第60話
第60話
「さっきも言ったが、それはダメだ。」
「でも、優司お兄さんが…」
「そもそも、お前たち。そのユウジとかいう奴と、話はしてみたのか?」
ティルカラの言葉に、ターニャがためらう。
「は…話って?優司お兄さんは、当然ハルにまた会いたがって…」
「だから、それはお前たちの考えだろうってことだ。」
「私たちの…考え、ですか…?」
ため息をついたティルカラが、ソファへ歩いて行って腰を下ろした。
「ほとんどの人間は、自分の家族が死なないことを願う。仲間も同じだ。」
うつむき、視線を下に向けたまま、ティルカラが言葉を続けた。
「だが、それはどうしたって叶わない願いだ。その願いは、どんな形であれ壊れてしまう。事故に遭ったり、ダンジョンで死んだり、病死したり…その中で、一番良い死は、おそらく老衰だろう。少なくとも、自分の寿命を全うして死ぬのだからな。」
ティルカラは、周りにいる人々を見た。
「こいつは、すでに一度死んでいる。結局、こいつは主人という奴と死別した状態だということだ。心の中では、すでに見送っている可能性が高い。だとしたら、見送ってやるのが正しいと思うがな。都市でモンスターになって冒険者たちに討伐される姿を見るよりは、な。」
何も言えなかった。
彼の言う通り、ハルを治療して、万が一モンスター化して記憶さえ失い暴れ出したら?
間違いなく、冒険者ギルドだけでなく、ジェルノータの領主までもが緊急討伐令を出すだろう。
そうなれば、都市の敵になるのだ。
自分が飼っていた、家族のような犬が。
それどころか、家族だった犬に武器まで向けなければならないかもしれない。
果たして、それを望む主人がいるだろうか。
「今からでも、遅くはない。こいつの息の根を止めて、楽にしてやれ。」
グルルルン…
ティルカラがその言葉を口にした瞬間、生命体が歯を剥き出しにしてティルカラを睨みつけた。
今にも飛びかかりそうな様子で睨み始めると、ティルカラが冷や汗を流しながら、奴の目をまっすぐに見つめた。
しかし、二人の睨み合いは、それほど長くは続かなかった。
すっかり怒っていたハルの瞳が、瞬間的に穏やかな子犬のように戻ると、匂いを嗅ぎ始めた。
そして、ドアの方へ視線を向けると。
「ハル!」
そのままドアを突き破って、外へ飛び出してしまった。
「何してる?!捕まえろ!」
ルアナが三人に叫んだが、すでに走り去ったハルの速さに追いつける冒険者は、この場にはいなかった。
「くそっ!」
このままハルが人に見つかりでもしたら、ハルだけが死ぬのではなかった。
モンスターを都市の中に連れ込んだ彼らまでもが、領主の手によって命を落としかねなかった。
首が飛ばなくても、少なくとも数十年は牢屋で暮らさなければならないだろう。
「モルガナ、助けて!」
ルアナの叫びに、モルガナが深いため息をついた。
「金、もっと貰うから、そう思ってなさい。」
そう言うと、杖を上げて地面をトンと打った。
モルガナの足元から生成される、緑色の魔法陣。
【ヘイスト】
そよ風が魔法陣から吹き出し、ルアナの体を包むと、ルアナは人間が出せるはずのない速さでハルを追いかけていった。
その様子を驚いた目で見つめていたカイルが、口笛を吹いてアニエスを見た。
「アニエスは、あんな魔法は習えないのか?」
「わ…私は治癒師であって、魔法使いじゃないの…!」
「そりゃ、残念だったな。」
アニエスが顔をそむけたまま舌打ちをし、ターニャは走り去ったハルを悲しげな目で見つめた。
***
モルモス国家商業ギルドの商店は、かなり見応えがあった。
元の世界では高くて見に行くことさえしなかったデパートを見物するような気分だった。
その中で、一番気に入ったものが一つ。
「…」
買ってしまった。
スパイクのついた犬の首輪を。
サイズも合わないのに、ハルによく似合うだろうと思って。
しかし、サイズが合ったとしても、もうこれを首につけるハルはいない。
「はは…」
今にも涙が溢れそうなのを、かろうじて堪え、インベントリに首輪を入れた。
家の裏に作っておいたハルの墓に置いてやれば、おそらくハルが天国で使ってくれるのではないだろうか。
「あの…お客様…?」
俺を奇妙に思ったのか、モルモス国家商業ギルドの侍女が俺を見つめている。
彼女の顔には、突然泣き出しそうになる俺を心配する表情が浮かんでいる。
「大丈夫です。」
そう言うと、服を受け取り、インベントリから金貨を一枚取り出して彼女に渡した。
「今日一日、手伝ってくれてありがとう。」
「こ…こんな大金をいただくわけにはいきません…!」
「大丈夫ですよ。あげたいからあげるんですから。」
おかげで、他の商人たちの疑いもなく、楽に見て回れた。
