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第57話

第57話


壁にぶつかるたびに強い爆発が起こり、地面が揺れ、天井から岩の塊が落ちてきた。


「どうして当たらないのよ…?!」


モルガナが小さくつぶやきながら絶えず魔法を乱射するが、素早い生命体は一発も当たらず、まるでトカゲか蜘蛛のように地面に張り付いたまま、速い速度で壁を伝って動いていた。


カンッー!


モルガナに向かって駆け寄り、そのまま前足を振り下ろす生命体に対し、ルアナが短剣を手に握ったまま立ちはだかる。


「助けなんていらないわよ、ルアナ!私一人で…」

「あなたも分かってるでしょ。あんな奴らに魔法を当てるのは難しいって。」


モルガナは深いため息をついた。


「好きにしなさい。」

「天下のモルガナがどうしたの?私に助けられるなんて。」

「黙りなさい、あなたに魔法を使う前に。」

「おっと、怖い怖い。」


ルアナが加勢したことで、戦況は一転した。


カンッー!


ルアナの短剣と生命体の前足がぶつかり、火花が散る。続いて飛んでくるモルガナの攻撃に、生命体は背中を向けるしかなかった。


キャンッー!


犬からしか聞けないような悲鳴が、生命体の口から飛び出す。

それと同時に、よろめきながら立ち上がった犬が、ゆっくりと口を開く。


「ご…主…人…様…」


主人を呼ぶ生命体。


「悪いけど、あんたのご主人のところには行かせてあげられないわね…」


気の毒だが、今目の前にいるこの者は、もはや生きているとは言えなかった。

死んだ獣の怨念がダンジョンに残り、犬の死体に入り込んでしまったもの。

おそらく、人間の姿をしているのも、自分も主人と同じ人間になりたいという願いから、人間の姿になったのだろう。


「ご主人…様…」


再び主人を呼ぶ者は、頭を抱えながら暴れ始めた。


「モルガナ!」

「【グラビティ】」


紫色の魔法陣がモルガナの周りに現れ、強力な重力が生命体を襲う。

もはや動けず、地面に張り付いたまま、かろうじて頭だけを持ち上げた者がルアナを見つめる。


「あんたの主人は生きてるから、あまり心配しないで。」

「ご主人…様…?」

「それじゃあ…」


ルアナは短剣を握ったまま、生命体にゆっくりと近づいていく。

そうして奴を殺そうとした瞬間。


「ちょ…ちょっと待ってください!」


ターニャがルアナの前に立ちはだかる。


「何してるの?」

「ルアナさんが言ったじゃないですか!生きているか確認しろって!」

「だから?」

「この子、ハルです!殺しちゃダメです!」


ルアナは鼻で笑った。


「そいつは生きてるんじゃなくて、死んでモンスターになったのよ。スケルトンやゾンビみたいに、アンデッドになったの。」

「でも…ずっと主人を探してるじゃないですか!優司お兄さんを探しているのに…それなら、まだ自我を持っているんじゃないですか?」

「それはそうだけど、おそらく、もうすぐその自我も飲み込まれて、殺戮だけを繰り返すモンスターになるわよ。」


ルアナは短剣を固く握り、ターニャを睨みつけた。


「今殺さないと、他の人たちが怪我をするわ。」

「はっきりと確認しろ…ルアナさんがおっしゃいましたよね?」


ターニャが剣と盾を取り出す。


「私はまだ、ハルは生きていると判断しています。」

「今、私に逆らうつもり?」

「はい。生きている状態のハルを、優司お兄さんに知らせずに殺すことはできません。」


ターニャの言葉に、肩に槍を担いだカイルがターニャの隣に歩いてくる。


「ターニャがそう思うなら、俺も従うぜ。」

「カイル…!」


カイルはルアナに槍を向けた。


「そもそも、この女、気に入らなかったんだ。俺たちに冒険者の資格がないだのなんだの。この機会に、思い知らせてやらなきゃな。」

「お二人が同じ気持ちなら、私も従うしかないわね…」


アニエスまでターニャの隣に立って加勢すると、ルアナは舌打ちをし、頭を掻いた。


「本当に、そいつを生かしておくつもり?」

「生かすだけでなく、優司お兄さんのところに連れて行きます。」

「そうしたところで、坂本優司が喜ぶとでも思うの?むしろ嫌がるでしょうに。自分のペットがそんな姿で来たら。」

「いいえ、嫌がりません。」

「それをどうして分かるの?」

「だって…見た目は変わってしまったけど、この子は優司お兄さんの家族ですから。」


悲しげな表情で小さく言うターニャの姿に、悩んでいたルアナは短剣を鞘に納めた。


「分かったわ、あんたたちの好きにしなさい。でも、問題が起きたら全部あんたたちのせいだから、そう思ってなさい。」


その言葉に、ターニャが明るく笑った。


「はい!」

「モルガナ!」

「ちょっと待って!本当に解放するつもり?」

「あれだけ望んでるんだから、解放してあげなさい。何か間違ったことが起きても、全部自業自得よ。」


悩んでいたモルガナは、結局目を閉じて重力魔法を解除した。

すると、体の自由を取り戻した生命体が、三人を見つめる。


「ハル…?」

「これ、本当にハルだよな?」

「そうだと思う…たぶん…」


じっと座っていた生命体が、三人を見つめて首をかしげる。

そして、三人の匂いをクンクンと嗅ぎ始めた。

まるで子犬のように、三人の周りをくるくると回りながら匂いを嗅いでいた者が、やがて。


「ご主人…様…?」


主人様という言葉と共に、彼らを見上げる。

尻尾があったなら、おそらく激しく振られていただろう。


「やっぱり!」


喜んでいたターニャが、ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る頭を撫でると、生命体は気持ち良さそうにターニャの手に頭を擦り付けた。


