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第56話

第56話


「ここなの?」


洞窟の奥。

崩れた空間がルアナの目に映った。


「はい、そうです。ここです。」


カイルが前に進み、天井が崩れて塞がれた場所へと歩いて行った。


「入り口が塞がってるじゃない。どういうことよ?」

「優司お兄さんが持ってた殺虫剤で、中にいたアントを殺すために、わざと塞いだんです。」

「殺虫剤でアントを殺すですって?」


ルアナは呆れて鼻で笑った。


「世の中に、そんな殺虫剤がどこにあるっていうのよ。普通の小さな昆虫を殺す殺虫剤はあるでしょうけど、アントを殺す殺虫剤だなんて…聞いたことも見たこともないわ。」


そんな殺虫剤があったなら、そもそもアントを討伐できる冒険者のランクはD以下にまで下がるはず。

そんなものがなく、物理的に討伐しなければならないからこそ、Cランク以上の冒険者たちが討伐するようになっているのだ。


なのに、アント用の殺虫剤だなんて。


「(ますます興味が湧いてくるじゃない…)」


それさえあれば、アントの被害に遭っている他の国や都市、村に持ち込んで高く売れるだろう。

もちろん、あくまで優司との取引が再開されればの話だったが。


「(そのために、ここに来たんだし。)」


「ふぅん、殺虫剤ねぇ…」


モルガナが近づき、瓦礫に触れてみた。


「私だったら、天井を崩すんじゃなくて、アースウォールで壁を作って、出入りしやすくするけど…魔法使いはいなかったみたいね。」

「優司お兄さんは商人でしたし、レベッカ姉さんは騎士でしたから。」

「待って。魔法使いなしでダンジョンに来たの?」

「はい…」


モルガナは額をポンと叩き、首を振った。


「あんたたち、今ここにいる三人以外に、他のパーティーメンバーはいるの?」

「いませんけど。」

「じゃあ、今までずっと前衛二人とヒーラー一人だけで戦ってきたってわけ?」

「そ…それが、何か問題でも…ありますか?」

「まったく…最近の低ランク冒険者は、先輩たちがどんな風にパーティーを組むのか、見もしないでパーティーを組むみたいね。」


モルガナが杖を地面にトンと打ちつけた。

その瞬間、周囲に得体の知れない波動が彼らの体を突き抜けていく。


「これは…」

「よく聞きなさい。他の職業はいなくてもいいかもしれないけど、魔法使いはパーティーに絶対に必要よ。」


三人がごくりと唾を飲んだ。


「基本的に、魔法使いは多才なの。魔法で周りにどんなモンスターがいるか把握できるだけじゃなくて…」


モルガナの視線が、近くの岩陰へと向かう。

そこには、息を潜めて様子をうかがっていたウォーゲーターがいた。


「その隠れてるモンスターが、近づいてくる前に…」


モルガナが手を伸ばす。

その瞬間、モルガナの周りに青い魔法陣が現れると、分厚い氷の塊が虚空に生成される。


「殺せるのよ。」


ヒュッ。


巨大な岩を貫通し、ウォーゲーターの左胸にある心臓を正確に射抜く。

悲鳴さえ上げられなかったウォーゲーターがどさりと倒れ、モルガナは手を下ろした。


「すごい…」

「これが、魔法使い…」


モルガナはにやりと笑った。


「もちろん、私より強い魔法使いはいないから、他の奴らを連れて行っても、かなり見劣りするでしょうけど。まあ、仕方ないわね?私が、それだけすごい人間なんだから!」

「モルガナ様、私たちとパーティーを組んでください!」

「あはは!この身は引退した身!もうパーティーは組まないわ!」

「あんたたち、何やってるの…寸劇?」


ルアナが近づき、呆れたように笑って見つめた。


「ターニャ、だったかしら?」

「はい。」

「ターニャ、あんたはこの中に入ったことあるの?」

「優司お兄さんが開けた別の出入り口があったので、素材回収がてら一度入ったことはあります。」

「その時の内部の状況はどうだった?」


ターニャが腕を組んで顎に手を当て、答えた。


「中にかなり多くのアントがいたんですけど、優司お兄さんが入る時に全部倒したのか、それとも殺虫剤で全部死んでしまったのかは分かりませんが…確かなのは、生きているアントはいなかったってことです。」


