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第68話

第68話


いつ見ても雄大な城の前。

ハンスさんとメガンさんへの挨拶は済ませた。

ジェルノータを離れて旅に出ると言うと、メガンさんではなくハンスさんが涙を流し、気をつけるようにと何度も念を押された。


そして、最後の日だからと行かせたくないと言って酒を飲まされ、昨日はアルコール中毒で死ぬかと思った。


「さて、残るは…」


最後に挨拶する人は、レベッカさんだけ。

しばらく姿を見せず、おそらく今、この時間帯には城にいるだろうと思って城に来たのだが、城の前に立つと、何故か不安が襲ってくる。


「(まさか、行かせないように引き止めたりはしないだろうな…)」


ジェルノータの領主様には、サーベルタイガーを討伐したうえに、各種の不思議な武器や装備まで見せた。

俺が旅立つという話を聞いた時、ジェルノータの領主が俺を引き止める可能性は排除できない。

もし引き止められた時に去ってしまったら、外部に賞金がかけられるのではないかと不安がよぎる。

だから、できればジェルノータの領主様とは会いたくはないのだが…おそらく、レベッカさんがどこにいるか知っているのは、ジェルノータの領主様だけだろう。


「(城の中にいなければ、そのまま旅立つしかないな…)」


とりあえず中に入って確認した後、いなければその時考えようという気持ちで、ずんずんと前に歩いて行くが、入口からしてかなり騒がしい。


「そこ、きちんと整列しないか?!」

「侍従たちはどこだ?!ここを早く掃除しろ!」


あちこちで大きな怒声が聞こえ、四方で人々が忙しく動き回っている。

ジェルノータの入口から感じていたことだが、今日に限って、かなり都市が騒がしい。

あちこちで都市を飾り付ける市民もいれば、各種の商品を前に並べて誰かが見るのを待っている宝石商や服屋の商人もいる。


食堂も中のテーブルをいくつか外に出したり、グリルを外に出したりもしていた。

市民たちは、まるで以前に経験したあの祭りの時と似たような風景だったので、何か祭りでもあるのかと思ったが、兵士たちの表情を見ると、祭りというには人々の表情が良くない。

こんな表情、元の世界でも見たことがある。

上から社長が来ると言った時の、先輩たちの表情だ。

掃除も掃除だが、何とかして良く見せようと部下を締め付けるあの顔。

忘れようとしても忘れられない、もちろん。


「おい、止まれ、止まれ。」


入口に入ろうとする俺を、兵士一人が遮る。


「何の用だ?」

「それが…レベッカさんにお会いできるかと思いまして。」

「レベッカだと…」


レベッカの名前を聞いて、兵士は俺の顔を上から下までじろじろ見た。


「貴族のようには見えないが…どういう仲だ?」

「ただの友人です。」

「友人?ふむ…それなら幸いだが…」


言葉の端から感じられる安堵。

おそらく、この兵士はレベッカさんのことを気に入っているようだ。


「悪いが、今日は帰ってくれないか?」

「町もかなり騒がしいですが、今日、何かあるんですか?」

「今日が何の日か知らないのか?」

「そりゃ…」


俺は都市の外で暮らしている。

噂を聞くためには都市の中に入ってこなければならないが、都市の中に入ってきたとしても、用事だけを済ませて出て行くので、ずっと留まって噂まで気にするようなことはない。


「はぁ…」


兵士が深いため息をつく。


「今日が、まさにその日だ。」

「その日?」

「そうだ!王族で初めてAランク冒険者の称号を手にした、『炎禍の鬼神』という異名を持つネルガンティア国王の長女、その名も華麗な『カルパエダ』…」


口を開いた男性の表情が、瞬間的に固まる。

入口から聞こえるファンファーレの音。

あちこちで紙吹雪が風に乗って城の前まで流れ着き、兵士は慌てて俺を押しやりながら言う。


「時間を食うな、早く行け!」


そして中に入り、手に分厚いレッドカーペットを持って城門の入口から転がし始める。

長く敷かれたカーペットをじっと見つめていると、後ろから数多くの人々の足音と共に、馬の蹄の音が聞こえる。


パカパカという音はやがて近づき、俺は首を巡らせて馬の蹄の音を立てる馬の主を見つめた。

太陽の光を浴びて、艶のある白い毛が輝く馬。

そして、その上に乗っているのは一人の女性だった。

赤い長いウェーブのかかった髪をポニーテールに結んで長く垂らし、体には胸の部分がかなり大きく、一部が金色の線でメッキされた銀色の鎧を着た女性。

彼女の腰には一度も見たことのない紋章が刻まれた鞘に剣が刺さっており、馬が歩くたびに揺れていた。


強靭な顔つきと同じく、強靭な精神まで持っているのか、つり上がった目つきがひどく恐ろしく感じられ、顔からは今にも剣を抜いて襲いかかってきそうな闘志と、誰も軽々しく扱えない威厳が感じられた。