「やっぱりハルだ…!」


ターニャに飛びかかって乗る生命体。

緊張が解けたカイルは、その場に座り込み、ハルを見つめた。


「うっ…」


ハルの姿は、確かに誰が見ても顔をしかめるような姿だった。

肉塊が集まって、人間の形を作り出したもの。

おそらく、この姿のままジェルノータへ行けば、モンスターだと思われて多くの問題が起こるだろう。


「どうしよう…」

「ひとまず、連れて出よう。」

「連れて出るって?こいつを?」

「うん。優司お兄さんをここに連れてくるよりは、連れて出て会わせる方がいい。そもそも、テペストダンジョンは優司お兄さんだけを連れてくるには危険な場所でもあるし。」

「それはそうだけど…」


ターニャがアニエスを見つめて尋ねた。


「アニエス姉さん。もしかして、ハルの体、治療できる?」

「治療?」

「うん。お姉さんが治療してくれたら、もしかしたら元通りに戻らないかと思って。」


アニエスの表情が歪む。


「治療っていうのが、身体を再構成する魔法だとでも思ってるの?」

「でも…やってみないと。」


アニエスは深いため息をついた。


「分かったわ。ちょっと待ってて。」


アニエスが緊張した表情で生命体を見つめる。

そして、恐る恐る手を伸ばす。


「行くわよ…」


【ヒール】


緑色の光が、ハルの体を包む。


***


机に座ったギリアムが、深いため息をついた。


「それが…本当にうまくいくのか…?」


彼は腕を組んだまま、窓の外を見つめた。

建物の外に出ていく一人の男の姿を見ながら、顎を撫でた。


「坂本優司…」


自分を坂本優司だと名乗った男。

彼はクイーンアントの産卵管を渡す代わりに、一つの条件を提示した。


まさに「モルモス国家商業ギルド」の追放。

モルモス国家商業ギルドが来てから、はや10年。

ギリアムも、奴らの成長がかなり頭痛の種だった。

それもそのはず、今まで自分が固く握っていた商圏のいくつかを、モルモス国家商業ギルドに奪われたからだ。

その理由は、まさに価格競争で負けたからだった。

消費者は、誰もが同じような品質の物を買う時は、少しでも安い方を買う。

価格を安くするためには、材料費も材料費だが、人件費を削減しなければならなかった。

しかし、人件費を削減するのには限界があった。

そもそも、人件費を管理することには限界があったのだ。


直接生産するよりは、他の店から品物を仕入れて売る流通業の商団で、人件費を削減したところで、削減できる量はたかが知れていた。

それさえも削減しようとすれば、商人たちはもっと良い条件の他のギルドへ去ってしまう。

だからといって、仕入れる品物の価格を少し安くしようとすれば、職人たちはもはやギルドに納品せず、他のギルドに納品してしまう。


結局、人件費を削減することは、ギルドの規模を縮小すること。


しかし、モルモス国家商業ギルドは違った。