アントを全滅させるのは、Bランク冒険者のパーティーであっても、かなり難しいことだった。

人間は逃げる時に開いた場所へ逃げなければならないが、アントは塞がれた壁であっても、削り取って巣穴を作り、逃げることができるからだ。


今連れてきたこの三人の冒 vingt 冒険者は低ランク。

そのまま信じて入るわけにはいかなかった。


「なんだか…ルアナさんに信用されてないみたい…」

「そりゃ当然でしょ。あんたたちには、すでに一度前科があるんだから。」

「それは…!」


ターニャが反論しようとしたが、やがて唇を尖らせた。


「私たちも、反省してるんです…」


ルアナはふっと笑い、塞がれた入り口の方へ歩いて行った。


「はいはい。次からは、ちゃんとしなさいよ。次があるかは分からないけどね。モルガナ。」

「何よ?」

「この岩、どかしてくれる?」


モルガナはルアナが気に入らないのか、目を細めて壁の方へ歩いて行った。


「どうして私が、ルアナなんかの命令を聞かなきゃならないのよ…」

「だから、あんたの帳簿を埋める金をやるって言ってるじゃない。」

「帳簿さえ合ってれば、ここに来ることもなかったのに…」


モルガナは深いため息をつき、塞がれた入り口を見つめて手を伸ばした。


「【グラビティ】」


紫色の魔法陣が周囲に現れる。

すると、目の前にあった瓦礫が虚空に浮かび上がると、中心が爆発するように四方八方へ素早く飛んでいく。


大きく開かれた入り口。

ルアナは鼻をつまんだ。


「ひどい匂いね…」


初めて嗅ぐ得体の知れない匂いと共に、血の匂いなのか何なのか分からない悪臭。

そこに湿気まで混じり、入るのをためらうほどの悪臭を放っていた。


「モルガナ、この悪臭をどうにかできる魔法はないの?」

「私が、何でも屋だとでも思ってるの?こんな悪臭まで処理させようとするなんて。」


少し悩んでいたモルガナは、手を伸ばした。

その瞬間、彼女の周りに緑色の魔法陣が現れる。


「【ウィンド】」


彼女の手から吹き出す、強烈な風。

それが洞窟の中へと続き、中にあった空気を素早く外へと排出し始めた。

そうして、どれほど経っただろうか。


「このくらいでいいでしょ。」


ルアナはそっと顔を突っ込んで匂いを嗅ぐと、やがて笑ってモルガナの背中をパンパンと叩いた。


「助かったわ。さすがはモルガナね。仕事は本当に早いわ!」

「殺すわよ…!」


モルガナの言葉に、ルアナは笑いながら背中を叩くのをやめ、後ろを向いて入り口の方へずんずんと歩いて行った。


「あんたたちはここにいなさい。万が一、何かあったら、あんたたちだけでも逃げるのよ。」

「いえ、私たちも行きます!」

「カイル…」


カイルがルアナの後をついて歩いて行った。


「私とモルガナも、今は引退した冒険者よ。アントが現れたら、自分の身を守るだけでも手一杯になるかもしれない。そうなったら、あんたたちも死ぬかもしれないけど、それでもいいの?」

「さっき、あんたが言ったじゃないか。死ぬのが怖いなら、冒険者じゃないって。」


ルアナは少し驚いた表情を浮かべると、やがて笑ってカイルにヘッドロックをかけ、頭をグリグリと撫でた。


「そうこなくっちゃ!私の言葉を聞いて逃げてたら、あんたたち全員、私がぶっ飛ばしてやろうと思ってたのよ。」

「ああああ!やめて!やめて!」


ふざけ合う二人をよそに、モルガナが前に歩いて行った。

そして、目を閉じたまま杖を地面に一度打ちつけた。


トン。


再び広がる波動。

じっと周りの気配を探っていたモルガナが、ゆっくりと目を開け、内部を睨みつけた。


「どう?アントはいる?」

「アント?悪いけど、この中にアントなんてものは、一匹もいないわ。」

「どういうことですか?アントがいないなんて…」


アニエスの問いに、モルガナが杖を内部に向けた。


「【サンライト】」


暖かい球体。

それがモルガナの杖から現れ、素早い速度で洞窟の中に入っていった。

入っていった球体は天井へと向かい、天井に触れるや否や、パンと弾け、強烈な光が洞窟内部を照らした。


「な…なんだ…」


洞窟の内部。

ターニャとカイルが見たアントの死体は、一つも見当たらなかった。

その場に残っているのは、得体の知れない生物が排泄したような糞と、あちこちに散らばったアントの残骸だけ。


「そんなはずないのに…」


ルアナが近くにあったアントの残骸に近づいた。


「風化したんじゃないわ…」


砂漠ならともかく、こんな湿気の多い洞窟で、死体が腐るならまだしも、自然に風化するのは不可能なことだった。


今のアントの残骸は、腐ったり風化したというよりは、誰かが食いちぎったかのようだった。


それを見て、ルアナはにやりと笑った。


「来てよかったわ。」

「え?」

「優司のペット。どうやら、生きているみたいね。」


優司のペットが生きている。

だとしたら、こいつさえ連れて行けば、優司との取引が再び始まるということ。


「モルガナ。」

「何よ?」

「今、この中にいる奴、殺しちゃダメよ。絶対に、生け捕りにしなさい。」


モルガナは面倒くさそうに頭をガシガシと掻き、杖を持ち上げた。


「本当に、面倒なことばっかりさせるわね、あんたは。」

「あんただって、そう言いながらやってくれるじゃない。」

「でも、こんな奴を本当に連れて帰っても大丈夫なの?」

「え?どういうこと…」


トン。


杖を地面に一度打ちつけると、目の前に青い帳が広がる。

そして、それが広がると同時に目の前に現れたのは。


「…?!」


人…いや、獣…でもない。

肉塊が集まって構成されたその姿は、人間を模倣しようとする肉塊の集合体。

腕と足はまるで獣人のように獣のものだったが、頭から下半身までは、全て肉塊だけでできており、まさに怪物そのものだった。


「何よ、これ…?!」


飛び出した肉塊は、不気味な瞳を彼らに向け、歯を剥き出しにした。

人間や獣人の歯ではない、獣の鋭い歯。

一度噛みつかれたら、間違いなく肉をえぐり取られるだろう。


「あんたたちが探してたのって、犬だったわよね?」

「は…はい…」

「どうやら、あれがあんたたちが探してた犬みたいね。」


モルガナの言葉に、ターニャが口を覆い、カイルが歯を食いしばる。

どうして、あんな姿になってしまったのだろうか。


「【ファイアアロー】」


赤い魔法陣と共に現れたのは、数十本の炎でできた矢。

それが、素早い速度で肉塊に向かって飛んでいく。

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