方、ジェルノータの領主は不安な顔で後ろを振り返り、ついてくる四人をちらちらと見た。


「(レベッカ…優司に伝えただろうな…?)」


兵士に聞くところによると、レベッカは自分が言った内容を聞くや否や、城の外へ飛び出して行ったという。

だとしたら、今頃、優司にこの状況を伝えたはず。

危険だと気づいて、逃げたことだろう。


しかし、万が一、逃げていなかったら?

その時は、ジェルノータの領主が助けることはできなかった。

いや、むしろ彼に剣を向けるかもしれない。

何しろ、自分が王女を助けなければ、裏切ることになるのだから。

彼の家門全体が危険になる。

家門を捨ててまで彼を助けるほど、彼と親しいわけでもなかった。

これは、あくまで彼に与える最後の機会。


「ジェルノータの領主様。あとどれくらいかかりますか?」

「私も初めて行くので…おそらく、間もなく到着するでしょう。」


ジェルノータの領主が、唾をごくりと飲み込んで答えた。


そうして、どれほど歩いただろうか。

目の前に広がる広い空き地と湖。

そして、その湖の近くに建てられた二棟の小屋と、野菜が枯れている畑がある風景が、彼らの目に映った。


「ここですか…」


カルパエダは一歩前に出て、風景を眺めた。


「ジェルノータの近くに、こんなに美しい場所があるとは…」

「は…はは…」


ジェルノータの領主が気まずそうに笑い、唾をごくりと飲み込みながら小屋を眺めた。


「さあ、では…行ってみましょうか、領主様?」

「少々お待ちください。」


カルパエダの言葉に、後ろにいた親衛隊がカルパエダの前に立って頭を下げた。


「異界人が何をするか分かりません。我々が先に小屋へ行き、安全か確認いたします。」

「それがいいでしょうね。」


カルパエダの答えに、三人の親衛隊が互いを見つめ、頷き、緊張した表情で小屋の方へゆっくりと近づいて行った。

万が一の状況に備え、後ろにいる二人は剣を抜いた。


小屋の前に到着した三人。

一番前にいた親衛隊がドアをノックした。


「ごめんください?」


静かだった。

まるで、中に誰もいないかのように、誰の反応も、人の気配も感じられなかった。


コン、コン。


「ごめんください?」


もう一度ドアをノックした。

しばらく待った親衛隊は、唾をごくりと飲み込んだ。

そして、ドアを壊すつもりで足を上げた。

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