彼らは流通だけでなく、直接品物を作って販売までしている。

彼らがそれができる理由は一つ。


奴隷を使っているからだった。


ネルガンティアは奴隷制が許される国家ではあるが、奴隷を使う商人はほとんどいなかった。

このジェルノータの中でも、奴隷制を受け入れる人はほとんどいない。

そんな場所で奴隷を買って、不買運動でも起きたら、ギルドに大きな打撃が来る。

しかし、モルモス国家商業ギルドは違う。

王族が後ろ盾になっている奴らなので、他の職人や店が断れない。

もし断ってモルモスに報復されたら、やられるしかないからだ。


「それでも、追放する方法があるとは…」


もし今回のことがバレても、自分とは関係ないという契約書を受け取る条件で連合に参加すると話はしたが、いずれにせよ一個人が行う作戦なので、かなり不安だった。


「これが、悪い選択でなければいいのだが…」


良い選択ではないとしても、せめて悪い選択だけはでないことを祈りながら、ギリアムは舌打ちをした。


***


フクラ商人ギルドのギルドマスターから、良い知らせを聞いた。


「ジュセフ商人ギルドには行かない方がいい。昔とは違って、奴らはモルモス国家商業ギルドの後始末をする、ただの使いっ走りギルドに成り下がって久しいからな。」


ジェルノータを牛耳る4大商業ギルドの一つ、ジュセフ商人ギルド。

そんなギルドが、どうしてモルモスの犬になったのかは理解できない。


今、俺の同盟と言えるギルドは三つ。

マルノフ商人ギルドとフクラ商人ギルド、そしてトゥスカード商人ギルド。


こうして三つではあるが、トゥスカード商人ギルドはジェルノータにいないので、実質的に俺が信じられるギルドはマルノフとフクラの二つのギルドしかない。

俺自身も勢力というものはないので、2対2と言える構図。


しかし、俺には大きな強みがある。

まさに、彼らが販売する品物よりも、さらに品質が良く、性能の良い品物を安い価格で購入して人々に販売できる、コンビ∞というスキル。


これなら、モルモスの奴らを間違いなく押し出せるだろう。


「復讐だ…」


この全ての始まりは、モルモス国家商業ギルドのせいだった。

だから、俺は復讐する。

奴らがこのジェルノータから完全に追放されるように。

いや、さらに進んで、モルモス国家商業ギルドが完全に消えるように。


「うぇぇぇっ!」


森に入った途端、胃の中のものが逆流する。


「坂本優司、どうして私が言った通りにしなかった?私が頼んだ仕事が、気に入らなかったか?」

「これも全部、お前のせいじゃないか、お前が!」

「ハルを殺したのは、お前じゃないか。」

「なのに、モルモス国家商業ギルドのせいにするのか?」


「違う!」


違う。

ハルが死んだのは、全てモルモス国家商業ギルドのせいだ。

俺のせいでは…ない…

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