第65話
第65話
暗い夜明けが過ぎ、朝陽が昇る。
最近はベッドで伸びをしながら起き、爽やかな朝を迎える一つの習慣ができた。
「よく眠れたか?」
ハルの墓へ行って挨拶をすること。
ここで話しかけていると、ハルと話しているような気分になる。
もちろん、もう会えないのは悲しいが、以前のように日常生活に支障が出るほどではなくなった。
「今日か…」
立ち上がって小屋のドアへ向かっていると、二人が茂みをかき分けて小屋へと歩いてきた。
一人はベレー帽をかぶった活発な子供、ルエリと、その後ろについてくるのはトゥスカード商人ギルドのギルドマスター、ルアナさんだ。
「優司様!」
ルエリが明るく笑いながら俺に向かって駆け寄り、ルアナさんが苦笑いを浮かべながら茂みの外に出てきて俺を見つめる。
「こんにちは、ルエリ。」
ルエリが近くに寄ってきて、涙ぐむ。
「契約を破棄されたと聞いて…もう優司様にお会いできないかと思いました…!」
ルエリの立場からすれば、突然俺が何の言葉もなく縁を切ったのも同然だ。
この子にとっては、かなり衝撃的だったかもしれない。
正気ではなかったとはいえ、ルエリには申し訳なく思っている。
「すまなかった。」
「謝るなら…あのホットココアっていうのをまたください!」
不満げな表情で俺を見つめて言うルエリを見て、思わず笑みがこぼれた。
「早起きだな?」
「いつもこの時間に起きてますから。」
後から来たルアナさんは、腕を組んだまま俺を見つめる。
「今回は契約を切らないでしょうね?」
「それは…何かあれば、また切るかもしれませんね。」
「契約は遊びじゃないのよ…せめて今だけは切らないと嘘でも言いなさいよ。そんなことしてると、信用ががた落ちするわよ。」
「ルアナさんだから、こう言うんです。少なくともルアナさんからの信用は落としたくないですから。」
二度と会わない相手なら、嘘でも絶対に切らないと言っただろう。
しかし、ルアナさんには色々と助けてもらった。
そんな人に嘘はつけない。
「ですから、もし再契約したいのであれば、私の言葉をよく考えてからお願いします。」
これくらいの誠意は見せなければ、以前に壊した信頼を再び築くことはできないだろう。
「はぁ…本来なら、突然契約を破棄したうえに、また破棄するかもしれない奴とは絶対に再契約しないんだけど…あんたが持ってる品物は、他の奴らじゃ絶対に手に入らない品物だから…」
深いため息をついた彼女は、顎で小屋を指した。
「じゃあ、中に入って作成しましょうか。」
「はい。」
「わーい、ホットココア!」
ルエリが鼻歌を歌いながらドアの方へ近づくが、すぐに周りを見回し、しょんぼりとした表情で中に入っていった。
おそらく、ハルがいないからだろう。
ルエリもハルのことを、かなり気に入っていたから。
小屋の中で契約書に署名し、ルアナさんに再び手渡した。
ルアナさんは深いため息をつきながら羊皮紙を丸め、着ているチュニックの内側に入れた。
「これから、どうするつもり?」
「それはもちろん、やっていたことを続けるだけですよ。」
私の言葉に、頭が痛いのか、額に手を当てる。
「本当にモルモスに手を出すつもり?もう一度考え直しなさい。あいつらは巣よ、それもただの巣じゃなくてスズメバチの巣。あいつらの巣を突いて、あんたが死ぬかもしれないのよ。」
「一度始めたことは、終わらせないと。」
俺一人だけが関わっていることなら、今やめても構わない。
しかし、他のギルドのギルドマスターたちにモルモスに手を出すと言ってしまった状態だ。
俺がここでやめてしまえば、彼らの中には俺の情報をモルモスに売ろうとする者が出てくるかもしれない。
ますます成長するモルモスに、より良く見せるためにだ。
俺が何年も彼らを見てきたなら分からないでもないが、彼らと知り合ったのは最近のこと。
そこまで彼らを信じることはできない。
もちろん、彼らでなくとも、一度広まった情報はいつか漏れるものだ。
時々ニュースで機密を売り渡したとかいうニュースが出るのを見ても分かる。
後で彼らに追われて後悔するより、今きちんと整理して綺麗に処理する方が良い判断だろう。
俺の覚悟を表情から読み取ったのか、ルアナさんがため息交じりの笑みを浮かべる。
「あんたの決心がそれほど固いなら、仕方ないわね。」
しかし、すぐに表情を変え、立ち上がって俺を見つめる。
「でも、死にそうになったらすぐに逃げなさい。私も大切なパートナーを失いたくはないから。」
「死ぬ前には逃げますから、心配しないでください。」
フッと笑う。
「そう、そうでなくっちゃ、私が再契約したパートナーよ。ルエリ、行くわよ。」
「あっ!マスター、まだホットココアが…」
「それは後でルーコンと来てまた飲みなさい。」