彼女の後ろを長くついてくる、かなり多くの数の兵士たち。

女性は俺をちらりと見ると、鼻を鳴らしてフンと笑い、無視して城の中へと入って行った。


「カ…カルパエダ王女様にお目にかかります!」


兵士が手を挙げて敬礼をしたが、彼女は一度も視線をくれずにそのまま中へ入って行った。

彼女の親衛隊のように見える女性たちも、同様に誰にも視線をくれずに中へ入って行き、全ての兵士たちが中へ入ると、敬礼していた兵士は堪えていた息を吐きながら安堵した。


「はぁ…」


ネルガンティアと言えば、ジェルノータが所属する国家の名前。

そして、彼らが王女と呼ぶ人なら、国王の娘ということ。

今、目の前にいる兵士にとっては、目も合わせられない存在だ。


元の世界では、大統領の子女や、会社の社長の子女が問題を起こせば、人々に色々と罵られ、悪ければ国民に謝罪までしなければならないが、このような王政国家では身分がすなわち法であり、力。

一度でも目をつけられれば、国を脱出するどころか、首まで飛んでしまう。


「ふむ…」


なぜ王女がここに来たのかは分からないが、他のことはともかく、しばらくはレベッカさんと会うことは不可能だろう。

だとしたら、手紙だけを残して旅立つしかない。


「あ…まだ頭がくらくらするな…」


昨日、あまりにも飲みすぎたせいか、まだ二日酔いが抜けていない。

今日、最後の夜を過ごして、明日すぐに出発しよう。


***


両開きのドアの前に立ったジェルノータの領主が、咳払いをして緊張した表情でドアを見つめ続けた。

このままドアを開けて中に入ればいいだけのことだが、彼はなかなか手が動かなかった。


「ふぅ…」


何度もドアノブに手を置いては離すのを繰り返す。

結局、心を決めたジェルノータの領主がドアノブを掴んで回した。


カチャリ。


ドアが開き、中の様子が見えた。

広い部屋。

壁で燃え盛る暖炉の近くのソファに、一人の女性が座っていた。


コルセットをかなりきつく締めたのか、胸の谷間が強調されたチュニックに、下には革のズボンとブーツを履いた女性。

赤い髪が燃え盛る暖炉の炎を映し、火がついているかのように見えた。

音を殺してお茶を飲む彼女の顔に浮かぶ二つの赤い瞳は、まるで魔族の赤い月を連想させ、見ている相手の心に圧迫を与えた。


「ようやく来たか、ジェルノータの領主。」


ジェルノータの領主が気まずそうに笑いながら部屋の中に入って行った。


「ご機嫌麗しゅうございます、カルパエダ王女様。お会いしない間に、より一層お美しくなられました。」


ジェルノータの領主が気まずそうに笑いながら美貌を褒めると、カルパエダはひどく気に入らないように眉をひそめた。

その間、ジェルノータの領主はソファへ歩いて行き、彼女の反対側に座った。


「ビッグウッドのレイドでは、大きな功績を立てられたと伺っております。誠に、素晴らしいことでございます。」

「素晴らしいとは。大したことでもないのに。」

「大したことないなどと。ビッグウッドは冒険者たちにとっても、かなり厄介な相手です。特に、ビッグウッドが繰り出す蔓は人を貫いたり、体を縛ったりするので、Sランクの冒険者たちでさえ戦うのをかなり嫌がるモンスターの一つです。そんなモンスターを討伐するのに、大きな功績を立てられたのです。国王様を始め、王家全体がかなり誇りに思ったことでしょう。」


カルパエダが眉をわずかに吊り上げて言った。


「どうせ、この王国はカルフォン兄上のものなのに、そんな偉業を立てたところで何になるというのか…」


その言葉に、ジェルノータの領主は口を閉ざすしかなかった。

女が男に打ち勝って次期国王になる。

それは、現実的にあり得ないことだった。

彼女も、このことについてはよく知っているはず。

だからこそ、より一層関心がないように見えた。


「あ…あはは…」


言葉を失ったジェルノータの領主が、気まずそうに笑うだけだった。

お茶を飲む音だけが聞こえる、しばしの静寂が続き、今度はカルパエダ王女が先に口を開いた。


「いつまでも黙っているつもりか?」

「はい?」

「私がここになぜ来たのか、知っているだろう?」


その言葉に、ジェルノータの領主がぎょっとして、持っていたティーカップを置いた。


「存じておりますとも。」


彼女がここに来た理由を、ジェルノータの領主が知らないはずがなかった。

彼が手紙を送ってから、一週間という時間が経っていた。

ネルガンタからジェルノータまでかかる時間は、馬一頭で休まずに走り続けて四日ほどかかる。

なのに、一週間で彼女がここに到着したということは、四日かかる距離を三日で走破したということだ。

それも、500という兵士を連れてだ。

この速度は、常識を超えた速度だった。


「(やはり…炎禍の鬼神か…)」


戦場で瞬く間に近づき、炎で全てを薙ぎ払って通り過ぎるという噂が広まり、「炎禍の鬼神」という異名までついたカルパエダ王女。

そんな名前が、伊達ではないと、ジェルノータの領主は改めて思った。


「領主が言っていた、その異界人はどこにいる?」

「その前に、一つお伺いしたいことがございますが…」

「何だ?」


ジェルノータの領主が真剣な表情で彼女に尋ねた。


「異界人と会われたら、どうなさるおつもりですか?」

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