度重なる拒否にもかかわらず、俺が渡し続けようとすると、結局、侍女は受け取って微笑んだ。
「ありがとうございます、お客様。」
「では、また来ます。」
「はい!優司様!」
体を回して歩き出していた俺は、驚いて再び侍女を振り返った。
先ほどまで、その場にいた人が見えない。
まるで今まで、虚像を見ていたかのように。
「どうして、知ってるんだ…?」
俺が名前を明かしたことがあっただろうか。
そうでなければ、彼女が俺を知るはずがない。
「…」
ひとまず、気にしないことにした。
どこかで見たことがある人だったのだろう。
今回のモルモス商店を見て回って、一つ分かったことがある。
インベントリを開き、前に進みながら、中から取り出して手に握ったのは、小さな紙三枚。
紙にはモルモス国家商業ギルドのロゴらしきものと共に、100という数字が書かれている。
俺はインベントリから100ブロンを取り出した。
インベントリから出てきたのは、100と刻まれた銅貨一つ。
確かに違う。
これは、モルモス商店専用の貨幣。
ハルの首輪を買う時に両替した1000ブロン分の貨幣のお釣りだ。
本来なら元の公式貨幣であるブロンに両替できたが、替えずにそのまま出てきた。
口元に笑みが浮かぶ。
奴らは今、独自の貨幣を使っている。
その理由は、自分たちのギルドが大きくなるにつれて、自分たちの貨幣を公式貨幣として使わせようとしているのかもしれないし、客の再訪を狙っているのかもしれない。
俺の考えでは、前者が一番大きな理由に見える。
奴らの後ろ盾は国家だ。
国家が後ろ盾なのだから、人々にこれを「貨幣だ」と認識させれば、おそらく可能だろう。
それさえできれば、モルモスは無限に金を刷り出すことができるようになる。
それも、金属よりもはるかに安い、紙幣をだ。
企業が自分たちが望む時にいつでも公式貨幣を刷り出せるなら、大企業になるのも時間の問題。
そうなる前に国家が乗り出すことが重要だが、国家が後ろ盾である以上、直接乗り出すことはないだろう。
「良い機会じゃないか…」
俺にとっては、かなり良い機会だ。
このジェルノータの中で…いや、ネルガンティアの中で、モルモス自体を潰せるほどの、な。
その理由は、今のやり方には、致命的な弱点が存在するからだ。
この話を聞けば、マルノフも、フクラも、間違いなく手伝ってくれるだろう。
もし手伝ってくれないとしても、俺が今までトゥスカードギルドと取引して稼いだ金で、奴らを必ず追い出してやる。
「うぇぇぇっ!」
再び、胃の中のものが逆流し始める。
昔、俺に怒鳴りつけていた代表。
今の姿が、その人間と何ら変わらないから。
俺があれほど嫌っていたその人と、同じになっていくという考えが、頭に絶えず浮かび上がる。
しかし、仕方ないじゃないか。
そうでもしなければ…耐えられないんだから…
***
ドアを開けた。
見慣れた二つの顔についた四つの瞳が、俺に向かう。
「いらっしゃいませ。」
エキドナ・マルノフとエテラ・マルノフ。
二人がソファに座り、湯気の立つ茶を飲みながら俺を見ている。
彼女たちが座っている反対側のソファへ歩いて行って、腰を下ろした。
エキドナが逆さになっていた湯呑みを再び元に戻し、その上に茶を注いだ。
「それで、作戦の準備はできましたか?」
「ああ。準備できた。」
「では、聞かせてもらいましょうか。モルモス国家商業ギルドを、このジェルノータからどうやって追い出すのかを。」
エキドナが輝く目で俺を見つめ、エテラが足を組んだまま座り、目を細めて俺を見る。
「貴族街にあるモルモス商店に行ってきました。その商店で物を買うには、これが必要でした。」
インベントリから紙を取り出し、彼女たちの前に置いた。
「これは…モルモス商店の貨幣じゃないか。」
エキドナが紙を手に取り、あちこちと見回した。
「だから?それがどうしたっていうの?」
「これから私がすることは、資金と人力がかなり必要なことです。なので、お二人に資金の融通と人材支援をお願いしようと思いまして。」
「そう?じゃあ、私たちが手伝…」
「待って、エキドナ。」
「えぇ~?(なんでよ?!)」
「どんな計画なのか聞いてから、決めるべきでしょう?!」
エテラがエキドナの頬を掴んで、睨みつける。
そして、再び視線を俺に戻して尋ねる。
「話してみてください。持ってきた計画を。」
目を閉じた。
果たして、この二人が理解してくれるだろうか。
いや、この二人は巨大商団のギルドマスターだ。
俺の計画を理解できないはずがない。
エキドナは分からないが、少なくともエテラなら理解できるはず。
「私が今回の計画で持ってきたのは…」
エテラが目を細めて、俺を見つめる。
「『バンクラン』です。」