「でも…」
「ちょっと待って。」
こんな時に使える物が一つある。
まさに、魔法瓶だ。
コンビ∞で魔法瓶を一つ購入して食卓に置き、カップに注がれたホットココアを魔法瓶に注いだ。
「これは何?」
「魔法瓶です。この中に入れた液体の温度を、ゆっくりと変化させる瓶です。」
「液体の温度を…ゆっくりと変化させる…?」
「はい。この中に熱いものを入れれば、かなり時間が経っても温かいままで、冷たいものを入れても同じです。」
「ま…まさか…そんなものがあるっていうの?」
信じられないというように、俺を見つめる。
「はい。一度、行きながら使ってみてください。」
ルアナさんは魔法瓶を受け取り、蓋を開けたり閉めたりした後、考えに耽る。
「螺旋構造の密閉蓋か…これはかなり使えそうね…?それに、上を覆っている蓋の部分はカップとしても使える…」
すでにもう、どうやって売るか考えているのか、ルアナさんの瞳が輝いている。
「よし。次の納品商品は決まったわね!優司、来週はこれで納品して。値段は私が計算して、高く買い取ってあげるから。」
「分かりました。」
「じゃあ、これを試作品として貴族たちに見せに行こうかしら!」
「あっ、マスター!それは私が飲むホットココアですよ!早くください!」
「ダメ。これはこのまま…」
騒がしく話していた二人が小屋の外へ出ていく。
ドアの前に立って、去っていく二人に手を振った。
再び静かになった小屋。
「さて、それじゃあ…」
ここ数日間止まっていたことを、再び進める時が来た。
ついに、モルモスに直接打撃を与える時が。
***
モルモスの商店の内部は、いつものように貴族たちでごった返している。
ある者は夫婦で、ある者は恋人同士で、ある者は一人で。
この辺りを歩き回っている。
「あの時の侍女は…」
モルモスの商店の中を見回して探してみたが、あの時の侍女の姿は見えない。
おそらく今日は非番か、他の人の世話をしに行ったのだろう。
他に世話をする人がいるかと思い周りを見回したが、俺に近づいてくる侍女たちは見えない。
おそらく、奉仕する侍従たちが不足しているのだろう。
「まあ、どうでもいいか…」
どうせ今は、一人がずっと楽だ。
そうすれば、俺がやることを楽にできるから。
そうして中に入り、一階を見回した。
そして、多くの人々と目が合った。
そこで俺と目が合った人々は、緊張した表情で頷く。
俺も彼らを見つめながら頷いた。
俺と目が合った者たち。
彼らはフクラ商人ギルドから送られた人々だ。
そして、彼らの腰には分厚い金袋がある。
その金袋は、マルノフ商人ギルドが支援してくれた資金。
内部だけではない。
今、モルモスの商店の外部にも、分厚い金袋を持ったフクラ商人ギルドの商人たちが布陣している。
俺たちの目的はただ一つ。
この中にある全てのモルモス国家商業ギルドの貨幣を全て持ち帰り、一度に両替するためだ。
「さて、それじゃあ…」
緊張する。
こんなバンクランを起こすのは初めてだ。
そもそも、こんなことをすること自体が初めて。
果たして、ミスなく、俺が思った通りにできるだろうか。
「さて、では、少し見物でもしてみるか~?」
周りの人々が皆聞けるほどの大きな声で、自然に口を開きながら一人の商人へと歩いて行くと、周りで俺と目が合った人々が一斉に動き始めた。
俺の声を聞き逃した一階と二階の他の商人たちも、一階の人々が忙しく動くのを見て、自分たちも動き始める。
ついに始まった。
モルモスに直接的な打撃を与える計画が。
***
金を使うのは、あっという間だった。
フクラ商人ギルドの商人たちは、一階と二階、三階まで歩き回り、お釣りとしてモルモス国家商業ギルドの貨幣を受け取った。
一人が一人の商人の全ての貨幣を使い果たすのは、他の人々の目を引く可能性があるので、続けて他の商人たちを回りながら品物を購入し、お釣りを受け取った。
そして、俺も品物を購入してお釣りを受け取っている最中だ。
「ありがとうございます~!」
モルモスの商人たちは、当然気分が良いだろう。
何しろ、普段は貴族の目に留まらなかった品物まで、全て販売されているのだから。
もちろん、不良在庫を大量に購入するようなことはしない。
大体、頻繁に在庫がなくなるようなもの中心に購入し、不良在庫として残りそうなものは、あまり購入しなかった。
もし不良在庫が今日一日で大量になくなれば、彼らに疑われる可能性があるからだ。
ゴーン、ゴーン。
町の広場の時計塔から鐘の音が聞こえる。
一人、二人とフクラ商人ギルドの人々が抜け出していく。
今日はここまで。
一度にはしない。
時間をかけ、手間をかけ、ゆっくりと進める。
彼らが絶対に気づかないように、とてもゆっくりと。




